藤原新
藤原 新(ふじわら あらた、1981年9月12日 - )は、日本の陸上競技・マラソン選手。
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[編集] 来歴・人物
長崎県立諫早高等学校・拓殖大学卒業後、JR東日本に入社。かつて八王子支社総務部総務課に勤務、JR東日本のランニングチームに所属していた。
2007年3月に挙行されたびわ湖毎日マラソンが初マラソン。しかしレース中に腹痛と足のマメに悩まされ、85位と完走がやっとであった。
2度目のマラソンは、2008年2月に挙行された東京マラソン2008に一般参加で出場。並み居る有力選手と共に終始先頭集団に食らいついていた。レース終盤では何度も右足の痙攣に襲われるアクシデントがありながらも懸命に激走、優勝したビクトル・ロスリン(スイス)に次ぐ第2位でフィニッシュすると共に、日本人選手でトップでゴールイン。初マラソンの記録を約30分も更新する、2時間8分40秒の自己ベスト記録をマークした。
同2008年北京オリンピックの男子マラソン日本代表候補に一躍名が挙がり、2007年大阪世界陸上男子マラソンで5位入賞した尾方剛と3番目の争いとなったが、惜しくも落選となり補欠代表となった。
北京五輪レース本番前日の2008年8月23日、大崎悟史が故障により出場辞退を表明したが、既に同年7月30日に日本陸連が補欠登録を解除しており、藤原の補欠繰上での五輪出場はならなかった。
3度目のマラソンは2008年10月のシカゴマラソンだったが、気温25度を超える高温の気象条件に苦しみ、16位に留まった。
4度目のマラソンは2008年12月の福岡国際マラソン。30Km手前で先頭集団から脱落し一旦6位まで下がったが、レース終盤で追い上げる。結果優勝のツェガエ・ケベデ(エチオピア)、2位で世界陸上ベルリン大会内定となる入船敏(カネボウ)に次いで、3位に入った。この成績が評価され、2009年3月に日本陸連の理事会において、同年8月に開催予定の世界陸上男子マラソン代表に初めて選出された。
5度目のマラソンは2009年8月の世界陸上ベルリン大会男子マラソンだったが、レース中盤以降で大幅にペースダウンとなり、本来の力を発揮出来ないまま61位の惨敗に終わった。
6度目のマラソンは2010年2月の東京マラソン2010。雨という悪条件という中で、藤原正和との「藤原」対決に敗れはしたが、2年ぶり2度目の2位でフィニッシュした。
2010年3月31日を以てJR東日本ランニングチームを退部、フリーとなる。
7度目のマラソンは2010年5月のオタワマラソン。残り1km付近でスパートをかけて抜け出し、そのまま先頭でフィニッシュ、自身念願のフルマラソン初優勝を飾った。その後、2010年7月1日付で健康食品の製造・販売事業を展開するレモシステムとスポンサーで3年契約を結び所属。
8度目のマラソンは2010年11月のニューヨークシティマラソンだったが、25Km辺りで腹痛により脱落、結局37Km付近で途中棄権となった。
9度目のマラソンは2011年2月の東京マラソン2011だったが、左ふくらはぎを痛めた影響で中盤失速、57位と揮わなかった。
2011年10月、年上の一般女性と結婚。なお同年10月31日付で、レモシステムとの契約諸事情によりを1年3か月で解除解除されたことが判明した。当面は東京陸協所属として、現在母校・拓殖大学の練習などにも参加しているが、今後新たな所属先については未定。
[編集] 自己記録
- 1500m 3分52秒42(2007年5月19日)
- 5000m 13分41秒35(2006年6月13日)
- 10000m 28分41秒05(2009年6月10日)
- 20 km 59分42秒(2001年10月20日・箱根駅伝予選会)長崎県記録
- ハーフマラソン 1時間01分34秒(2012年2月5日・香川丸亀国際ハーフマラソン)
- マラソン 2時間8分40秒(2008年2月17日・東京マラソン2008)
[編集] マラソン全成績
| 年月 | 大会 | 順位 | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2007年3月4日 | びわ湖毎日マラソン | 85位 | 2時間38分37秒 | 初マラソン・世界陸上ベルリン大会選考レース |
| 2008年2月17日 | 東京マラソン | 2位 | 2時間08分40秒 | 北京オリンピック選考レース・自己ベスト記録 |
| 2008年10月12日 | シカゴマラソン | 16位 | 2時間23分10秒 | |
| 2008年12月7日 | 福岡国際マラソン | 3位 | 2時間09分47秒 | 世界陸上ベルリン大会選考レース |
| 2009年8月22日 | 世界陸上ベルリン大会 | 61位 | 2時間31分06秒 | 団体戦日本男子代表銅メダル獲得 |
| 2010年2月28日 | 東京マラソン | 2位 | 2時間12分34秒 | |
| 2010年5月30日 | オタワマラソン | 優勝 | 2時間09分34秒 | 大会新記録・マラソン初優勝 |
| 2010年11月7日 | ニューヨークシティマラソン | DNF | 途中棄権 | 37Km付近でリタイア |
| 2011年2月27日 | 東京マラソン | 57位 | 2時間29分21秒 | 世界陸上大邱大会選考レース |
藤原のこれまでのマラソン成績は好不調の差があまりに激しく、野球で例えるならば正しく「ホームランか三振か」というパターンが続いている。東京マラソン2011のレース前、記者会見で瀬古利彦からその事で厳しく指摘されると、藤原は思わず苦笑いを浮かべていた。