アンドリュー・マーチン

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アンドリュー・マーチン
アンドリュー・マーチンの画像
プロフィール
リングネーム アンドリュー・マーチン
テスト
ビッグ・フット
マーチン・ケイン
T・J・サンダー
本名 アンドリュー・マーチン
ニックネーム ザ・パニッシャー
ザ・テスト
God's Gift
身長 201cm
体重 129kg
誕生日 1975年3月17日
死亡日 2009年3月13日(満33歳没)
出身地 カナダの旗 カナダ
オンタリオ州トロント
トレーナー ブレット・ハート
ドリー・ファンク・ジュニア
レオ・バーク
デビュー 1997年
引退 2009年
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アンドリュー・テスト・マーチンAndrew "Test" Martin1975年3月17日 - 2009年3月13日)は、カナダプロレスラーオンタリオ州トロント出身。テストTest)のリングネームでの活動で知られる。

かつてはミドルネームは異なる名前であったが、2005年に法的手続きを取り、ミドルネームに最も知られたリングネームを持つ形に改名した。最終所属はTNA

来歴[編集]

1997年にプロレスデビュー。デビュー後まもなくWWF(現WWE)と契約した。WWFへの初登場は、モトリー・クルーがWWFでバンド演奏を行った際のボディーガード役である。1998年ビンス・マクマホンのボディーガード役で、テストのリングネームでレスラーとしてWWF再登場を果たす。

ビンス率いるコーポレーションの一員として活動した後、1999年にはビンスの実の娘のステファニー・マクマホンの恋人役として活動する。RAWの番組にて、ステファニーとアングル上の結婚を予定していたがトリプルHにステファニーを奪われるストーリーを演じた。

2001年にはアルバートトリッシュ・ストラタスタッグチームT&Aを結成して活動。2001年後半にはWCW/ECWとWWFの団体対抗戦ストーリーが始まり、WWF以外に所属した過去がない選手であれば殆どベビーフェイスで固まる中、WCW&ECW連合軍であるアライアンスに加入した(テスト自身には独立時代の両団体に所属した経歴はない)。

2002年には、クリスチャンランス・ストーム率いる嫌米軍に加入しヒールとして活動した。同年10月からは、当時実生活においても恋人関係にあったステイシー・キーブラーが番組上でも恋人兼マネージャーとなり、共に行動するようになった。ステイシーとは2003年ロイヤルランブルまで共に行動したが、その後もステイシーとのストーリーが組まれた。その後、嫌米軍に所属していた過去がありながら、嫌米でフランス至上主義タッグのラ・レジスタンスとの抗争が始まり、同じくレジスタンスと敵対していたスコット・スタイナーと利害一致する。テスト自身は乗り気ではなかったが、戦力強化を望んだステイシーの希望によりスタイナーとのタッグチームを結成した。だがこの頃からテストは恋人であるステイシーがいるのに別の女性(トリー・ウィルソン)に求愛し始める、いわば女たらしギミックへの路線変更となる。愛情を失ったのかステイシーを盾にしたり都合の良い道具として扱いだし、そこにスタイナーが介入した事でスタイナーとテストに遺恨が生まれ、ステイシーを巡って争う古典的ストーリーが展開された。

2004年に入り、リングでの活動で酷使してきた首の怪我が悪化しWWEを休場。しかし休場中である同年11月1日、治療費などの経費等を渋ったWWEに解雇された。尚、怪我が回復しだい再契約してもいいとエージェントのジョニー・エースを通じて申し込まれたが、テストは「結構だ」と断ったとされている。2005年の5月にリング復帰。以降はインディ団体を中心に試合を行っていた。

2006年に入り、WWEへの復帰話が浮上。同年3月22日に、WWEより契約が発表された。その後はWWE版ECWに所属し、王座前線の一員として活躍する。パワーファイトでは説得力十分のレスラーではあったが、元々レスリングの展開力が団体内でもあまり高くなかった為、レスリング技術やハードコア(両方あくまでWWEレベル)重視のECWに在籍する事自体、適所とは言えなかった。 ステロイド使用が発覚したため、2007年2月に解雇された。

2007年8月2日TNAに登場。"ザ・パニッシャー" アンドリュー・マーチンとして、スティングアビスのフェイス軍に合流する。

2007年12月19日、プロレスからの引退を発表した。2008年3月のアイルランド遠征で最後の試合を行う予定であった。

2009年2月、引退を撤回しビッグバン・ベイダーがプロデュースする興行に参戦。

2009年3月13日、フロリダ州タンパにある自宅で死亡しているのが発見された[1]。死因はオキシコドンオーバードーズによるものであり、晩年には慢性外傷性脳症(CTE)に苦しんでいたことが明らかにされた。

得意技[編集]

ECW所属以降にフィニッシュ・ムーブとして使用。
カウンターとしてではなく、自ら相手に向かって走り繰り出す。
ECW時代以降は殆ど見られなくなった。
ビッグブートと並列して使用されたフィニッシュ・ムーブ。
主に試合中盤に見られた技。

獲得タイトル[編集]

WWW (Wild West Wrestling)
  • WWWヘビー級王座 : 1回
WWE

入場曲[編集]

  • This Is A Test(同曲名で微調整やアレンジされたものが数種類存在する)
  • We Salute

脚注[編集]

外部リンク[編集]