テヴィタ・フィフィタ

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カマーチョ
カマーチョの画像
左(カマーチョ)右(フニコ)
プロフィール
リングネーム カマーチョ
ドニー・マーロウ
トンガ
エージェントT
ヌク
テヴィタ・フィフィタ
本名 テヴィタ・フィフィタ
ニックネーム 南海の暴君二世
身長 188cm
体重 104kg
誕生日 1978年12月23日(35歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州キッシミー
スポーツ歴 アメリカンフットボール
トレーナー チーム3Dアカデミー
デビュー 2008年
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テヴィタ・フィフィタTevita Fifita1978年12月23日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーフロリダ州キッシミー出身。

父はキング・ハクのリングネームで有名なウリウリ・フィフィタ。弟は現在新日本プロレスなどにフリー参戦しているタマ・トンガことピート・フィフィタ

来歴[編集]

プロレスラーになる以前は、テキサス大学エル・パソ校でアメリカンフットボール選手として活躍した。

チーム3Dアカデミーでトレーニングを積み、卒業後はフロリダ州を拠点とするインディー団体であるWXW(World Xtreme Wrestling)を中心に活動。WXWでは弟であるピート・フィフィタソンズ・オブ・トンガThe Sos of Tonga)なる兄弟タッグチームを結成してテヴィタはヌクNuku)、ピートはカヴァのリングネームに変更。しかしWWEでの入団テストを受けて合格した事もあり、ピートとのWXWでの活動は短期間に終わった。

2009年2月、WWEとディベロップメント契約を交わし入団。傘下団体のFCWトンガTonga)のリングネームでデビュー。同年3月にはエイブラハム・ワシントンを守るSPギミックであるエージェントTAgent T)となってコミック路線に移動。

同年7月、リングネームをドニー・マーロウDonny Marlow)へと変更してタッグ戦線に復帰。ジミー・ウーソ & ジュレス・ウーソのウーソズと組んで、サモアン・ソルジャーズThe Samoan Soldiers)というユニットを結成。ウーソズがWWEへと昇格し、タッグが自然消滅すると今度はブローダス・クレイをパートナーにし、かつて父のキング・ハクアンドレ・ザ・ジャイアントと組んでいたタッグチームと同じチーム名のコロッサル・コネクションThe Colossal Connection)を結成。FCWフロリダタッグチーム王座に数度挑戦するも手に届かなかった。

2011年に入ってからリーキーとタッグを結成するが、7月21日にはタッグパートナーをCJ・パーカーに変更してFCWフロリダタッグチーム王座に挑戦し、奪取に成功した。12月よりWWEへ昇格し、15日に放送されたSuperstarsフニコの相棒として登場。

2012年1月よりリングネームをカマーチョCamacho)に変更。フニコとのタッグで活動するが、NXTやSuperstarsでの出場が主となり、6月にはフニコが負傷し欠場。以降、FCWと統合したNXTでの出場が中心となってエイデン・イングリッシュと組んでビッグ・E・ラングストンと長期抗争し、ハンディーキャップマッチやラングストン対イングリッシュのシングルマッチ中に介入して邪魔をするなどしたが、いずれも返り討ちに遭って一度も勝つことができずに抗争は終了した。

2013年4月、WrestleMania Axxessにて復帰した相棒のフニコとタッグを組んでエゼキエル・ジャクソン & ヨシ・タツと対戦するが、敗戦した。10月24日、NXTのテーピングにてテレビショーに復帰、フニコとのタッグでジ・アセンションから勝利した。

2014年1月、フニコがシン・カラとして活動するようになってからは自身はNXTにてシングルプレイヤーへと転向。同年4月よりアダム・ローズと抗争を開始。4月28日、彼の信望者の一人であるキャプテン・コミックを襲撃し、5月8日にはキャプテン・コミックが遺恨戦を要求してきた事から試合を行い圧勝した。5月29日、NXTのTakeoverにてアダム・ローズと因縁の対決を行うも敗戦した。

2014年6月12日、WWEの公式サイトにて退団することが発表された[1]

得意技[編集]

ランニング・サモアンドロップ
フィニッシャー。
パワースラム
ヘッドバット
パワーボム
ダイビング・スプラッシュ

獲得タイトル[編集]

FCW
w / CJ・パーカー

入場曲[編集]

  • Hubba Smubba
  • Bad Man

脚注[編集]

外部リンク[編集]