川内優輝

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川内優輝 Portal:陸上競技
Kawauchi20111030osakaM.jpg
大阪マラソン2011での川内(右)
選手情報
フルネーム かわうち ゆうき
ラテン文字 Yuki Kawauchi
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走マラソン
所属 埼玉県庁
生年月日 1987年3月5日(27歳)
出身地 日本の旗 埼玉県久喜市
身長 174cm[1]
体重 66kg[1]
自己ベスト
1500m 3分50秒51 (2012年)
5000m 13分58秒62 (2012年)
10000m 29分02秒33 (2010年)
ハーフマラソン 1時間02分18秒 (2012年)
30km 1時間29分31秒 (2013年)
マラソン 2時間08分14秒 (2013年)
50km 2時間47分27秒 (2014年)
 
獲得メダル
男子陸上競技
アジア競技大会
2014年 仁川 マラソン
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川内 優輝(かわうち ゆうき、1987年3月5日 - )は、埼玉県地方公務員陸上競技選手。専門競技は、長距離走マラソン等。

以前は、埼玉陸上競技協会に所属していたが、後に埼玉県庁走友会が陸協登録をし、現在は埼玉県庁に所属。非実業団の「市民ランナー」としての活躍が注目を集める。

2011年世界陸上大邱大会2013年世界陸上モスクワ大会男子マラソン代表(共に18位)。

来歴[編集]

生い立ち~大学時代迄[編集]

埼玉県久喜市出身[2]。父親は島根県隠岐島の出身であり[2][3]、高校時代に国体にも出場したアマチュアボクサーであった。優輝は3人兄弟の長男に当たり、次男・三男も学生時代陸上部に所属している。

小学校入学前に埼玉県久喜市に転居[2]鷲宮町立鷲宮中学校[4]埼玉県立春日部東高等学校を経て学習院大学法学部政治学科[5]に進学。

高校時代は、県大会レベルの選手だったが故障を繰り返していた(詳細は人物・エピソードにて後述)、学習院大学時代に関東学連選抜の選手として箱根駅伝に2度出場[6]。学習院大学の学生として初めて箱根路を走った。2007年(平成19年)は6区を区間6位[7]2009年(平成21年)は6区を区間3位の成績だった。また2008年(平成20年)にはニューカレドニア国際マラソンのハーフマラソン男子の部で優勝している[8]

自身初のフルマラソンは、学習院大学卒業前の2009年2月の別府大分毎日マラソンで20位。それから1か月後の2009年3月の東京マラソン2009では19位に入っている。

市民ランナーとして[編集]

大学卒業後には陸上の実業団には進まず、当時陸上部のなかった埼玉県庁に入庁。埼玉県立春日部高等学校定時制に埼玉県職員(埼玉県教育局主事)として勤務する傍ら練習を続け[9]、「市民ランナー」として大会に参加。2010年1月10日の第11回谷川真理ハーフマラソンでは1時間6分49秒で優勝[10]東京マラソン2010では優勝した藤原正和と17秒差の2時間12分36秒で4位に入った[11][12]。当時は埼玉陸上競技協会所属として出場していた(後に川内の活躍を受ける形で埼玉県庁走友会が陸協登録をし、現在は埼玉県庁所属となっている)。

2011年1月23日には、第16回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に埼玉代表で7区・アンカーで出場(区間41位・総合37位)。2011年2月6日の第65回香川丸亀国際ハーフマラソンでは当時ハーフマラソンの自己ベスト記録をマークし9位。

世界陸上(大邱大会)初出場[編集]

同年2月27日の東京マラソン2011では、過去世界陸上選手権男子マラソン代表の入船敏藤原新らを抑え、さらに終盤追い上げ39Km地点で尾田賢典サイラス・ジュイケニア)を追い越した後も懸命にラストスパート、当時自己ベスト記録を約4分更新する2時間8分台をマークし、日本人トップとなる3位に入った。これで「2時間9分30秒を切って日本人トップ」という日本陸上競技連盟の代表選考基準をクリアしたため、2011年9月開催の世界陸上大邱大会の男子マラソン日本代表に内定した[12][13]

その世界陸上大邱大会男子マラソン本番では、レース前半は先頭集団の一番前の方を走る積極性を見せたが、16km付近で集団から脱落。一時は30位前後まで下がったが、30kmを過ぎ順位を上げた結果、日本人三番手の18位でフィニッシュ[14]。ゴール直後は東京マラソン2011同様に昏倒して担架に運ばれ、インタビューを受ける事は出来なかった(日本人首位は堀端宏行の7位入賞、二番手は中本健太郎の10位)[15]

同年10月30日に開催の第1回大阪マラソンは、日本男子ではトップとなる4位だった。同年12月4日、翌2012年8月開催のロンドンオリンピック国内選考レースの福岡国際マラソンに出場。中間点付近で一旦は日本人争いの集団から遅れるも徐々に追い上げ、36Km過ぎで今井正人前田和浩に追いつき、その後二人をかわして日本人トップの2時間10分を切るタイムをマーク、3位でゴール。その福岡国際からわずか2週間後の同年12月18日に防府読売マラソンへ出場。フルマラソンでは3大会連続で日本人首位の成績だったが、同大会2連覇のセルオド・バトオチル(モンゴル)に突き放され2位でゴールした。

ロンドン五輪日本代表落選[編集]

2012年2月5日の第66回香川丸亀国際ハーフマラソンでは27位ながらも、前年の同大会を22秒上回る自己ベストを達成。ロンドン五輪国内選考レース再挑戦となる同年2月26日の東京マラソン2012で、日本人トップと自己記録を目指して出走したが、23Km過ぎで日本人トップ争いの第2集団から脱落し14位に終わる。この結果が響いて同年3月12日に行われた五輪代表の発表では、正式な代表選手補欠メンバーにも選出されなかったが、川内本人は五輪落選時のインタビューで「実力が足りなかった。公平な選考がなされたと思います」とコメントした[16]

五輪落選後も、短いスパンでレースにことごとく出場する。2012年4月15日のかすみがうらマラソンでは、末弟の川内鴻輝(こうき・高崎経済大学在学中)のペースメーカー役を務めていたが、弟が中間点を過ぎてついていけなくなると、兄・優輝は先行する選手を次々追い抜き、ゴールタイムは平凡ながらも自身初めてのフルマラソン優勝を達成した[17]。同年5月13日の第22回仙台国際ハーフマラソンは、日本男子ではロンドン五輪代表の藤原新(2位)に次いで4位に入った[18]。前年ゴール寸前で倒れ途中棄権した6月17日の第7回隠岐の島ウルトラマラソン男子50Kmの部では、2位以下に33分以上の大差をつけて優勝[19]。又7月1日開催のゴールドコーストマラソンでは、日本男子トップの4位だった[20]

8月26日開催の北海道マラソンは気温30度近い気象条件の中、25Km付近から自ら仕掛けてその後は独走。2位以下に3分以上の差をつけ、2回目のフルマラソン優勝を達成した[21][22]。9月16日開催のシドニーマラソンにおいても大会新記録で3回目のフルマラソン優勝を果たす[23]。また10月6日世界ハーフマラソン選手権大会ブルガリアカバルナ)男子の部は、21位ながらも日本人ではトップに(団体戦は日本男子9位)[24]。 さらに10月21日開催の第1回ちばアクアラインマラソンでは、気温25度を超す高温の影響で終盤フラフラになりながらも、2位以下に10分以上の大差で4回目のフルマラソン優勝となった[25]

世界陸上(モスクワ大会)出場[編集]

2013年開催の世界陸上モスクワ大会男子マラソン選考レースだった、12月2日の福岡国際マラソンでは、レース前の招待選手記者会見で東京マラソン同様に藤原新との口撃バトルを繰り広げ場を沸かせていた。しかし本番レースでは28Km付近で先頭集団から脱落、終盤追い上げたが6位に留まる。それでも12月16日の防府読売マラソンでは、2位のマイナ・ディシ(愛三工業)に1分39秒の差をつけ、2012年に出場したフルマラソンでは5回目となる優勝で締めくくった。

世界陸上選考会再挑戦となった2013年2月3日の別府大分毎日マラソンでは、28Km付近でロングスパートを仕掛けると、その後ロンドン五輪男子マラソン6位入賞・中本健太郎との一騎打ちに。残り2Kmを切った給水地点を過ぎた直後、自ら果敢に飛び出して中本を引き離し、同マラソン大会新記録をマーク・自己記録も22秒を上回って通算7回目のマラソン優勝を達成。世界陸上モスクワ大会・男子マラソン代表選考へ大きく名乗りを挙げた[26][27]。それから2週間後の金栗記念熊日30キロロードレースでは、自ら30Kmの記録を36秒更新し大会記録で優勝[28]。3月17日のソウル国際マラソンは2時間7分台を目指して出場したが、32Km過ぎから2度目の先頭集団のペースアップについていけずに後退、辛うじて自己記録を1秒縮めるも4位に留まった[29]。しかし、別府大分毎日マラソン、ソウル国際マラソンでの2ヶ月連続2時間8分台達成は、世界でも類を見ない快挙である。4月21日の長野オリンピック記念 長野マラソンでは、降雪とスタート時の気温0.4度という厳寒の中、40km手前で2位のアレクセイ・ソコロフ(ロシア)を振り切り、同マラソンでは日本男子として初優勝を達成した[30]

2013年4月25日、世界陸上モスクワ大会男子マラソンへ2大会連続2回目の代表選出となった[31]。同年6月2日千歳JAL国際マラソンでは、タイムは2時間18分台ながらも合計9回目のマラソン優勝[32]。3年連続出場となる、6月16日の第8回隠岐島ウルトラマラソン男子50Kmは招待選手で出走、トップでゴールするも軽い熱中症で完走直後に倒れ、病院へ搬送された[33]。2年連続出場の7月7日のゴールドコーストマラソンでは大会タイ記録をマーク、自身丁度10回目となるフルマラソン優勝を成し遂げた[34]

しかし自ら「6位入賞」が目標だった世界陸上モスクワ大会男子マラソン本番は、25度の高温に対応できず、25Km付近で2位集団の争いから脱落。結局前回の大邱大会と全く同じ18位、日本人四番手のゴールに終わった(日本人首位は中本健太郎の5位入賞)[35]

アジア競技大会(仁川)出場[編集]

レース前「目標は2時間7分30秒以内」と宣言した2013年12月1日の福岡国際マラソンでは、ペースメーカーが外れた中間点で川内自ら先頭集団を抜け出しスパートを仕掛ける。しかし29Km過ぎで後ろの集団に吸収され、34Km過ぎ、優勝したマーティン・マサシ(スズキ浜松AC)についていけなかった。その後は3位の位置をキープし、タイムは2時間9分台ながら日本人ではトップの3位に食い込んだ(ライバル・藤原新は20Km過ぎで途中棄権)[36]。尚末弟・鴻輝も同マラソンに出場、2時間24分47秒の32位でゴールしている[37]。なお、福岡国際マラソンから2週間後(12月15日)には、前年優勝の防府読売マラソンに出場。結果は2位だったが、前年を上回る2時間9分15秒(大会史上3位)で完走したことによって、「月間2大会(および2大会連続)でゴールタイムが2時間10分を切る」という快挙を達成した[38]

2014年3月2日のびわ湖毎日マラソンでは、22Km過ぎで先頭集団から脱落するもレース終盤に追い上げ、日本人では佐々木悟(旭化成)に次ぐ2番手の4位に入る。同年3月12日、東京マラソン2014で日本男子首位で8位の松村康平(三菱重工長崎)と共に仁川アジア競技大会男子マラソン代表に選出された。同年4月13日、さが桜マラソンでは15Kmから独走し12回目のマラソン優勝。それから僅か1週間後の4月20日、とくしまマラソンでは途中腹痛により20Km過ぎでトイレに駆け込み、3分近くのロスタイムが発生しながらも同マラソンの大会新記録で13回目のマラソン優勝[39]。5月4日のハンブルクマラソンは9位ながら日本男子首位、さらに日本人では単独最多記録となるマラソン7度目のサブテン(2時間10分未満)を達成した[40]。6月15日の第9回隠岐の島ウルトラマラソン男子50Kmの部は、招待選手として出走の為順位は付かずタイムは参考記録ながら、自らの大会記録・非公認の日本記録を更新、世界歴代6位相当の2時間47分27秒でフィニッシュ[41][42]。7月6日のゴールドコーストマラソンでは20Km手前、転がってきたカラーコーンを踏み外し転倒したが、後半追い上げて日本男子トップの3位に食い込んだ[43]。川内は、ペースメーカーと選手が蹴ったコーンが自分の前に来たと語った[44]

2014年10月3日開催の仁川アジア競技大会男子マラソンでは、レース終盤まで優勝・金メダル獲得のハサン・マハブーブバーレーン)、2位・銀メダルの松村康平と激しく競り合ったが、最後のトラック勝負で離されてしまい、マハブーブに4秒、松村にも3秒の僅差で惜しくも敗れ3位・銅メダル獲得に留まった[45]。レース後の川内は「(2015年開催の)世界陸上北京大会男子マラソンの国内選考会には一切出場しない」と公言、2016年開催のリオデジャネイロオリンピック男子マラソン日本代表は、世界陸上後の国内選考レースで出場選出を目指す予定。

人物・エピソード[編集]

現在は公務員ランナーとして、春日部高校定時制で事務を担当する傍ら、主に駒沢オリンピック公園を拠点に練習を行っており、青島健太は「最強市民ランナー」と評している[46]ほか、マスコミも「日本男子最速の市民ランナー」という表現を用いている[47][48]。過去に何度か実業団の強豪チームからスカウトを受けたこともあったが「今のスタイルで結果が出ている」として頑なにスカウトを断っている[49]。その一方で川内は「実業団には負けたくない。いつも『死んでもいい』という思いで走りますから」と強烈な自負を持ち続けている。

フルタイムで勤務していることから多くの練習時間を確保できず、実業団選手では、月間走行距離1000km以上の選手もいる中、川内は600kmほどで、競る相手がいないため強度の高い練習もできない。強度の高いポイント練習も水曜日と土曜日の2回だけ。水曜日がスピード練習(400mや1kmのインターバル走など)で、土曜日が距離走(30~43kmのペース走やビルドアップ走など)をしていおり、あとの5日間はすべてジョグである。ポイント練習は週に2回だけであり、そのときはいつも以上に集中して取り組んでいるという。また、他のトップ選手が年1~2レースなのに対し、川内は年9回(2012年)のフルマラソンに出場している。川内はこれを「究極のトレーニング」と捉えている[50]

川内が東京マラソン2011で日本男子トップの3位に入った際、実業団主導の日本男子マラソン界に大きな衝撃を与え、また日本陸連男子マラソン部長及び中国電力陸上部監督の坂口泰は「実業団の選手達はショックでしょう」としながらも、川内の快挙に対して賛辞を惜しまなかった[51]。本業は全く陸上競技と関わりが無かったものの、川内本人は世界陸上選手権の内定代表選出に関して「有給休暇が使い切れていないのでこういう時に使わせてもらう」として、休みを取っての大会出場に意欲を見せていた[52]

フルマラソンでは常に全身全霊で力を振り絞って突っ走るためか、マラソンのゴール直後は意識朦朧の状態で倒れ込み、医務室へ運ばれる事態が多い。川内本人は「本当は医務室とはお世話にならない選手になりたいのですが、100%近く力を出し切らないと勝負にならないので」としきりに頭を掻きながらコメントしていた[53]

大の漫画好き。特に陸上競技を題材とした漫画を集めており「長距離マンガなら日本で有数のコレクターだと思う」(本人談)という[54]。2011年世界陸上の際もお気に入りの漫画持参で現地入りしている[55]

2001年世界陸上エドモントン大会2005年世界陸上ヘルシンキ大会男子400mHで二大会銅メダリストの為末大が2011年6月にゲスト出演した春日部高の同校講演会で対談が実現した[56]。なお対談終了後の為末は、川内の印象に対して「やっぱり変な奴だな、と思いましたね」と苦笑いした。

世界陸上大邱大会・男子マラソンでは個人戦で18位に留まったが、医務室で休んでいる最中日本代表のマラソン団体戦は2位に入った事を聞かされた後「団体の銀メダルに貢献出来て嬉しい」と涙を浮かべ、「僕みたいにスピードが無くても日本人の粘りがあれば、マラソンはやれるんだと証明できた」と自身も納得のコメントを述べている[57][58]。そのマラソン本番翌日の2011年9月5日、日本帰国便の飛行機を空港ロビーで待機中に、男子マラソン元日本記録保持者でマラソン15戦10勝の実績を持つ瀬古利彦と対面。瀬古からは「オレの記録(2時間8分27秒)を抜きなさい」と発破を掛けられていた[59]。なお2013年1月、エスビー食品陸上部が廃部のため同年4月からDeNA陸上部監督就任の瀬古より、同陸上部へのオファーがあったものの、川内は「僕は指導者に従うつもりはないし、自由にやりたい」とあえて辞退した[60]

レース前に「2時間7分台を狙う」と宣言した東京マラソン2012だったが、序盤で給水ボトルが取れず動揺した影響もあってか[61]、中盤で日本人トップ争いからズルズル後退してしまい完敗。その翌日の2012年2月27日、記者陣の前に現れた川内は母親に頼んで五厘刈りスキンヘッドの髪型にして登場。「大勢の方の期待に応えられず悔しいし、情けない。誠意を示すために丸めました」と目に涙をためながら謝罪した[62]

なお東京マラソン2012では、レース前の記者会見で当時の無職ランナー・藤原新との口撃バトルが繰り広げられ、前男子マラソン世界記録保持者の「皇帝」ことハイレ・ゲブレセラシェがその二人を宥めようとする場面があった[63]。その東京マラソン本番は、藤原が日本人トップの2位に入りロンドン五輪男子マラソン代表に選出されたが、川内は14位で五輪落選と明暗が分かれる結果となる。2012年3月31日には、藤原の誘いで埼玉県の荒川沿いにて川内との合同練習を公開していた[64]

2013年1月17日、翌日開催のエジプト国際マラソンに招待選手として出場するが、成田国際空港で搭乗前にパスポートを忘れてしまい、主催者側が用意した航空便に乗れず、約26万円(給与1か月分程度)の航空チケット代金を自腹で切らざるを得なくなるハプニングがあった(当初航空会社は約80万円支払ったと発表していたが、後日川内本人が笑いながら否定)[65]。なお、パスポート不携帯に気付いた時には母親が埼玉県の自宅から駆け付けたものの、電車が遅れた不運もあって間に合わなかった[66]。また現地で予定された記者会見もキャンセルに[67]。そのエジプトのマラソンでは大会新記録で優勝、その後エジプト大使館の好意で復路航空代の約25万円が支給された[68]

2013年3月24日には、優輝の次弟・川内鮮輝(よしき・國學院大學卒業)が第1回サンスポ古河はなももマラソンで初マラソン初優勝を達成、兄・優輝も弟の快挙に喜びのコメントを述べている[69][70]

地元である久喜市の鷲宮商工会が何らかの形で応援できないかと、町おこしで関わりのある漫画・アニメ『らき☆すた』の作者、美水かがみに応援キャラクターの制作を打診、川内のアイデアを取り入れた、ノースリーブパーカースパッツ姿のポニーテールの少女「武比奈まい」が作られた。名前は鷲宮神社の祭神・武夷鳥命と同神社で奉演される神楽の舞から付けられている[71][72]

主な戦績(マラソン以外)[編集]

太字は2014年現在のハーフマラソン自己最高記録。

月日 大会 距離 結果 記録 備考
2007年 01月03日 第83回箱根駅伝 20.8 km 6区・区間6位 1時間00分24秒 関東学連選抜として出場(学習院大学2年)
2008年 08月24日 第26回ニューカレドニア国際マラソン 21.0975 km 優勝 1時間07分15秒
2009年 01月03日 第85回箱根駅伝 20.8 km 6区・区間3位 59分27秒 関東学連選抜として出場(学習院大学4年)
2010年 01月10日 第11回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間06分49秒
2011年 01月09日 第12回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 3位 1時間06分40秒
01月23日 第16回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会 13.0 km 7区・区間41位 39分57秒 埼玉代表・総合37位
02月06日 第65回香川丸亀国際ハーフマラソン 21.0975 km 9位 1時間02分40秒
06月19日 第6回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km 途中棄権 - 残り1km付近で昏倒しレース後救急車で搬送
07月01日 第54回札幌国際ハーフマラソン 21.0975 km 63位 1時間07分12秒
2012年 01月08日 第13回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 2位 1時間06分19秒
02月05日 第66回香川丸亀国際ハーフマラソン 21.0975 km 27位 1時間02分18秒 自己ベスト記録
03月18日 2012さいたまシティマラソン 21.0975 km ゲスト出場 1時間04分26秒 招待選手での出走により参考記録
04月01日 第27回焼津ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間03分48秒 大会記録
05月13日 第22回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間03分49秒
06月17日 第7回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km 優勝 2時間51分45秒 50Km日本最高記録(当時)
10月06日 世界ハーフマラソン選手権大会 21.0975 km 21位 1時間04分04秒 日本人最高順位
2013年 01月13日 第14回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間05分31秒 エジプト国際マラソン(1月18日)の5日前のレース
01月20日 第80回埼玉県駅伝競走大会 11.90 km 3区・区間2位 36分54秒 エジプト国際マラソン優勝の2日後のレース
01月27日 第11回奥むさし駅伝競走大会 4.679 km 4区・区間1位 13分00秒 区間記録。別府大分毎日マラソン(2月3日)の1週前のレース
02月17日 金栗記念熊日30キロロードレース 30.0 km 優勝 1時間29分31秒 自己記録・大会記録
03月03日 第64回金栗杯玉名ハーフマラソン大会 21.0975 km 2位 1時間03分12秒
03月24日 2013さいたまシティマラソン 21.0975 km ゲスト出場 1時間05分52秒 招待選手での出走により参考記録
04月28日 第47回織田記念国際陸上大会 5000 m 18位 14分09秒88
05月04日 第25回春日部大凧マラソン 21.0975 km ゲスト出場 非公開 最後尾からスタートし10位でゴールするもタイムは非公開
05月05日 第25回日刊スポーツ豊平川マラソン 21.0975 km 優勝辞退 1時間05分45秒 大会新記録でトップでゴールするも優勝は辞退
05月12日 第23回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 10位 1時間03分30秒
05月19日 第3回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 14位 1時間05分05秒
05月25日 第30回カーター記念黒部名水ロードレース 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間03分58秒 招待選手での出走により参考記録
06月16日 第8回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場 2時間57分28秒 招待選手での出走により参考記録
07月21日 第27回サフォークランド士別ハーフマラソン 21.0975 km 22位 1時間06分45秒
07月28日 第41回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場 1時間33分27秒 招待選手での出走により参考記録
09月15日 グレートノースラン2013 21.0975 km 8位 1時間04分08秒
09月29日 2013函館ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間04分51秒
10月20日 第38回高島平・日刊スポーツロードレース大会 20.0 km 2位 59分17秒
10月27日 猪苗代湖ハーフマラソン2013 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分53秒 招待選手での出走により参考記録
12月31日 San Silvestre Vallecana 2013 10.0 km 13位 29分54秒
2014年 01月12日 第15回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 2位 1時間04分17秒
01月19日 第2回公認奥球磨ロードレース大会 21.0975 km 2位 1時間03分40秒
01月26日 第12回奥むさし駅伝競走大会 5.295 km 5区・区間1位 14分42秒
02月02日 第81回埼玉県駅伝競走大会 11.9 km 3区・区間1位 36分13秒
02月09日 第54回唐津10マイルロードレース 10.0 マイル 4位 47分28秒
03月09日 名古屋シティマラソン2014 21.0975 km 2位 1時間04分17秒
03月16日 2014さいたまシティーマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分49秒 招待選手での出走により参考記録
03月23日 第35回小郡ロードレース大会 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分21秒 招待選手での出走により参考記録
03月30日 仁川国際ハーフマラソン大会 21.0975 km 5位 1時間06分04秒 前日の食あたりによる嘔吐にもかかわらず入賞
レース後4時間寝込んだ後アジア大会コースの下見を敢行[73]
04月13日 第29回焼津みなとマラソン 21.0975 km 優勝 1時間04分19秒
05月11日 第24回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間03分23秒
05月18日 第4回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 11位 1時間03分48秒
05月25日 第34回錦秋湖マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間34分01秒 招待選手での出走により参考記録(大会記録)
06月15日 第9回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間47分27秒 招待選手での出走により参考記録
(大会記録・日本最高記録・世界歴代6位相当)
07月27日 第42回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間33分49秒 招待選手での出走により参考記録
08月03日 第28回日本海メロンマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分28秒 招待選手での出走により参考記録
08月17日 第33回北方領土ノサップ岬マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分12秒 招待選手での出走により参考記録
09月21日 第29回田沢湖マラソン 20.0 km 優勝 1時間01分43秒
10月12日 第6回北見ハーフマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分33秒 招待選手での出走により参考記録
10月19日 ちばアクアラインマラソン2014 21.0975 km 優勝 1時間04分22秒
11月16日 第27回上尾シティマラソン 21.0975 km 10位 1時間02分55秒
11月30日 小江戸川越ハーフマラソン2014 21.0975 km 2位 1時間03分39秒

マラソン全成績[編集]

太字は2014年現在の自己最高記録。優勝の(数字)は優勝回数。

年月日 大会 大会
順位
日本人
順位
記録 備考
2009年 02月01日 別府大分毎日マラソン 20位 15位 2時間19分26秒 初マラソン
03月22日 東京マラソン2009 19位 15位 2時間18分18秒 世界陸上ベルリン大会選考レース
12月06日 福岡国際マラソン 13位 03位 2時間17分33秒 広州アジア競技大会選考レース
2010年 02月28日 東京マラソン2010 04位 04位 2時間12分36秒 広州アジア競技大会選考レース
12月05日 福岡国際マラソン 10位 06位 2時間17分56秒 世界陸上大邱大会選考レース
2011年 02月27日 東京マラソン2011 03位 01位 2時間08分37秒 世界陸上大邱大会選考レース
初の2時間10分以内(サブテン)達成
09月04日 世界陸上大邱大会 18位 03位 2時間16分11秒 男子マラソン団体戦・日本代表銀メダル獲得
10月30日 大阪マラソン 04位 01位 2時間14分31秒
12月04日 福岡国際マラソン 03位 01位 2時間09分57秒 ロンドン五輪選考レース
2度目の2時間10分以内(サブテン)達成
12月18日 防府読売マラソン 02位 01位 2時間12分33秒
2012年 02月26日 東京マラソン2012 14位 09位 2時間12分51秒 ロンドン五輪選考レース
04月15日 かすみがうらマラソン 01優勝(01初) 01位 2時間22分38秒 フルマラソン01初優勝
04月29日 デュッセルドルフマラソン 08位 01位 2時間12分58秒
07月01日 ゴールドコーストマラソン 04位 01位 2時間13分26秒
08月26日 北海道マラソン 01優勝(02) 01位 2時間18分38秒 フルマラソン02度目の優勝
09月16日 シドニーマラソン 01優勝(03) 01位 2時間11分52秒 フルマラソン03度目の優勝(大会記録
10月21日 ちばアクアラインマラソン 01優勝(04) 01位 2時間17分48秒 フルマラソン04度目の優勝(大会記録
12月02日 福岡国際マラソン 06位 04位 2時間10分29秒 世界陸上モスクワ大会選考レース
12月16日 防府読売マラソン 01優勝(05) 01位 2時間10分46秒 フルマラソン05度目の優勝
中13日での2大会連続サブ11達成
2013年 01月18日 エジプト国際マラソン 01優勝(06) 01位 2時間12分24秒 フルマラソン06度目の優勝(大会記録エジプト国内最高記録
02月03日 別府大分毎日マラソン 01優勝(07) 01位 2時間08分15秒 世界陸上モスクワ大会選考レース
フルマラソン07度目の優勝(大会記録
3度目の2時間10分以内(サブテン)達成
03月17日 ソウル国際マラソン 04位 01位 2時間08分14秒 自己最高記録
4度目の2時間10分以内(サブテン)達成
中41日での2大会連続2時間08分台達成
04月21日 長野マラソン 01優勝(08) 01位 2時間14分27秒 フルマラソン08度目の優勝
06月02日 千歳JAL国際マラソン 01優勝(09) 01位 2時間18分29秒 フルマラソン09度目の優勝(大会記録
07月07日 ゴールドコーストマラソン 01優勝(10) 01位 2時間10分01秒 フルマラソン10度目の優勝(大会タイ記録
08月17日 世界陸上モスクワ大会 18位 04位 2時間15分35秒
10月13日 メルボルンマラソン 02位 01位 2時間11分40秒
11月03日 ニューヨークシティマラソン 11位 02位 2時間12分29秒
12月01日 福岡国際マラソン 03位 01位 2時間09分05秒 仁川アジア競技大会選考レース
5度目の2時間10分以内(サブテン)達成
12月15日 防府読売マラソン 02位 01位 2時間09分15秒 6度目の2時間10分以内(サブテン)達成
中13日での2大会連続サブテン達成[74]
2014年 02月16日 熊本城マラソン 01優勝(11) 01位 2時間10分14秒 フルマラソン11度目の優勝(大会記録
03月02日 びわ湖毎日マラソン 4位 02位 2時間10分38秒 仁川アジア競技大会選考レース
中13日での2大会連続サブ11タイ達成
04月06日 さが桜マラソン 01優勝(12) 01位 2時間13分02秒 フルマラソン12度目の優勝(大会記録
04月20日 とくしまマラソン 01優勝(13) 01位 2時間15分25秒 フルマラソン13度目の優勝(大会記録
05月04日 ハンブルクマラソン 9位 01位 2時間09分36秒 7度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多
06月01日 千歳JAL国際マラソン ゲスト出場(1位) 0(1位) 2時間15分57秒 招待選手での出走により参考記録(大会記録)
07月06日 ゴールドコーストマラソン 03位 01位 2時間11分27秒 20Km手前で転倒
08月31日 シティ2サーフマラソン 01優勝(14) 01位 2時間12分55秒 フルマラソン14度目の優勝(大会記録)
10月03日 仁川アジア競技大会 03位 02位 2時間12分42秒 世界陸上北京大会選考レース
11月02日 ニューヨークシティマラソン 11位 02位 2時間16分41秒
11月23日 福知山マラソン 01優勝(15) 01位 2時間12分59秒 フルマラソン15度目の優勝(大会記録)
12月07日 NAHAマラソン 01優勝(16) 01位 2時間13分43秒 フルマラソン16度目の優勝(大会記録)

自己記録[編集]

種目 記録 年月日 場所 備考
1500m 3分50秒51 2012年9月22日 日体大長距離記録会
5000m 13分58秒62 2012年9月23日 日体大長距離記録会
10000m 29分02秒33 2010年6月20日 ホクレンディスタンス
10km(ロード) 29分54秒 2013年12月31日 San Silvestre Vallecana 10km(マドリード)
10マイル 47分28秒 2014年2月9日 唐津ロードレース
20km(スプリット) 59分10秒 2012年2月5日 香川丸亀国際ハーフマラソン
20km 59分17秒 2013年10月20日 高島平ロードレース
ハーフマラソン 1時間02分18秒 2012年2月5日 香川丸亀国際ハーフマラソン
25km(スプリット) 1時間14分32秒 2013年2月17日 金栗記念熊日30キロロードレース
30km 1時間29分31秒 2013年2月17日 金栗記念熊日30キロロードレース
マラソン 2時間08分14秒 2013年3月17日 ソウル国際マラソン 日本歴代17位
50km 2時間47分27秒 2014年6月15日 隠岐の島ウルトラマラソン 日本最高記録・世界歴代6位相当(参考記録)
歴代記録は当時の順位

脚注[編集]

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  1. ^ a b 川内 優輝 Yuki Kawauchi公益財団法人日本陸上競技連盟
  2. ^ a b c 『日刊スポーツ』2012年2月22日第6版20面
  3. ^ 川内優輝インタビュー - スポーツ総合サイト:Sports@nifty
  4. ^ 鷲宮を世界にPR 世界陸上マラソン・川内選手”. 埼玉新聞 (2011年5月22日). 2011年5月28日閲覧。
  5. ^ 陸上競技部・川内優輝君 第85回箱根駅伝大会の結果について”. 学習院大学 (2009年1月5日). 2011年2月27日閲覧。
  6. ^ 東京マラソン:埼玉県職員が快挙 川内、世界選手権へ”. 毎日新聞 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
  7. ^ 「山下りをもう一度」学習院大、川内優輝”. 読売新聞 (2007年10月19日). 2011年2月27日閲覧。
  8. ^ 院長表彰(スポーツ活動賞)(”. 学習院大学 (2009年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
  9. ^ 世界選手権は有給休暇で…川内選手は公務員”. 読売新聞 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
  10. ^ “箱根ランナー”が優勝/谷川真理ハーフ”. スポーツニッポン (2010年1月11日). 2011年2月27日閲覧。
  11. ^ 藤原正が日本人初優勝! 2位は藤原新、3位は佐藤敦 女子はビクティミロワがV”. スポーツナビ. 2011年2月27日閲覧。
  12. ^ a b 東京マラソン:“市民ランナー”川内が3位 世界選手権へ”. 毎日新聞 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
  13. ^ 川内3位、世界選手権代表に=メコネン優勝、女子は樋口2位-東京マラソン”. 時事通信 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
  14. ^ 世界陸上:男子マラソン決勝 実況 - スポーツナビ・2011年9月4日
  15. ^ ワールドカップマラソン公式結果- IAAF World Championships Deagu 2011 RESULTS
  16. ^ 川内「公正な選考」今後も公務員ランナー”. 日刊スポーツ (2011年3月13日). 2011年3月13日閲覧。
  17. ^ 川内 ペースメーカーだったのに…マラソン人生初V”. スポニチ (2011年4月16日). 2011年4月16日閲覧。
  18. ^ 藤原地力、終盤加速 仙台ハーフマラソン・男子”. 河北新報 (2012年5月13日). 2011年5月14日閲覧。
  19. ^ 第7回隠岐の島ウルトラマラソン大会結果について”. 隠岐の島町 (2012年6月20日). 2011年7月26日閲覧。
  20. ^ 川内4位、吉田が優勝 ゴールドコーストマラソン”. MSN産経ニュース (2012年7月1日). 2011年7月10日閲覧。
  21. ^ 北海道マラソン、男子は川内優輝、女子は吉住友里がともに初優勝”. 北海道新聞 (2012年8月26日). 2012年8月26日閲覧。
  22. ^ 川内V 世陸で「表彰台に」/マラソン”. 日刊スポーツ (2012年8月26日). 2012年8月27日閲覧。
  23. ^ シドニーマラソン2012公式サイトリザルト” (2012年9月16日). 2012年9月16日閲覧。
  24. ^ 川内、日本勢トップの21位 世界ハーフマラソン”. 日本経済新聞 (2012年10月6日). 2012年10月6日閲覧。
  25. ^ 川内がぶっちぎりV 猫7位/マラソン”. 日刊スポーツ (2012年10月21日). 2012年10月21日閲覧。
  26. ^ 川内が大会新で優勝/マラソン詳細”. 日刊スポーツ (2013年2月3日). 2012年2月4日閲覧。
  27. ^ ひと:川内優輝さん=別府大分毎日マラソンで優勝「やっぱりマラソンは楽しいな」”. 毎日新聞 (2013年2月4日). 2012年2月4日閲覧。
  28. ^ 川内優輝 また優勝 7分台へ好感触”. スポーツニッポン(スポニチアネックス) (2013年2月17日). 2012年2月19日閲覧。
  29. ^ 川内が自己最高で4位 ソウル国際マラソン”. msn(産経ニュース) (2013年3月17日). 2013年3月19日閲覧。
  30. ^ 公務員ランナー川内が優勝 長野マラソン、日本人として初”. exciteニュース (2013年4月21日). 2013年4月22日閲覧。
  31. ^ マラソン川内“因縁”モスクワで瀬古&宗兄弟の「無念晴らしたい」”. スポーツナビ (2013年4月25日). 2013年4月26日閲覧。
  32. ^ 川内が2時間18分台で優勝 千歳JAL国際マラソン”. 日本経済新聞 (2013年6月2日). 2013年6月4日閲覧。
  33. ^ 川内、トップゴール後に倒れ病院へ…熱中症で脱水症状”. スポニチアネックス (2013年6月16日). 2013年6月17日閲覧。
  34. ^ 【陸上】川内が大会タイで優勝 Gコースト・マラソン”. msn(産経ニュース) (2013年7月7日). 2013年7月7日閲覧。
  35. ^ 男子マラソン 世界陸上実況”. スポーツナビ (2013年8月17日). 2013年8月18日閲覧。
  36. ^ マサシ初V、川内が日本選手最高3位 福岡国際マラソン”. 朝日新聞 (2013年12月1日). 2013年12月1日閲覧。
  37. ^ 川内弟の鴻輝は32位/マラソン”. 日刊スポーツ (2013年12月2日). 2013年12月4日閲覧。
  38. ^ 川内優輝、15秒差で2位…防府読売マラソン”. 讀賣新聞 (2013年12月15日). 2013年12月16日閲覧。
  39. ^ 川内、大会新で優勝 とくしまマラソン”. 日本経済新聞 (2014年4月20日). 2014年4月20日閲覧。
  40. ^ 川内9位 日本人最多7度目「サブ10」喜ぶ ハンブルク・マラソン”. 日本経済新聞 (2014年5月4日). 2014年5月5日閲覧。
  41. ^ 川内、父の日に父の故郷で記録更新「自信になった」 ― スポニチ Sponichi Annex マラソン
  42. ^ 【マラソン】川内、50キロで“日本新”マーク!世界6位”. スポーツ報知 (2014年6月16日). 2014年6月16日閲覧。
  43. ^ 川内、課題は転んでも「立ち直ること」 - 陸上ニュース : nikkansports.com
  44. ^ 川内が早朝帰国 転倒で「不完全燃焼」 雨天トレ→出勤 ― スポニチ Sponichi Annex マラソン
  45. ^ 勝機を生かせず金メダル逃す - コラム 陸上 スポーツナビ
  46. ^ 最強市民ランナーの川内選手、「僕はアフリカの選手よりハングリー」 - 日経BPネット・BPnetビズカレッジ
  47. ^ 第65回福岡国際マラソン - 九州朝日放送
  48. ^ 柏原、マラソン4分台の夢へ「絶対に勝ちたい」 - スポーツ報知
  49. ^ 川内優輝が世界陸上代表内定 市民ランナーが日本人トップ - 中日スポーツ・2011年2月28日
  50. ^ "公務員ランナー"川内優輝のマネジメント力 - 東洋経済オンライン・2013年7月4日
  51. ^ 【東京マラソン特集】公務員ランナー実業団に衝撃「死んでもいい」の執念 - msn産経フォトニュース・2011年2月28日
  52. ^ 実業団勢抑えた川内選手 世界選手権は「有給で」 - スポニチアネックス・2011年2月27日
  53. ^ 川内、日本人最高4位もゴール後に医務室直行…第1回大阪マラソン - スポーツ報知・2011年10月31日
  54. ^ 川内 陸上マンガ持って大邱入り - 中日スポーツ・2011年9月1日
  55. ^ 川内、漫画6冊持参で韓国入り/世界陸上 - 日刊スポーツ・2011年9月1日
  56. ^ 川内、為末選手が対談、「文武両道」高校生に語る…埼玉 - 読売新聞・2011年6月6日
  57. ^ 市民ランナー川内はマラソン団体2位に感涙「完全燃焼」で医務室直行 - msn産経ニュース・2011年9月4日
  58. ^ 川内、完全燃焼の18位「粘りがあればマラソンはやれる - msn産経ニュース・2011年9月4日
  59. ^ 川内、瀬古さんからエール「俺の記録を抜け」…陸上 - スポーツ報知・2011年9月6日
  60. ^ DeNAの誘いを蹴飛ばした公務員ランナー 川内優輝 瀬古監督にソッポ - livedoor SPORTS・2013年1月22日
  61. ^ 公務員ランナー川内選手が実証「本当は恐いマラソン給水」 - 週刊FLASH・2012年3月20日号
  62. ^ 川内、「けじめ」の丸刈り 東京マラソンから一夜明け- 朝日新聞・2012年2月27日
  63. ^ 川内、藤原新を“口撃”「僕は7分台」…26日号砲、東京マラソン- スポーツ報知・2012年2月25日
  64. ^ 藤原新、川内と合同練習12キロ/マラソン- サンスポ・2012年3月31日
  65. ^ 自腹航空券は26万円「80万円も払ってません」 - スポーツニッポン(スポニチアネックス) 2013年2月3日
  66. ^ 川内優輝 パスポート忘れて招待機乗れず - スポーツニッポン 2013年1月17日
  67. ^ 川内 ぐったり「人生最高に焦りました…」 - スポーツニッポン 2013年1月17日
  68. ^ 公務員ランナー川内優輝、エジプト国際マラソン大会で優勝 - J-CASTニュース 2013年1月17日
  69. ^ “公務員ランナー川内”の弟が優勝!第1回サンスポ古河はなももマラソン優勝 - ZAKZAK 2013年3月25日
  70. ^ 川内優輝、弟・鮮輝の快挙に大喜び/マラソン - サンスポ 2013年3月25日
  71. ^ 川内応援美少女キャラ「武比奈まい」完成,日刊スポーツ,2013年8月8日
  72. ^ 川内優輝選手 : 美少女の応援キャラ「武比奈まい」完成 「らき☆すた」作者がデザイン,毎日新聞,2013年8月7日
  73. ^ 公務員ランナー・川内が韓国での“悲惨体験”告白,東京スポーツ,2014年04月02日
  74. ^ フルマラソンでの2大会連続2時間10分以内を最短で記録したとして、ギネスブックに申請する意向を明かしている。12月1日の福岡国際マラソン(2時間09分05秒)に続き中13日で達成。 http://www.yomiuri.co.jp/running/news/20131216-OYT8T00352.htm

関連書籍[編集]

外部リンク[編集]