兵馬俑

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座標: 北緯34度23分5.7秒 東経109度16分23.1秒

兵馬俑

兵馬俑へいばよう)は、古代中国で死者を埋葬する際に副葬されたのうち、兵士及び馬をかたどったもの。現在では、陝西省にある始皇帝の陵墓の周辺に埋納された遺跡を指すことが多い。本項では秦の始皇帝陵の一部として1987年世界遺産(文化遺産)に登録され公開されているこの遺跡を記す。

発掘以前[編集]

始皇帝陵と兵馬俑の存在は史記漢書[1]など、古代中国の数々の歴史書に記されていたが、多数の動乱などにより所在地はおろか、その存在までをも疑問視される状態となっていた。その後、1974年にこの地域の住民が井戸を掘ろうとして土を掘っていた際に偶然発見されたことで世界的な大ニュースとなった。ただし、地域の住人の間では、以前から水を枯らす化け物として兵馬俑の存在は薄々知られていたとの報告もある。発見された後、本格的に発掘調査がなされ、発見した当人はその後、兵馬俑を展示する博物館の名誉副館長となっている。

発掘と調査[編集]

この大文物群が発掘され調査が行われると兵馬俑の興味深い事実が次々に判明する。代表的なものに、兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはない[2]秦の軍隊が様々な民族の混成部隊であった[3]秦の敵国が存在した東方を向いて置かれていた等が挙げられる。

また、かつては兵士の俑のそれぞれに顔料で彩色がされていたこともその後の発掘調査で判明した[4]21世紀に入った現在でも、兵馬俑の調査・研究は継続されており、近年の調査では、来世へと旅立った始皇帝の為に造設されたこの遺跡は、身を守る軍隊だけでなく宮殿のレプリカや、文官や芸人等の俑も発掘されている。そのため、生前の始皇帝の生活そのものを来世に持って行こうとしたものである可能性が高いと考えられている。

関連作品[編集]

テラコッタウォリア / 秦俑
香港合作作品、1989年。香港のアクション監督・程小東が張藝謀鞏俐を主演に起用した映画。張藝謀の扮する将軍(秦始皇帝の側近)が、鞏俐の扮する美女との恋愛で皇帝の怒りにふれ、兵馬俑に生きながら埋葬されるに至るも、三千年後二人とも同じ時代に転生する。[2]
ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝
アメリカ映画。2008年。ハムナプトラシリーズの第3作品目で、これまでのエジプトから中国に舞台を移した映画。劇中に兵馬俑の兵士達が目覚め、襲い掛かってくるシーンがある。
墨攻
酒見賢一の歴史小説。また、それを原作とした森秀樹の歴史漫画およびそれらを原作とした日中韓合作の映画作品。漫画版のラストでは主人公の革離を象った俑が現在の日本で公開される場面で終了する。

その他[編集]

太陽公園兵馬俑博物館
  • 姫路市の太陽公園では、兵馬俑が秦始皇兵馬俑博物館をそっくりそのまま再現されており実際の兵馬俑を伺い知ることができる。

脚注[編集]

  1. ^ なお漢書には秦の始皇帝陵は項羽によって破壊されたと記されている
  2. ^ その造形の緻密さから、当時の実在した兵士をモデルに造られたと考えられている。
  3. ^ 兵馬俑の眠る始皇帝陵の陪葬墓から出土した人骨がペルシャ系のDNAと同じ特徴を持つ男性の骨と判明している。[1]。始皇帝陵は秦(紀元前221-同206年)の時代のものなので、従来の学説より約1世紀早く、中国が中央アジア以西の民族と接触していたことを示すとされた。
  4. ^ 日本では2006年に初めて彩色の残る兵士俑が公開された。

文献[編集]

  • 今泉恂之介『兵馬俑と始皇帝』新潮社、1995年11月、ISBN 4106004879
  • 陝西始皇陵秦俑坑考古発掘隊、秦始皇兵馬俑博物館(共編)『秦始皇陵兵馬俑』平凡社、1983年9月、[3]
  • 滝口鉄夫『中国兵馬俑への旅 カメラ紀行』北海道新聞社、1996年8月、ISBN 4893631152
  • 鶴間和幸『始皇帝陵と兵馬俑』講談社、2004年5月、ISBN 406159656X

関連項目[編集]

外部リンク[編集]