プランタン銀座
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒104-0061 東京都中央区銀座3-2-1 |
| 設立 | 1983年8月17日 (1984年4月27日開店) |
| 業種 | 小売業 |
| 事業内容 | 百貨店業 |
| 代表者 | 代表取締役社長 高橋良明 |
| 資本金 | 10億円 |
| 売上高 | 255億円(2007年2月期) |
| 従業員数 | 336人 |
| 決算期 | 毎年2月 |
| 主要株主 | 株式会社読売新聞東京本社 70% 株式会社三越 30% |
| 関係する人物 | 中内功 |
| 外部リンク | http://www.printemps-ginza.co.jp |
| 讀賣銀座ビル(プランタン銀座) | |
|---|---|
プランタン銀座(2007年9月17日撮影)
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| 情報 | |
| 用途 | 店舗 |
| 設計者 | 三菱地所 |
| 施工 | 大成建設 |
| 建築主 | プランタン銀座 |
| 構造形式 | SRC |
| 敷地面積 | 3,957㎡ |
| 建築面積 | 3,519㎡ |
| 延床面積 | 34,857 ㎡ |
| 階数 | 地上7階地下4階 |
| 着工 | 1982年2月 |
| 竣工 | 1984年4月 |
| 所在地 | 〒104-0061 東京都中央区銀座3-2-1 |
株式会社プランタン銀座(プランタンぎんざ、英称:PRINTEMPS GINZA Company, Limited、仏称:LE PRINTEMPS GINZA S.A.)は、東京都中央区銀座三丁目にある日本の百貨店の運営会社。プランタン銀座を運営している。
当項では、プランタンが日本に上陸するきっかけとなったダイエー所有時代も含めて記述する。
目次 |
[編集] 概要
[編集] ダイエー経営時代
大手スーパーダイエーが百貨店事業に乗り出し、1980年3月に、フランスの百貨店オ・プランタンと提携調印、同年4月には合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」を設立。1年後の1981年3月6日に1号店として兵庫県の三宮に出店したのが始まりである[1]。
その後、新さっぽろ・なんばと出店していき、最終的に現存する銀座は4番目(1984年4月27日)に開業した。因みに、株式会社プランタン銀座が設立されたのは開業する1年前の1983年である。
一時期、「オ・プランタン・ジャポン」の完全子会社「プチ・プランタン」を設立し、プランタン以外の場所で婦人服や雑貨を取り扱う店舗「プチ・プランタン」を展開していたが、親会社の経営悪化が響き、1989年にダイエー出資で設立されたロベリアに吸収合併される形で消滅した。
開業当時は華々しかったプランタンも、1980年代に入ると銀座を除く3店舗は、1983年2月期には初の連結ベースで160億円もの赤字を出し、ダイエー内ではPCB企業問題と言われるまで経営悪化に陥った[注釈 1]。ダイエーは、地域の運営部門が商品供給と管理業務を行い、テコ入れを図る方針を採用するが不発に終わってしまう。そこで2店舗をダイエー直営に、1店舗をダイエー子会社に移行して合弁会社を清算することで負の流れ食い止めた。
この後、ダイエーはプランタンを名乗ったダイエー店舗を何店か出店した(西武百貨店と西友『西武』店の関係に近似)が、すべてダイエーやカテプリに業態転換した(なんばは、カテプリに転換後、閉店)。
2000年3月には、プランタンとの「プランタン」の名前を使用する許諾契約が満了するのに伴い、最後まで現存していた銀座を除く2店舗を「カテプリ」(qualite prix)に名称変更した[2][注釈 2]。
[編集] ダイエーの銀座売却の流れ
最後まで現存することとなった銀座はダイエーの関連会社だったが、ダイエーの経営悪化に伴い、株式が売却されることになった。当初は経営陣による買収(MBO)が予定され、2001年8月7日にダイエー、富士キャピタルマネジメント、プランタン銀座経営陣の三者で基本合意書を締結。
しかし、この合意が賃貸借契約の特約に反して、店舗が入居する土地・建物のオーナーである読売新聞社に無断で行われたため、読売新聞社が賃貸借契約の解除通知をする事態になる。
そこで、読売新聞社を含めて協議を行い、2002年5月30日にダイエーが99.06%の株式を読売新聞社に売却することで合意。2002年6月14日に読売新聞社は株式を買い取った後、三越に30%を売却した。
[編集] 沿革
- 1980年(昭和55年)3月 - ダイエーがフランスのオ・プランタンとの提携調印。
- 1980年(昭和55年)4月 - ダイエーとオ・プランタンとの合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」を設立。
- 1981年(昭和56年)3月6日 - 日本進出1号店となる「プランタン三宮」開業。
- 1981年(昭和56年)9月 - 「オ・プランタン・ジャポン」の完全子会社「プチ・プランタン」を設立。
- 1981年(昭和56年)10月 - プチ・プランタンの1号店となる三軒茶屋店開業。
- 1982年(昭和57年)6月1日 - サンピアザ内に「プランタン新さっぽろ」開業。
- 1983年(昭和58年)2月 - 福岡県中間市に「プランタン中間」の出店発表。
- 1983年(昭和58年)7月 - 福岡市の複合施設、サンライフシティー内に「ショッパーズプランタン博多」の出店を発表。
- 1983年(昭和58年)不明 - 「プチ・プランタン」をダイエー大宮店に出店。ダイエー本体にインシップで出店するのは初。
- 1983年(昭和58年)8月17日 - 株式会社「プランタン銀座」設立。
- 1983年(昭和58年)10月2日 - ダイエーの中内功社長(当時)が合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」の清算及び「プランタン中間」の出店の撤回を発表。
- 1983年(昭和58年)11月1日 - 「プランタン新さっぽろ」を分離し独立採算制へ。ダイエー全額出資の「プランタン北海道」が運営。
- 1984年(昭和59年)1月14日 - 「プランタンなんば」開業。
- 1984年(昭和59年)4月27日 - 「プランタン銀座」開業。
- 1985年9月(昭和60年)9月 - 「プランタン三宮」、「プランタンなんば」をプランタンの経営悪化の理由によりダイエーに吸収、直営店になる。
- 1985年(昭和60年)11月 - 独立採算制を取っていた「プランタン新さっぽろ」がプランタンの経営悪化の理由により北海道ダイエーが運営を開始。
- 1986年(昭和61年)2月 - 合弁会社「オ・プランタンジャポン」を清算。
- 1988年(昭和63年)11月25日 - ニッケコルトンプラザ内に「いちかわプランタン」開業。
- 1989年(昭和64年)9月1日 - 「プチ・プランタン」がダイエー出資の「ロベリア」に吸収合併される。
- 1991年(平成3年)4月下旬 - 「プランタン神戸本館」開業。それに伴い、「プランタン三宮」は「プランタン神戸ヤング館」に名称変更。
- 1991年(平成3年)9月27日 - 「金沢八景プランタン」開業。
- 1993年(平成5年)6月17日 - 「プランタン甲子園」開業。
- 1994年(平成6年)10月 - 「金沢八景プランタン」がPOS集中管理による運営子会社の整理の関係で「ダイエー金沢八景店」に名称変更し直営化。
- 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災が発生し、被害を受けた「プランタン神戸本館・ヤング館」が閉店。
- 1995年(平成7年)4月23日 - 「プランタン神戸本館」が大幅改装され、「ダイエー三宮駅前店」に名称変更し直営化。
- 1995年(平成7年)10月 - 「プランタン神戸ヤング館」が大幅改装され、「三宮OPA」となる。
- 1995年(平成7年)9月1日 - 不採算となっていた「プランタン甲子園」を経営の効率化のため、「ダイエー甲子園店」に名称変更し直営化。
- 2000年(平成12年)3月21日 - 「プランタンなんば」が「カテプリなんば」となる。
- 2000年(平成12年)3月22日 - 「プランタン新さっぽろ」が「カテプリ新さっぽろ」となる。これにより、プランタンの残存店舗がプランタン銀座のみとなる。
- 2001年(平成13年)8月7日 - ダイエーが自社含め、富士キャピタルマネジメント、プランタン銀座経営陣の三者で株式売却の基本合意書を締結。
- 2002年(平成14年)6月14日 - ダイエーがプランタン銀座株式を売却。これによりダイエーの関連会社から離脱。
[編集] 現在も存在するプランタンの店舗
- プランタン銀座(1984年4月27日 - 現在)
- 4号店。運営は「プランタン銀座」。
- ダイエーが開業させた店舗の中で売り上げが好調のドル箱店舗であった。ダイエーから離れて読売新聞社が親会社となった後も営業を続けている。
[編集] 過去に存在したプランタンの店舗
[編集] 北海道
- プランタン新さっぽろ(サンピアザ内、1982年6月1日 - 2000年3月22日) 札幌市厚別区
- 2号店。運営は「オ・プランタンジャポン」、「プランタン北海道」、「北海道ダイエー」を経てダイエーが直営で運営していた。
- 銀座やなんばと共に最後の方まで残った店舗。近隣にはダイエー新さっぽろ店が存在した。
カテプリ新さっぽろに改称。(2000年3月22日~店名変更)
[編集] 千葉県
- いちかわプランタン(ニッケコルトンプラザ内、1988年11月25日 - 1996年) 市川市
- 5号店。運営はダイエー自らが行った。開業当初からダイエーが直営で運営するプランタンはこれが最初で最後となった。
- 周辺住民の要望により出店が実現した。
ダイエーいちかわコルトンプラザ店に業態転換。(店番号0401、1996年?~店名変更)
[編集] 神奈川県
- 金沢八景プランタン(1991年9月27日 - 1994年10月) 横浜市金沢区 SC名称:金沢八景ショッピングセンター
- 7号店、三井不動産株式会社が所有する建物に出店。運営は「ショッパーズプランタン横浜」が運営していた。
- 大型スーパーとデパートの初の混合を試みた店舗であった。
ダイエー金沢八景店に業態転換。(店番号0613、1994年10月~店名変更)
[編集] 大阪府
- プランタンなんば(エスカールなんば内、1984年1月14日 - 2000年3月21日) 大阪市中央区 SC名称:プランタンなんばビル
- 3号店。ハイテクハイタッチを売りに千日デパート跡地に出店した。
- 銀座や新さっぽろと共に最後の方まで残った店舗。
カテプリなんばに改称。(2000年3月22日~2000年12月31日閉店)
[編集] 兵庫県
- プランタン甲子園(1993年6月17日 - 1995年9月1日) 西宮市 SC名称:甲子園東洋ビル
- 8号店。運営はダイエー100%出資の「プランタンデパート甲子園」。
- 21世紀のデパートの有り方を模索する実験店であった。
ダイエー甲子園店に業態転換。(店番号0633、1995年9月1日~店名変更)
[編集] 構想はあったが出店を断念したプランタンの店舗
[編集] 北海道
- プランタン石狩(1997年計画断念) 石狩市
- ダイエーが出店を計画していたアウトレットモール内に出店計画があった[3]。
- ダイエーの経営難により、ダイエーそのものの出店が中止された為、白紙となった。建設予定地は未だ何も建設されていない。
[編集] 神奈川県
- プランタン戸塚(1984年計画断念) 横浜市
[編集] 大阪府
- プランタン堺(1995年計画断念) 堺市
[編集] 福岡県
- ショッパーズプランタン博多(?年計画断念) 福岡市
- 福岡地所とダイエーとユニードが共同で建設する高層ビル「サンライフシティー」内にに出店計画があった。運営会社も店舗と同名となっていた。
- 計画縮小により白紙となった。出店予定地にはキャナルシティ博多となり、ダイエーからはバンドールが出店した。(2001年閉店)
- プランタン中間(1986年計画断念) 中間市
- ダイエー中間店(現:ショッパーズモールなかま東館)隣の広大な敷地に出店計画があった。
- プランタン自体の利益が伸びず白紙となった[6]。現在は、バンドール中間店(現:ショッパーズモールなかま西館)が開業しているが閉店が発表されている。
[編集] POSシステム
[編集] 関連項目
- 読売新聞グループ
- チームヴィーナス:メンバーの衣装や関連グッズを提供している。提携を結んだのは2003年(当時はチームジャビッツ21)から。
- 中合
- 十字屋
- ローソン:両社ともダイエー時代の縁もあり、ローソンはプランタンから制服を納入されている。
[編集] 脚注
[編集] 注釈
[編集] 出典
- ^ このようなスーパー経営の百貨店店舗の例として、西友の「西武店」、イトーヨーカドーの「ロビンソン百貨店」、イオンの「ボンベルタ」などが挙げられる。
- ^ 日経流通新聞 2000年1月11日 札幌・大阪のプランタン 店名をカテプリにより
- ^ 日経流通新聞 1996年11月21日 石狩にプランタン ダイエー、計画中のSCに追加より
- ^ 日本経済新聞 1982年12月3日 地方経済 首都圏B 5面 新百合ヶ丘駅前の核店舗 西武かダイエーか 両者捨てがたい魅力より
- ^ 日本経済新聞 1984年3月17日 地方経済 首都圏B 5面 横浜市 戸塚駅東口再開発ビルの核店舗に丸井を決定より
- ^ 日経流通新聞 1986年12月1日 プランタン中間断念 ダイエー、代替案に大型SCより
[編集] 外部リンク
- printemps-ginza.co.jp - 公式サイト
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