ケン・シャムロック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ケン・シャムロック
Ken Shamrock marines 2005 crop.jpg
基本情報
本名 ケネス・ウェイン・キルパトリック
(Kenneth Wayne Kilpatrick)
通称 アルティメットヒーロー
最も危険な男
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 1964年2月11日(50歳)
出身地 ジョージア州メイコン
所属 ライオンズ・デン
身長 184cm
体重 93kg
リーチ 177cm
階級 ライトヘビー級ヘビー級
スタイル レスリングプロレス
テンプレートを表示

ケン・シャムロックKen Shamrock、男性、1964年2月11日 - )は、アメリカ合衆国総合格闘家プロレスラージョージア州メイコン出身。ライオンズ・デン主宰。初代無差別級キング・オブ・パンクラシスト

初期のリングネームウェイン・シャムロックPRIDEUFCWWETNA、パンクラスなどの団体に参戦経験を持つ。

総合格闘家のフランク・シャムロックは弟(戸籍上)だが、両名とも養子であり、血の繋がりはない。格闘家のロビー・キルパトリックは兄である。

来歴[編集]

父親の影響で10歳からアマチュアレスリングを始めた。アマチュアレスリングで活躍した後、ネルソン・ロイヤルが主宰していたレスリングスクールに入り、1989年にプロデビュー。1989年9月、全日本プロレスに初来日するも、新人でキャリアが浅かったことと、全日のファイトスタイルに適合しなかったため、評価は芳しくなく、週刊プロレスでかつて掲載されていた、外人レスラーの通信簿では10点満点の1点という最低の評価で、「ダメ外人レスラー」扱いされていた。

新日本プロレスに参戦した際、当時、藤原喜明が開いていた「関節技教室」(藤原道場)で、サブミッションを学び現在のスタイルの基礎ができあがっていく。同時期、この「関節技教室」には船木誠勝獣神サンダー・ライガーなども学びに来ている。

1990年10月、第2次UWFに参戦してからは、自身のファイトスタイルに適合したのか、見違えるようなファイトを見せるようになり、UWF崩壊後、プロフェッショナルレスリング藤原組を経てパンクラスに参戦。旗揚げ戦のメインイベントで船木誠勝と対戦し、肩固め(当時の報道ではスリーパーホールド)で勝利するなど、初期パンクラスでは外人エースとして活躍した。

1993年11月12日、UFCの第1回大会UFC 1のトーナメント準決勝でホイス・グレイシーと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。 1995年4月7日のUFC 5でホイスとの再戦が行われ、30分+6分の延長戦の末、両者ドローとなった。

1997年2月24日、WWF(現・WWE)に「The World's Most Dangerous Man」(世界で最も危険な男)のニックネームでデビュー。同年12月7日、ショーン・マイケルズの持つWWF王座に挑戦するも、ハンター・ハースト・ヘルムスリーの乱入で反則勝ちとなり、規定により王座獲得ならず。1998年10月12日、8人トーナメントを制し、WWF・インターコンチネンタル王座を獲得。同年12月14日、ビッグ・ボスマンとのコンビでニュー・エイジ・アウトローズからWWF・世界タッグチーム王座を奪取。1999年にWWFを離れた。

2000年5月21日、PRIDE初参戦となったPRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦のスペシャルマッチでアレクサンダー大塚と対戦し、左フックでTKO勝ち。試合後に長々とマイクパフォーマンスをしたことから観客からブーイングを受けた。

2002年2月24日、PRIDE.19ドン・フライと対戦し、判定負け。フライとはUFC時代の禍根で犬猿の仲として有名だったが、試合後は健闘を称えあって握手した。

2002年11月22日、UFC 40のUFC世界ライトヘビー級タイトルマッチでティト・オーティズに挑戦。3R終了時に顔面の腫れと出血によるドクターストップ負けとなった[1]

2003年、ホイス・グレイシーとともにUFCの殿堂入りが決定し、11月21日のUFC 45で表彰式が行われ、透明なオクタゴン型の盾が授与された。同時にUFC公式サイトで投票されたUFC歴代人気ファイターベスト10が発表され、ランディ・クートゥアに次ぐ2位となった[2]

2005年10月23日、PRIDE.30桜庭和志と対戦し、右ストレートでKO負け。

2006年4月から6月にかけて放送されたリアリティ番組「The Ultimate Fighter 3」でティト・オーティズと共にコーチを務めた。

2008年10月4日、EliteXCキンボ・スライスと対戦予定であったが、試合前のウォーミングアップでトレーニング・パートナーの頭がヒットし、目尻を6針縫う負傷をしたためドクターストップとなった[3]

2009年2月13日、ロス・クリフトンに一本勝ちを収めるも、後に禁止薬物の陽性反応が出たため、3月21日に予定されていたボビー・ラシュリーとの試合は中止となった。

人物[編集]

  • 息子のライアン・シャムロックも2007年8月25日に18歳で総合格闘家デビューを果たした。
  • 格闘技情報サイト・「CBS Sports」ではパンクラス創設の背景としてジャイアント馬場、アントニオ猪木などの古参選手を暗喩しつつ「身体の衰えた40代50代の人間が試合をしているのはおかしい。本当に強い者が勝つ団体を作りたかった」と本人が第2次UWF時代憤っていた様子が記述された。パンクラスも初期に限って完全な真剣勝負を行うことができていなかったという指摘について「やりたくはなかったが、そういう試合をしたことも数回あります」と八百長関与を認めるような発言も確認された。[4]

戦績[編集]

総合格闘技 戦績
43 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
27 2 23 2 0 2 0
14 8 4 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ペドロ・ヒーゾ 1R 3:33 TKO(ローキック→パウンド) Impact FC 2 - The Uprising: Sydney 2010年7月18日
ロス・クリフトン 1R 1:00 腕ひしぎ十字固め WarGods/Ken Shamrock Productions: The Valentine's Eve Massacre 2009年2月13日
× ロバート・ベリー 1R 3:26 KO(右ストレート) Cage Rage 25: Bring it On 2008年3月8日
× ティト・オーティズ 1R 2:23 TKO(パウンド) Ortiz vs. Shamrock 3: The Final Chapter 2006年10月10日
× ティト・オーティズ 1R 1:18 TKO(パウンド) UFC 61: Bitter Rivals 2006年7月8日
× 桜庭和志 1R 2:27 KO(右ストレート) PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
× リッチ・フランクリン 1R 2:42 TKO(パウンド) The Ultimate Fighter 1 Finale 2005年4月9日
キモ 1R 1:26 KO(右膝蹴り) UFC 48: Payback 2004年6月19日
× ティト・オーティズ 3R終了時 TKO(ドクターストップ:顔面カット) UFC 40: Vendetta
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2002年11月22日
× ドン・フライ 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 PRIDE.19 2002年2月24日
サム・アドキンス 1R 1:26 チキンウィングアームロック WMMAA 1 - MegaFights 2001年8月10日
× 藤田和之 1R 6:46 TKO(タオル投入) PRIDE.10 2000年8月27日
アレクサンダー大塚 1R 9:43 TKO(左フック) PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦 2000年5月21日
ブライアン・ジョンストン 5:48 前腕チョーク Ultimate Ultimate 1996
【1回戦】
1996年12月7日
× ダン・スバーン 30分終了 判定1-2 UFC 9: Motor City Madness 1996年5月17日
キモ 4:24 膝十字固め UFC 8: David vs. Goliath 1996年2月16日
高橋義生 20分1R終了 判定 パンクラス PANCRASE TOUR 1996 TRUTH 1996年1月28日
稲垣克臣 1R 3:19 肩固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年12月14日
オレッグ・タクタロフ 30分+延長3分終了 ドロー UFC 7: The Brawl in Buffalo 1995年9月8日
ラリー・パパドポロス 1R 2:18 アキレス腱固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年7月22日
ダン・スバーン 2:14 フロントチョーク UFC 6: Clash of The Titans 1995年7月14日
× 鈴木みのる 1R 2:14 膝十字固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST
【キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1995年5月13日
ホイス・グレイシー 30分+延長6分終了 ドロー UFC 5: The Return of The Beast 1995年4月7日
バス・ルッテン 1R 1:01 膝十字固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST
【キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1995年3月10日
リオン・ダイク 1R 4:45 ヒールホールド パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年1月26日
山田学 30分1R終了 判定3-0 パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 決勝】
1994年12月17日
船木誠勝 1R 5:50 肩固め パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 準決勝】
1994年12月17日
モーリス・スミス 1R 4:23 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 2回戦】
1994年12月16日
アレックス・クック 1R 1:31 ヒールホールド パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 1回戦】
1994年12月16日
冨宅祐輔 1R 3:13 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年10月15日
フェリックス・ミッチェル 4:34 チョークスリーパー UFC 3: The American Dream
【準決勝】
1994年9月9日
クリストフ・レニンガー 4:47 打撃 UFC 3: The American Dream
【1回戦】
1994年9月9日
× 船木誠勝 1R 2:30 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年9月1日
バス・ルッテン 1R 16:42 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年7月26日
マット・ヒューム 1R 5:50 アームロック パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年7月6日
× フランク"アニマル"ロブマン 2R 2:25 KO(ローキック) パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年5月31日
柳澤龍志 1R 7:30 ヒールホールド パンクラス 1994 PANCRASH! 1994年4月21日
× 鈴木みのる 1R 7:37 膝十字固め パンクラス 1994 PANCRASH! 1994年1月19日
アンドレ・フォン・デ・ウットラー 1R 1:04 アキレス腱固め パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年12月8日
× ホイス・グレイシー 0:57 チョークスリーパー UFC 1: The Beginning
【準決勝】
1993年11月12日
パトリック・スミス 1:49 ヒールホールド UFC 1: The Beginning
【1回戦】
1993年11月12日
冨宅祐輔 1R 0:44 チョークスリーパー パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年11月8日
高橋義生 1R 12:23 ヒールホールド パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年10月14日
船木誠勝 1R 6:15 肩固め パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年9月21日

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
初代
初代パンクラス無差別級王者

1994年12月17日 - 1995年5月13日

次王者
鈴木みのる