大阪国際女子マラソン

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大阪国際女子マラソン
開催時期 1月最終日曜日
開催地 日本の旗大阪府大阪市
コース 公道コース
距離 マラソン
主要スポンサー 日東電工
創立 1982年
最高記録 日本の旗野口みずき 2:21:18
公式サイト www.osaka-marathon.jp/

大阪国際女子マラソン(おおさかこくさいじょしマラソン)は、新春の大阪・なにわ路を舞台に繰り広げる国際マラソンである。1982年から開催。ただし、第1回〜第3回は「大阪女子マラソン」の名称で実施され、「大阪国際女子マラソン」となったのは1985年の第4回大会からである。なお、1995年の第14回は、開催直前で阪神・淡路大震災兵庫県南部地震)の発生により中止となっている。

尚、本項目では、同日に開催される「大阪ハーフマラソン(おおさかハーフマラソン)」についても記述する。

概要[編集]

開催日は第1回大会を除いて、第2回大会以降は1月の最終日曜日に設定されている。レースは長居スタジアムをスタートして、3つのクライマックスとも言われる中之島御堂筋大阪城を抜けて、長居スタジアムに戻る42.195kmで争われる。2008年に幕を下ろした東京国際女子マラソンの坂が続くコースと比べると、2009年にスタートした横浜国際女子マラソンのコースとほぼ同じ平坦な道が続くため、好記録が出易いと言われている。横浜国際女子、名古屋ウィメンズマラソンとともに、夏季オリンピック世界陸上競技選手権大会アジア競技大会の代表選考を兼ねており、毎年激しいレースが繰り広げられている。

主催
主管
後援
協賛
協力
過去の協賛・協力

参加資格[編集]

一般選手の場合
  1. 日本陸上競技連盟の登記・登録者
  2. 開催日現在で満19歳以上の女性
  3. 下記いずれかの記録保持者、又はこれ相当の実力と日本陸上競技連盟が認めた者。
    1. マラソン:3時間15分以内
    2. 30km走:2時間13分以内
    3. ハーフマラソン:1時間30分以内
    4. 20km走:1時間25分以内
    5. 10,000m走:37分以内
    ここに掲げた記録は2009年1月以降のもので、日本陸上競技連盟の公認競技会の記録に限る。なお、世界記録の動向により随時見直される。
招待選手の場合
  1. 外国招待選手(約15名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者
  2. 国内招待選手(約20名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者

なお、参加料は5,000円である。

競技コース[編集]

2011年の大会は20年ぶりにコースが変更された[† 2]。これにより高低差が23mから9mと少なくなり、より高速なコース設定になった(コース図GoogleMap)。

  • 長居公園を出るポイントの変更 - 旧コースは長居公園の南の端だったが新コースは大阪市営地下鉄御堂筋線長居駅付近に変更。尚、帰って来たランナーは同じ所から公園に入って往路で使わなかった残りのコースを復路のコースとして使用する。
  • 序盤/終盤のコースの変更 - 旧コースは長居公園を出てから長居公園通を通ったが、新コースではあびこ筋松虫通の2つの通りを通るルートに変更。その分、今里筋の通る距離が短縮され長居公園通はコースから外した。
  • 中盤戦のコースの変更 - 旧コースは中央大通を通ったが、新コースでは大阪城公園の外堀を通るルートに変更。また、往路は大阪ビジネスパークを経由するルートに変更(玉造筋の距離を延長)。これにより大阪城公園内の起伏の激しい箇所をコースから外した。尚、中央大通は2011年からスタートの大阪マラソンのコースに組み込まれる。
  • 御堂筋の走行区間の延長 - 折り返し地点は旧コースは新橋の交差点だったが、新コースではそこから約800m南に延長して道頓堀橋の南詰に変更した。

直近の成績[編集]

2014年成績
順位 氏名 国名・所属 タイム
1 タチアナ・ガメラシュミルコ ウクライナの旗 ウクライナ 2時間24分37秒
2 赤羽有紀子 日本の旗ホクレン 2時間26分00秒
3 カロリナ・ヤジンスカ英語版 ポーランドの旗 ポーランド 2時間26分31秒
4 前田彩里 日本の旗佛教大学 2時間26分46秒
5 マルタ・レマ エチオピアの旗 エチオピア 2時間28分06秒
場所 競技場
スタート
中間点 競技場
フィニッシュ
時刻 12:10 13:17 14:35
天候 曇り 曇り 晴れ
気温 9.6 ℃ 10.5 ℃ 9.5 ℃
湿度 61 % 45 % 49 %
風向風速 東 1.9 m/s 北 2.8 m/s 南東 2.0 m/s


4年振りにペースメーカー抜きでレースを開催。当初は野口みずきも出場を予定していたが、大会直前に右大腿部の疲労骨折が判明したため、3年連続で大会を欠場した。レースでは、この大会を最後に第一線から退くことを表明していた赤羽有紀子が、19km手前から37kmまで前年優勝のタチアナ・ガメラシュミルコと一進一退の先頭争いを展開。37km過ぎでガメラシュミルコに振り切られたものの、日本人トップの2位で引退レースを締めくくった。また、仏教大学4年生の前田彩里が、一般参加選手でトップの4位に入賞。従来の日本学生記録を5分縮めるゴールタイムで、マラソンデビューを果たした。さらに、前田の母・淳子も、一般参加ながら2時間55分24秒という好タイムで完走。前田親子の合計タイムは5時間22分10秒で、ギネスブックに登録されている「親子による同一マラソンでの合計ゴールタイムの世界記録」(5時間30分21秒)を更新した[1]。国内招待選手の1人として出場した2012年大会優勝者の重友梨佐は、序盤こそ先頭集団の中で快走していたが、15km過ぎから急激に失速。結局、自己ワースト記録の2時間58分45秒で64位に終わった。

歴代優勝者一覧[編集]

優勝者の氏名・国名・所属は当時、 優勝タイム は(当時の)大会記録、 -数字- は優勝回数。

開催日 氏名 国名・所属 優勝タイム 代表選手選考会 等
1 1982年1月24日 リタ・マルキシオ英語版 イタリアの旗 イタリア 2時間32分55秒 「大阪女子マラソン」としてスタート
2 1983年1月30日 キャリー・メイ英語版 アイルランドの旗 アイルランド 2時間29分23秒 世界陸上ヘルシンキ大会
日本国内のレースでは初の2時間20分台
3 1984年1月29日 カトリン・ドーレ 東ドイツの旗 東ドイツ 2時間31分41秒 ロサンゼルス五輪
4 1985年1月27日 キャリー・メイ -2- アイルランドの旗 アイルランド 2時間28分07秒 「大阪国際女子マラソン」に改名
5 1986年1月26日 ロレーン・モラー ニュージーランドの旗 ニュージーランド 2時間30分24秒 ソウルアジア大会
6 1987年1月25日 ロレーン・モラー -2- ニュージーランドの旗 ニュージーランド 2時間30分40秒 世界陸上ローマ大会
御堂筋を取り入れたコースに一部変更
7 1988年1月31日 リサ・マーチン オーストラリアの旗 オーストラリア 2時間23分51秒 ソウル五輪
8 1989年1月29日 ロレーン・モラー -3- ニュージーランドの旗 ニュージーランド 2時間30分21秒
9 1990年1月28日 ロザ・モタ ポルトガルの旗 ポルトガル 2時間27分47秒 北京アジア大会
10 1991年1月27日 カトリン・ドーレ -2- ドイツの旗 ドイツ 2時間27分43秒 世界陸上東京大会
御堂筋を新橋まで延長し折返すコースに変更
11 1992年1月26日 小鴨由水 日本の旗ダイハツ 2時間26分26秒 バルセロナ五輪
初マラソン世界最高記録(当時)
12 1993年1月31日 浅利純子 日本の旗ダイハツ 2時間26分26秒 世界陸上シュトゥットガルト大会
13 1994年1月30日 安部友恵 日本の旗旭化成 2時間26分09秒 広島アジア大会
14 1995年1月29日 阪神・淡路大震災のため大会中止[† 5] 世界陸上イェーテボリ大会
15 1996年1月28日 カトリン・ドーレ -3- ドイツの旗 ドイツ 2時間26分04秒 アトランタ五輪
16 1997年1月26日 カトリン・ドーレ -4- ドイツの旗 ドイツ 2時間25分57秒 世界陸上アテネ大会
17 1998年1月25日 リディア・シモン ルーマニアの旗 ルーマニア 2時間28分31秒 バンコクアジア大会
18 1999年1月31日 リディア・シモン -2- ルーマニアの旗 ルーマニア 2時間23分24秒 世界陸上セビリア大会
19 2000年1月30日 リディア・シモン -3- ルーマニアの旗 ルーマニア 2時間22分54秒 シドニー五輪
20 2001年1月28日 渋井陽子 日本の旗三井住友海上 2時間23分11秒 世界陸上エドモントン大会
初マラソン世界最高記録(当時)
21 2002年1月27日 ローナ・キプラガト英語版 ケニアの旗 ケニア 2時間23分55秒 釜山アジア大会
22 2003年1月26日 野口みずき 日本の旗グローバリー 2時間21分18秒 世界陸上パリ大会
2014年現在、国内レースの最高記録
23 2004年1月25日 坂本直子 日本の旗天満屋 2時間25分29秒 アテネ五輪
24 2005年1月30日 エレナ・プロコプツカ英語版 ラトビアの旗 ラトビア 2時間22分56秒 世界陸上ヘルシンキ大会
25 2006年1月29日 キャサリン・ヌデレバ ケニアの旗 ケニア 2時間25分05秒 ドーハアジア大会
26 2007年1月28日 原裕美子 日本の旗京セラ 2時間23分48秒 世界陸上大阪大会
27 2008年1月27日 マーラ・ヤマウチ イギリスの旗 イギリス 2時間25分10秒 北京五輪
28 2009年1月25日 渋井陽子 -2- 日本の旗三井住友海上 2時間23分42秒 世界陸上ベルリン大会
29 2010年1月31日 アマネ・ゴベナ英語版 エチオピアの旗 エチオピア 2時間25分14秒 広州アジア大会
30 2011年1月30日 赤羽有紀子 日本の旗ホクレン 2時間26分29秒 世界陸上大邱大会
御堂筋を道頓堀まで南進し折返すコースに変更
31 2012年1月29日 重友梨佐 日本の旗天満屋 2時間23分23秒 ロンドン五輪
32 2013年1月27日 タチアナ・ガメラシュミルコ ウクライナの旗ウクライナ 2時間23分58秒 世界陸上モスクワ大会
33 2014年1月26日 タチアナ・ガメラシュミルコ -2- ウクライナの旗ウクライナ 2時間24分37秒 仁川アジア大会

放送[編集]

テレビ[編集]

テレビ中継は関西テレビをキーステーションとしてFNS系列28局で放映される。

  • かつては、スポンサーからの要請でTBS系列青森テレビでも2004年まで放送されたが、放送開始の12時の時点では同局がTBS系列である関係などから同時ネットが不可能であるため、時期によってはレース途中飛び乗り、又は1時間遅れ時差ネットが繰り返された。放映されなくなった2005年以降は隣県のFNS系列の放送局(北海道文化放送岩手めんこいテレビ秋田テレビ)が受信可能な地域(ケーブルテレビでの再送信も含む)を除き地上波では見られなくなった。ちなみに、スタート直後に流れるネット局名が書かれたロールには青森テレビは含まれていなかった。
  • また、岩手県では岩手めんこいテレビが開局する以前、TBS系の岩手放送(現・IBC岩手放送)でも1991年まで2時間遅れの時差ネットをしていたこともある。同局はFNSに加盟こそしていなかったものの、FNS系列の番組を数多くネットしていた局であった[† 6]
  • 山形県では山形テレビで1993年大会まで放送していたが、その年の4月にテレビ朝日系列ネットチェンジしたため、現在のさくらんぼテレビでのネットが開始された1998年大会まで同県での放送はなかった(ただし近隣系列局の直接受信又はケーブルテレビの再送信で視聴は可能であった)。
  • 第25回大会(2006年)から第27回大会(2008年)までは地上波放送の他にBSデジタル放送のBSフジ、関西テレビが運営するCS放送京都チャンネルで放送日当日に録画放送されていた[† 7]が、2009年の第28回大会についてはBSフジでの放送は行われず、京都チャンネルでの放送もこの年が最後となった(2009年4月30日に放送を終了したため[5])。
  • この競技大会の中継には、主に関西テレビのスポーツ担当アナウンサーが関わっている(詳細は後述)。
  • 同番組では、2001年頃から出ているフジテレビ系列のスポーツ番組のタイトル「FUJI NETWORK SPORT」はしばらく使用されていなかったが、第29回大会(2010年)で初めて使用された。
  • 提供クレジットは2001年からは協賛社および協力社がカラー表記、日東電工が協賛社になった2005年からは白絨毯の上にスポンサー表記、2010年からはそれまでの一部統一から二部制に分けている(提供表記は従来通りであるが、協賛社・協力社およびアサヒビールはカラー表記)。

放送事故[編集]

  • 第17回大会(1998年)で、フジテレビのみ、この当時は二か国語放送で、CM時の音声も二か国語のままだったり、あまり無関係なテロップが出ていたが、数十分後にCM時の音声がステレオ音声に修正された。
  • 第20回大会(2001年)の提供クレジットでは初めて協賛社部分がカラーテロップになったが、冒頭において「ダイエーグループ」部分のまま切り替えができなくなり、そのままCMへと入ってしまった[† 8]。それから数十分後に改めて全スポンサーを紹介した。

エピソード[編集]

第30回(2011年)の実況中継放送に使われた東海テレビと関西テレビのロードレース移動中継車
  • この中継を担当する関西テレビの男性アナウンサーの大半は、後番組の競馬中継(現在は「KEIBA BEAT」)の出演者でもある。現在は石巻ゆうすけ京都競馬場に残り、競馬担当以外の者(若田部克彦山田恭弘など)を加えた上で中継に当たっているが、2003年までは石巻も借り出され、普段競馬中継を担当するアナウンサー全員が居なくなり、既に定年退職していた杉本清が実況していた。また系列局のアナウンサーがパドック進行やレース実況を行う場合がある。
  • また、その中でも馬場鉄志は第11回大会(1992年)から第29回大会(2010年)まで毎年第1移動車に乗り込み、優勝争いを伝えていた。第19回大会(2000年)では、優勝したリディア・シモン(ルーマニア)と2位の弘山晴美との壮絶な争いを、ぎりぎりまで絶叫しながら実況した(この時の詳しいエピソードについては、馬場鉄志#大阪国際女子マラソン実況を参照)。
  • 近年の放送では、「とくダネ!」司会で、FNSのマラソン中継コメンテーターでもある小倉智昭が出演し、直前番組やレースを終えたばかりの優勝選手や注目選手に話を聞いていた。2010年の第29回大会からはTOKIO国分太一[† 9]がスペシャルサポーターに就任し、直前番組の他、レースを終えたばかりの優勝選手や注目選手に話を聞いている。
  • 移動中継車は毎年2台使われるが、第1移動車は第12回大会(1993年)と第13回大会(1994年)はフジテレビの中継車が、第15回大会(1996年)から第23回大会(2004年)まで東海テレビの中継車が使われ、第2移動車は関西テレビの中継車が使われていた。第24回大会(2005年)からは関西テレビの移動中継車がハイビジョン対応に更新されたのに伴い第1移動車として使用、第2移動車は東海テレビの中継車が使われた。第25回大会(2006年)は全編ハイビジョンで放送するためにフジテレビの移動中継車が第2移動車として使われた。第26回大会(2007年)以降は東海テレビも2006年秋にハイビジョン対応の移動中継車に更新したため、第2移動車として使用されている。一時期は移動中継車が3台使われていた事があり、第19回大会(2000年)では、第1移動車は東海テレビ、第2移動車は関西テレビ、第3移動車は岡山放送の中継車が使われたが、第28回大会(2009年)と第29回大会(2010年)では第3移動車も使われ、第29回大会では岡山放送の小型中継車が使われた。第31回大会(2012年)では、第1移動車は関西テレビ、第2移動車はフジテレビ、第3移動車は東海テレビの中継車がそれぞれ使われた。第33回大会(2014年)では、第1移動車は関西テレビ、第2移動車は東海テレビの中継車がそれぞれ使われた。
  • 前述の通り、第14回(1995年)は中止となったため、放送枠を設けていたところには1994年10月に放送された「オールスターものまね王座決定戦」の再放送が行われた。
  • 現在、この大会を協賛している日東電工のCMでは関西テレビをはじめFNS系列局でこの大会を応援するCMが大会の直前から流れている。ほぼ同じものが西日本旅客鉄道(JR西日本)の321系電車車内の液晶ディスプレイでも流れる。
  • 2010年大会からメインスポンサーに就いている日東電工では、2011年大会まで大半のCM枠で「日東電工社員マラソン」を放送。実際のスタート・ゴール地点である長居陸上競技場などで、役員や社員がマラソン風のロケを実施していた。

ラジオ[編集]

ラジオ大阪(制作局、以下「OBC」と略記)で実況中継。OBC所属のアナウンサーがほぼ全員出演するほか、スポーツアナウンサーの中井雅之(同局出身のフリーアナウンサー)や深山計ニッポン放送出身のフリーアナウンサー)が実況やインタビューを担当する。通常は日曜日の10:00 - 16:30に関西ローカルで放送する競馬中継OBCドラマティック競馬』については、当マラソンの中継をはさむ格好で、第1部(10:00 - 12:00)と第2部(15:00 - 16:30)に分割。マラソン中継の時間帯に実施されたレースの結果を、第2部でまとめて伝える。

第1回大会から2009年大会までは、ニッポン放送でも同時ネット。当マラソンがオリンピックの女子マラソン日本代表予選を兼ねていた2008年大会では、東海ラジオ福井放送も同時ネットで放送した。しかし、ニッポン放送では、2009年から日曜午後枠のレギュラー番組の放送を優先[† 10]。2009年大会以降は、OBCが関西ローカルで放送している。

大会とTHE ALFEEとの関係[編集]

THE ALFEEが第6回大会(1987年)から、大会ごとに異なるイメージソングを提供している。先頭集団が大阪城公園に差し掛かったタイミングで、中継映像から一時的に音声・テロップを消すとともに、映像と重ねながらイメージソングを流すことが特徴。ただし、2011年以降の大会では、放送のタイミングを原則として中継のエンディングに移している(後述)。

補足
  • アルフィーがイメージソングを提供するようになった背景には、1987年当時の中継における技術上の制約も影響している。当時の中継では、ルートが複雑な大阪城公園に入ると映像や音声が途切れやすくなった。そのため、放送事故などを回避する目的で、イメージソングを流すタイミングを同公園内からの中継に設定した。
  • 1990年の「Flower Revolution」はこの年大阪で開催された国際花と緑の博覧会(花の万博)のテーマソングでもある。
  • 1995年には、阪神・淡路大震災発生の影響で大会自体を中止。この年のイメージソングに決まっていた『Liberty Bell』は、バージョンを変えたうえで、2年後の1997年大会に使われた。
  • 1996年1月19日には歴代とこの年のイメージソング及び過去の名場面を収録したビデオ「大阪国際女子マラソン 1982〜1994」が発売された。
  • 2004年3月10日には大阪国際女子マラソンの歴代イメージソングを集めたアルバム「夢よ急げ -大阪国際女子マラソンイメージソング・アルバム-」が発売された。
  • 2006年大会のテレビ中継では、オープニングに長居スタジアムでTHE ALFEEによるテーマ曲「ONE」が熱唱された。また、エンディングの提供クレジットの際に1987年のイメージソング「夢よ急げ」が流れていた。
  • 2008年大会は1987年大会から続いていた大阪城公園内での曲流しではなく、終盤の36km過ぎ〜38km頃の曲流しとなった。(理由は福士加代子が34km過ぎまで首位を独走し、2位以下の差が最大680mまで拡がっていたため、曲を流すには不適当と判断、帰りの今里筋の終わりから湯里6丁目を経て長居公園通の中盤にかけての所で曲を流した。)2009年・2010年大会では再び大阪城公園内での中継で曲を放送していた。
  • 現在のコース(大阪城公園内の外堀しか通過しないルート)に変わった2011年以降の大会では、エンディングに曲を放送。しかし、2013年大会のみ、同公園内コース通過中の放送を復活させていた。

大阪ハーフマラソン[編集]

2009年から、大阪国際女子マラソンとほぼ同一の主催・後援・協賛・協力[† 11]で開催されているハーフマラソン大会である。こちらは、男子も参加可能である。

コースは、「スタート地点が、大阪城公園東側(玉造筋)」「天満橋交差点折り返し」「森ノ宮駅前交差点〜土佐堀通間は、大阪城公園外堀先回り」「長居公園内は、長居公園通側を通る」である以外は、大阪国際女子マラソンと同じである。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 第1回〜第27回までの社名はシチズン時計。
  2. ^ 世界陸上大阪大会(2007年)でも変更前のコースで男子マラソンも行われた。
  3. ^ 今回の代表は共にセカンドウィンドAC所属の加納由理嶋原清子の2人が選出。
  4. ^ しかし渋井は世界陸上ベルリン大会本番前、右足甲骨の疲労骨折により欠場を表明。
  5. ^ 大会直前の1月17日に兵庫県南部地震が発生したため、災害復旧の目的を最優先しなければならない事情により、実行するための各方面からの協力を得られる目途が立たなくなったことによる。大会中止の告知は、当時メインスポンサーだったダイエーの各店頭にも貼り出された。出場予定の代表選手候補は3月の名古屋国際女子マラソンにスライドした。
  6. ^ 青森テレビとは対照的にネット局名が書かれたロールにもなぜかクレジットされていた。
  7. ^ 日東電工などのスポンサーCMは一切なく、BSフジではCM入り・CM明けの時に黒画面によるフェードイン・アウトが行われていた。
  8. ^ シンボルマーク部分はオレンジ色でマーク下の「Daiei」ロゴ、キャッチコピー及びダイエーグループ部分は黒色だった。
  9. ^ 国分は2009年4月から「すぽると!」の土曜日のメインキャスターを担当している。
  10. ^ 2009年からは、名古屋国際女子マラソン中継の同時ネット中継も打ち切っている。
  11. ^ 大阪国際女子マラソンとの違いは、「大阪陸上競技協会が主催」「日本陸連が後援」であること。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]