それは秘密です!!
| それは秘密です!! | |
|---|---|
| ジャンル | クイズ番組、ドキュメントバラエティ |
| 放送時間 | 火曜日19:30~20:00(30分) |
| 放送期間 | 1975年10月7日~1987年9月29日 |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ |
| 出演者 | 桂小金治 秋本圭子 清水由貴子 他解答者6名 |
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特記事項: ナレーター:芥川隆行 |
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『それは秘密です!!』(それはひみつです)は、1975年10月7日から1987年9月29日まで日本テレビで毎週火曜日の19時30分から20時に放映された、クイズ番組とご対面ドキュメンタリーを組み合わせた複合番組である。
司会は桂小金治、アシスタントは前期は秋本圭子、後期は清水由貴子。ユニオン映画が制作協力。かつての人気番組だった、NHK総合の「私の秘密」のリメイク版でもある。
目次 |
[編集] 概要
番組は公開形式で行われ、日本各地のホールで公開録画が行われた。
最初のCM明けに(ジングルなしで)小金治が「雨止んでひと傘を忘る。兎角人間は時の流れに過ぎし日のことを忘れがちなものです。推理と思い出のご対面。それは秘密です!!」と口上するのが毎度の恒例となっていた。
前半はゲスト(各チームの一番端)が会おうとしている恩師や肉親などがシルエットで登場し、レギュラー解答者がヒントを示唆するような形でで解答する。さらにゲスト解答者が当てて正解が出ると、その恩師や肉親、思い出の人などを登場させて感動の再会シーンを提供し、思い出等の(秘)話などを披露する。なお、視聴者、観客には芥川隆行のナレーションで説明を兼ねて正解を教える。この場合は男女それぞれに出題し、相手チームの解答者にはメモ紙を提出して正解を教える。そして前半終了後はゲストの歌となる。その歌は大抵2番目のゲストが歌うのが通常だが、時々1番目のゲストが歌うのも有った。
2つ目のCMの後、スペシャルゲストのコーナー(もちろん、ご対面あり)があるが、こちらは観客だけに正解を教える。その際、小金治がヒントを出す。さらにシルエットの人物が横を向いてもヒントとなる。こちらは両チームが早いもの勝ちで解答権を得て答える。正解が近いと観客から拍手が沸く。
コーナー終了後、清水が番組スポンサーからの出場記念品の贈呈を紹介する(末期はなし)。
ラストコーナーはクイズとは一転して、視聴者が探したかった肉親や兄弟姉妹と再会する、視聴者の秘密さんが登場。(このコーナーは小金治のみの進行。最初にアシスタントと二人で並んで、小金治が「今晩最後の秘密さんにおいでにいただきます。どうぞ。」と言う)。再会を果たした者同士は勿論、司会の小金治や解答者も感極まって悲しみが溢れる場面が多々見られた。小金治の泣きっぷりが見事だった。そしてクロージングは再会シーンと番組テーマに合わせて、参加者に関する口上を小金治が述べて、悲しみが溢れたままで番組は終わりとなる(「制作著作 日本テレビ」のクレジットテロップは右下に表記。司会者の「また来週」というコメントは、番組開始から一貫して一切入らなかった。末期ではその後に参加者を励ますシーンが放送された)。人物の捜索には大手探偵事務所の協力を得ており、その会社は職業別電話帳(現在の「タウンページ」)の広告でその事を大々的にアピールしていた。
全編でオーケストラとハープが効果的に使われていた。再会コーナーで探していた人が出てくるシーンのBGMには「赤とんぼ」の一部のアレンジが使われていた。なお放送期間中にステレオ放送に移行している。
[編集] オープニングの流れ
- (タイトルコールは、字幕テロップを一切使わない。)真っ暗なステージのセット上部に掲げられた番組タイトルの内、「秘密」だけが電飾がついたまま、アップで映される。
- 前奏ジングル(モノラル→ドラムロール、ステレオ→全演奏)の後、(ジングル)「ジャン!」(女性の声)「秘密!」(ジングル)「ジャン!」(声)「秘密!」(ジングル)「ジャンジャン!」(声)「秘密!」とせり上がる様に鳴らし、更に「秘密!」の声に合わせて、「秘密」の電飾がフラッシュする。
- せり上がるジングルに合わせてカメラがズームアウトし、暗いステージ全容、そして中央部の小金治と女性アシスタントの向かい合ったシルエットが映される。
- 小金治の「それは秘密です!!」の掛け声と共に、小金治と女性アシスタントは前を向く。
- 「ジャーン、ジャーン、ジャーン」というジングルがなった後にテーマ曲(作曲:千野寛)が流れ、提供テロップとコメントとなる(画面では解答者が拍手するのも見えた)。
12年間の放送で、ジングルのアレンジはあったが、このオープニングは一貫して変わらなかった。
なお後述の復活版では、4まではオリジナルと同じ(ただしタイトルフラッシュは無い)だが、テーマ曲開始と同時にシルエットの幕が開き、小金治と清水が登場するというバージョンとなった。
[編集] 主なフレーズ
- 「雨止んでひと傘を忘る。兎角人間は時の流れに過ぎし日のことを忘れがちなものです。推理と思い出のご対面。それは秘密です!!」
- オープニング口上(前述)。前期は「…ご対面」まで全て小金治が言っていたが、後期は「推理と思い出のご対面」のみ清水が言う様になり、「それは秘密です!!」は一貫して小金治と女性アシスタントが言っていた。なお後述の復活版は、前期ヴァージョンで言った。
- 「○○さんの秘密さん、どの様な方がおいでになりますか、それは秘密です!!」
- 前半、ゲストの関係者のシルエットが映し出される時のセリフ。
- 「○○軍だけにそっと正解が教えられました。知らぬは××軍ばかりなり。」
- 前半、相手チームに正解が教えられ、自チームの解答が始まる前のセリフ。
- 「せ~いか~い!!」
- 関係者(解答者)が正解した時の小金治のセリフ。声高々に叫ぶ。
- 「おまたせいたしました、スペシャルゲストのコーナーです。」「今晩は、どなたがお見えになるでしょうか。」「それは秘密です!!」
- スペシャルゲストコーナーの開始口上。小金治→女性アシスタント→小金治の順で言う。
[編集] 番組の終焉とその後
番組開始以来、裏番組であるTBS系『ぴったし カン・カン』と共に視聴率を争ってきた当番組だったが、1981年10月からはこれまで20時スタートだったフジテレビ系『火曜ワイドスペシャル』(ドリフ大爆笑など)の放送時間が30分繰り上がってからは、同番組と『ぴったし - 』の3番組による争いを繰り広げた。しかし、1985年4月からテレビ朝日系が『藤子不二雄ワイド』を火曜7時に放送開始してから視聴率が低迷し、1987年9月に12年で終了した。視聴者の人捜し企画については、1988年4月から、同じ日本テレビで放送されていたワイドショー『ルックルックこんにちは』の一コーナー「小金治の涙のご対面」として引き継がれた。毎週金曜日に放送され、テーマ音楽は『それは秘密です!!』で使われていたものをそのまま使用した。
さらに「小金治の涙のご対面」終了後も、企画自体は『嗚呼!バラ色の珍生!!』(1994年から2001年)の後半にあった涙のご対面コーナーに引き継がれた。
また、1993年12月31日には、『スーパー電波バザール 年越しジャンボ同窓会』という特別番組枠にて、1夜限りの復活版が同番組の1コーナーとして放映され、ダウンタウンの浜田雅功と松本人志がそれぞれ当時の学校の恩師とのご対面が行われた。この時使われたオープニング音楽は、後期バージョンのものが使われた。さらにナレーションは、オリジナルの芥川が既に死去したため、武田広が担当した。
[編集] パネラー
[編集] ネット局
▲はTBS系列。△はフジテレビ系列。
- 日本テレビ(制作局)
- 札幌テレビ
- 青森放送(当時テレビ朝日系列とのクロスネット局)
- テレビ岩手
- ミヤギテレビ
- 秋田放送
- 山形放送(1980年4月からはテレビ朝日系列とのクロスネット局)
- 福島中央テレビ
- 山梨放送
- △新潟総合テレビ(当時フジテレビ系列・テレビ朝日系列とのクロスネット局)→テレビ新潟(1981年4月開局)
- ▲信越放送
- 北日本放送
- ▲北陸放送
- 福井放送
- ▲静岡放送→静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ。当時テレビ朝日系列とのクロスネット局)→静岡第一テレビ(1979年7月開局)
- 中京テレビ
- よみうりテレビ
- 日本海テレビ(テレビ朝日系列とのクロスネット局)
- 広島テレビ
- 山口放送(1978年10月からはテレビ朝日系列とのクロスネット局)
- 四国放送
- 西日本放送
- 南海放送
- 高知放送
- 福岡放送
- ▲長崎放送
- ▲熊本放送→くまもと県民テレビ(1982年4月開局)
- ▲大分放送
- ▲宮崎放送
- ▲南日本放送
- ▲琉球放送→△沖縄テレビ(移行時期不明、中断期間あり)
[編集] エピソード
- ナレーターの芥川隆行は番組末期に1度だけ素顔を出して出演した事があった。その時は別の人間[誰?]がナレーションを担当した。
- この番組で司会の小金治は前述の演出などから「泣きの小金治」の異名をとる。かつてはNETテレビ(現・テレビ朝日)系「桂小金治アフタヌーンショー」で若者や政治家らを叱りつける「怒りの小金治」として有名だったが、ここでは180度方向転換し、また新たな代表作となった。
[編集] 関連項目
- アップダウンクイズ・・・シルエットが誰なのか当てるコーナーがあった。
| 日本テレビ系 火曜19時台後半枠 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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それは秘密です!!
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