齊藤悠葵

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齊藤 悠葵
広島東洋カープ #21
基本情報
国籍 日本
出身地 福井県吉田郡永平寺町
生年月日 1987年6月20日(22歳)
身長
体重
186cm
80kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2006年10月1日
年俸 1,000万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

齊藤 悠葵(さいとう ゆうき、1987年6月20日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)である。

目次

[編集] 来歴・人物

福井商業高校では、エース・林啓介(現千葉ロッテマリーンズ)の控えだった。甲子園には3度(春1回、夏2回)出場し、自身は計6試合に登板した。プロ注目の右腕と左腕が同じチームにいたため、「右の林」・「左の齋藤」の「ツインタワー」と呼ばれていた[1]

2005年オフ、広島東洋カープに高校生ドラフト3巡目で指名を受け入団。ストレートは130km/h台も抜群の制球力を誇り、高校通算34本塁打・50m走6.3秒と打撃や走塁にも非凡な才能を秘めていた。

2006年には、ハンカチ王子で知られる早大斎藤佑樹と読みが同じことから「赤いハンカチ王子」というニックネームも使われた。 ウエスタン・リーグで防御率2点台という安定した投球を評価され、高卒ルーキーながら1軍昇格を果たす。10月1日の対巨人22回戦で5回を被安打3・無四球無失点の好投で初勝利。これはドラフト制導入以降、球団初の高卒新人による初登板初先発初勝利で、史上4人目の「対巨人戦初登板初先発初勝利」でもある。ヒーローインタビューでは、初登板ながら「リラックスして投げられた」と語った。また、上述のニックネームから、赤いタオルで汗を拭くしぐさをしてみせた。

2007年新人王受賞の権利があり、前年の活躍から週刊ベースボール等では有力候補に挙げられていた。しかし春季キャンプが始まる頃にフォームを崩し、持ち味であった制球力を失った。シーズンに入っても調子は上がらず、最終的に全てウエスタン・リーグ最悪の12被本塁打、53与四球、9暴投、66失点、8敗(4勝、防御率6.11)と全く良い所無く終わっている。一軍にも登板したが2試合で1敗防御率5.40と惨憺たる結果であった。

2008年は背番号が60から21に変更された。シーズン序盤こそ故障で出遅れるも、中盤からはウエスタン・リーグでの安定した投球が認められ、8月30日に一軍に合流した。5回無失点の好投で2年ぶりの勝ち星を挙げてからはローテーションの一角に食い込み、3勝を挙げた。

[編集] エピソード

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
2006 広島 2 2 0 0 0 1 0 0 0 1.000 39 10.1 6 1 2 0 0 7 0 0 1 1 0.87 0.77
2007 2 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 8 1.2 2 0 1 0 0 1 0 0 1 1 5.40 1.80
2008 6 6 0 0 0 3 1 0 0 .750 134 32.1 21 4 16 0 1 26 1 0 13 12 3.34 1.14
通算:3年 10 8 0 0 0 4 2 0 0 .666 181 44.1 29 5 19 0 1 34 1 0 15 14 2.84 1.08
  • 2008年度シーズン終了時

[編集] 背番号

[編集] 個人記録

[編集] 関連項目

[編集] 注記

  1. ^ 日刊スポーツ2005年8月12日付け“福井のツインタワー”崩れる
  2. ^ デイリースポーツ2008年10月27日付け
  3. ^ 『広島アスリート』2008年1月号
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