プランタン銀座

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株式会社プランタン銀座
PRINTEMPS GINZA Company, Limited
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:104-0061
東京都中央区銀座三丁目2番1号
設立 1983年8月17日
(1984年4月27日開店)
業種 小売業
事業内容 百貨店
代表者 代表取締役社長 笹岡 寛
資本金 10億円
売上高 186億円(2012年2月期)
従業員数 270人
決算期 毎年2月
主要株主 株式会社読売新聞東京本社 70%
株式会社三越 30%
関係する人物 中内功
外部リンク http://www.printemps-ginza.co.jp
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株式会社プランタン銀座(プランタンぎんざ、英称PRINTEMPS GINZA Company, Limited仏称LE PRINTEMPS GINZA S.A.)は、東京都中央区銀座三丁目にある日本の百貨店の運営会社。プランタン銀座を運営している。

当項では、プランタンが日本に上陸するきっかけとなったダイエー所有時代も含めて記述する。

概要[編集]

ダイエー経営時代[編集]

日本初のプランタンであった三宮プランタン
(現:三宮オーパ)
旧金沢八景プランタン
(現:ダイエー金沢八景店)

大手スーパーダイエーが百貨店事業に乗り出し、1980年3月に、フランスの百貨店オ・プランタンと提携調印、同年4月には合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」を設立。1年後の1981年3月6日に1号店として神戸市の三宮に出店したのが始まりである[注 1]

その後、新さっぽろ・なんばと出店していき、最終的に現存する銀座は4番目(1984年4月27日)に開業した。因みに、株式会社プランタン銀座が設立されたのは開業する1年前の1983年である。

一時期、「オ・プランタン・ジャポン」の完全子会社「プチ・プランタン」を設立し、プランタン以外の場所で婦人服や雑貨を取り扱う店舗「プチ・プランタン」を展開していたが、親会社の経営悪化が響き、1989年にダイエー出資で設立されたロベリアに吸収合併される形で消滅した。

開業当時は華々しかったプランタンも、1980年代に入ると銀座を除く3店舗は、1983年2月期にはアラモアナセンターの投資負担などもあって初の連結ベースで160億円もの赤字を出し、ダイエー内ではPCB企業問題と言われるまで経営悪化に陥った[注 2]。ダイエーは、地域の運営部門が商品供給と管理業務を行い、テコ入れを図る方針を採用するが不発に終わってしまう。そこで三宮・なんばの2店舗をダイエー直営に、さっぽろをダイエー子会社の北海道ダイエーに移管して合弁会社を清算することで負の流れを食い止めた[1][注 3]

この後、ダイエーはプランタンを名乗ったダイエー店舗を何店か出店した(西武百貨店西友『西武』店の関係に近似)が、すべてダイエーやカテプリに業態転換した(なんばは、カテプリに転換後、閉店)。

2000年3月には、プランタンとの「プランタン」の名前を使用する許諾契約が満了するのに伴い、最後まで現存していた銀座を除く2店舗を「カテプリ」(qualite prix)に名称変更した[2][注 4]

ダイエーの銀座売却の流れ[編集]

最後まで現存することとなった銀座はダイエーの関連会社だったが、ダイエーの経営悪化に伴い、株式が売却されることになった。当初は経営陣による買収(MBO)が予定され、2001年8月7日にダイエー、富士キャピタルマネジメント、プランタン銀座経営陣の三者で基本合意書を締結。

しかし、この合意が賃貸借契約の特約に反して、店舗が入居する土地・建物のオーナーである読売新聞社に無断で行われたため、読売新聞社が賃貸借契約の解除通知をする事態になる。

そこで、読売新聞社を含めて協議を行い、2002年5月30日にダイエーが99.06%の株式を読売新聞社に売却することで合意。2002年6月14日に読売新聞社は株式を買い取った後、三越に30%を売却した。

沿革[編集]

  • 3月6日 - 日本進出1号店プランタン三宮開業。
  • 9月 - オ・プランタン・ジャポンの完全子会社プチ・プランタンを設立。
  • 10月 - プチ・プランタンの1号店となる三軒茶屋店開業。
  • 日付不明 - プチ・プランタンをダイエー大宮店に出店。ダイエー本体にインシップで出店するのは初。
  • 8月17日 - 株式会社プランタン銀座を設立。
  • 11月1日 - プランタン新さっぽろを分離し独立採算制へ。ダイエー全額出資のプランタン北海道が運営。
  • 1月14日 - プランタンなんば開業。
  • 4月27日 - プランタン銀座開業。
  • 9月 - プランタン三宮、プランタンなんばをプランタンの経営悪化の理由によりダイエーに吸収、直営店になる。
  • 11月 - 独立採算制を取っていたプランタン新さっぽろがプランタンの経営悪化の理由により北海道ダイエーが運営を開始。
  • 1986年(昭和61年)2月 - 合弁会社オ・プランタンジャポンを清算。
  • 1988年(昭和63年)11月25日 - ニッケコルトンプラザ内にいちかわプランタン開業。
  • 1989年(平成元年)9月1日 - プチ・プランタンがダイエー出資のロベリアに吸収合併される。
  • 1991年(平成3年)
  • 4月下旬 - プランタン神戸本館開業。それに伴い、プランタン三宮はプランタン神戸ヤング館に名称変更。
  • 9月27日 - 金沢八景プランタン開業。
  • 1993年(平成5年)6月17日 - プランタン甲子園開業。
  • 1994年(平成6年)10月1日 - 金沢八景プランタンがPOS集中管理による運営子会社の整理の関係でダイエー金沢八景店に名称変更し直営化。
  • 1995年(平成7年)
  • 1月17日 - 阪神・淡路大震災が発生し、被害を受けたプランタン神戸本館・ヤング館が閉店。
  • 4月23日 - プランタン神戸本館が大幅改装され、ダイエー三宮駅前店に名称変更し直営化。
  • 9月1日 - 不採算となっていたプランタン甲子園を経営の効率化のため、ダイエー甲子園店に名称変更し直営化。
  • 10月 - 「プランタン神戸ヤング館」が大幅改装され、三宮OPAとなる。
  • 3月21日 - プランタンなんばがカテプリなんばとなる。
  • 3月22日 - プランタン新さっぽろがカテプリ新さっぽろとなる。これにより、プランタンの残存店舗がプランタン銀座のみとなる。

現在も存在するプランタンの店舗[編集]

讀賣銀座ビル(プランタン銀座)
Printemps Ginza (2007.9.17).jpg
プランタン銀座(2007年9月17日撮影)
情報
用途 店舗
設計者 三菱地所株式会社
施工 大成建設株式会社
建築主 株式会社プランタン銀座
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
敷地面積 3,957㎡m²
建築面積 3,519㎡m²
延床面積 34,857 ㎡m²
階数 地上7階・地下4階
着工 1982年2月
竣工 1984年4月
所在地 104-0061
東京都中央区銀座三丁目2番1号
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  • プランタン銀座(運営:プランタン銀座、1984年4月27日 - 現在)
    4号店。運営は「プランタン銀座」。
    ダイエーが開業させた店舗の中で売り上げが好調のドル箱店舗であった。ダイエーから離れて読売新聞社が親会社となった後も営業を続けている。

過去に存在したプランタンの店舗[編集]

北海道[編集]

  • 4662:プランタン新さっぽろ(運営:オ・プランタンジャポン→プランタン北海道→北海道ダイエー、1982年6月1日 - 2000年3月22日) 札幌市厚別区 
    2号店。運営はオ・プランタンジャポン、プランタン北海道、北海道ダイエーを経てダイエーが直営で運営していた。
    銀座やなんばと共に最後まで残った店舗。ショッピングセンターのサンピアザを構成しており、同グループのダイエー新さっぽろ店が入居。
    カテプリ新さっぽろに改称。(2000年3月22日~店名変更)

千葉県[編集]

  • いちかわプランタン(運営:ダイエー、1988年11月25日 - 1996年) 市川市
    5号店。運営はダイエー自らが行った。開業当初からダイエーが直営で運営するプランタンはこれが最初で最後となった。
    周辺住民の要望により出店が実現した。
    ダイエーいちかわコルトンプラザ店に業態転換。(店番号0401、1996年?~店名変更)

神奈川県[編集]

  • 4862:金沢八景プランタン(運営:ショッパーズプランタン横浜、1991年9月27日 - 1994年10月) 横浜市金沢区 SC名称:金沢八景ショッピングセンター
    7号店、三井不動産株式会社が所有する建物に出店。ショッパーズプランタン横浜が運営していた。
    大型スーパーとデパートの初の混合を試みた店舗であった。
    ダイエー金沢八景店に業態転換。(店番号0613、1994年10月~店名変更)

大阪府[編集]

  • 0371:プランタンなんば(運営:オ・プランタンジャポン→プランタンなんば→ダイエー→プランタンデパート関西、1984年1月14日 - 2000年3月21日) 大阪市中央区 SC名称:プランタンなんばビル
    3号店。ハイテクハイタッチを売りに千日デパート跡地(旧大阪楽天地大阪歌舞伎座)に出店した。
    銀座や新さっぽろと共に最後まで残った店舗。
    カテプリなんばに改称。(2000年3月22日~2000年12月31日閉店)

兵庫県[編集]

  • プランタン甲子園(運営:プランタンデパート甲子園、1993年6月17日 - 1995年9月1日) 西宮市 SC名称:甲子園東洋ビル
    8号店。運営はダイエー100%出資のプランタンデパート甲子園。
    21世紀のデパートの有り方を模索する実験店であった。
    ダイエー甲子園店に業態転換。(店番号0633、1995年9月1日~店名変更)
  • プランタン三宮 → プランタン神戸(運営:オ・プランタンジャポン→ダイエー→プランタン神戸→プランタンデパート関西、1981年3月8日・1991年4月27日 - 1995年1月15日) 神戸市中央区
    1号店。日本でのプランタンの歴史はここから始まった。運営はオ・プランタンジャポン、プランタン神戸を経てプランタンデパート関西が行っていた。
    1991年には、プランタン神戸パート2(後に本館となる)の開業に合わせプランタン神戸パート1(後のヤング館)に改称。
    阪神淡路大震災の影響により本館はダイエー三宮駅前店に(店番号0622、1995年4月~店名変更)、ヤング館は三宮OPAにそれぞれ業態転換。(1995年10月~店名変更)

構想はあったが出店を断念したプランタンの店舗[編集]

北海道[編集]

  • プランタン石狩(1997年計画断念) 石狩市
    ダイエーが出店を計画していたアウトレットモール内に出店計画があった[3]
    ダイエーの経営難により、ダイエーそのものの出店が中止された為、白紙となった。建設予定地は未だ何も建設されていない。

神奈川県[編集]

  • プランタン新百合ヶ丘(1982年計画断念) 川崎市
    新百合ヶ丘駅前に出店する計画であった[4]
    現在はOPAが入居している。
  • プランタン戸塚(1984年計画断念) 横浜市
    横浜市が戸塚駅前に建設する建物に出店を表明していた[5]
    横浜市側が同じく出店を表明していた丸井を出店することを決定した為、自然消滅した。現在は丸井戸塚店を経て戸塚モディとなっている。

大阪府[編集]

  • プランタン堺(1995年計画断念) 堺市
    南海電気鉄道が建設予定だったショッピングセンターに西武百貨店が出店予定だったのが撤回となり、ダイエーが出店を計画していた。
    採算が見込めず白紙となった。出店予定地には南海電気鉄道の子会社である南海都市創造が運営するプラットプラットとなった。

福岡県[編集]

  • ショッパーズプランタン博多(?年計画断念) 福岡市
    福岡地所とダイエー・ユニードが共同で建設する高層ビル「サンライフシティ(仮称)」内に出店計画があった。運営会社も店舗と同名となっていた。
    計画縮小により白紙となった。出店予定地にはキャナルシティ博多となり、ダイエーからはバンドールとダイエーNOWが出店した。(2001年閉店)
  • プランタン中間(1986年計画断念) 中間市
    ダイエー中間店(現:ショッパーズモールなかま東館)隣の広大な敷地に出店計画があった。
    プランタン自体の利益が伸びず白紙となった[6]。現在は、バンドール中間店(現:ショッパーズモールなかま西館)が開業しているが閉店が発表されている。

クレジットカード[編集]

提携カードとして「プランタンGINZAカード」を発行している。

  • 初代は、ダイエーグループ時代にダイエーファイナンス(現:セディナ)との提携で発行された。十字屋三春屋等、他のダイエー系百貨店のカードフェイスが当時のOMCカードのデザインに準拠していた(ほぼ、文字部の違いのみ)のに対し、一見セゾンカードを思わせる上部に青を使ったオリジナルデザインを採用、しかも『OMC』ロゴを排し国際ブランド(VISAMasterCardJCB)のみを前面に打ち出したものとなった。
  • 現行カードは読売新聞グループ傘下となった後に、ユーシーカード[注 5](現:クレディセゾン)と提携し募集・発行を開始した。国際ブランドはVISA及びMasterCardの2種となり、デザインはVISAがピンク、MasterCardがパープル基調となっている。

POSシステム[編集]

POSシステムは、富士通製を使用。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ このようなスーパー経営の百貨店店舗の例として、西友の「西武店」、イトーヨーカドーの「ロビンソン百貨店」(現:西武百貨店)、イオンの「ボンベルタ」などが挙げられる。
  2. ^ 経営の足を引っ張ることとなったオ・プランタン(P)・クラウン(C)・ビッグ・エー(B)の略。
  3. ^ プランタン銀座は業績が好調だったため、別会社のまま存続した。
  4. ^ 銀座に関しては別の契約を行っているため、継続。
  5. ^ 第二位株主である三越の提携カードである「三越カード」は2002年当時三井住友カード発行であった(2000年度まではさくらカードUC提携)。

出典[編集]

  1. ^ 岩淵明男「ダイエー 中内功の物価2分の1革命(オーエス出版社)」P67-70
  2. ^ 日経流通新聞 2000年1月11日 札幌・大阪のプランタン 店名をカテプリにより
  3. ^ 日経流通新聞 1996年11月21日 石狩にプランタン ダイエー、計画中のSCに追加より
  4. ^ 日本経済新聞 1982年12月3日 地方経済 首都圏B 5面 新百合ヶ丘駅前の核店舗 西武かダイエーか 両者捨てがたい魅力より
  5. ^ 日本経済新聞 1984年3月17日 地方経済 首都圏B 5面 横浜市 戸塚駅東口再開発ビルの核店舗に丸井を決定より
  6. ^ 日経流通新聞 1986年12月1日 プランタン中間断念 ダイエー、代替案に大型SCより

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度40分25.5秒 東経139度45分54.4秒