ウクライナの国旗
| 用途及び属性 | |
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| 縦横比 | 2:3 |
| 制定日 | 1992年1月28日 |
| 使用色 | |
ウクライナの国旗 (ウクライナ語: Державний Прапор України)。
目次 |
概要 [編集]
由来には、二つ説がある。一説によると、青色は空を表し、黄色はステップ(草原)に豊かに実る小麦を表すということである。もう一方の説は、青色は水で、黄色は火であるという。あるいは、黄色は向日葵であるという話もある。この二つの色は、長い間ウクライナ人のシンボルとして使われている。
黄色と青色の旗や紋章は、古くはキエフ・ルーシの大公ヴォロドィーメル1世の時代から使用されていたと言われる。ウクライナの国章である「トルィズーブ」(三叉戟)も、同様の経緯を持つ。
しかし、史料上に初めてウクライナの黄青(金青)の旗が登場するのは、1410年のタンネンベルクの戦いのときである。当時の記録によると、西ウクライナ出身の騎士たちは、坂を上っている金色のライオンと、羽を開いた二頭の金色の鷲で飾った2つの青い旗の下でポーランドの王の本陣に馳せ参じたと記されているのである。
その後、16世紀から18世紀にかけてウクライナ・コサックの間で広く使用された。
ウクライナ民族主義の盛り上がっていた1848年には、正式にウクライナ民族を現す旗として黄色と青色の旗が選定された。但し、このときは黄色が上部であった。この旗が選出された西ウクライナは当時オーストリア=ハンガリー帝国領下にあった。
その後、ロシア革命後の1918年に当時の独立国家ウクライナ人民共和国のウクライナ中央ラーダ(中央議会)で正式に国旗として制定された。また、西ウクライナ人民共和国やウクライナ国でも同様の国旗が使用された。
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国時代には、他のソ連構成共和国の国旗に類似した下部が青色で上部が共産主義を表す赤色の国旗が使用された。赤色の部分には、鎌とハンマー、赤い星があしらわれていた。
1992年にウクライナが独立すると、ヴェルホーヴナ・ラーダ(最高議会)で中央ラーダ時代の国旗が再制定された。現在のウクライナは、国旗・国章・国歌ともに中央ラーダ時代のものを踏襲している。
旗の例 [編集]
近代以前の旗
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? ハールィチ・ヴォルィーニ王国で用いられていた国旗。 -
? 1410年、タンネンベルクの戦いの折りにリヴィウの連隊が用いていた軍旗。 -
? 1410年、タンネンベルクの戦いの折りにペレームィシュルの連隊が用いていた軍旗。 -
? 18世紀のウクライナ・コサックの国家、ヘーチマン国家の軍旗の一つ。
ウクライナ内戦期の旗
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? 1918年3月22日に制定されたウクライナ人民共和国の国旗。 -
? 西ウクライナ人民共和国の国旗。 -

? ソビエト派ウクライナ人民共和国の国旗。 -

? ガリツィヤ・ソビエト社会主義共和国の国旗。
ソ連邦下の旗
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? 1923年に制定されたウクライナ社会主義ソビエト共和国の国旗。"У.С.Р.Р." は国名の略語。 -

? 1937年に制定されたウクライナ・ソビエト社会主義共和国の国旗。
反ソ連派の旗
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? カルパート・ウクライナの国旗。 -
ウクライナ民族主義者組織の旗。
民族の旗
軍隊の旗
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? 正式な場におけるウクライナ海軍の軍隊用海上旗。 -
? 1918年1月に制定されたウクライナ人民共和国海軍の軍艦旗。国章との組み合わせとなっている。 -

? ウクライナ国海軍の国籍旗。ロシア帝国海軍のものと同じデザイン。 -


? 1918年7月に制定されたウクライナ国海軍の軍艦旗。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- ウクライナの諸旗 (英語)
- Алла Котляр. Синій — чисте небо, жовтий — колір полів //Дзеркало тижня, No.43(468) 8—14 листопада 2003(「青は蒼天、黄は金畠」『ゼルカロ・ティージニャ』No.43(468) 2003) (ウクライナ語)
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