ライアン・リーブス

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ライバック
Ryback Jan 2013.jpg
プロフィール
リングネーム ライバック
スキップ・シェフィールド
ライアン・リーブス
ニックネーム シルバーバック
ヒューマン・レッキングボール[1]
身長 191cm
体重 132kg
誕生日 1981年11月10日(32歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ネバダ州ラスベガス
所属 WWE
スポーツ歴 アメリカンフットボール
野球
ボディビルディング
トレーナー ビル・デモット
アル・スノー
ジョディ・ハミルトン
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ライアン・リーブスRyan Reeves1981年11月10日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーネバダ州ラスベガス出身。現在はアメリカ合衆国プロレス団体WWEにてライバックRyback)のリングネームで活動している。

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

プロレスラーになる以前は野球アメリカンフットボールボディビルディングなどをしていた。

2004年、ボディビルダーとして活動する傍ら、エンタープロレスリングに入団。早い期間でプロレスラーとしてデビューする。同年、WWEの企画するリアリティーショー系のテレビ番組100万ドルタフイナフに参加。ダニエル・ピューダーミズと競い合い、決勝まで進出したが優勝することはできなかった。しかし、その能力に目をつけた上層部に認められ、WWEとディベロップメント契約することとなった。その後下部組織のDSWOVWなどで活動。

2008年 - 2011年[編集]

スキップ・シェフィールド時代

2008年に未来からタイムスリップしてきたターミネーターというギミックであるライバックRyback)のリングネームでOVWヘビー級王座を奪取。2月にOVWがWWEとの関係を解消したことによりFCWへと移籍。リングネームをスキップ・シェフィールドSkip Sheffield)へと変更。FCWフロリダタッグチーム王座FCWフロリダヘビー級王座に数度挑戦するも、いずれも奪取できなかった。

2010年ECWが放送終了となり、新設された番組であるNXTのシーズン1にルーキーとして参加。ウィリアム・リーガルをプロに迎え、パワーを見せつけるも第6位という結果で終わった。その後シーズン1のルーキーで結成されたネクサスの一員として暴れ回るが、8月にハワイでのハウスショーで左足首を負傷。ネクサスを離脱することになり、まだ試合には復帰できない状態であったが、1年以上経った2011年12月にフロリダ州サンライズで行われたRAWハウスショーにて復帰。アレックス・ライリーと対戦し、復帰後初勝利を飾った。


2012年[編集]

2012年SmackDown!にてOVW時代に使用していたリングネームであるライバック名義で復帰。ゴールドバーグのような無敵の超人ギミックで無名の若手レスラーたちを次々と瞬殺、さらには2対1のハンディ戦でも同様に勝利。カート・ホーキンスタイラー・レックス、さらにはこの二人とのハンディ戦をも、苦戦しながらも勝利。9月24日のRAWにて、ステージ裏でミック・フォーリーを襲撃したWWE王者CMパンクと対峙、翌週にはジム・ロスを侮辱するパンクを威嚇し、ビンス・マクマホンによってHell in a Cell 2012にてヘル・イン・ア・セル・マッチでのWWE王座戦における挑戦者候補に指名される。そして同じく候補者となっていたジョン・シナから挑戦権を譲られる形となり、正式な挑戦者に決定した。10月28日、Hell in a Cell 2012にて王座戦では終始CMパンクを圧倒したが、シェルショックをパンクに仕掛けようとしたところにレフェリーであるブラッド・マドックスローブローを浴びせられ、その隙を突いたパンクの丸め込みとマドックスの高速カウントによる初の黒星をつけられた。その後もWWE王座戦に数度挑戦するが、いずれもザ・シールドからの暴行を受けることで王座取得ならずとなった。

2013年[編集]

2013年1月27日、PPVであるRoyal Rumble 2013にてロイヤルランブルマッチに初出場すると共に最終入場順である30人目に登場。ダミアン・サンドウランディ・オートンザ・ミズシン・カラといったレスラーを次々と脱落させ、最終的にシェイマス、シナの三つ巴戦へと展開。シェイマスを脱落へ追い込んだものの、最後はシナとの一騎打ちとなり敗れた。

Royal Rumble後、再びザ・シールドから襲撃されるようになり、シナ、シェイマスと結託して抗争を開始。2月17日、PPVであるElimination Chamber 2013や翌日のRAWでザ・シールドと6人タッグマッチ(後者はシナ→ジェリコ)を行いどちらも敗れた。

Wrestle Mania 29ではマーク・ヘンリーと対戦するも敗戦。翌日のRAWでシナがヘンリーに襲わた所を助けたが、直後にシナを急襲しヒールターン。さらにWWE王座への挑戦も表明し、Extreme Rules 2013での王座戦となるラストマン・スタンディング・マッチを行った。結果は引き分けとなったために決着は持ち越しとなり、6月16日のPaybackにてシナとの遺恨戦が決定。アンビュランスマッチを提案するがシナの更なる提案により、アンビュランスマッチを含んだ地獄の三本勝負(ランバージャックマッチ、テーブルマッチ、アンビュランスマッチ)を行い敗戦した。

シナとの抗争後、CMパンクと抗争するポール・ヘイマンを援護する形で登場するも敗戦した。以降、ヘイマンがマネージメントを担当するポール・ヘイマンズ・ガイPaul Heyman`s guy)の一員となってカーティス・アクセルと共闘するようになり、CMパンクと激闘を繰り広げるも勝つことができず、11月11日のRAWにてヘイマンを見限り、アクセルとのタッグチーム、ライバクセルRybAxel)を結成して活動。12月2日のRAWでコフィ・キングストン & ザ・ミズ、5日のSmackDownでゴールダスト & コーディ・ローデスから連勝して勢いをつけるも15日のPPVであるTLC 2013にて争奪フェイタル4ウェイタッグマッチにおけるWWEタッグ王座戦に挑むもベルトを奪取するに至らなかった。

2014年[編集]

2014年1月6日、Superstarsにてドルフ・ジグラーと対戦した際、ジグラーにラリアットを喰らわせて脳震盪にさせてしまった。試合後にTwitterにてジグラーを馬鹿にするという問題を起こしている。

得意技[編集]

現在のフィニッシャー。相手をフィッシャーマンの態勢で担ぎあげて、リング上を行進した後、バックフリップ式に後ろに落とす。2013年3月よりフィッシャーマンではなくバックフリップの体制で使用している。
スキップ・シェフィールド時代のフィニッシャー。現在は繋ぎ技として使用されており、助走をつけてクローズラインを相手に打ち込む。ワインドアップ式も使用する。スキップ・シェフィールド時代ではランニング・ハイインパクト・クローズラインという技名であった。
NXT時代のフィニッシャー。ネクサス時代は使用しなかった。相手をファイヤーマンズキャリーで担ぎ、おんぶしてからのスタナー。ライバックとして復帰してからは繋ぎ技として使用。スリーパーをかけてきた敵に使用することも。
蹴った後そのまま相手を踏みつけるような形をとる。カウンター式で繰り出されることが多い。
相手を自身と向き合うような形で肩に担ぎ、勢いを付けて相手を回転させ反対の肩に持ち替えてからのパワースラム。

獲得タイトル[編集]

  • OVWヘビー級王座 : 1回

入場曲[編集]

  • Anthem
  • Regality
  • Wild And Young
  • We Are One (12 Stones)
  • Meat
  • Meat On the Table
  • Meat On the Perfect Table

脚注[編集]

  1. ^ WWE Live日本公演2013の楽しみ方~注目マッチを予習しておく~”. WWE Japan. 2013年10月1日閲覧。

外部リンク[編集]

WWE.comプロフィール