谷中 (台東区)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
谷中(やなか)は、東京都台東区の地名。現行行政地名は谷中一丁目から七丁目。郵便番号 は110-0001。
目次 |
[編集] 地理
台東区・下谷地域に属する。東はJR山手線、北は道灌山通り、西は不忍通り、南は上野公園に囲まれている。上野戦争で罹災したものの、関東大震災や第二次世界大戦では被害が少なく、旧来の町並み・建造物が残されている。
[編集] 歴史
[編集] 地名の由来
名前の由来は、上野と本郷の二つの台地の谷間に位置することから名付けられたといわれる。
[編集] 沿革
- 江戸時代、上野に寛永寺が建てられると谷中にもその子院が次々と建てられる。また、幕府の政策により慶安年間(1648年〜1651年)に神田付近から多くの寺院が移転し、明暦の大火(1657年)の後に焼失した寺院が移転してくる。寺の増加に伴い参詣客も増えると徐々に町屋も形成され、江戸の庶民の行楽地として発展する。
- 政府軍と彰義隊による上野戦争(1868年)で多くの寺院が焼失する。明治時代、上野とともに下谷区に編入される。
- 1947年に23区制に伴い台東区となる。
- 1996年にNHK連続テレビ小説「ひまわり」(主演:松嶋菜々子)の舞台となる。
[編集] 交通
最寄駅はJR・京成線日暮里駅、地下鉄千代田線千駄木駅・同根津駅。
[編集] 名所・旧跡・名産
- 天王寺
- 五重塔の再建のエピソードが後に幸田露伴の代表作『五重塔』となる。
- 谷中霊園
- 谷中生姜
- 澤の屋旅館
- 何の変哲もない日本式の旅館で、主に地方からの修学旅行の学生が多く宿泊していたが、少子化やホテルへの志向が強くなったことによる修学旅行やビジネス客の減少によって経営が苦しくなり(利用客ゼロの日が3日続いたこともあったらしい)、これを打開するため、1983年頃に顧客ターゲットを外国人に変更し、食事の提供も取りやめて低料金の宿泊施設(いわば日本版ベッド・アンド・ブレックファスト)に方針を変更して経営を立て直したことで有名となり、しばしばテレビなどのマスメディアで紹介される。施設自体はごく普通の繁華街にある、12室の和室と共同式浴場・トイレを持つ小規模の日本旅館であるが、旅行者用ホテルより宿泊費が安いことが外国のガイドブックに紹介されて外国人旅行者に広まったらしい。この結果、周辺に外国人向けの施設などがほとんどないにも関わらず、現在では事実上外国人宿(外国人の比率8割~9割程度)に変貌し、宿泊費を節減したい外国人の利用によって高い稼働率(92%程度と報じられる)を保っているといわれている。なお、経営者は、2003年に国土交通省から「観光カリスマ百選」に選定されている[1][2]。
- 夕やけだんだん
- 朝倉彫塑館
[編集] その他
- 早口言葉「なかなか鳴かない谷中のかなかな」に関しても有名。
- 俳優の中尾彬が住んでいたこともあり、「彬」という料亭を自宅の近くで営んでいる。
- 1974年から1975年にかけてTBS系列で放送された人気ドラマ「寺内貫太郎一家」は舞台は谷中にある石材店という設定である。
- 2時間ドラマ『捜し屋★諸星光介が走る!』の舞台であるが、ドラマの冒頭で語られている通り、温厚な人間が多く住んでいることで知られるほか、神社・仏閣が多く、その周辺には多くの野良猫が住み着いている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 台東区HP
- 谷中ぎんざ(谷中銀座商店街振興組合公式サイト)
- 谷中(やなか)ホームページ (ISO-2022-JP)
- 澤の屋旅館
- 谷中4丁目付近 - YouTube
|
||||||||