コナン (プロレスラー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
コナン
コナンの画像
プロフィール
リングネーム コナン
コナン・エル・パルパロ
セントゥリオン
レランパゴ
マックス・ムーン
ラテン・フューリー
本名 カルロス・サンティアゴ・エスパダ・モイセス
ニックネーム K-Dawg
身長 187cm
体重 115kg
誕生日 1964年6月6日(50歳)
出身地 キューバの旗キューバサンディアゴ
所属 AAA
トレーナー レイ・ミステリオ・シニア
ネグロ・カサス
スペル・アストロ
デビュー 1987年1月6日
テンプレートを表示

コナンKonnan)のリングネームで知られるカルロス・サンティアゴCarlos Santiago Espada Moises1964年6月6日 - )は、キューバサンディアゴ出身のプロレスラーメキシコアメリカプロレス団体で活躍している。

来歴[編集]

6歳でキューバからアメリカに亡命。幼少期をフロリダ州マイアミで過ごす。1982年に地元の高校を卒業後、ストリートギャングの一員となった。更生後にアメリカ海軍に4年入り、ボクシングをしていた。

キャリア初期[編集]

アメリカ海軍除隊後、カリフォルニア州サンディエゴに移住しボディビルを始める。同地のプロレス団体のプロモーターに見出され、1987年1月6日バハ・カリフォルニア州ティフアナのインディー団体でプロレスラーデビュー。以降、1989年よりメキシコのUWA1990年にはEMLLと転戦し、2月にはコナン・エル・パルパロなるリングネームのマスクマンとしてFMWに初来日。当時FMWにコナンを紹介したレッド・バスチェンは「第二のマスカラスになりうる男」とコナンを評価。

1992年AAAに移籍。サイボーグをモチーフとしたマスクマンマックス・ムーンなるギミックでWWFに登場するが、短期間で離脱(後任としてポール・ダイヤモンドが2代目マックス・ムーンに扮した)。

1994年11月、新日本プロレスAAAルチャ・ワールドに参戦するため再来日している。

1995年ECWに参戦。当時ブッカーを務めていたポール・ヘイマンに見出されスポット参戦するようになり、PPVであるNovember to Remember 1995に出場した際にはスカッシュマッチでジェイソン・ナイトから圧勝した。

WCW[編集]

1996年WCWをアメリカでの主戦場に活動。参戦早々の1月29日、ワンマン・ギャングを破りWCW USヘビー級王座を獲得。7月にはUS王座をリック・フレアーに奪取された後に、ケビン・サリバン率いるモンスターユニット、ダンジョン・オブ・ドゥームに加入。

1997年7月14日、一世を風靡した大型ユニットとして知られるnWoに加入。バフ・バグウェルらと中堅としてのポジションを確立し、またやられ役としても活躍。1998年にはnWoが分裂し、ベビーフェイス側となるケビン・ナッシュがリーダーを務めるnWoウルフパックの一員となり、11月30日にはクリス・ジェリコからWCW世界TV王座を奪取している。

1999年、nWoの活動が停止したことによりマスター・P率いるノー・リミット・ソルジャーズに加入するがこれといった活躍ができずに脱退。そしてエディ・ゲレロレイ・ミステリオ・ジュニアビリー・キッドマンといったルチャドーラーたちとフィルシー・アニマルズなるユニットを結成。10月18日にミステリオ・ジュニアとのコンビでハーレム・ヒートからWCW世界タッグ王座を奪取し、11月25日にはキッドマンとのタッグで再びハーレムヒートから同王座を奪取するなど活躍。2000年にはナチュラル・ボーン・スリラーズミスフィッツ・イン・アクションクロニックなどといったユニット間の抗争が起こり、タッグ王座を巡って激闘した。この抗争は2001年まで続いたが、最終的にWCWがWWFに買収されることになった。

TNA & AAA[編集]

WCW崩壊後、TNA2002年6月のPPVに参戦したことをきっかけに、2003年に正式に入団。BG・ジェイムス & ロン・キリングス3LK(3 Live Kru)なるユニットを結成し、タッグ戦線で活躍。11月には3人でタッグ王座を保持していると主張するなどリング内外を暴れ回った。また、同年には古巣であるAAAに復帰。

2005年、BGのWWF時代の相方であるキップ・ジェイムス(ビリー・ガン)が入団し、3LKにメンバー入りしたことで4人となり、ユニット名を4LKへと改称。しかしBGとキップが二人で行動するようになり仲間割れが起きるようになり、結局BGとキップは4LKから離脱し、ジェイムス・ギャングとして活動。結局4LKは解散となった。

4LK解散後、ジェイムス・ギャングとの抗争中、コナン一人では抵抗できなくなってきたことから12月31日にアポロホミサイドを呼び寄せてLAX(The Latin American Xchange)なるヒスパニック系プロレスラーユニットを結成。後にヘルナンデスマチェーテなどが加わり、LAXは一大勢力となった。2007年には人工関節置換術を受けたことから長期欠場。これをきっかけにTNAから退団することになった。

TNA退団後、AAAと単独契約を交わし完全移籍。多国籍大型ユニットであるLa Legión Extranjeraを結成し、リーダーとして君臨。2007年より人工関節置換術を受けていたこともあり、マネージャー的な役割をしていたが、2013年4月より再び試合に出場している。

その他[編集]

1996年プロモ・アステカなるインディー団体を旗揚げしたが、2004年に崩壊している。

得意技[編集]

変型ボストンクラブ。フィニッシャー
変型DDT
変型フェイスバスター
  • ジップロック
スタンディング・レッグロック
スコット・ホールのアウトサイダーズ・エッジと同型のパワーボム

獲得タイトル[編集]

  • CMLL
CMLL世界ヘビー級王座 : 1回
  • WCW
WCW USヘビー級王座 : 1回
WCW世界TV王座 : 1回
WCW世界タッグ王座 : 2回(w / レイ・ミステリオ・ジュニア、ビリー・キッドマン
WWCユニバーサル・ヘビー級王座 : 1回
WWC世界タッグ王座 : 1回(w / カーリー・コロン
  • TNA
NWA世界タッグ王座 : 2回(w / BG・ジェイムスロン・キリングス
  • その他
LAWAヘビー級王座 : 1回
IWAS世界ヘビー級王座 : 1回
IWC世界ヘビー級王座 : 1回
AAAアメリカヘビー級王座 : 1回
CW US北西タッグ王座 : 1回(w / アート・バー
IWAS世界タッグ王座 : 1回(w / レイ・ミステリオ・ジュニア

外部リンク[編集]