シェクター
| 種類 | プライベート・カンパニー |
|---|---|
| 略称 | シェクター |
| 本社所在地 | 1840 Valpreda Street Burbank, California 91504, USA |
| 設立 | アメリカ・カリフォルニア州ヴァンナイズ(1976年) |
| 業種 | 楽器製造 |
| 事業内容 | エレクトリックギター エレクトリックベース アコースティックギター |
| 代表者 | マイケル・シラヴォロ(社長) |
| 主要株主 | 渋谷尚武(配給者/オーナー) |
| 主要子会社 | デイジー・ロック・ギター |
| 関係する人物 | デヴィッド・シェクター(創業者) |
| 外部リンク | www.schecterguitars.com www.schecter.co.jp - 日本語ページ |
シェクター (Schecter Guitar Research) はアメリカのギターメーカー。1976年にデヴィッド・シェクターにより設立され、当初はフェンダーやギブソン等の交換用ギターパーツを専門に製造していた[1]。今日[いつ?]では自社のデザインによるエレクトリックギター、エレクトリックベース、アコースティックギターを大量生産している。
目次 |
歴史 [編集]
1976年 - 1983年:カスタムショップ時代 [編集]
1976年、デヴィッド・シェクターはカリフォルニア州ヴァンナイズにリペアショップとしてシェクター・ギター・リサーチをオープン。質素なリペアショップで交換用のネック、ボディ、ピックアップ、ブリッジ、ピックガード、ペグ、ノブ、ポテンショメータ、その他様々なギターパーツを製造した。結局、ギターを作るのに必要なすべてのパーツを製造するようになり、これらの部品はフェンダーやギブソンといった大メーカー、またはシェクターのパーツでギターを組み立てる小規模なカスタムショップへと供給された。1970年代後半までに400種類以上ものギターパーツを供給したが、完成品の楽器を供給することは無かった[1]。
1979年、シェクターははじめて完成品のエレクトリックギターを供給した。フェンダーのデザインをベースにしたカスタムショップモデルである。これらは高品質かつ高価格で、全米で20の小売業者でしか取り扱われなかった[1]。
1979年9月、ザ・フーのピート・タウンゼントのギターテック、アラン・ローガンが彼のためにシェクターカスタムショップ製のギターを入手した。それはテレキャスタースタイルのギターに2基のハムバッカーを載せレスポールタイプのピックアップセレクターを採用したものである。タウンゼントはすぐにそれが気に入り、ステージ用のメインギターにした。彼はその後も類似のギターを入手したが、これはシェクター製のパーツを使い、シェクター及びイギリスのギター職人ロジャー・ギフィンが組み上げたものであった。タウンゼントはこれらのシェクター・ギターを1985年のライヴ・エイド後まで使用した。
1980年、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーはシェクターのストラトキャスタータイプのギターをバンドのアルバム『メイキング・ムーヴィーズ』の録音に使用。ノップラーは多数のシェクター・ギターを所有している。2004年には彼のシェクターのうちの1本、タバコサンバースト仕上げのストラトキャスタータイプがエリック・クラプトンの「クロスロード・センター」運営資金のために開催されたクリスティーズのオークションにマーク・ノップラー本人から出品され、5万ドル以上で落札された。これはシェクターのギターに付けられた最高値である[1]。
1983年 - 1987年:買収と大量生産 [編集]
1983年までにシェクターの生産能力は限界に達し、需要に応じることが出来ない状況になっていった。同年、同社の名声に目をつけたテキサスの投資家グループに買収され[1]、彼らによって会社はテキサス州ダラスに移されたが、従来からのシェクターの従業員の多くはそれについて行かなかった。結果、この時期には貧弱なデザインアイディアと製品しか産み出されなかった。テキサスのオーナーの元でシェクター名義のギターが量産された期間は5年に満たない。
1984年のNAMMショーでシェクターは12種の新しいギターとベースを紹介、すべてフェンダーデザインを元にしたものであった。このうち最も有名な物はピート・タウンゼントが使ったテレキャスタータイプに似たモデルで、非公式に「ピート・タウンゼント・モデル」と呼ばれる物である(タウンゼントが承認したものではない)。
この頃シェクターはイングヴェイ・マルムスティーンとのエンドーサー契約にこぎつけ、スキャロップド・ネックとリヴァース・ヘッドが特徴のカスタムギターをマルムスティーン用に作成した。
「ピート・タウンゼント・モデル」は最終的に「サターン(Saturn)」となり、ストラトキャスタータイプのギターは「スコーチャー (Scorcher)」と呼ばれるようになる。新デザイン、低価格、シェクターギターの生産量の多さにも関わらず、テキサスオーナーの生産する低品質ギターは幅広い興味の対象とはならなかった。
1987年 - 渋谷尚武と改革 [編集]
1987年、テキサス投資家グループは会社を日本の企業家、渋谷尚武に売却。渋谷はハリウッドにミュージシャンズ・インスティテュート(音楽学校)を所有し、ESPのオーナーでもある(が、シェクターとESPは現在も別会社である)[1]。渋谷の所有下でシェクターはカリフォルニアに戻り、徐々に名声を取り戻し始める。渋谷は会社を原点のカスタムショップへと戻し、全ての努力をハイエンドなカスタム楽器の製造に注ぎ込んだ。
シェクターのギターは再び僅かな小売店のみで入手可能になった。その1つにハリウッドに店を構える、渋谷所有のサンセット・カスタム・ギターがある。この店は後にシェクターの社長になるマイケル・シラヴォロが働いていた場所である。
1995年、シェクターはSシリーズのギターとベースを発表。平均価格1,295ドルのフェンダータイプのギターである。1996年に渋谷はシラヴォロに対し社長として会社を経営するよう要請した。シラヴォロは自身も経験豊富なミュージシャンであり、ストーン・テンプル・パイロッツのロバート・ディレオやホワイト・ゾンビのジェイ・イェンガーとショーン・イスルート等、何人もの有名ミュージシャンとのエンドーサー契約を会社にもたらしていた。
シラヴォロはフェンダーのデザインを全く好まず、過去のフェンダースタイルのデザインから距離を置きたかった[1]。このため、彼はアヴェンジャー、ヘルキャット、テンペストといった製品をシェクターのカタログに加えた。また、彼は大手メーカーに無視された若手ミュージシャンへ手を差し伸べたかった。しかし当時は高価なカスタムギターしか生産しておらず、会社の生産能力は月40本であった[1]。彼は理想を実現するため、高品質を保ったままで大量生産が可能な工場を探し始めた。
1997年、シラヴォロは東京ミュージックフェスティバルで何人ものアジアのギター製造者と会い、最終的に韓国の仁川にある工場に決定した。ギターは韓国で製造し、アメリカに送られた後にシェクターショップでセットアップという工程を経る。そして1998年のNAMMショーで、シェクターは手頃な価格で非カスタムラインのダイヤモンドシリーズを発表した。
1999年には7弦ギター「A-7 アヴェンジャー」がダイヤモンドシリーズに追加された。また、パパ・ローチのミュージック・ビデオ、「ラスト・リゾート」[2]でジェリー・ホートンが手にしお目見えしたC-1も発表された。
今日[いつ?]、シェクターは手頃な価格の非カスタムラインのギターをダイヤモンドシリーズとして量産しており、元来のシェクターのスタイルであるハンドメイド・カスタムギターの製造は日本に於いて続けている。
ダイヤモンドシリーズ [編集]
ダイヤモンドシリーズは1998年に発表され、すべて非カスタムの量産モデルから成る[3]。このシリーズはデザイン的特徴を共有するさらに細かいグループに分類される。シェクターはこのシリーズについては一切のカスタマイズ要求に応じないと公表しており、そのためダイヤモンドシリーズはすべて「あるがまま」で販売されている。
ダイヤモンド・シリーズのエレクトリックギターは以下。
- Cシリーズ
- Sシリーズ
- テンペスト・シリーズ
- 00シリーズ
- PTシリーズ
- S-1トライバル
- ヘルキャット・シリーズ
- ウルトラ・シリーズ
- アーティスト・モデル
- エクストリーム・シリーズ
- デーモン
- ヘルレイザー・シリーズ
- ブラックジャック・シリーズ
- エキゾチック・シリーズ
- アヴェンジャー
- オーメン・シリーズ
- ダミアン・シリーズ
- アヴィエイション・シリーズ
- (セミ)ホローボディ
- 7弦
- 8弦
- バリトン
- グリフォン・シリーズ - ギターセンター(アメリカで最大の楽器店チェーン)限定版。アメリカのギターセンターとミュージシャンズ・フレンド(ギターセンターの子会社)のみで入手可。
- シニスター・ゲイツ・カスタムシリーズ
- ザッキー・ヴェンジェンス・カスタムシリーズ
ダイヤモンド・シリーズのエレクトリックベースは以下。
- オーメン・シリーズ
- Cシリーズ
- モデルTシリーズ
- スティレット・シリーズ
- ダイヤモンドJシリーズ
- エクストリーム・シリーズ
- 00シリーズ
- ヘルレイザー・シリーズ
- ダミアン・シリーズ
- グリフォン・シリーズ
- スターゲイザー・シリーズ
著名ミュージシャン [編集]
長年にわたりシェクターは多数の著名ミュージシャンを惹き付け、その多くとエンドース契約を結んできた。一般的にシェクターのギターはヘヴィメタル、ハードロック、オルタナティブ・ロックのミュージシャンに支持されている。
以下にシェクターを使用/所有している著名ミュージシャンを挙げる。
- マーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)
- ピート・タウンゼント(ザ・フー)
- イングヴェイ・マルムスティーン
- ショーン・イスルート(元ホワイト・ゾンビ)
- ジェリー・ホートン(パパ・ローチ)
- ジェフ・ルーミス(元ネヴァーモア)
- シニスター・ゲイツ(アヴェンジド・セヴンフォールド)
- ザッキー・ヴェンジェンス(アヴェンジド・セヴンフォールド)
- エディ・ヴェダー(パール・ジャム)
- ロバート・スミス(ザ・キュアー)
- ロバート・ディレオ(ストーン・テンプル・パイロッツ)
- プリンス
- ボブ・ジラ(元ダメージプラン、ヘルイェー)
- ミスフィッツ
- ショーン・モーガン(シーザー)[4]
- アンディ・テイラー(デュラン・デュラン)[5]
トリビア [編集]
- シェクターはブラッククロームハードウェアを使用した最初のギターメーカーである[1]。
- 1976年頃、デヴィッド・シェクターはフェンダーのピックアップと同じ大きさでハムバッカーとシングルコイルの音色を可能にするピックアップを設計した[1]。同様の設計のピックアップは、今も多くのメーカーにより使用されている。たとえばシェクターのギターには2基のハムバッカーが搭載されているが、通常の3ウェイセレクタではなく5ウェイセレクタを使用することにより、ハムバッカーとコイルタップによるシングルコイル・トーンの実現が可能になっている。
参考文献 [編集]
- Gill, Chris. "Schecter: A Guitar History." Guitar World, September 2006. Vol. 27/No. 9. Pgs. 76 - 80.
出典 [編集]
- ^ a b c d e f g h i j Gill, Chris (2006-09), “Schecter: A Guitar History”, Guitar World 27 (9): 76–80
- ^ “YouTube VEVO, Papa Roach - Last Resort”. 2012年7月15日閲覧。
- ^ Molenda, Michael (2006年8月). “Schecter Turns 30”. guitarplayer.com. 2007年4月15日閲覧。
- ^ Seether Biography, Profile, Filmography, Discography and more
- ^ 1987年の来日コンサート・パンフレット上でシェクターを弾くアンディ・テイラーの写真が多数確認可能。またこのパンフレットにはシェクター社の1ページ広告も掲載されている。
外部リンク [編集]
- SCHECTER GUITAR RESEARCH - 公式サイト(日本語)
- Schecter Guitar Research - 公式サイト(英語)
- Schecter Guitar Forum