亀渕昭信

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亀渕 昭信(かめぶち あきのぶ、本名:亀 昭信、1942年3月1日 - )は、ディスクジョッキー音楽評論家ニッポン放送元代表取締役社長(1999年 - 2005年)。愛称は「カメ」、「カメちゃん」、社長当時は「カメ社長」。ジャズシンガー、ボイストレーナーの亀渕友香は妹。

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[編集] 来歴・人物

北海道夕張郡由仁町出身。駒場東邦中学校・高等学校卒業、1964年早稲田大学第二政治経済学部卒業。学生時代よりニッポン放送でバイトをしていたところ、当時同社プロデューサーでディスクジョッキーも務めていた高崎一郎にレコード整理などの実務能力を評価され、彼の勧めで大学卒業後に正式入社。同期入社組に、カメ&アンコーのアンコーこと斉藤安弘がいる。ニッポン放送入社後も音楽雑誌への執筆を行い、音楽評論家の木崎義二が編集長を務めた雑誌『ティーン・ビート』(映画と音楽社)などは、木崎、亀渕、それに亀渕と同時期に高崎の元でアシスタントを務め、ニッポン放送の子会社・パシフィック音楽出版(現フジパシフィック音楽出版)に入社した朝妻一郎の3人で誌面の1/3を執筆していたという。

1966年から1年間サンフランシスコに留学。現地で当時最新のロックのライヴに幾度となく触れ、ザ・フージミ・ヘンドリックスクリームドアーズジャニス・ジョプリンら伝説のアーティストのライヴを実際に観た数少ない日本人の一人である。モントレー・ポップ・フェスティバルカーステレオ視察のため訪米していた石田達郎(当時ニッポン放送常務)・朝妻一郎と一緒に観ている。

長い間編成部に在籍し人気番組を生み出し、時には自ら出演した。『オールナイトニッポン』ではディレクターやパーソナリティを担当。同番組の「ビバカメショー」で人気DJとして一時代を築いた。番組中のトークで「そんでもって——」が口ぐせだった。ピンク・フロイドのアルバムをノンストップでフルオンエアしたり、大量に送られてきた応募はがきをスタジオの床にぶちまけ、一番遠くまで飛んだはがきの主をプレゼント当選者に認定するなど、破天荒な内容で注目を集めた。また、斉藤安弘との「カメ&アンコー」として、CBSソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)より『水虫の唄』をリリース、ラジオ以外の場でも有名となる。

マイクの前から引いた後もスタッフとしてオールナイトニッポンの発展に尽力。笑福亭鶴光などを送り出した。

のち制作部長、編成局長を経て1985年に取締役、1987年常務取締役、1990年専務取締役、ポニーキャニオン専務取締役に就任。1992年鹿内宏明の強力な推しでフジテレビの取締役就任。1999年6月、ニッポン放送代表取締役社長に就任。

2001年10月、社団法人デジタルラジオ推進協会理事長に就任(2008年6月退任)。

ニッポン放送社長時代には、2005年に起きたライブドアによるニッポン放送株敵対的買収騒動に対応した。同年6月、社長を退任、同社相談役に就任。2008年5月退任。

2009年4月7日、NHKラジオ第1NHKワールド・ラジオ日本、地上デジタルラジオ実用化試験放送(東京・大阪のみ)にて『亀渕昭信のいくつになってもロケンロール!』(放送センター本館13階の133スタジオで収録)でパーソナリティーを務める。民間放送の元経営者がNHKの番組にレギュラー出演するのは初。2009年5月6日には、同じNHKラジオ第1、NHKワールド・ラジオ日本、地上デジタルラジオ実用化試験放送(東京・大阪のみ)にて「ラジオデー 広げようラジオの魅力」(2009年5月6日)にも出演した(16時台はNHK浜松支局内から中継)。

[編集] 補足

[編集] 主な担当番組

[編集] 関連項目・人物

[編集] 外部リンク