エリック・チャベス

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エリック・チャベス
Eric Chavez
Eric Chavez on August 26, 2011.jpg
ヤンキース時代(2011年8月26日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス
生年月日 1977年12月7日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手
プロ入り 1996年 ドラフト1巡目(全体10位)でオークランド・アスレチックスから指名
初出場 1998年9月8日 ボルチモア・オリオールズ
最終出場 2014年6月8日 アトランタ・ブレーブス
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

エリック・シーザー・チャベスEric Cesar Chavez, 1977年12月7日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の元プロ野球選手三塁手)。右投左打。"Chavez"は現地でも「チャベス」と読まれることが多いが、本人は「シャベス」と読み、場内アナウンスも「シャベス」と読ませていた。2014年7月に現役を引退、同年10月からヤンキースの特別スカウトを務める。

来歴[編集]

アスレチックス時代[編集]

1996年、マウント・カーメル高校からMLBドラフト1巡目(全体10位)指名を受け、アスレチックスに入団。高校時代からすでに全米に名の知られた存在で、高校全米選抜に選ばれたこともあった。ちなみに、当時のチームメイトには、エリック・マンソンがいる。

もともと遊撃手であったが、チームメイトにミゲル・テハダがいたために、マイナー時代に三塁手にコンバートされた。

1998年9月8日にリーグ2番目の若さでメジャーデビューを果たし、打率.311を記録した。高い守備力が持ち味で、2001年から2006年まで6年連続でゴールドグラブ賞に輝いている。

2001年、三塁手の球団年間最多本塁打記録を更新する32本塁打を記録し、9月には27試合で打率.370、8本塁打、26打点を記録し月間MVPを初受賞した[1]

2002年、指名打者で4本塁打[2]記録したため前年の三塁手球団年間本塁打の更新はできなかったが、自己最多の34本塁打を記録し、シルバースラッガー賞とゴールドグラブ賞を受賞した。オフには日米野球のメジャーリーグ選抜の一員として訪日した。

打撃力も高く、2000年 - 2005年まで6年連続で25本以上の本塁打を放っている。やや荒っぽい面もあり、打率は3割を超えたことがほとんどないが、2004年にはリーグ最多の95四球を記録するなど出塁率は高い水準を維持している。

2005年から6年総額6,600万ドルで契約延長し、徹底した合理主義を貫きFA選手の引止めなどもほとんど行わないビリー・ビーン政権下のアスレチックスにおいてFAで引き止められた数少ない選手である。

2006年は怪我の影響もあって打率.241と低迷したが6年連続でゴールドグラブ賞を受賞した。

2007年は昨年に続き打率.240と不調の上、怪我で90試合の出場にとどまったためゴールドグラブ賞をエイドリアン・ベルトレに譲ってしまった。オフに痛めていた両肩と背中手術を行ったので、2008年シーズンは出遅れる事となった[3]

2009年はわずか8試合の出場で打率.100という成績を残しただけで、怪我の為シーズンを全休することが早々に決まった。

2010年は5月に椎間板ヘルニアのため故障者リスト入りし、残りのシーズンを欠場した。出場は33試合に留まった。アスレチックスはチャベスとの2011年の契約延長オプションを持っていたが、同球団はそれを行使せず、シーズン終了後の11月3日にFAとなった。

ヤンキース時代[編集]

2011年2月4日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。チャベスはフランチャイズ・プレイヤーだったが、ヤンキースの移籍によってフランチャイズ・プレイヤーではなくなった。春季トレーニングに招待選手として参加した。シーズン開幕直前にメジャー契約を結び、開幕からベンチ入りした。オフの10月30日にFAとなった。

2012年2月23日ニューヨーク・ヤンキースと90万ドルの1年契約で再契約に合意。シーズンでは主に内野のバックアップとして113試合に出場。アレックス・ロドリゲスの離脱中にはスタメン起用されることもあった。オフの10月29日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代[編集]

2012年12月5日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスと総額300万ドル(約2億5000万円)の1年契約に合意した[4]

2013年10月31日にFAとなったが、12月20日に1年契約でダイヤモンドバックスと再契約した[5]

2014年は開幕ロースター入りし、開幕後は44試合に出場していたが、6月9日に左膝の故障で15日間の故障者リスト入りし[6]、6月29日に60日間の故障者リストへ異動した[7]。7月30日に現役引退を発表した[8]

現役引退後[編集]

2014年10月31日、ヤンキースの特別スカウト就任が発表された[9]

選手としての特徴[編集]

打撃[編集]

まっすぐな姿勢で構え、スウィングする際は梃の原理を応用するために早めに前足を上げる[10]。スウィング自体は大きいが速さがあり、ヒッティングゾーンが広く、ストライクゾーンから外れている悪球もうまく打つことができる[11]。広角にパワーのある打球を飛ばすことができるが、悪球を追いかける傾向があり、内角球でしとめられることが時々ある[12]

守備[編集]

守備ではやや柔軟性に欠け、やや背筋をまっすぐにして構えるが、グラブさばきは柔らかい[13]。その割に敏捷性に優れ、足運びと打球反応は左右ともに素早い。また、身体バランスが優れているので、打球に対してダイブを余儀なくされた際にも、素早く体勢を立て直すことができる[14]。だが、片手で捕球することを好み、身体の横側でボールをさばくため、正面で捕れる打球をバックハンドで捕球することもしばしばある[15]。そして、身体の左方向への打球の読みがよくない[16]。送球の際は投げ上げる傾向がある[17]。そのため、腕の低い位置から送球するためボールが下降するが、ボールの勢いは遠くに投げても失速しない[18]。2007年の「ベースボールアメリカ」誌によるアリーグ選手部門別ランキングでは「守備の上手い三塁手」で1位の評価を受けた[19]

走塁[編集]

人物[編集]

右腕に日本語のタトゥーがある。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1998 OAK 16 48 45 6 14 4 1 0 20 6 1 1 0 0 3 1 0 5 1 .311 .354 .444 .799
1999 115 402 356 47 88 21 2 13 152 50 1 1 0 0 46 4 0 56 7 .247 .333 .427 .760
2000 153 569 501 89 139 23 4 26 248 86 2 2 0 5 62 8 1 94 9 .277 .355 .495 .850
2001 151 604 552 91 159 43 0 32 298 114 8 2 0 7 41 9 4 99 7 .288 .338 .540 .878
2002 153 653 585 87 161 31 3 34 300 109 8 3 0 2 65 13 1 119 8 .275 .348 .513 .860
2003 156 654 588 94 166 39 5 29 302 101 8 3 0 3 62 10 1 89 14 .282 .350 .514 .864
2004 125 577 475 87 131 20 0 29 238 77 6 3 0 4 95 10 3 99 21 .276 .397 .501 .898
2005 160 694 625 92 168 40 1 27 291 101 6 0 0 9 58 4 2 129 9 .269 .329 .466 .794
2006 137 576 485 74 117 24 2 22 211 72 3 0 0 6 84 6 1 100 19 .241 .351 .435 .786
2007 90 379 341 43 82 21 2 15 152 46 4 2 0 4 34 2 0 76 9 .240 .306 .446 .752
2008 23 95 89 10 22 7 0 2 35 14 0 0 0 0 6 0 0 18 2 .247 .295 .393 .688
2009 8 31 30 0 3 1 0 0 4 1 0 0 0 0 1 0 0 7 0 .100 .129 .133 .262
2010 33 123 111 10 26 8 0 1 37 10 0 0 0 4 8 0 0 31 3 .234 .276 .333 .610
2011 NYY 58 175 160 16 42 7 1 2 57 26 0 0 0 1 14 3 0 34 4 .263 .320 .356 .676
2012 113 313 278 36 78 12 0 16 138 37 0 0 0 4 30 3 1 59 10 .281 .348 .496 .845
2013 ARI 80 254 228 28 64 14 2 9 109 44 1 0 0 5 19 4 1 45 7 .281 .332 .478 .810
2014 44 81 69 6 17 3 1 3 31 8 2 0 0 1 11 0 0 19 2 .246 .346 .449 .795
通算:17年 1615 6228 5518 816 1477 318 24 260 2623 902 50 17 0 55 639 77 15 1079 132 .268 .342 .475 .818
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2001 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年1月25日閲覧。
  2. ^ Eric Chavez 2002 Batting Gamelogs - Baseball-Reference PI” (英語). 2008年1月25日閲覧。
  3. ^ Oakland third baseman Eric Chavez’s availability for the opener is uncertain” (英語). www.kansascity.com. 2008年3月20日閲覧。
  4. ^ Dバックス、前ヤンキースのE.チャベス獲得 MLB.jp(2012年12月6日)
  5. ^ D-backs agree to terms with Eric Chavez MLB.com
  6. ^ D-backs reinstate Putz, recall Harris, place Chavez on disabled list and designate Cahill for assignment”. MLB.com D-backs Press Release (2014年6月9日). 2014年7月31日閲覧。
  7. ^ D-backs place Owings on 15-day disabled list, select Ahmed from Triple-A Reno”. MLB.com D-backs Press Release (2014年6月29日). 2014年7月31日閲覧。
  8. ^ D-backs' Eric Chavez announces his retirement”. MLB.com D-backs Press Release (2014年7月30日). 2014年7月31日閲覧。
  9. ^ ヤンキース エリク・チャベス特別スカウト就任を発表”. スポーツニッポン (2014年11月1日). 2014年11月2日閲覧。
  10. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  11. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  12. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  13. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  14. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  15. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  16. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  17. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  18. ^ 「2人のゴールドグラブ」『月刊スラッガー』2004年7月号 日本スポーツ企画出版社 6 - 11頁
  19. ^ Notes: American League Best Tools” (英語). baseballamerica.com. 2012年12月1日閲覧。

外部リンク[編集]