伏木曳山祭
伏木曳山祭(ふしきひきやままつり)は、富山県高岡市伏木地区にて毎年5月15日に行われる、江戸時代後期より続く、海岸鎮護・海上安全の神である伏木神社の春季例大祭。夜には「かっちゃ」といわれる山車同士のぶつけ合いが行われる勇壮な喧嘩祭りで、「けんか山」の別名で親しまれている。5月14日には前夜祭として19時より山倉前にて宵山ライトアップが行われ、お囃子なども聞くことができる。
伏木曳山祭(けんか山)は1985年(昭和60年)7月8日、高岡市無形民俗文化財に指定されている。
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[編集] 概要
天平の時代には越中の国府がおかれ、大伴家持が国主として赴任した伏木は、大伴家持が数多く唄を詠んだ越中万葉の里として、また港町として繁栄してきた町で、かつて海岸に神明社が置かれていたが波の浸食によってさらわれたため、現在の場所に1814年(文化11年)に伏木神社として遷座された時に、神幸供奉のため曳山が建造されたといわれる。15日の例大祭には港町である伏木の市街地を、神輿に伴い子供達の母衣(ほろ)武者行列、花傘、太鼓などの御幸行列が巡行し、6基の花山車が各町揃いの法被姿の若衆の威勢のいい掛け声とともに曳き廻される。18時40分頃には提灯山車となって夜空をほのかに染めながら曳き廻され、2ヶ所で山車同士の激しいぶつけ合い「かっちゃ」が行われる。
[編集] 山車
山車はかつて7基あったが、十七軒町(じゅうしちけんまち)の山車・御神体は、1880年(明治13年)の大火で高欄の一部を除き焼失したため(御神体は2004年(平成16年)に復元)山車は現在6基となっている。6基の山車は高さ約8m、幅約2.2m、重さ約8tで、地車に鉾柱(心柱)を立て花傘を付けた花山車である。上山と下山の二層構造で上山中央の鉾柱(心柱)の上部には髭籠(ひげこ)といわれる竹籠を付け、その周りに3色の菊の造花を5個付けた割竹を放射状に広げた花傘の鉾山で、鉾柱(心柱)の先端にはだしといわれる鉾留が付いており、神座には七福神の御神体を供えている。また前立人形といわれるから操り人形が供えられている。高欄や後屏には桃山時代の特徴を備えた彫刻が施され、下山には大幕(おおまく)が張られており中に囃し方が乗り込む。囃子には笛(篠笛)太鼓、鉦を用いる。車輪は4輪の大八車(外車)様式である。夜には彫刻をはずし山車の周りに9ないし10段からなる約350〜370もの丸提灯、四隅には小田原提灯を付けた提灯山車となる。
そして伏木山車の最大の特徴は、かっちゃで山車同士がぶつけ合うための付長手(つけながて)といわれる直径30〜40cm、長さ約5m、先端に鉄輪がはめられた樫の大木が山車の前後に取付けられていることである。この付長手の取り付けは算段(さんだん)と呼ばれ、祭りに合わせ各町が大量の綱を使用して一週間ほどかけて夜を徹して取り付けられるが、付長手の取り付け方法は各町の機密事項となっている。
[編集] 中町(なかまち)
- ひょうたん山車
[編集] 上町(かんまち)
- ささ山車
[編集] 本町(ほんまち)
- がんがら山車
[編集] 寳路町(ほろまち)
- せんまい山車
[編集] 石坂町(いっさかまち)
- 字山車
[編集] 湊町(みなとまち)
- ちょうちょう山車
[編集] 十七軒町(じゅうしちけんまち)
1880年(明治13年)の大火にて高欄の一部を除き焼失、1864年(元治元年)から1880年(明治13年)まで存在。
[編集] 小判撒き
昔、北前船で栄えた伏木には隆盛を極めた廻船問屋が多くあり、祭礼には料亭や遊郭にて酒宴を開き、その2階より小判を撒いていた。現在は伏木駅前などで紙製のレプリカ小判や餅などを撒いて当時を再現している。
[編集] かっちゃ
地元では山車同士のぶつかり合うことを「かっちゃ」という。明治時代後半頃から行われたと推測され、元々は他町の山車が進路の邪魔をするのを、力ずくで山車をぶつけて壊してでも自分達の山車の進路を確保しようとぶつけ合いが行われていた。また1946年(昭和21年)から十数年間は昼間の花山車でも行われていた。しかし大変危険なため、現在では決められた2会場(本町広場・法輪寺前)と時間(19時と22時頃から)に行われている。
夜となり提灯山に灯がともり男達の興奮と熱気が最高潮に達しようとした頃、かっちゃが始まる。山鹿流陣太鼓の囃子が鳴る中、50mほど距離を置いた各町の8t程ある山車に繋がれた縄を走りながら引き、付長手の先端どおし、時には横に少しずらし付長手を支える木にぶつけあう。何度となくぶつかり合い、各町の責任者である「総代」同士が長手の上に立ち、お互いに納得し握手を交わすまで多い時は10回以上続けられる。その際に観客から『もっとやれ!』等とヤジが飛ぶのも風物詩の一つである。
ドォーンという大きな音と共に地響きが起き、提灯が大きく揺れ、大歓声が湧き立つ。時に後輪さえも浮くさまは、勇壮かつ港町の男達の心意気が溢れ祭りは最高潮に達する。けんかやまといわれることや、総代同士が長手の上で、まだまだやる、いや、やめておこうと話しているそぶりからも、『ケンカ』のイメージが強く、勝ち負けがあるように思われがちだが、現在は勝敗制度はない。
現在は、対戦方式は総当たり戦で、どの町内といつ対戦するかは組み合わせ抽選で決めている。しかし過去には、石坂町・湊町という比較的新しい町 対 その他の旧来の町、という対戦だった。かっちゃ会場2か所に対して、石坂町と湊町がわかれ、残りの旧町は、2基ずつにわかれ、各会場に出向き、石坂町もしくは湊町と対戦していた。当時は、石坂町と湊町は必ず二町内と対戦せねばならず、そのため他の町内より人もたくさん集め壊れにくくするために重くしているのではないかといわれていた。近年の人口減少と、他町内が重量を重くしたりする関係で不公平という見方から総当たり戦へと変更して行った。また、新旧ライバルという関係図が長く続いたため、過去にはゴールデンウィークあたりに実施される倉出し(いったん山車を倉から出す事前イベント)が終了すると、山倉(山車を格納しておく倉庫)に各町内の山車が戻らず、各町内の公民館前などに駐留させ、当日まで(大体10日程度)道路で山を作っていた過去がある。交通の妨げや、文化財盗難の危険が0とは言えないため1991年(平成3年)11月に山倉を移転、新築した際より基本的には山倉で当日まで作業をすることになったが、先述の比較的新しい町内に当たる石坂町と湊町はそれから数年間はそれでも自町内へ持ち帰っていたこともある。
[編集] かっちゃ特別余興
祭礼以外また町外で行われたかっちゃ
- 2007年(平成19年)8月11日 「金沢ゆめ街道2007」 金沢市中心部[北國新聞社前] (湊町VS上町) 花山車の展示と曳き回しも行われた。
- 2009年(平成21年)8月2日 伏木港開港110周年記念「伏木港まつり」 伏木港事務所前 (上町VS本町) 山車の展示と花山車ならびに提灯山の曳き回しも行われた。
- 2009年(平成21年)9月13日 高岡開町400年記念イベント「高岡開町まつり」 JR高岡駅前[市営高岡中央駐車場前] (寳路町VS中町)
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 伏木曳山祭再見(正和勝之助著・伏木文化会)平成10年5月1日発行
- 曳山祭りパンフレット(けんか山 伏木曳山祭)高岡市商業観光課・高岡市観光協会
- 富山県の曳山(富山県教育委員会)昭和51年3月発行