山本圭一

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山本圭一
<旧芸名:山本圭壱>
本名 山本圭一
ニックネーム 山さん圭ちゃん山様たまらん兄さん
生年月日 1968年2月23日(46歳)
出身地 日本の旗 日本広島県広島市南区
血液型 O型
身長 168㎝
方言 共通語
最終学歴 広島県瀬戸内高等学校
コンビ名 極楽とんぼ
相方 加藤浩次
芸風 コント
立ち位置
事務所 吉本興業(引退時の事務所)
活動時期 1989年 - 2006年
過去の代表番組 ラブ・レボリューションナースマン
作品 黄泉がえり
他の活動 俳優
配偶者

山本 圭一(やまもと けいいち、本名同じ、旧芸名:山本 圭壱〔読み同じ〕、1968年2月23日 - )は、日本東京都生まれ、広島県育ちの元お笑いタレント俳優野球選手[1]。お笑いコンビ極楽とんぼの主にボケの担当をしていた。相方は加藤浩次。血液型O型。

経歴[編集]

芸能界入りまで[編集]

東京で生まれ、3歳で広島県広島市南区仁保に転居する[1]。圭一という名前は母親がファンだという俳優山本圭から採られた。

広島大学附属小学校から広島市立仁保中学校に進み、高校は私立広島県瀬戸内高等学校へ進学、野球部に入部したが20日間のみの在籍だったという[1]

野球部を退部後サッカー部に移籍し数ヶ月籍を置いた後に、当時同郷で「ブレイクダンスの神様」と言われた風見しんごらが流行らせたブレイクダンスに夢中になり、広島平和記念公園等で踊り観光客の注目を浴びた[1]

芸能界入り[編集]

高校卒業後上京し、天宮良が在籍していた当時日本一有名なショーパブだった「タップチップス」の面接に合格して修行したが病気になり一度広島に戻る、20歳の時再び上京し有名になりたいと「東京ヴォードヴィルショー」の面接を受け再び合格して在籍、ここで加藤と出会い加藤の本名が“浩二”と聞き運命的なものを感じて(“山本”という名字と合わせると山本自身がファンである元広島東洋カープ選手の“山本浩二”と名前が同じになるため)コンビを組む[1]

1989年、月謝の滞納が続き金銭的に苦しいと思っていた所、雑誌の切り抜きに“吉本興業、東京進出! 新規芸人募集!”の広告記事が目に付いた、これに飛び付き加藤とともに吉本興業入りし「極楽とんぼ」を結成[1]。その後、『新しい波』のディレクターだった片岡飛鳥(現・バラエティ制作センター企画担当部長、『めちゃ×2イケてるッ!』企画統括)に舞台で見出され、めちゃイケの前身『とぶくすり』出演でブレイクした[1]

その後、様々なバラエティ番組でお笑いタレントとして活躍する一方、映画『黄泉がえり』『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』、テレビドラマ『ナースマン』『独身3!!』等で俳優としても活躍していた。

2002年11月2日桜美林大学の学園祭の「お笑いライブショー」に出演した際、加藤・観客から下半身陰部)の露出を要求され、舞台上で数秒間露出。一部の観客に通報され、警視庁町田署により公然わいせつの疑いで加藤と共に書類送検される(加藤は「公然わいせつ強要」の疑いで書類送検)。この事件が原因で当時「極楽とんぼ」として出演していた『天才てれびくんワイド』の司会を降板する事になった(事件発覚後NHKに「極楽とんぼを降板させないで欲しい」という要望が多数寄せられたが、NHK側はこの不祥事を重く見た上で「当番組の司会および、今後放送される当局の番組に出演させるタレントとして相応しくない」と判断、一方的に降板された形となった)。この事件はTBSラジオ極楽とんぼの吠え魂』での罰ゲーム企画で10月下旬に山本が行った仮性包茎治療の話題性を受けて、加藤や観客が露出を要求したためとされる。町田署での事情聴取の後、口頭で厳重注意を受けるものの山本・加藤共に不起訴扱いとなった。だが、過去のトラブルの多さが災いした事もあり山本だけがクローズアップされてしまう形となった。

2003年6月、写真週刊誌に山本と一時期交際していたと称するホステスの女性(当時23歳)のインタビュー記事が掲載される。その記事によると同年1月、山本は女性に「子供作ろうか」と持ちかけ、同年5月に妊娠した事を打ち明けられた際、態度を豹変させ激怒し、中絶費用を渡して中絶させたという。 当時レギュラー出演していた「めちゃイケ」は、報道がなされた週にこの件をネタにしたと思われる内容を含んで放送している。

当時所属していた吉本興業によると山本は中絶させた事実を認めたという。しかし後に『極楽とんぼの吠え魂』においてこの件を振り返った際「女に騙された」と語っている為、女性の語った内容のどこまでが真実なのかは定かではない。

当該女性は翌年2月に「夏樹レイナ」という芸名で、山本との関係を連想させるタイトルのアダルトビデオに出演した。

2005年1月、自身の野球熱(#野球活動を参照)が興じて、タレントの萩本欽一が設立した社会人野球チーム茨城ゴールデンゴールズ(以下、茨城GG)に選手として入団。登録名は「やまもと 圭壱」。

2006年6月芸名を「圭壱」から本名の「圭一」へと改名。[2]

不祥事、吉本興業との契約解除[編集]

2006年7月16日、茨城GG遠征試合で訪れた北海道函館市にて、同席していた当時17歳の女性から「酒を飲まされ強姦された」という淫行に関する内容の被害届を17日に警察に提出され、同日北海道警察函館西警察署より事情聴取を受ける。この日ゴールデンゴールズの試合が行われていたが、この時、当時監督の萩本とメンバーは事件の詳細を知らなかったため、欠場理由を「体調不良」として当日集まった観客に説明し、そのまま予定通り試合を行った。

7月18日、所属事務所の吉本興業は、上記不祥事の報告を本人から受けて「専属芸能家契約の解除」を発表した。

7月21日、ゴールデンゴールズ監督の萩本欽一は、これを連帯責任であるとしてチームの解散を示唆した(解散案についてはスポンサーや後援会らの説得で後に撤回)。また、球団は同日付で山本の登録抹消と除名処分、同席していた2人の選手の当面の謹慎処分を発表した。

7月19日午後、吉本興業東京本部での記者会見上で、水上晴司取締役制作・営業統括本部長などが山本圭一の芸能活動の中止とお笑いコンビ「極楽とんぼ」の解散を文書で発表した(会見には本人は出席していない)。[3]レギュラー出演していた番組については降板、もしくは番組打ち切りの処置がとられ、既に収録済みの番組については、放送中止や山本が画面に映らないように再編集する処置が取られた。この会見後、この事件の影響を重く見た吉本興業は所属するタレント全員に対し「当面の間飲み会及び合コンの類を禁止」と通告する、前代未聞の措置を施した。

主な番組対応

最初からレギュラー出演していなかったような扱いにされ、2006年9月から瀬戸康史が起用された。
7月18日に放送を予定していたが、放送当日に山本の契約解除が成立したため代替番組を放送。番組は25日放送分からは極楽とんぼが降板し継続。
7月20日、27日は代替番組を放送。番組は8月3日以降品川庄司をレギュラーに加えて、タイトルから「極楽とんぼの」を削除して継続した後、9月28日をもって終了。
  • 金曜JUNK 極楽とんぼの吠え魂
7月21日に加藤が生出演。当日限りでの番組の打ち切りも発表。
7月22日に放送予定だったが、前日の21日に朝日放送の社長が会見で放送中止と打ち切りを発表。既に収録済みだった放送回はお蔵入りとなった。
  • めちゃ×2イケてるッ!
7月22日以降の放送を、放送休止や山本未出演コーナーで対応。山本がメインで出演していたコーナーを打ち切り、番組は継続。[4]
テレビ誌によると29日放送分は大泉洋が出演し、後述する『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』にまつわる企画を放送する予定であった。[5]
イベントお台場冒険王に展示されていた山本関連の展示物は撤去された。
CS放送においても打ち切り、2011年から再開したが、2006年8月以降の放送分が放送されている。よって、CSで全く放送されなかった回が存在する。
7月25日に放送された第5回大会は山本出演部分をカットし放送。トーナメント表では山本の欄は空欄となり、対戦相手だった猫ひろしダチョウ倶楽部はダイジェストで処理された。
  • 東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜
7月29日に放送を予定していたが代替番組を放送。塚地武雅ドランクドラゴン)を代役として起用し、山本出演部分を録り直して約3ヶ月後の11月18日に改めて放送。

芸能界引退後[編集]

8月29日、北海道警函館西警察署は山本を強姦といった性犯罪の容疑で書類送検したウィキニュース。なお、読売朝日毎日新聞は「山本容疑者」、産経新聞は「山本元メンバー」という呼称を使って報じた。日本テレビ系『NNN Newsリアルタイム』では「元メンバー」の呼称を使用。

10月3日、被害者である少女とその保護者との和解が成立し、被害者が告訴を取り下げた事で函館地検は不起訴処分とした。処分確定後もワイドショー等の一部番組を除き、山本が出演するテレビ番組が再放送されることは無く、『めちゃイケ』の企画「祝めちゃイケ13周年 処分していいとも!? 」で山本をモチーフにした人形が扱われた際には、人形にモザイク処理が施されている。

2007年3月放送の『アッコにおまかせ!』で、野球での知り合いを通し東京都から宮崎県日向市に居を移しているとされる事が公表された。当時は、地元の青果市場でアルバイトをしながら、ホームヘルパー等いろいろな資格の取得に励み、空いた時間はサーフィンボランティア活動を行うという生活を送っている(前年、延岡市ヘルパー特殊小型船舶小型船舶フォークリフトパワーショベル普通自動二輪大型自動二輪大型大型特殊けん引、サーフィンのインストラクターを取得)。当時宮崎県知事の東国原英夫(元お笑いタレント・初代そのまんま東)は「気が向いたら知事公舎に遊びに来てください」と声を寄せていた事も明かされた(また、宮崎市在住で、茨城GGの姉妹チーム「宮崎ゴールデンゴールズ」のGM片岡光宏も山本の球界復帰を助言している)。

2007年1月12日には、日向市お倉ヶ浜総合公園野球場内でキャンプに訪れている茨城GGのところにアポなしで出向き、萩本と茨城GGメンバー全員にスタンドから謝罪したが、萩本からは「今はまだ(復帰には)早いから帰りなさい」と門前払いを食らった[6]。またその際にテレビ朝日スーパーモーニング』(7:30 - 9:54。当時)のインタビューにて、事件の詳細に関連する質問に対し「事件については被害者とその家族の事もありコメントできない。悪いのは自分」と反省の弁を述べた。芸能界復帰についての質問には、「まだ何も決めていない。まだ謝らないといけない所があるので」とコメントした。

2008年1月26日ニッポン放送ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』の中で、パーソナリティーを務める和田アキ子が、宮崎県内のスーパーで働いていると語った。

2008年6月、同年8月30日放送の『めちゃイケ』の毎年恒例企画「24時間対抗テレビ」で芸能界に復帰するという記事が『東京スポーツ』に掲載されたが、実際にはそれ以後も復帰をしていない。2009年5月14日付放送の『ナインティナインのオールナイトニッポン』にて、ナインティナインは山本が『めちゃイケ』で復帰するという報道が度々なされることについて触れ、「一切聞いていない」とコメントしている。

2008年11月には宮崎県にあるサーフスクール「Surf Pantry」にて、インストラクターとして働いていることが確認されている[7]

2009年には宮崎市内でスナックを開業したが、すぐ閉店した模様。

2010年10月9日放送の『めちゃイケ』の「新メンバーオーディションに一般人として参加、1次審査で敗退した」と報道されたが、相方の加藤をはじめとした関係者はこの報道について公式にコメントをしていない。しかし、有野晋哉が『まだまだゴチャ・まぜっ!〜集まれヤンヤン〜』にて、加藤が上記の『ゴチャ・まぜっ!火曜日』降板以来長らくMBSラジオに出演していないことが話題になった際に、その原因について「オーディションに来ていたらしい」と報道について触れる場面があった。なお、加藤がMBSラジオの番組に出演しなくなった理由は、本人の意向による事実上の自主降板である。

2010年10月16日に放送の宮崎放送『週刊アッパレくん!』で、元芸能人としてではなく肉巻きおにぎり専門店「肉だわら」の広報担当として、またテレビ宮崎情報番組内で読売ジャイアンツがキャンプを行う宮崎県総合運動公園内で販売していたところを、番組ゲストのテリー伊藤(加藤の出演する日本テレビ『スッキリ!!』の共演者である)に発見され出演した。しかし宮崎放送に出演時にネット上など一部で非難や話題となった影響か、テレビ宮崎でテリーが取材に来た時は「出ても大丈夫なんでしょうか?」と萎縮していた。

2011年の『FNS27時間テレビ[8]にて、めちゃイケチームに石橋貴明が『おい!山本呼べよ!』と発言し、生放送のためそのまま流れる。同年9月29日放送の『とんねるずのみなさんのおかげでした』にゲストでナイナイが出演時、石橋から山本の話題が出た際もカットされることなく、「肉巻きおにぎりを作ってる山本さん(一般人)」とテロップが出た。

山本引退以降における日本テレビ『スッキリ!!』や、TBSラジオ『加藤浩次の吠え魂』においても、加藤やテリーから山本の名前が出てくることがある他、『スッキリ!!』のコーナーである「クイズッス」でも、松本人志矢部浩之が山本の名前を出している。

2013年1月には、加藤が『Wanted!!』番組内で、山本の復帰を望む発言をしている。4月にも岡村隆史のネット番組であるめちゃ×2ユルんでるッ!に加藤が出演し、岡村と共に山本の復帰を改めて熱望し、8月にも、『FNS27時間テレビ』にて、加藤が山本の復帰を改めて熱望した。

2013年2月、「フジテレビ On Demand」にてめちゃイケの「ヨモギダ少年愚連隊」シリーズが山本の出演シーンも含めノーカットで配信される。8月、『めちゃイケ』の過去のVTRや未公開シーンなどの歴史などをスタッフに問題を出題した際に、「ケンカっ早い加藤の相方は誰?」という問題の答えをOAのテロップに名前が表示された。さらに12月に発売の『めちゃイケ』のDVDで「岡女。」シリーズが収録され、極楽とんぼのケンカシーンもノーカットで収録される。

これらのことから、日テレ側やフジ側は、山本に関して強い規制はしていない模様[9]。しかしながら吉本興業の広報担当は「会社としては(山本の復帰実現に)動いていない。コンプライアンスの問題もあるし、実際問題は難しい」と話している[10]。これらの問題に関しては前述の加藤も承知した上で復帰を熱望する発言をしている。

その後は、「肉巻きオニギリ専門店・肉だわら」(会社名 ヘラクレスジャパン 本社 宮崎県)に入社し、全国各地の百貨店や宮崎県内でのイベントにおいて販売スタッフ・広報として勤務していたが、2013年3月末をもって雇用契約満了、退職していたことが明らかになった。退職後は、広島県で「鉄板焼き屋」に勤務していたようである(経営者か従業員かは不明)。

9月22日、岡村、加藤、濱口優と共にめちゃ×2ユルんでるッ!に出演したロンドンブーツ1号2号田村淳によると、淳の婚姻届の保証人にサイン、また9月から山奥の寺で修業していることも明かし、「復帰したいっていう思いと、ここから1年間頑張るっていう気持ちが山本さんの中で固まったんでしょうね」と心情を代弁した。さらに、岡村も「今の復帰なら、十分笑える空気になってきてんねんけどな」と発言[11]

女性自身』2014年4月15日号に、山本が寺の修行を1度辞めたが、その後復帰したことが報じられている。同誌によると看護師の女性と交際中であるという(他にも仲の良い女性がいるという)。

人物[編集]

  • デビュー当初は相方より痩せていた。相方の加藤に「キャラクターとして太った方がいい」とアドバイスされたのが太った原因とも言われている(ネタという説もある)。「山奥〜豚の乱〜」で圭昌院様(やま様の母上。演じたのは山本の実母)に「自分(加藤)がもてるから」という理由で太ったと言われた際、加藤が「ババァ、何言い出してんだよ!」とキレていた。更に『めちゃイケ』では、その風貌から「紅の豚」と呼ばれており、同時期に頭髪が薄毛になってきていた事もあった事から(本人いわく「つむじが大きくなった」とハゲを否定している)、メンバーからは「デブハゲ」と言われていた。
  • タレント時代は堀内健や石橋貴明らと遊ぶことがあった、自身はなんとか石橋家に呼んでもらおうと画策するも、夫人である鈴木保奈美が山本を露骨に嫌っており、石橋に対し「あの人(山本)だけは絶対に家には連れて来ないで」と釘を刺したため、実現には至らなかった(2003年放送のフジテレビ「めちゃ×2イケてるッ! 」の「岡女体育祭」や2004年放送の同局「27時間テレビ・生笑わず嫌い王」内にて)。
  • タレント時代は金遣いが荒く、年収は3000万以上稼いでおり、マンションは高級マンションに居住(今田・極楽のエンタより。対照的に、加藤は2001年に結婚するまで、家賃数万の家に住んでいた。挙句の果てには、さらに家賃の低い家に引越させられた)し、軍団山本のメンバーに飯をおごる、ココリコ遠藤章造や田村淳の連れてきた女と交際するなど、結婚するまで金銭にシビアな加藤とは対照的であった。めちゃイケの企画で1万円の支払いを拒否した加藤のかわりに1万円を出した(その際、水を思いっきりぶっかけるなどして、加藤を攻撃した。これは当時和歌山毒物カレー事件の最重要人物とされた林真須美のパロディ)こともあった。また当時のマネージャーの話だと納税に関してはしっかりしていたようであり滞納していたとされる加藤とは対照的である(ただし加藤の滞納はめちゃイケのコントである)。強姦事件報道では、聖路加ガーデン(聖路加レジデンスの賃貸マンション部分)に居住し、家賃が月額50万円にのぼると報道された。又、写真週刊誌では、居住していた聖路加ガーデンから若手芸人に引越し作業をさせる模様が掲載され、引越し先が、港区白金の高級マンション(家賃月25万円)で有る事も暴露された。
  • 一時期「極楽とんぼの面白い方」と呼ばれていたことがあった。めちゃイケ内で加藤浩次が暴露し同時に自身が芸人としてではなく、俳優やスポーツキャスターとしてのテレビ出演が多いことから「極楽とんぼの面白くない方」と揶揄されていたことをカミングアウトしている(加藤がドラマやスポーツ番組等で出演している事に関しては単位上等!爆走数取団から派生したミニコーナー「スモウライダー」の初期テーマソング内でもネタにされていた)。
  • 女性の好みは年下(と同時に年上嫌い)であることを常々公言しており、2006年には『めちゃイケ』の企画「恋のかま騒ぎ」内でモーニング娘。のメンバーとの交際を狙っていることが暴露され、同年で平成元年生まれが18歳を迎えると思い込んでいた[12]ことから「平成生まれが解禁だ」と即興で歌を披露していた。加藤から『ゴチャ・まぜっ!火曜日』にて、諦めて同世代と結婚するよう勧められると「ババアは嫌だ」と即答で拒否している。
  • 芸能人時代には軍団山本という組織を結成しており、遠藤章造や田村淳と行動を共にしていた(『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』でも、軍団山本をゲストに迎えた放送〔2005年4月11日、第87回〕を行ったことがある)。特に遠藤との仲は、当時遠藤夫人の千秋から同性愛者ではないかと疑われる程であった(遠藤が結婚を発表したばかりの2002年の7月28日に放送の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で、遠藤が男性関係を解消するという企画が組まれ、山本は関係をもっていた男の一人として出演し、ローションプールで絡みあったこともある)。軍団山本は東京吉本の大所帯であったが、加藤と交友のある芸人も多く、遠藤や淳は加藤と遊ぶこともある。なお、現在も遠藤や淳とは連絡を取り合っている。
  • 嫌煙者である(ただし、ヘビースモーカーである加藤の禁煙企画で、加藤が「山本は吸っていない」と発言した際、「昔はよく吸っていた」と返したことがある。なお、極楽とんぼ結成時には既にタバコをやめていた)。

音楽の才能[編集]

演歌歌手水前寺清子に「どうして歌い手にならなかったんですか?」と言わしめた程の歌唱力の持ち主でもある。

2004年9月30日の『うたばん』では「うたばんスター誕生!」コーナーに登場し、同番組のADとの即席コンビ「ハイウエスターズ」を結成。尾崎豊の「I LOVE YOU」を歌い、レコード会社11社が札を上げ交渉権を得た(しかしその後CDデビューは実現していない)。

2005年7月12日の『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル』を見て自ら出演をオファーし、同年11月15日放送の第3弾に出演、ケツメイシの「さくら」を歌い、準決勝まで勝ち残った。

また、その作詞・作曲においても、『めちゃイケ』での「油谷さんシリーズ」(タレントとして最後に映ったのもそのキャラだった)や企画DVD『テレビ不適合者』内での「仮の話ですけど」等、独自で創り上げた数々の楽曲を世に送り出していた。また、アコーディオンも弾けたので、企画モノではそれを芸の一環として度々披露していた。

スポーツ[編集]

  • 体重100kgを超す巨漢だが、動きが軽快でスポーツ万能な通称「動けるデブ」。出演した番組で時折見せる見事なダンスのキレは、ブレイクダンス経験者で、「吉本印天然素材」のセンターであった岡村隆史にも勝るとも劣らないほどであった。このダンスの腕前は若い頃に勤めていたショーパブ仕込みとの噂も(本人は頑なに否定)。『めちゃイケ』ではミュージカル劇団「山本劇団」を率い、数十人規模の壮大なダンスパフォーマンスを行っていた。伊藤かずえが看板女優として参加していたこともある。
  • 野球のイメージが強い山本だが、高校時代の一時期サッカー部に在籍していたこともあり、サッカーでもゴールキーパーとしてかなりの実力を発揮(1996年にブラジルチーム〔ジーコ、ジュニオール、クラウジオ、マガール、ブラジーリャ、アウメイダ、ジョルセイ〕との対戦企画において顔面セーブ3回を含むセーブを連発する。結局5つの失点を重ねるも、PK戦ではジーコのシュートを右足でセーブした)。相方の加藤を含め、サッカー部出身が多く、ヒデを初め輝かしい実績を保持する吉本興業のかつての同僚だった芸人らも「チラベルトばりの攻撃的プレイもできて、相手の弱点を突くところも冴えている。野球より向いているのでは?」と高く評価されたほど。ちなみにサッカーへの関心はそこそこあるらしい(ちなみに加藤は野球に全くといってもいいほど興味がなく、選手もほとんど知らない。1999年の「極楽とんぼのとび蹴りゴッデス」によると、加藤は松坂大輔イチロー程度しか知らないようである。このとき、当時広島東洋カープの4番金本知憲と1打席対決を行い、内野フライに打ち取っている)。
  • また、高校時代は野球・サッカーのほかにゴルフ部に在籍した事もあり、田中秀道の3年先輩に当たる。

野球活動[編集]

少年時代は広島中央リトルに所属。同期に元横浜ベイスターズ野村弘樹、後輩には元阪神タイガース・金本知憲がいる[14]。中学時代も野球を続けていた。 高校時代は野球部には20日間在籍したが、その後は野球部先輩の眼が恐く学校へはあまり行かなかった。しかし、後年瀬戸内高の甲子園出場時には「あの〜覚えておられます?」と母校へ電話すると「お〜覚えとるよ〜」と言われたのでボールを10ケース分送った。広島市民球場でソフトドリンクの売り子として働いていたこともある。

1998年には、吉本興業の若手芸人を中心に草野球チーム・TEAM神様を結成。監督投手一塁手として活動。吉本の後輩芸人や、SMAP中居正広のほか、プロ野球選手も数人、メンバーに名を連ねていた。また、出演番組『めちゃイケ』に「山本球団」というコーナーを持っていたが、3回の放送のうち2回はプロ野球オールスターゲーム裏番組として放送。いずれも史上最低視聴率(当時)を記録し、第3回放送を最後に放送されなかった。

2001年には『THE独占サンデー』(日本テレビ)の企画で長嶋一茂・中居正広率いるホワイトジャイアンツと東京ドームで野球対決を行った。(川口和久は山本チームとして)

2005年に萩本欽一が創設した社会人野球チーム・茨城ゴールデンゴールズの入団テストに外野手として受験し、合格・入団した。このGG入りは、草野球チーム日本一を目指す山本が使えそうな選手を自チームに引き抜くのが目的とも言われており、萩本は苦笑いしていた。当初はチーム唯一の女性選手である片岡安祐美と並んで人気選手であった。

GG所属当時は、麻雀関係の深夜番組の収録を終えた際、すぐ徹夜明けで試合に駆けつけ、代打として出場し、ヒットを打った事もある。

しかし先述の不祥事の影響により解雇され、GGを解散寸前まで追い込む事になってしまい、同時に自らが率いていた草野球チームも解散する事となった。

背番号(茨城GG時代)[編集]
  • 77 (2005)
  • 5 (2006)

過去に出演した、山本単独での出演番組[編集]

映画

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 自著『極楽野球放談』メディアプランニング、2003年
  2. ^ 余談であるが、本名の「圭一」に2006年6月に改名したがめちゃイケでは最後の出演回(2006年7月8日放送分)のみエンドロールでの出演者テロップが「山本圭一」という表示になった。尚、それまでの出演回(第一回から2006年7月1日放送分まで)は旧芸名の「山本圭壱」で表示されていた。
  3. ^ 解散と発表されたが相方であった加藤はそれを否定している
  4. ^ 2013年現在、フジテレビのコンプライアンス等の事情により過去の映像はボカシ処理が施されていたが、2013年2月に「フジテレビオンデマンド」にて配信された「ヨモギダ少年愚連隊」シリーズはノーカットで配信され、番組内でも名前のテロップを出したりし、同年12月発売の赤DVDシリーズ第2弾として「岡女。」シリーズが収録され、出演シーンはすべてノーカットである。
  5. ^ 2013年11月9日放送分にて、大泉洋が出演した際に、「めちゃイケにはいやいや来ている」と発言し、いやになった理由が「出演した回がなかった事になっていた。」とこの件に関して悔やんでいたらしい。
  6. ^ 待望論も尻すぼみ 極薬とんぼ山本 許されない復帰|ゲンダイネット
  7. ^ 元極楽・山本圭一ひっそり復活…HPで本名と素顔公開、ZAKZAK、2008年11月8日
  8. ^ 奇しくも2011年の『27時間テレビ』は、『FNSの日』25回記念で、7年前と同じく当時在籍していた『めちゃイケ』ベースの『FNSの日』だった
  9. ^ フジは番組によってはぼかし処理を行うことがある。なお、『めちゃイケ』で極楽とんぼとして映像で山本にぼかし処理を施されていたら『めちゃイケ』の初期メンバー(特に矢部)が元相方の加藤を弄っていた回がある。
  10. ^ 待望論も尻すぼみ 極薬とんぼ山本 許されない復帰|ゲンダイネット
  11. ^ 山本圭一さん、9月よりお寺に入っていた ロンブー淳の婚姻届保証人にサイン (オリコン) - Yahoo!ニュース”. headlines.yahoo.co.jp. 2013年9月23日閲覧。
  12. ^ 実際は誕生日を迎えて17歳。1月1日生まれの場合の現在の年齢は25歳で、平成元年に0歳なため。
  13. ^ http://extremeparty.heteml.jp/title.html#ironman
  14. ^ 広島中央リーグOB/横浜ベイスターズ・野村弘樹コーチ