笑福亭学光

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五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。

笑福亭 学光(しょうふくてい がっこ、1954年3月6日 - )は徳島県阿南市(旧那賀郡羽ノ浦町古毛)出身の落語家。本来の表記は笑福亭 學光。本名は多田 政信(ただ まさのぶ)。現在は大阪府茨木市に在住。

目次

[編集] 来歴・人物

高校卒業後、徳島相互銀行(現在の徳島銀行)に勤めたのち、1975年10月に笑福亭鶴光に入門。鶴光の一番弟子となった。

1976年神戸「柳笑亭」にて初舞台。1994年よりラジオ番組をきっかけに、中国小学校を建てるプロジェクトを進めている。上方落語協会会員。阿波踊りの「はなしか連」連長。

毎月1回第4水曜日大阪市港区の市民学習センターで「オーク弁天寄席」を講談師旭堂南鱗と共催している。また、偶数月第2水曜日に香川県高松市真宗大谷派東本願寺 四国教務所で6代目笑福亭枝鶴が主催する「御坊町寄席」に出演している。

[編集] エピソード

  • 高座名の「学光」は漫画家はらたいらが命名。当初は「壱光」等の候補があった。
  • 師匠の鶴光がパーソナリティを勤めた「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」で、「学光のドッキリマイク只今参上」のコーナーを担当。これはある決められた言葉(言葉は毎週変わる)を街の人に投げかけ、その反応をリポートするものであるが、訳の分からない事を突然言われたことに怒った人物が、自身がその筋の人間であることを示し(刺青を見せた)て「モノの言い方ひとつで命放下す時もあんねや」などとやんわり脅されたり、別の回の際は通行人に「ゴリラ」などと言ってパトカーに追いかけられたりと、危険の多い仕事であった。
  • シンガーソングライターの嘉門達夫は学光の弟弟子(二番弟子の笑福亭笑光)だった。
  • 朝日放送探偵!ナイトスクープ」で、出演していた「奈良健康ランド」のCMについて、「股間が映っているのではないか?」との内容で取り上げられた。
  • 天国にいちばん近いニューカレドニア移民100周年で落語披露
  • ユネスコ北京事務所日本人ボランティアーズと一緒に1994年から中国に希望小学校の建設、1996年から中国河北省にある神南小学校との交流を行っている。
  • 国家資格ではないが「お笑い福祉士」を制定。カルチャーなどでお笑い福祉士を養成している。また2006年10月には朝日新聞お笑い福祉士特別一日講座が広島・大阪・福井などで開かれている。
  • 腹話術が出来る。ローカル番組内でその腕前を披露しているほか、現在の居住地茨木市の学校で文化学習の一環として落語を行う際も腹話術も披露する。人形の名前は笑福亭 小学光(しょうふくてい しょうがっこ)と言うとのこと(番宣映像より)。

*内閣府・村木厚子・毎日新聞・野沢和弘氏等と「ほっかいどう福祉・介護フォーラム」参加

[編集] 受賞歴

  • 1990年 「中四国民放連最優秀賞」 (四国放送「土曜ワイド徳島」)
  • 1998年 「中四国民放連最優秀賞」 (四国放送「土曜ワイド徳島」)
  • 2004年 「民放連全国審査優秀賞」 (西日本放送「詩人塔和子さんに会いに行く」)
  • 2005年 「中四国民放連最優秀賞」 (西日本放送「ラジオでDON」)
  • 2006年 「中四国民放連最優秀賞」 (西日本放送「ラジオでDON」)

[編集] 現在のレギュラー番組

  • 西日本放送テレビ「笑福亭学光のホットかがわ」毎月第一日曜日 11:45-12:00
  • 四国放送ラジオ 「ラジオ広場 土曜ワイド徳島」 毎週土曜日 8:20 - 11:50
  • 読売新聞鈴木美智子の都都逸オンライン」

[編集] 過去のレギュラー番組

[編集] 著書

  • 『學光・学校―中国への学校支援から学ぶ心の豊かさ』 (2002年7月、浪速社、ISBN 4888544174

[編集] CD

  • シングル「東京らんでぶう」 (1990年3月16日日本クラウン)- 企画競演物の歌で、イラストレーター・漫画家の秋元裕美子とデュエットで歌われていた。

[編集] 出典

[編集] 関連書籍

  • 『月刊 福祉のひろば 2005年6月号』 (「ひろばトーク 『めざせ、お笑い福祉士を!』」、総合社会福祉研究所)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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