山本圭一

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山本圭一
<旧芸名:山本圭壱>
本名 山本圭一
ニックネーム 山さん圭ちゃん山様たまらん兄さん
生年月日 1968年2月23日(47歳)
出身地 日本の旗 日本広島県広島市南区
血液型 O型
身長 168cm
方言 共通語
最終学歴 広島県瀬戸内高等学校
コンビ名 極楽とんぼ(活動休止中)
相方 加藤浩次
芸風 コント
立ち位置
事務所 吉本興業(1989年 - 2006年)
フリー(2015年 - )
活動時期 1989年 - 2006年
2015年 -
現在の代表番組 バラエティ
なし
ラジオ
極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。
過去の代表番組 バラエティ
おはスタ
THEわれめDEポン
など
ラジオ
山本圭壱のスポーツBOMBER!
山本圭壱の道楽野球〜サタデー〜
TBSラジオ エキサイトベースボール
など
ドラマ
ラブ・レボリューション
ナースマン
独身3!!
など
作品 黄泉がえり(2003年)
他の活動 俳優
配偶者 未婚

山本 圭一(やまもと けいいち、本名同じ、旧芸名:山本 圭壱〔読み同じ〕、1968年2月23日 - )は、日本広島県出身のお笑いタレント俳優野球選手[1]。お笑いコンビ極楽とんぼの主にボケの担当をしていた。相方は加藤浩次。血液型O型。

経歴[編集]

芸能界入りまで[編集]

東京で生まれ、3歳で広島県広島市南区仁保に転居する[1]。圭一という名前は母親がファンだという俳優山本圭から採られた。

広島大学附属小学校から広島市立仁保中学校に進み、高校は私立広島県瀬戸内高等学校へ進学、野球部に入部したが20日間のみの在籍だったという[1]

野球部を退部後サッカー部に移籍し数ヶ月籍を置いた後に、当時同郷で「ブレイクダンスの神様」と言われた風見しんごらが流行らせたブレイクダンスに夢中になり、広島平和記念公園等で踊り観光客の注目を浴びた[1]

芸能界入り[編集]

高校卒業後上京し、天宮良が在籍していた当時日本一有名なショーパブだった「タップチップス」の面接に合格して修行したが病気になり一度広島に戻る、20歳の時再び上京し有名になりたいと「東京ヴォードヴィルショー」の面接を受け再び合格して在籍、ここで加藤と出会い加藤の本名が“浩二”と聞き運命的なものを感じて(“山本”という名字と合わせると山本自身がファンである元広島東洋カープ選手の“山本浩二”と名前が同じになるため)コンビを組む[1]

1989年、月謝の滞納が続き金銭的に苦しいと思っていた所、雑誌の切り抜きに“吉本興業、東京進出! 新規芸人募集!”の広告記事が目に付いた、これに飛び付き加藤とともに吉本興業入りし「極楽とんぼ」を結成[1]1994年に開場した銀座7丁目劇場の最古参メンバーとして『新しい波』、『とぶくすり』などの深夜バラエティに出演し、東京吉本の土台を作ったと評される[2]ロンブー淳を始め、銀座7丁目劇場出身者を中心に慕う芸人が多いのはこの理由といわれる[2]。『新しい波』のディレクターだった片岡飛鳥(現・バラエティ制作センター企画担当部長、『めちゃ×2イケてるッ!』企画統括)に舞台で見出され、前記、めちゃイケの前身『とぶくすり』出演でブレイクした[1]

その後、様々なバラエティ番組でお笑いタレントとして活躍する一方、映画『黄泉がえり』『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』、テレビドラマ『ナースマン』『独身3!!』等で俳優としても活躍していた。

2005年1月、自身の野球熱(#野球活動を参照)が興じて、タレントの萩本欽一が設立した社会人野球チーム茨城ゴールデンゴールズ(以下、茨城GG)に選手として入団。登録名は「やまもと 圭壱」。

2006年6月芸名を「圭壱」から本名の「圭一」へと改名。

不祥事、吉本興業との契約解除[編集]

2002年11月2日桜美林大学の学園祭に出演した際、ステージ上で下半身を露出し、公然わいせつ容疑で警視庁町田署に書類送検された。相方の加藤も公然わいせつ補助容疑で書類送検。吉本興業から極楽とんぼは厳重注意を受け、出演中だったNHK教育テレビ(当時)『天才てれびくんワイド』を降板した[3][4][5]

2003年6月10日FLASHに山本と交際していたというホステスの女性(当時23歳)が山本から「オレの名前に傷がつく」などと中絶を求められたと告発するインタビュー記事が掲載された。吉本興業は掲載前夜9日、マスコミ各社に「交際並びに妊娠の事実と、双方の条件面での同意・承諾をもって中絶の事実を確認しております」とコメントするファクスを送った。山本は「たびたび、お騒がせして申し訳ありません。今回の件では何を言っても言い訳になってしまうので、批判を率直に受け止めて、これからの人生に生かしてしていきたいと思います」とコメントした[3][4][6]

2006年7月17日7月16日深夜に10代の少女に対して飲酒行為と性的暴行に及んだとして少女が被害届を北海道函館西署に提出した。山本は署から任意聴取を受け、直後に吉本興業から解雇通告された[3][7]7月18日に吉本興業は文書で「本日、弊社は、極楽とんぼ山本圭一の専属芸能家契約の解除をいたしました。その理由は、山本において未成年者との飲酒行為及び淫らな行為があったためです。弊社といたしましては許されざる反社会的行為に該当するものとして上記処分といたしました。関係者の皆様・ファンの皆様には、多大なご迷惑をおかけいたしました。ここに深くお詫び申し上げますとともに、経緯をご報告いたします。なお、事実関係の詳細につきましては、捜査に支障が生じるおそれ、関係者のプライバシー侵害のおそれがあるところでもあり、ご容赦いただきたいと思います。」とのコメントを発表した[3][5]

主な番組対応[編集]

山本がレギュラー出演者であったことや事件には一切触れない対応をし、2006年9月から瀬戸康史を起用した。
7月18日に放送を予定していたが、放送当日に山本の契約解除が成立したため代替番組を放送。番組は25日放送分からは極楽とんぼが降板し継続。
7月20日、27日は代替番組を放送。番組は8月3日以降品川庄司をレギュラーに加えて、タイトルから「極楽とんぼの」を削除して継続した後、9月28日をもって終了。
  • 金曜JUNK 極楽とんぼの吠え魂
7月21日に加藤が生出演。当日限りでの番組の打ち切りも発表。
7月22日に放送予定だったが、前日の21日に朝日放送の社長が会見で放送中止と打ち切りを発表。既に収録済みだった放送回はお蔵入りとなった。
  • めちゃ×2イケてるッ!
7月22日以降の放送を、放送休止や山本未出演コーナーで対応。山本がメインで出演していたコーナーを打ち切り、番組は継続。
イベントお台場冒険王に展示されていた山本関連の展示物は撤去された。
CS放送においても打ち切り、2011年から再開したが、2006年8月以降の放送分が放送されている。よって、CSで全く放送されなかった回が存在する。
テレビ誌によると7月29日放送分は大泉洋が出演し、事件前に山本が共演したドラマ『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』にまつわる企画を放送する予定であった。のちにめちゃイケ2013年11月9日放送分にて、出演した大泉洋は「めちゃイケにはいやいや来ている」と発言し、いやになった理由が「出演した回がなかった事になっていた。」と出演回お蔵入りの件に関して語った。
7月25日に放送された第5回大会は山本出演部分をカットし放送。トーナメント表では山本の欄は空欄となり、対戦相手だった猫ひろしダチョウ倶楽部はダイジェストで処理された。
7月29日に放送を予定していたが延期を決定し代替の映画番組を放送[8]。山本の代役として塚地武雅ドランクドラゴン)を起用し、山本出演部分を録り直して約3ヶ月後の11月18日に改めて放送。

契約解除後[編集]

2000年代[編集]

2006年8月29日、北海道警函館西警察署は山本を強姦といった性犯罪の容疑で書類送検したウィキニュース。なお、読売朝日毎日新聞は「山本容疑者」、産経新聞は「山本元メンバー」という呼称を使って報じた。日本テレビ系『NNN Newsリアルタイム』では「元メンバー」の呼称を使用。

2006年10月3日、函館地検は被害者である少女と保護者と山本との間に9月中旬示談が成立し、被害者と保護者が9月22日に告訴を取り下げたため、山本を不起訴処分とした[9][10]

2007年1月12日、日向市お倉ヶ浜総合公園野球場内でキャンプに訪れている茨城GGのもとへアポイントなしで出向き、スタンドから萩本と茨城GGメンバーへ「新年の挨拶も兼ねて謝りに参りました!」と謝罪する様子がテレビ朝日スーパーモーニング』(7:30 - 9:54。当時)にて放送された。しかし萩本からは「今はまだ(復帰には)早いから帰りなさい」と門前払いを食らった[11]

2007年3月、東京都から宮崎県日向市に居を移していることが公表された。当時は、地元の青果市場でアルバイトをしながら、ホームヘルパー等いろいろな資格の取得に励み(前年、延岡市ヘルパー特殊小型船舶小型船舶フォークリフトパワーショベル普通自動二輪大型自動二輪大型大型特殊けん引、サーフィンのインストラクターを取得)、空いた時間はサーフィンボランティア活動を行うという生活を送っていたという[12]

2008年1月26日、一部ラジオ番組内で山本が宮崎県内のスーパーで働いている情報が流れた[13]

2008年6月21日、同年8月30日放送の『めちゃイケ』の毎年恒例企画「24時間対抗テレビ」で芸能界に復帰するという記事が東京スポーツに掲載されたが、実際にはそれ以後も復帰をしていない。

2008年11月には宮崎県にあるサーフスクール「Surf Pantry」にて、インストラクターとして働いていることが確認された[12]

2010年代[編集]

2010年9月、『めちゃイケ』新レギュラーオーディションを受け、1次選考で脱落していたという記事が週刊ポスト2010年10月15日号に掲載された[14]。後述のようにこれは事実であったことが2013年8月の加藤の発言により裏付けられた[15]

2010年、肉巻きおにぎり店「肉だわら」(会社名ヘラクレスジャパン、本社 宮崎県)に入社。以降、全国各地の百貨店や宮崎県内でのイベントにおいて販売スタッフ・広報として勤務していた[16]

2010年10月16日放送の宮崎放送『週刊アッパレくん!』で「肉だわら」の広報担当として出演[17]。また読売ジャイアンツがキャンプを行う宮崎県総合運動公園内で商品販売していたところを、テレビ宮崎の情報番組のゲストだったテリー伊藤に発見され、番組に出演した。しかし宮崎放送出演後にネット上など一部で非難や話題となった影響か、テリーに「出ても大丈夫なんでしょうか?」と萎縮していた。

2013年1月には、加藤がTBSラジオWanted!!』内で、山本の復帰を望む発言をした。以降は、日本テレビ『スッキリ!!』や、TBSラジオ『加藤浩次の吠え魂』等、出演する番組でたびたび同様の発言をしている。しかしながら吉本興業の広報担当は「会社としては(山本の復帰実現に)動いていない。コンプライアンスの問題もあるし、実際問題は難しい」と話している[11]

2013年3月末をもって「肉だわら」を運営するヘラクレスジャパンとの雇用契約が満了した[18]

2013年8月3日の『FNS27時間テレビ』の生放送中に、退職後の山本が広島県の鉄板焼き店で働いていること(経営者か従業員かは不明)、また2010年9月の『めちゃイケ』新レギュラーオーディションに山本が参加するも予選会で脱落していたことを加藤が明かした[15]

2013年9月22日、岡村、加藤、濱口優と共に『めちゃ×2ユルんでるッ!』に出演したロンドンブーツ1号2号田村淳が、淳の婚姻届の保証人として山本がサインしたこと、また9月から山奥の寺で修業していることを明かした[19]。寺で取材された山本は淳の寺への訪問の嬉しさを語った[20]

2014年女性自身4月15日号で、山本は2013年8月に開始した寺での修行を11月上旬に辞め、2014年に入って再開していると報じられた。

2014年11月29日、横浜DeNAベイスターズの藤井秀悟選手のブログに登場。「肉。連投」というタイトルで、一緒に焼肉を食べている写真が掲載された。

フリーという形のピンで活動再開[編集]

2015年1月19日、吉本との契約解除から8年半ぶりに、下北沢駅前劇場でお笑いライブを開催した。チラシのタレント名は「山本圭一」ではなく旧芸名の「山本圭壱」とし、ライブ出演者欄には「極楽とんぼ 山本圭壱」とコンビ名を記していた[21]

3月31日に広島、4月6日に宮崎にて同ライブを開催。

5月5日、宮崎サンシャインFMにて「極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。」放送開始。復帰後初のレギュラー番組[22]

人物[編集]

  • 芸能人時代にはメンバーが約100人と言われる軍団山本という組織を結成しており、遠藤章造や田村淳らと行動を共にしていた[23]

音楽の才能[編集]

2004年9月30日の『うたばん』では「うたばんスター誕生!」コーナーに登場し、尾崎豊の「I LOVE YOU」を歌う[24]。また、2005年11月15日放送の第3弾に出演、ケツメイシの「さくら」を歌った[25]。また、その作詞・作曲においても、企画DVD『テレビ不適合者』内での「仮の話ですけど」等、独自で創り上げた数々の楽曲を世に送り出していた[26]

活動復帰ライブのSEを制作、自ら歌も担当している。歌詞には「サーフィン」「肉巻きオニギリ」「お寺」などが挿入されている。この楽曲をアレンジしているものが、宮崎サンシャインFMのレギュラー番組にて使用されている。

スポーツ[編集]

  • 体重100kgを超す巨漢だが、動きが軽快でスポーツ万能な通称「動けるデブ」。出演した番組で時折見せる見事なダンスのキレは、ブレイクダンス経験者で、「吉本印天然素材」のセンターであった岡村隆史にも勝るとも劣らないほどであった[27]
  • 野球のイメージが強い山本だが、高校時代の一時期サッカー部に在籍していたこともあり、サッカーでもゴールキーパーとしてかなりの実力を発揮(1996年にブラジルチーム〔ジーコ、ジュニオール、クラウジオ、マガール、ブラジーリャ、アウメイダ、ジョルセイ〕との対戦企画において顔面セーブ3回を含むセーブを連発する。結局5つの失点を重ねるも、PK戦ではジーコのシュートを右足でセーブした)。相方の加藤を含め、サッカー部出身が多く、ヒデを初め輝かしい実績を保持する吉本興業のかつての同僚だった芸人らも「チラベルトばりの攻撃的プレイもできて、相手の弱点を突くところも冴えている。野球より向いているのでは?」と高く評価された。[27](相方の加藤は野球に興味がなく、選手もほとんど知らない。1999年、当時広島東洋カープの4番金本知憲と1打席対決を行い、内野フライに打ち取っている)[28]
  • また、高校時代は野球・サッカーのほかにゴルフ部に在籍した事もあり、田中秀道の3年先輩に当たる[27]
  • 野球・サッカー以外には、大のプロレス好きでもあり、『めちゃ×2イケてるッ!』内で、ダンプ山本(ダンプ松本のパロディ)として加藤と組み「極楽同盟(極悪同盟のパロディ)」を結成し、クラッシュギャルズ女子プロレスラーたちと戦っている他、『天才てれびくんワイド』内にてADヤマモトとして実際にDDT第78代アイアンマンヘビーメタル級王座を獲得している[29]
  • カーレーサーの国内A級ライセンスを所持しており、一時近藤真彦の影響でタレントレーサーに憧れていた[27]

野球活動[編集]

少年時代は広島中央リトルに所属。同期に元横浜ベイスターズ野村弘樹、後輩には元阪神タイガース・金本知憲がいる[30]

高校時代は野球部には20日間在籍したが、その後は野球部先輩の眼が恐く学校へはあまり行かなかった。しかし、後年瀬戸内高の甲子園出場時には「あの〜覚えておられます?」と母校へ電話すると「お〜覚えとるよ〜」と言われたのでボールを10ケース分送った。広島市民球場でソフトドリンクの売り子として働いていたこともある[27]

1998年には、吉本興業の若手芸人を中心に草野球チーム・TEAM神様を結成。監督投手一塁手として活動。吉本の後輩芸人や、SMAP中居正広のほか、プロ野球選手も数人、メンバーに名を連ねていた[27]。また、出演番組『めちゃイケ』に「山本球団」というコーナーを持っていたが、3回の放送のうち2回はプロ野球オールスターゲーム裏番組として放送。

背番号(茨城GG時代)[編集]
  • 77 (2005)
  • 5 (2006)

出演[編集]

テレビ番組[編集]

ラジオ番組[編集]

ドラマ[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 自著『極楽野球放談』メディアプランニング、2003年
  2. ^ a b 活動再開! 極楽とんぼ・山本圭壱、単独ライブ開催で吉本復帰は…
  3. ^ a b c d “極楽山本 淫行容疑で解雇”. デイリースポーツ. (2006年7月19日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/01/05/2p_0005648418.shtml 
  4. ^ a b “極楽・山本 今度は中絶騒動”. スポーツニッポン. (2006年6月10日). http://web.archive.org/web/20030815061131/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2003/06/10/08.html 
  5. ^ a b “吉本興業が「極楽とんぼ」の山本圭一を解雇、少女に暴行の疑い”. ナリナリドットコム. (2006年7月19日). http://www.narinari.com/Nd/2006076235.html 
  6. ^ “極楽とんぼ山本、ホステスに中絶迫る”. 日刊スポーツ. (2003年6月9日). http://web.archive.org/web/20030611043300/http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/f-et-tp0-030609-0024.html 
  7. ^ “「極楽とんぼ」山本が淫行、吉本は解雇”. 日刊スポーツ. (2006年7月18日). http://web.archive.org/web/20060720034435/http://www.nikkansports.com/entertainment/f-et-tp0-20060718-62611.html 
  8. ^ “極楽・山本出演「東京タワー」放送延期”. スポーツニッポン. (2006年7月20日). http://web.archive.org/web/20060901033112/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/KFullFlash20060720019.html 
  9. ^ 極楽とんぼ:元メンバー山本圭一、不起訴に 函館地検、毎日新聞 2006年10月3日 19時06分
  10. ^ “「極楽とんぼ」山本圭一・元メンバー、不起訴処分に”. 読売新聞. (2006年10月3日). http://web.archive.org/web/20061021183451/http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20061003i511.htm? 
  11. ^ a b “待望論も尻すぼみ 極薬とんぼ山本 許されない復帰”. 日刊ゲンダイ. (2003年1月10日). http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/140365 
  12. ^ a b 元極楽・山本圭一ひっそり復活…HPで本名と素顔公開、ZAKZAK、2008年11月8日
  13. ^ 「極楽とんぼ」山本圭一が復活ライブ発表”. 日刊スポーツ (2015年1月5日). 2015年4月15日閲覧。
  14. ^ “元極楽・山本圭一が『めちゃイケ』オーディション参加と芸人”. 週刊ポスト. (2010年10月22日). http://www.news-postseven.com/archives/20101022_2474.html 
  15. ^ a b “元極楽とんぼ山本、おにぎり屋潰れ今広島で鉄板焼き屋、今度寺に入る!?”. ビジネスジャーナル. (2013年8月3日). http://biz-journal.jp/2013/08/post_2619.html 
  16. ^ “沖縄騒然…紳助さん消えた!元極楽・山本は小田急百貨店で汗流す”. 夕刊フジ. (2011年10月3日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20111003/enn1110031138006-n1.htm 
  17. ^ “元極楽・山本圭一がテレビ登場で復活望む声も”. R25. (2010年10月25日). http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20101025-00004054-r25 
  18. ^ “元極楽とんぼ山本が「失業」、寺に入り「みそぎ」? 岡村隆史も元相方の加藤も復帰を待望しているが”. J-CASTニュース. (2013年4月30日). http://www.j-cast.com/2013/04/30174244.html?p=all 
  19. ^ “山本圭一さん、9月よりお寺に入っていた ロンブー淳の婚姻届保証人にサイン”. ORICON STYLE. (2013年9月22日). http://www.oricon.co.jp/news/2028940/full/ 
  20. ^ “元『極楽とんぼ』山本圭一 ロンブー淳の訪問に「嬉しかった」”. 女性自身. (2013年10月1日). http://jisin.jp/performer_list?performer_name=%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%9C%AD&x=96&y=14 
  21. ^ “元極楽・山本 ライブ開催で“復帰”1・19下北沢、料金は投げ銭”. スポニチ. (2015年1月4日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/01/04/kiji/K20150104009572480.html 
  22. ^ a b 極楽・山本圭壱、冠ラジオ初回は地元宮崎で「高評価」 応援メールが数百通”. ORICON (2015年5月7日). 2015年5月7日閲覧。
  23. ^ 淫行した極楽とんぼ山本、あっさりクビの真相…”. 夕刊フジ (2006年7月20日). 2015年4月17日閲覧。
  24. ^ ザテレビジョン 2004年9月25日-10月1日号 91ページ
  25. ^ ザテレビジョン 2005年11月11日-11月18日号 95ページ
  26. ^ 極楽とんぼのテレビ不適合者 下巻 あまりにも過激すぎて放送中止になったドキュメント編!-極楽とんぼが見たでもしか先生の180日戦争!!(ポニーキャニオン)収録(国立国会図書館などでも閲覧可能)
  27. ^ a b c d e f 山本圭壱・著『極楽野球放談』(メディアプランニング)「第1章 自称野球芸能人山本圭壱の極楽自叙伝」より。
  28. ^ 『極楽野球放談』(メディアプランニング)「第3章 我が赤ヘル命宣言やっぱりカープが好きじゃけのう」より。
  29. ^ DDTタイトル史
  30. ^ 広島中央リーグOB/横浜ベイスターズ・野村弘樹コーチ

外部リンク[編集]