大阪国際女子マラソン
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大阪国際女子マラソン(おおさかこくさいじょしまらそん)は、新春の大阪・なにわ路を舞台に繰り広げる国際マラソン。1982年から開催。ただし、第1回~第3回は「大阪女子マラソン」の名称で実施され、「大阪国際女子マラソン」となったのは1985年の第4回大会からである。また、1995年の第14回は阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)のため中止になっている。
目次 |
[編集] 概要
| 往路 | 復路 | ||
|---|---|---|---|
| ▽ | 長居スタジアム | ||
| ▽ | 長居公園 周回道路・東半分 | △ | |
| ▽ | 長居公園通 | △ | |
| ▽ | 湯里6交差点 | △ | |
| ▽ | 今里筋 | △ | |
| ▽ | 大池橋交差点 | △ | |
| ▽ | 勝山通 | △ | |
| ▽ | 勝山3交差点 | △ | |
| ▽ | 玉造筋 | △ | |
| ▽ | 森ノ宮駅前交差点 | △ | |
| ▽ | 中央大通 | △ | |
| ▽ | 城南交差点 | 大阪城公園外堀 | △ |
| 京橋口 | △ | ||
| 大阪城公園内堀 | △ | ||
| ▽ | 本町通 | △ | |
| ▽ | 馬場町交差点 | △ | |
| ▽ | 上町筋 | △ | |
| ▽ | 京阪東口交差点 | △ | |
| ▽ | 土佐堀通 | △ | |
| ▽ | 北浜1交差点 | 淀屋橋 | △ |
| ▽ | 堺筋 | ||
| ▽ | 難波橋 | ||
| ▽ | 中之島通 | ||
| ▽ | 中央公会堂前 | ||
| ▽ | 大阪市役所前 | ||
| ▽ | 御堂筋 | △ | |
| 新橋折り返し (19.3km) | △ | ||
開催日は1月最終日曜日に設定されることが多い。レースは長居スタジアムをスタートして、3つのクライマックスとも言われる中之島、御堂筋、大阪城を抜けて、長居スタジアムに戻る42.195kmで争われる。2008年に幕を下ろした東京国際女子マラソンのコースと比べほぼ平坦な道が続くため、記録が出易いと言われている。スピードの出やすいコースである反面、急坂やアップダウンの激しい国際レースのコースに適応していないため、大阪で日本人最上位になったり、その後の名古屋よりも良いタイムであっても、名古屋で良績を収めた選手が選出されることが多く、五輪選考レースとしては不向きであるという意見もある。
東京国際女子、名古屋国際女子とともに、夏季オリンピック、世界陸上競技選手権大会、アジア競技大会の代表選考を兼ねており、毎年激しいレースが繰り広げられている。但し、東京と名古屋でオリンピックでメダリストを輩出しているのに対し、大阪国際女子マラソンではメダリストになった選手がいない。
- 主催: 日本陸上競技連盟、関西テレビ放送、産経新聞社(産経新聞)、サンケイスポーツ、OBCラジオ大阪、大阪市
- 主管: 大阪陸上競技協会
- 後援: 大阪府、大阪府教育委員会、大阪市教育委員会、大阪市体育協会、大阪商工会議所、大阪21世紀協会、夕刊フジ、フジサンケイ ビジネスアイ、サンケイエクスプレス、サンケイリビング新聞社、扶桑社、FM802
- 協賛
- 協力
- ダイハツ工業: 第24回(2005年)〜
- 大塚製薬: 第23回(2004年)〜第26回(2007年)
- シチズンホールディングス: 第1回大会(1982年)〜、第1回〜第27回までの社名はシチズン時計。
- ミズノ
[編集] 参加資格
- 一般選手の場合
- 日本陸上競技連盟の登記・登録者
- 開催日現在で満19歳以上の女性
- 下記いずれかの記録保持者、又はこれ相当の実力と日本陸上競技連盟が認めた者。
- マラソン: 3時間15分以内
- 30km走: 2時間13分以内
- ハーフマラソン: 1時間30分以内
- 20km走: 1時間25分以内
- 10,000m走: 37分以内
- ここに掲げた記録は2009年1月以降のもので、日本陸上競技連盟の公認競技会の記録に限る。なお、世界記録の動向により随時見直される。
- 招待選手の場合
- 外国招待選手(約15名)日本陸上競技連盟が推薦する者
- 国内招待選手(約20名)日本陸上競技連盟が推薦する者
なお、参加料は5,000円である。
[編集] 直近の成績
- 2009年成績
| 順位 | 氏名 | 国名・所属 | タイム |
|---|---|---|---|
| 1 | 渋井陽子 | 2時間23分42秒 | |
| 2 | 赤羽有紀子 | 2時間25分40秒 | |
| 3 | 原裕美子 | 2時間26分57秒 | |
| 4 | 大平美樹 | 2時間27分08秒 | |
| 5 | リディア・シモン | 2時間27分14秒 |
| 場所 | 競技場 スタート |
中間点 | 競技場 フィニッシュ |
|---|---|---|---|
| 時刻 | 12:10 | 13:19 | 14:34 |
| 天候 | 晴れ | 晴れ | 晴れ |
| 気温 | 6.7 °C | 9.2 °C | 6.0 °C |
| 湿度 | 73 % | 52 % | 70 % |
| 風向風速 | 東南東 1.5 m/s | 北東 0.8 m/s | 東 2.1 m/s |
2008年11月の東京国際女子マラソンで独走しながら30キロ過ぎに失速して惨敗した渋井陽子が、2ヶ月という短期間で強行出場。30キロ地点でスパートして、先頭を争っていた赤羽有紀子を振り切って優勝し、雪辱を果たした。渋井自身、マラソンでは4年ぶり、大阪女子国際では8年ぶりの優勝で、これにより、2009年世界陸上競技選手権大会の日本代表に内定した。
- 2008年成績
| 順位 | 氏名 | 国名・所属 | タイム |
|---|---|---|---|
| 1 | マーラ・ヤマウチ | 2時間25分10秒 | |
| 2 | 森本友 | 2時間25分34秒 | |
| 3 | ジュリア・モンピ | 2時間26分00秒 | |
| 4 | 大平美樹 | 2時間26分09秒 | |
| 5 | 扇まどか | 2時間26分55秒 |
| 場所 | 競技場 スタート |
|---|---|
| 時刻 | 12:10 |
| 天候 | 曇り |
| 気温 | 6.3 °C |
| 湿度 | 61 % |
| 風向風速 | 南南西 1.9 m/s |
マラソン転向が期待されていた福士加代子が、自身の初マラソンとして出場。競技場内のトラックから先頭に立ち、競技場を出てから一人抜け出し、序盤から独走状態となる。福士は、新記録も期待されるほどのペースであったが、30kmを過ぎてから急に失速。34km付近で優勝したマーラ・ヤマウチに抜かれ、その後も次々に後続選手に抜かれてレースから脱落する。その後、脱水状態となった福士は、フラフラの状態で走り続け、競技場直前で1度、競技場内で3度転倒し、そのたびに何とか立ち上がって走り続け、19位でゴールした。
日本陸連の強化本部長でもある澤木啓祐は、他の選手が福士を警戒し過ぎてスローペースとなった点を指摘し、日本人トップとなった森本友でも優勝を逃した事などにより北京五輪代表選出は厳しい、との見方を示した。その後、3月9日実施の名古屋国際女子マラソンが、事実上3枚目の五輪切符をかけたレースとなり、優勝した中村友梨香が北京五輪女子マラソン代表選出となった。
- 2007年成績
| 順位 | 氏名 | 国名・所属 | タイム |
|---|---|---|---|
| 1 | 原裕美子 | 2時間23分48秒 | |
| 2 | 小崎まり | 2時間24分39秒 | |
| 3 | 加納由理 | 2時間24分43秒 | |
| 4 | 大越一恵 | 2時間31分04秒 | |
| 5 | 江崎由佳 | 2時間31分35秒 |
| 場所 | 競技場 スタート |
中間点 | 競技場 フィニッシュ |
|---|---|---|---|
| 時刻 | 12:10 | 13:17 | 14:34 |
| 天候 | 晴れ | 晴れ | 晴れ |
| 気温 | 9.9 °C | 13.5 °C | 9.6 °C |
| 湿度 | 50 % | 45 % | 48 % |
| 風向風速 | 北東 1.5 m/s | 北東 0.5 m/s | 東南東 1.7 m/s |
原は、同一コースで行われることが決まった世界陸上大阪大会の女子マラソン代表第1号に内定した。また、3位の加納までが、タイムだけは選考基準をクリアし、前年に行われた東京国際女子マラソンの覇者・土佐礼子の優勝記録を上回っている。
[編集] 歴代優勝者一覧
優勝者の氏名・国名・所属は当時。カッコ付き数字は優勝回数、太字は(当時の)大会記録。
[編集] 第1回 - 第10回
| 回数 | 開催日 | 氏名 | 国名・所属 | 優勝タイム | 代表選手選考会 等 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1982年1月24日 | リタ・マルキシオ | 2時間32分55秒 | 「大阪女子マラソン」としてスタート | |
| 2 | 1983年1月30日 | キャリー・メイ | 2時間29分23秒 | 世界陸上ヘルシンキ大会 日本国内のレースでは初の2時間20分台 |
|
| 3 | 1984年1月29日 | カトリン・ドーレ | 2時間31分41秒 | ロサンゼルス五輪 | |
| 4 | 1985年1月27日 | キャリー・メイ (2) | 2時間28分07秒 | 「大阪国際女子マラソン」に改名 | |
| 5 | 1986年1月26日 | ロレーン・モラー | 2時間30分24秒 | ソウルアジア大会 | |
| 6 | 1987年1月25日 | ロレーン・モラー (2) | 2時間30分40秒 | 世界陸上ローマ大会 御堂筋を取り入れたコースに一部変更 |
|
| 7 | 1988年1月31日 | リサ・マーチン | 2時間23分51秒 | ソウル五輪 | |
| 8 | 1989年1月29日 | ロレーン・モラー (3) | 2時間30分21秒 | ||
| 9 | 1990年1月28日 | ロザ・モタ | 2時間27分47秒 | 北京アジア大会 | |
| 10 | 1991年1月27日 | カトリン・ドーレ (2) | 2時間27分43秒 | 世界陸上東京大会 御堂筋を新橋まで延長し折返すコースに変更 |
[編集] 第11回 - 第20回
| 回数 | 開催日 | 氏名 | 国名・所属 | 優勝タイム | 代表選手選考会 等 |
|---|---|---|---|---|---|
| 11 | 1992年1月26日 | 小鴨由水 | 2時間26分26秒 | バルセロナ五輪 初マラソン世界最高記録(当時) |
|
| 12 | 1993年1月31日 | 浅利純子 | 2時間26分26秒 | 世界陸上シュツットガルト大会 | |
| 13 | 1994年1月30日 | 安部友恵 | 2時間26分09秒 | 広島アジア大会 | |
| 14 | 1995年1月29日 | 大会そのものが中止※ | 世界陸上イェーテボリ大会 | ||
| 15 | 1996年1月28日 | カトリン・ドーレ (3) | 2時間26分04秒 | アトランタ五輪 | |
| 16 | 1997年1月26日 | カトリン・ドーレ (4) | 2時間25分57秒 | 世界陸上アテネ大会 | |
| 17 | 1998年1月25日 | リディア・シモン | 2時間28分31秒 | バンコクアジア大会 | |
| 18 | 1999年1月31日 | リディア・シモン (2) | 2時間23分24秒 | 世界陸上セビリア大会 | |
| 19 | 2000年1月30日 | リディア・シモン (3) | 2時間22分54秒 | シドニー五輪 | |
| 20 | 2001年1月28日 | 渋井陽子 | 2時間23分11秒 | 世界陸上エドモントン大会 初マラソン世界最高記録(当時) |
|
※大会直前の1月17日に阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生したため、災害復旧の目的を最優先しなければならない事情により、実行するための各方面からの協力を得られる目途が立たなくなったことによる。大会中止の告知は、当時メインスポンサーだったダイエーの各店頭にも貼り出された。
[編集] 第21回 -
| 回数 | 開催日 | 氏名 | 国名・所属 | 優勝タイム | 代表選手選考会 等 |
|---|---|---|---|---|---|
| 21 | 2002年1月27日 | ローナ・キプラガト | 2時間23分55秒 | 釜山アジア大会 | |
| 22 | 2003年1月26日 | 野口みずき | 2時間21分18秒 | 世界陸上パリ大会 現在大会最高、国内最高記録 |
|
| 23 | 2004年1月25日 | 坂本直子 | 2時間25分29秒 | アテネ五輪 | |
| 24 | 2005年1月30日 | エレナ・プロコプツカ | 2時間22分56秒 | 世界陸上ヘルシンキ大会 | |
| 25 | 2006年1月29日 | キャサリン・ヌデレバ | 2時間25分05秒 | ドーハアジア大会 | |
| 26 | 2007年1月28日 | 原裕美子 | 2時間23分48秒 | 世界陸上大阪大会 | |
| 27 | 2008年1月27日 | マーラ・ヤマウチ | 2時間25分10秒 | 北京五輪 | |
| 28 | 2009年1月25日 | 渋井陽子 (2) | 2時間23分42秒 | 世界陸上ベルリン大会 | |
| 29 | 2010年1月31日 | 広州アジア大会 |
[編集] 通算優勝回数
| 4回 | |
| 3回 | |
| 2回 |
[編集] 放送
[編集] テレビ
テレビ中継は関西テレビをキーステーションにFNS系列28局で放映される。
- かつては、スポンサーからの要請でTBS系の青森テレビでも2004年まで放送されたが、放送開始の12時の時点では同局が所属する系列の協定上の都合などから同時ネットが不可能なため、時期によってはレース途中飛び乗り、又は1時間遅れ時差ネットが繰り返された。放映されなくなった2005年以降は隣県のFNS系列の放送局(北海道文化放送・岩手めんこいテレビ・秋田テレビ)が受信可能な地域(ケーブルテレビでの再送信も含む)を除き地上波では見られなくなった。因みに、スタート直後に流れるネット局名が書かれたロールには青森テレビは含まれていなかった。
- また、岩手県では岩手めんこいテレビが開局する以前、岩手放送(現・IBC岩手放送)でも2時間遅れの時差ネットをしていた事もある。同局はFNSに加盟こそしていなかったものの、FNS系列の番組を数多くネットしていた局であった(青森テレビとは対照的にネット局名が書かれたロールにもしっかりクレジットされていた)。
- 山形県では山形テレビで1993年大会まで放送していたが、その年の4月にテレビ朝日系列へネットチェンジしたため、現在のさくらんぼテレビでのネットが開始された1998年大会まで同県での放送はなかった(但し近隣系列局の直接受信又はケーブルテレビの再送信で視聴は可能であった)。
- 2006年の第25回大会から2008年の第27回大会までは地上波放送の他にBSデジタル放送のBSフジ、関西テレビが運営するCS放送京都チャンネルで放送日当日に録画放送されていた[1]が、2009年の第28回大会についてはBSフジでの放送は行われず、京都チャンネルでの放送もこの年が最後となった(2009年4月30日に放送を終了したため[2])。
- この競技大会の中継に携わるのは、主に関西テレビのスポーツアナウンサーである(詳細は後述)。
- しかし、2001年頃から出ているフジテレビ系列のスポーツ番組のタイトル「FUJI NETWORK SPORT」は出ない。
[編集] 放送事故
- 1998年の第17回大会で、フジテレビのみ、この当時は二ヶ国語放送で、CM時の音声も二ヶ国語のままになったり、あまり無関係なテロップが出る始末になったが、数十分後にCM時の音声がステレオ音声になった。
- 2001年の第20回大会の提供クレジットでは初めて協賛社部分がカラーテロップになったが、冒頭において「ダイエーグループ」部分のまま切り替える事ができなくなり、そのままCMへと入ってしまった[3]。それから数十分後に改めて全スポンサーを紹介した。
[編集] 放送にまつわるエピソード
- この中継を担当するのは全員関西テレビのスポーツ担当アナウンサーだが、男性アナウンサーの大半は普段「ドリーム競馬(現・DREAM競馬)」で目を鍛えた強者達である。現在は石巻ゆうすけが京都競馬場に残り、競馬担当以外の者(若田部克彦、山田恭弘など)を加えた上で中継に当たっているが、以前は石巻も借り出され、普段ドリーム競馬を担当するアナウンサー全員が居なくなり、既に定年退職していた杉本清が一般特別競走(非重賞競走)を中継した事もあった。
- また、その中でもディープインパクトの三冠達成を実況した馬場鉄志は1992年の第11回大会から毎年第1移動車に乗り込み、優勝争いを伝えている。2000年の第19回大会では、優勝したリディア・シモン(ルーマニア)と2位の弘山晴美との壮絶な争いを、ぎりぎりまで絶叫しながら実況した(この時の詳しいエピソードについては、馬場アナの項を参照。)。
- 近年の放送では、「とくダネ!」司会で、FNSのマラソン中継コメンテーターでもある小倉智昭が出演している。直前番組の他、レースを終えたばかりの優勝選手や注目選手に話を聞いている。
- 移動中継車は毎年2台使われるが、第1移動車は第12回大会(1993年)と第13回大会(1994年)はフジテレビの中継車が、第15回大会(1996年)から第23回大会(2004年)まで東海テレビの中継車が使われ、第2移動車は関西テレビの中継車が使われていた。第24回大会(2005年)からは関西テレビの移動中継車が更新(ハイビジョン対応)されたのに伴い第1移動車として使用、第2移動車は東海テレビの中継車が使われた。第25回大会(2006年)は全編ハイビジョンで放送するためにフジテレビの移動中継車が第2移動車として使われた。第26回大会(2007年)以降は東海テレビも2006年秋にハイビジョン対応の移動中継車に更新したため、第2移動車として使用されている。一時期は移動中継車が3台使われていた事があり、第19回大会(2000年)では、第1移動車は東海テレビ、第2移動車は関西テレビ、第3移動車は岡山放送の中継車が使われたが、第28回(2009年)では、9大会振りに第3移動車も使われた。
- 前述の通り、1995年の第14回は中止となったため、放送枠を設けていたところには1994年10月に放送された「オールスターものまね王座決定戦」の再放送が行われた。
- 現在、この大会を協賛している日東電工のCMでは関西テレビをはじめFNS系列局でこの大会を応援するCMが大会の直前から流れている。ほぼ同じものが西日本旅客鉄道(JR西日本)の321系電車車内の液晶ディスプレイでも流れる。
[編集] ラジオ
ラジオの実況中継については、通常は、ラジオ大阪(制作局)とニッポン放送の2局ネットで放送される。なおオリンピック代表予選と兼ねる場合は、他局にもネットされることがある(2008年は東海ラジオ、福井放送にもネット)。しかし、2009年大会は東海ラジオ・福井放送もネットされず、さらに大会スタート以来毎年放送していたニッポン放送も日曜午後枠のレギュラー番組編成を優先したため(2009年はこのほか、名古屋国際女子マラソンの中継も行わなかった)、ラジオ大阪のみの放送になった。
[編集] 大会とTHE ALFEEとの関係
「大阪と言えばTHE ALFEE」「THE ALFEEと言えば大阪」と言う代名詞が付く程に有名となったこのテーマソングを歌うTHE ALFEE。彼らは1987年の第6回大会からテーマソングを担当している。大阪城公園に差し掛かると共に音声・テロップが消え、レースの映像をバックにテーマ曲が流れはじめる。他のマラソン中継等でも中継テーマ曲が作られているケースは多いが、この大阪のケースは他にはなく、THE ALFEEや関西テレビのこの大阪に対する想いが感じられる。そして、レースはいよいよクライマックスを迎える。
| 大会年 | 曲名 | 備考 |
|---|---|---|
| 1987年 | 夢よ急げ | アルバム“ALFEE”収録曲 |
| 1988年 | It's Alright | シングル“My Truth”のカップリング曲 |
| 1989年 | High-Heel Resistance | アルバム“DNA Communication”収録曲 |
| 1990年 | FLOWER REVOLUTION | 1990年のシングルタイトル曲 |
| 1991年 | Arcadia | 同名アルバム収録曲 |
| 1992年 | Someday | シングル“Promised Love”のカップリング。初めてマラソンのイメージソングとして書き下ろされた作品 |
| 1993年 | Running Wild | シングル“BELIEVE”のカップリング曲 |
| 1994年 | 風を追いかけて | シングル“もう一度君に逢いたい”のカップリング曲。イメージソングとしては珍しくバラードソング |
| 1996年 | Glory Days | シングル“LOVE NEVER DIES”のカップリング曲 |
| 1997年 | Liberty Bell | アルバム“夢幻の果てに”収録曲(1995年大会で使用予定だったが震災によりこの年に編曲) |
| 1998年 | Beyond the Win | シングル“Brave Love 〜Galaxy Express 999”収録曲 |
| 1999年 | Beginning of the Time | シングル“希望の鐘が鳴る朝に”カップリング曲 |
| 2000年 | 自由になるために | シングル“NEVER FADE”カップリング曲 |
| 2001年 | Change the wind | シングル“Juliet”カップリング曲 |
| 2002年 | chaos(カオス)の世界 | シングル“太陽は沈まない”カップリング曲 |
| 2003年 | 孤独な世代 | アルバム“THE BEST 1997-2002 〜aprés Nouvelle Vague〜”のボーナストラック |
| 2004年 | 夜明けの星を目指して | シングル“希望の橋”カップリング曲 |
| 2005年 | ZeRoになれ! | シングル“100億のLove Story”カップリング曲 |
| 2006年 | ONE | シングル“Innocent Love”カップリング曲 |
| 2007年 | Dear My Life | 2007年発売のシングルタイトル曲 |
| 2008年 | Wonderful Days | シングル“Lifetime Love”カップリング曲 |
| 2009年 | Shining Run〜輝く道に向かって〜 |
- 補足
- 1990年の「Flower Revolution」はこの年大阪で開催された国際花と緑の博覧会(花の万博)のテーマソングでもある。
- 1995年は阪神・淡路大震災のため大会自体が中止された。この年のイメージソングに決まっていた『Liberty Bell』は2年後の1997年にヴァージョンを変えて再登場していた。
- 1996年1月19日には歴代とこの年のイメージソング及び過去の名場面を収録したビデオ「大阪国際女子マラソン 1982~1994」が発売された。
- 2004年3月10日には大阪国際女子マラソンの歴代イメージソングを集めたアルバム「夢よ急げ -大阪国際女子マラソンイメージソング・アルバム-」が発売された。
- 2006年大会のテレビ中継では、オープニングに長居スタジアムでTHE ALFEEによるテーマ曲「ONE」が熱唱された。また、エンディングの提供クレジットの際に1987年のイメージソング「夢よ急げ」が流れていた。
- 2008年大会は1987年大会から続いていた大阪城公園内での曲流しではなく、終盤の36km過ぎ~38km頃の曲流しとなった。(理由は福士加代子が34km過ぎまで首位を独走し、2位以下の差が最大680mまで拡がっていたため、曲を流すには不適当と判断、帰りの今里筋の終わりから湯里6丁目を経て長居公園通の中盤にかけての所で曲を流した。)なお、翌2009年は大阪城公園内での曲流しに戻った。
- ことの発端は、大阪城公園に入ると映像や音声が途切れやすくなるため、その回避策の一つとして曲を流す、ということのようである。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- 横浜国際女子マラソン - 2009年から開催予定
- 名古屋国際女子マラソン
- 全日本大学女子駅伝対校選手権大会 - 2004年まで大阪を舞台に開催されていた(コースは大阪国際女子マラソンより少し短い)。
- びわ湖毎日マラソン - 1961年まで大阪を舞台に開催されていた(大阪国際女子マラソンとはコースが異なる)。
- 2007年世界陸上競技選手権大会 - 大阪国際女子マラソンと同じコースでマラソン競技が行われた。
[編集] 外部リンク
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