ドリュー・マッキンタイア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ドリュー・ギャロウェイ
Drew McIntyre April 2014.jpg
プロフィール
リングネーム ドリュー・ギャロウェイ
ドリュー・マッキンタイア
ハムレット・マクベス
本名 アンドリュー・ギャロウェイ
ニックネーム 選ばれし者
身長 196cm
体重 115kg
誕生日 1985年6月6日(29歳)
出身地 スコットランドの旗 スコットランドエア
デビュー 2001年
テンプレートを表示

ドリュー・マッキンタイアDrew McIntyre)のリングネームで知られるアンドリュー・ギャロウェイAndrew "Drew" Galloway1985年6月6日 - )は、スコットランドプロレスラーエア出身。

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

15歳でプロレスラーとなるためにFWA(Frontier Wrestling Alliance)が主宰するFWAアカデミーにてトレーニングを開始。2007年までイギリスを拠点とするインディー団体で活動。2006年8月27日にはIWW(Irish Whip Wrestling)にてシェイマス・オショネシーからIWWインターナショナルヘビー級王座を奪取している[1]

WWE[編集]

2007年9月、WWEと契約を交わし入団。傘下団体であったOVWでトレーニングを開始。同年10月よりイングランド出身であるデイブ・テイラーのタッグパートナーとして[[スマックダウン{SmackDown!]]に登場し、メジャー・ブラザーズと抗争を繰り広げる。

2008年1月、OVWへと降格。2月にWWEとOVWが関係を解消したためFCWへと移籍。イングランド出身のステュー・ベネットエンパイアThe Empire)というタッグチームを結成し、5月にエディ・コロン & エリック・ペレスからFCWフロリダタッグチーム王座を奪取。タッグ王座陥落後にベネットとタッグを解消し、シングルで活動。2009年3月19日にジョー・ヘニングからFCWフロリダヘビー級王座を奪取した。

2009年8月25日、SmackDown!にて入場の途中であったRトゥルースに急襲。この襲撃をきっかけにRトゥルースと抗争が開始。9月には会長であるビンス・マクマホンがマッキンタイアと契約を交わすアングルが組まれ、未来の世界王者になる男と紹介された。11月よりIC王者であるジョン・モリソンと抗争を開始。12月13日のTLC 2009にてモリソンから勝利して、IC王座を奪取した。

IC王座獲得後も無敗を継続していたが2010年2月23日、SmackDown!でのマネー・イン・ザ・バンクの出場を賭けた予選試合でケインに敗れ無敗記録が止まる。しかし、ビンス・マクマホンがケインのマネー・イン・ザ・バンクへの出場権を与えながらも負けた記録を抹消し、もう一度無敗のまま3月2日のSmackDown!にてマネー・イン・ザ・バンク予選試合でマット・ハーディーと対戦。この試合でも敗戦してしまうが再度ビンスが記録を抹消。同月9日、IC王座とマネー・イン・ザ・バンク出場権を賭けた試合をアーロン・ボロと行い圧勝した。同月16日には挑戦者を募った際にジ・アンダーテイカーが登場し、完敗を喫した。3月28日、WrestleMania XXVIにてマネー・イン・ザ・バンク・ラダーマッチに出場するも敗戦した。

WrestleMania XXVI以降、マネー・イン・ザ・バンク・ラダーマッチで負けた原因となったマット・ハーディーを襲撃するようになり、5月7日のSmackDownではGMであるセオドア・ロングの制止を振り切りマットに暴行を加えたため謹慎処分となる。それでも暴行をやめなかったためにIC王座を剥奪される。王座を剥奪されてもマットに暴行を加えたためロングから解雇を言い渡されることとなった。しかし、ロングより解雇を取り消すというビンスからの手紙を持って登場し、SmackDownに復帰し、IC王座の剥奪も取り消しとなった。その結果、IC王座争奪トーナメントを優勝して王者になるはずでだったコフィ・キングストンと抗争が展開。5月23日のOver the Limit 2010にてコフィを相手に王座防衛戦を行うが敗戦してベルトを奪取された。

王座陥落後、コーディ・ローデスとタッグを組んでに活動。9月19日Night of Champions 2010ではタッグチーム・ターモイルマッチによるWWEタッグ王座戦にてマーク・ヘンリー & エヴァン・ボーンから処理し、王座を獲得した。

10月24日Bragging Rights 2010ではジョン・シナ & デビッド・オタンガに敗戦してベルトを奪取された。王座陥落後、王座再冠を目指してビッグ・ショー & コフィ・キングストンと対戦するがローデスを見殺しにて敗戦となった。試合後、バックステージにて口論となりタッグを解散した。

11月、2年ぶりに開催されたキング・オブ・ザ・リングでは予選でMVPを破るが、1回戦でエゼキエル・ジャクソンとダブルカウントアウトで引き分けたため両者共に敗退した。

3MB時代

2011年4月、ドラフトにてRAWへと移籍したが活躍できず、2012年3月2日のSmackDown!にてロングにより解雇を宣告された。3月9日、1日GMとなったジョン・ロウリネイティスによりホーンスワグルとの試合が組まれて勝利したことで再び契約を結び、WrestleMania 28では負傷欠場したクリスチャンの代役として出場した。

9月、ヒース・スレイタージンダー・マハルと組み3MBを結成。結成当時は左手の親指の付け根を負傷していたためセコンドを務めていたが12月に復帰した。

2014年6月にWWEの公式サイトにて退団する事が発表された[2]

インディー団体[編集]

WWE解雇後、2014年8月8日、EVOLVEに本名であるドリュー・ギャロウェイDrew Galloway)の名義で参戦。当初はシングルマッチが組まれていたが、カードの変更によりEVOLVE王者であるクリス・ヒーローとの王座戦が決定して対戦。勝利してEVOLVE王座を奪取した。

同月29日、地元であるスコットランドを拠点とする団体であるBCW(British Championship Wrestling)にて凱旋し、ジョニー・モスを相手にEVOLVE王座防衛戦を行い勝利している。

得意技[編集]

スナップ式ダブルアームDDT。クラッチの位置が通常のリバースフルネルソンよりも深く、相手の腋の下から腕を通しているのが特徴。フューチャー・ショックDDTと呼称される場合もある。
目潰し。大一番で逆境時に使用し、フィニッシャーへと繋げる。

獲得タイトル[編集]

IC王者時代
FCW王者時代

WWE

FCW

EVOLVE

  • EVOLVE王座 : 1回

その他

  • IWWインターナショナル・ヘビー級王座 : 1回
  • BCWヘビー級王座 : 2回
  • ICWヘビー級王座 : 1回

その他[編集]

入場曲[編集]

  • Metal Heart A
  • Seeing Red
  • Broken Dreams (Shaman's Harvest)
  • One Man Band
  • More Than One Man

脚注[編集]

  1. ^ IWW Title History”. Irish Whip Wrestling.com. 2009年12月25日閲覧。
  2. ^ Brodus Clay, Evan Bourne, Teddy Long, Curt Hawkins and other WWE Superstars released WWE.com、2014年6月12日閲覧。

外部リンク[編集]