ショーン・ヘルナンデス

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ヘルナンデス
Hernandez tna!.jpg
プロフィール
リングネーム ヘルナンデス
ショーン・ヘルナンデス
ミスター・テキサス
マスクド・スーパー・テックス
ホットスタッフ・ヘルナンデス
ダブルアイロン・シーク#2
本名 ショーン・ヘルナンデス
ニックネーム テキサス・サンダーストーム
テックス・メックス・ティーレックス
メキシカン・スーパーマン
スーパーメックス
身長 188cm
体重 129kg
誕生日 1973年2月11日(41歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州ヒューストン
スポーツ歴 アリーナフットボール
トレーナー タグボート・テイラー
ルディ・ボーイ・ゴンザレス
テキサス・レスリング・アカデミースタッフ
デビュー 1996年11月
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ショーン・ヘルナンデスShawn Hernandez1973年2月11日 - )は、アメリカ合衆国の男性レスラー。テキサス州ヒューストン出身。ヘルナンデス(Hernandez)のリングネームでAAATNAなどの団体で活動していることで知られている。

鍛え抜かれた筋肉とタトゥーが特徴。

来歴[編集]

キャリア初期(1996-2003)[編集]

アリーナフットボールの経験を積み、テキサス・レスリング・アカデミーにてタグボート・テイラー、ルディー・ボーイ・ゴンザレスの下でトレーニングを受け、1996年テキサスオールスター・レスリングTexas All-Star Wrestling)にてプロレスデビュー。

2000年から2001年にかけてWWFでジョバーとして働き、ダークマッチにも出場していた。TNAのダークマッチにも出場しつつテキサスオール・レスリング、エクストリーム・テキサスレスリングExtreme Texas Wrestling)、NWAサウスウェストにも出場していた。

2001年になるとNWAで活動をし始め、同年10月13日にはフロリダ州のセントピーターズバーグで行われたNWA20周年記念大会でケビン・ノースカットに勝ち、NWAナショナルヘビー級王座を手に入れタイトルを1年以上保持。しかし、翌年の1月11日、リッキー・マードックに負けタイトルを失った。その約4ヶ月後の5月3日にホルヘ・エストラーダに勝利し、NWA北米ヘビー級王座を手に入れたが、その約4ヶ月後の9月28日にハワイでJ.T.ウルフェンに負けタイトルを失った。

2003年にTNAと契約するまでには、カート・アングルを真似たオマージュレスラーとして、日本の全日本プロレスZERO-ONEで試合をしたり、ROHで活動をしていた。当時はプロ後に獲得したアマチュアレスリングの州チャンピオンのメダルを掲げて入場していた。

TNA(2003-2014)[編集]

エリート・ガード(2003-2004)[編集]

2003年11月22日のTNA Xplosionにて登場、シェーン・ダグラスと対戦するも負ける。その後、04年の6月16日にチャド・コーリーオニキスと共にエリート・ガードElite Guard)として再登場し、3LK(3Live Kru)と二ヶ月以上の抗争を繰り広げ、7月14日にエリート・ガードはジェフ・ジャレットケン・シャムロックと組み、ダスティ・ローデスラリー・ズビスコ、3LKの10人ダックマッチで対決するも負け、同年9月までにヘルナンデスを含むエリート・ガードは全員解雇されてしまう。解雇されたあとはテキサスの様々なインディー団体を活動の場としていた。

LAX(2006-2008)[編集]

06年の3月にTNAと新しい契約を結び、3月31日のTNA XplosionにてホミサイドコナンLAXラテン・アメリカ・エクスチェンジThe Latin American Xchange)を結成した。

8月24日のTNA Imapct!にてNWA世界タッグチーム王座を賭けた試合でヘルナンデスとホミサイドは、王座組のAJスタイルズクリストファー・ダニエルズとのハードコア形式で戦い、激戦の末勝利しタイトルを獲得するも、9月24日のNo Surrenderにて前王者組みのリマッチに敗北し、タイトルを手放してしまう。しかし、10月22日のBound for Gloryにて再びタイトルを獲得する。

タイトル再獲得後はアメリカズ・モスト・ウォンテッド(クリス・ハリスジェームズ・ストームのタッグ)との抗争を経てチーム3Dとも抗争し、PPVで何回も試合を繰り返し、07年4月のLockdownにてタイトルを賭けて対戦するもホミサイドがフォールされタイトルを手放してしまう。その後はAJスタイルズトラヴィス・トムコが所持するTNA世界タッグチーム王座(後にエリック・ヤングとカズがタイトルを奪い取るも返上)を獲得するためにザ・ロック・レイヴ・インフェクション(ジミー・レイブランス・ロックのタッグ)やモーター・シティ・マシンガンズ(アレックス・シェリークリス・セイビンのタッグ)と戦い、08年5月11日のSacrificeでチーム3Dと対戦して勝利し、TNA世界タッグチーム王座を獲得するが、8月10日のHard Justiceにてビア・マネー・インク(ジェームズ・ストームとロバート・ルードのタッグ)にタイトルを奪われてしまう。

シングル活動~マット・モーガンとの共闘、抗争(2009-2010)[編集]

4月30日のImpact!にて、ブリティッシュ・インベンションのダグ・ウィリアムズマグナスロブ・テリーに襲われ欠場する(首の怪我を治療するためのアングル)。7月23日のImpact!にてサモア・ジョータズに襲われているホミサイドを救出するために復帰するものの、9月10日のImpact!にてホミサイドが裏切りLAXは解散する。09年のNo SurrenderにてメインのTNA王座戦に参加するも乱入され獲得できず、しばらくはシングルプレイヤーとして活動する。

しばらくはシングルプレイヤーとして活動すると、TNAの若手レスラーの起用に反目するようになり、それがきっかけでマット・モーガンディアンジェロ・ディネロと行動を供にするようになり、TNA側のライノチーム3Dと抗争し、Final Resolutionにてチーム3D、ライノ、ジェシー・ニールと前述の3人で対決して勝利する。

意気投合したマット・モーガンと、ブリティッシュ・インベンションの持つTNA世界タッグチーム王座に狙いを定め、タイトル獲得へ何回もアピールを繰り返し、10年のGenesisにてブリティッシュ・インベンションからTNA世界タッグチーム王座を奪取した。しかし、Against ALL Oddsのトーナメント初戦でぶつかり、ちょっとしたラフプレイによりモーガンが勝ち、この頃から不仲になっていく。Destination Xにてビア・マネー・インクに誤爆を繰り返しながらも勝利する。

その後パートナーのモーガンと小競り合いをしていたが、モーガンとの試合中にブートを食らった際、古傷の首を再び負傷してしまう。そのため、4月5日のImpact!にてモーガンが唯一のタッグチームチャンピオンと宣言し、モーガンは1人でタッグチーム王座のチャンプとなった。

2ヵ月後の6月には復帰したが、復帰早々モーガンを攻撃して裏切り、タッグを解消し抗争へと移ったSlammiversaryとVictory Roadでスチールケージ・マッチ形式でモーガンと対戦して勝利し、抗争を一時的に終了。ヘルナンデスはTNAから一時的に離脱し、AAAへ参戦していた。

メキシカン・アメリカ(2011-2012)[編集]

2011年2月10日にヘルナンデスはイモータルのエリック・ビショフに雇われる形でヒールとしてTNAに復帰し、マット・モーガンと再抗争し始めた。そしてロシータとサリータと合流、3月13日のVictory Roadでマット・モーガンに勝利し、ロシータサリータ、ヘルナンデスのコンビはメキシカン・アメリカMexican America)と名乗るようになった。

メキシカン・アメリカはマット・モーガンウィンターアンジェリーナ・ラブと対戦するが敗北してしまうも、試合後に観客がモーガンを攻撃する珍事が発生。(この観客はメキシカン・アメリカの新メンバーであるアナーキアだった。)そして4月のLockdownにマット・モーガンとケージ・マッチで戦うも敗北し、マット・モーガンとの抗争は終了する。

5月のPPVであるSacrificeでインク・インク(シャノン・ムーアジェシー・ニールのタッグ)に勝利し、アレックス・シェリーとジェームズ・ストーム(本来はビア・マネー・インクが持っていたが、ロバート・ルードが負傷したためアレックス・シェリーが一時的なパートナーとして保持していた)の持つTNA世界タッグ王座にアナーキアと共にタイトル挑戦を主張し始めた。7月のImapctにて世界タッグ王座に挑戦するためのアピールとして、ロシータの助けを借り、ヘルナンデスとアナーキアはブリティッシュ・インベンション(ダグラス・ウィリアムスとマグナスのタッグ)に勝利し、8月のHardcore Justiceにてビアマネー・インクと対戦し、敗北してタイトル獲得は失敗してしまうも、2日後のImpactにてメキシカン・ヘビー王座のジェフ・ジャレットの助けを借りつつビア・マネー・インクを破りタイトルを奪取する。

9月のNo Surrenderにてディーボンディアンジェロ・ディネロ組とタイトルを賭け戦い、ロシータ、サリータの介入を挟みつつ勝利する。10月のBound for Gloryのダークマッチでインク・インク相手に防衛。11月13日のTurning Pointでタッグのベルトを賭け、メキシカン・アメリカはサリータと組み、インク・インクとトキシンの6人タッグマッチで対戦し、勝利する。しかし、その後の通常放送でマット・モーガン、クリムゾン組にタイトルを奪取されてしまう。

アナーキアと共にリマッチ権を行使しリマッチするも敗北し、再び一時的に離脱する。その後三ヵ月後の2012年3月22日に復帰し、再びアナーキアと共にタッグ王座(この時のチャンプはメキシカン・アメリカを破ったクリムゾンとマット・モーガン組ではなく、そのタッグを破ったサモア・ジョーとマグナス組)に挑戦するも負けてしまう。

チャボ・ゲレロ・ジュニアとのタッグ(2012-2013)[編集]

4月になるとパートナーであるアナーキアがTNAから解雇されると同時にヘルナンデスも離脱してしまう。その後ストーリーに組まれるわけでもなく、6月のPPVであるSlammiversaryでキッド・キャッシュとシングルを行い勝利し復帰する。そして通常放送でディーボンのオープンチャレンジでTNATV王座に挑戦するも敗北してしまう。

同じく6月にWWEから離脱し、TNAに参戦したチャボ・ゲレロ・ジュニアの登場スピーチを妨害したガンナーとキッド・キャッシュをチャボ共に追い払いタッグ活動を始める。8月のHardcore Justiceでチャボとタッグを組み、ガンナー、キッド・キャッシュ組と対戦し勝利している。

9月になるとハルク・ホーガンにより、クリストファー・ダニエルズとカザリアンの持つTNA世界タッグチーム王座に挑戦権を与えられるが、負けてしまう。しかし、10月14日のBound for Gloryの王座組のダニエルズとカザリアン、AJスタイルズとカート・アングルの3wayマッチにてタッグ王座を獲得する。11月のTurning Pointで前王者組からのリマッチを受けるも防衛している。

2014年4月13日、TNAから解雇となった。

得意技[編集]

ボーダー・トス
ハイジャックバックブリーカーの体勢から前方へ投げっ放しパワーボムの要領で前方へ投げ捨てる技。投げられる相手は危険な角度で落とされることが多い。インディーに参戦していた頃はメガ・ボムの名前で使用していた。
トップコーナーからのダイビング・スプラッシュ
カナディアンバックブリーカーの体勢から相手を反転させてマットに叩きつける変形フェイスバスター
ブロックバスターの体勢から相手を一気に持ち上げてからのシットダウン・パワーボム
ビッグマン・ダイブ
リング内から助走をつけてノータッチで場外の相手へダイブして体ごとぶつける。ノータッチ・プランチャ
クラッカージャック
相手の喉を両手で鷲掴みにしてからオーバー・ヘッド式フロント・スープレックスの様に後方へ投げ捨てる。雪崩式で使う事もある。

獲得タイトル[編集]

TNA
ETW(Extreme Texas Wrestling)
  • ETWテキサス王座:1回
FEW(Full Effect Wrestling)
  • FEWヘビー級王座:1回
IWA(International Wrestling Association)
  • IWA世界タッグチーム王座:1回(w/ホミサイド)
JAPW(Jersey All Pro Wrestling)
  • JAPWタッグチーム王座:1回(w/ホミサイド)
NWAフロリダ
  • NWAナショナルヘビー級王座:1回
NWAサウスウェスト
  • NWAテキサスヘビー級王座:3回
NWAワイルドサイド
  • NWA北米アメリカヘビー級王座:1回
  • NWAワイルドサイド・ヘビー級王座:1回
RCW(River City Wrestling)
  • RCWヘビー級王座:1回
TASW(Texas All Star Wrestling)
  • TASWヘビー級王座:1回
  • TASWタッグチーム王座:1回(w/ミニスタッフ)
  • TASWハードコア王座:1回
TWE(Texas Wrestling Entertainment)
  • TWEヘビー級王座:1回
XCWレスリング
  • XCWヘビー級王座:1回
  • XCWTNT王座

その他[編集]

  • TNAとAAAの提携のためにAAAに06年と10年に参戦している。
  • リズという娘がおりパワーリフティングをしている。
  • 日本で試合をしていた頃はカート・アングルのオマージュレスラー(リングネームは本名のショーン・ヘルナンデス)として活動していた。この時は現在のようなコスチュームではなく、アングルと同じように、レスリングのコスチュームだった。
  • 2012年の2月にアンドレ・アルバレスと一緒にテキサス州ヒューストンにてラティーノ・レスリング・エンターテイメントLWE)という新しいプロレス団体のプロモーションを開始した。