鷲宮神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 鷲宮神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県北葛飾郡鷲宮町鷲宮1丁目6番1号 |
| 位置 | 北緯36度6分0秒 東経139度39分18秒 |
| 主祭神 | 天穂日命 武夷鳥命 大己貴命 |
| 社格等 | 准勅祭社・県社・別表神社 |
| 創建 | 伝・紀元前148年から紀元前29年 |
| 例祭 | 3月28日 |
鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)とは埼玉県北葛飾郡鷲宮町にある神社である。一説には関東最古の大社[要出典]とされる。また、お酉様の本社とされる。天穂日命とその子の武夷鳥命、および大己貴命を祭神とする。
目次 |
[編集] 歴史
社伝によれば神代の昔、天穂日命が東国を経営するために武蔵国に到着し天穂日命のお供の出雲族27人の部族と地元の部族が当地の鎮守として大己貴命を祀ったのに始まると伝える。その後、日本武尊の東国平定の際、別宮を建てて天穂日命と御子神の武夷鳥命を祀ったという。ただし、これらのことは延喜式神名帳や国史に記載がない。
また別名を土師の宮(はにしのみや)とも言われ、一説には崇神天皇の時代に河内国から東国へ移住した土師氏が下総国浅草から利根川を上って当地に移住した際に先祖を祀ったのが起源ではないかと言われている[1]。そして、「はにしのみや」がいつしか訛って、現在の「わしのみや」になったとされる。後述する神楽は、伝承に基づいて「土師」の名称を用いている。
中世以降には本社周辺の地域が将軍領となり、総社として扱われたことから関東の総社・関東鎮護の神社として東国の武家の崇敬を受けた。建長3年(1251年)、北条時頼が当社に奉幣祈願したことが『東鑑』にあるほか藤原秀郷・新田義貞・古河公方・関東管領の歴代上杉氏などが幣帛の奉納、神領の寄進、社殿の造営などを行っている。天正19年(1591年)、徳川家康が社領400石を寄進し歴代の将軍も朱印状を発行して社領を安堵した(朱印地)。
江戸時代初期より明治時代初期まで神社所領は大内氏が治めた(所領約1000石)。江戸時代初期、徳川家光の日光東照宮参拝の際、利根川渡河の警備に参加した大内氏は家光が利根川に落水した際これを助けた。この功により本来ならば領地を加増されるところであったが、関ヶ原から間もない時期でその余裕もなかったためかその代わりに江戸城内での1万石の格式を与えられた。そのため江戸城への登城時は大名が通される部屋に通され、また大内氏の用人は江戸城内では「家老」待遇となったと伝えられる。
明治元年(1868年)、明治新政府により準勅祭社(東京十二社)の1社に指定された。
明治初頭の寺院整理神社統合により、別当大乗院は廃止された。
[編集] 文化財
鷲宮神社で奉演される「鷲宮催馬楽神楽」(正式名称:土師一流催馬楽神楽)は、関東神楽の源流とされ、国指定の重要無形民俗文化財に指定されている。この神楽の始行年代は明らかではないが、鎌倉時代の古文書である東鑑に、建長3年(1251年)4月に鷲宮神社で神楽が行われたことが書かれている。しかし、これが現在の鷲宮催馬楽神楽と同一のものかは明らかにされていない。江戸時代の享保以前には三十六座の曲目があったが、それを時の大宮司であった藤原国久によって、現在の十二座の曲目に再編成されたとされる。実際は、十二座の曲目以外に、外一座と番外一座、それに端神楽も演じられる。
この神楽は、一社相伝の社伝神楽で、神楽を奉仕する家柄は代々世襲し、神社より知行として田畑三反歩が与えられていた。しかし、昭和に入ってから、神楽を行う神楽師が減少し始め、昭和20年代に入ると、伝承者が白石国蔵、ただ一人となってしまった。ここで、神楽は消える危機に瀕してしまったが、昭和30年(1955年)7月31日に神楽の笛の音がNHKラジオの全国放送で流れたのを機に、町内の若者十数人が集まって「鷲宮神社神楽復興会」が組織され、白石の指導により神楽が伝承され、消滅の危機を何とか乗り越えた。この「鷲宮神社神楽復興会」は、「鷲宮催馬楽神楽保存会」と名を変え、今でも伝承活動を行っている。
神楽のほかにも、太刀、銅鏡、古文書などの国・県指定文化財がある。
[編集] 祭事など
以下の祭事のうち、例祭と土師祭を除き、上記の神楽が奉納される。
- 歳旦祭(1月1日)
- 年越し、初詣の祭典である。
- 年越祭(2月14日)
- いわゆる節分に当たる祭典である。
- 例祭(3月28日)
- 祭神に最も由緒のある日で、厳かに祭典が行われる。
- 春季崇敬者大祭(4月10日)
- 稲の豊作祈願と、崇敬者の家内安全を祈る祭典である。
- 夏越祭(7月31日)
- 土師祭(9月第1日曜)
- 神社内に展示されている『千貫神輿』を担ぎ、練り歩く祭典である。神輿があまりに重く担ぎ手が集まらず、担ぐことを休止していた時期がある。
- 秋季崇敬者大祭(10月10日)
- 五穀豊穰を感謝し崇敬者の家内安全、身上安全を祈る祭典である。
- 大酉祭(12月初酉の日)
- いわゆる「酉の市」で、福をかき取る縁起物が社頭に並び、商売繁晶を願う人々が集う祭典である。
[編集] 交通
駐車場もあるが、祭事のときは混雑する。正月3が日や土師祭の際には、周辺道路に交通規制がかかり、駐車場への進入は出来ない。
[編集] 注釈
[編集] 関連項目
[編集] モデル・ロケ地として使った作品等
- らき☆すた - 本神社をモデルとする神社が登場する漫画及びアニメ。本作を元に町おこしが行われている(詳細)。
- ラブ★コン - 映画版の夏祭りのシーンで本神社が使われた。
- あ☆ぅん - デビュー曲「神頼み」のプロモーションビデオのロケ地として使用。
- 黒部の太陽 - 2009年放送のドラマ版のロケ地の一つとして使用された。
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||

