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令制国一覧 > 東海道 > 安房国 > 安房郡
安房郡(あわぐん)は、千葉県の郡。人口9,108人、面積45.16km²、人口密度202人/km²。(2009年6月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
[編集] 沿革
安房国に属する。同国が718年(養老2年)に分離するまでは上総国に属した。元は安房国の南西部のみを領域とし、同国北西部の浦賀水道沿岸および平久里川流域は平群郡(のち平郡)、北東部の加茂川流域は長狭郡、南東部は朝夷郡に属していた。郡制施行時の1897年(明治30年)に平郡以下の3郡を編入して安房国全域が安房郡1郡のみとなった。2006年(平成18年)に郡内の7町村が合併して南房総市となった結果、現在は鋸南町のみが属する。
[編集] 町村制施行以後の変遷
- 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、安房郡に館山町・北条町と豊津村・館野村・九重村・稲部村・豊房村・長尾村・富崎村・神戸村・西岬村が成立する。(2町9村)
- 1897年4月1日 - 平郡・朝夷郡・長狭郡を編入。(7町37村)
- 1897年12月1日 - 船形村が町制施行し船形町となる。(8町36村)
- 1899年3月13日 - 和田村が町制施行し和田町となる。(9町35村)
- 1900年6月25日 - 曦村が町制施行し曦町となる。(10町34村)
- 1914年4月1日 - 館山町・豊津村が合併し、館山町が発足。(10町33村)
- 1915年10月1日 - 由基村が主基村に改称。
- 1920年10月1日 - 曦町が千倉町に改称。
- 1928年11月10日(12町31村)
- 岩井村が町制施行し岩井町となる。
- 湊村が町制施行・改称し小湊町となる。
- 1933年4月1日 - 白浜村が町制施行し白浜町となる。(13町30村)
- 1933年4月11日 - 富浦村が町制施行し富浦町となる。(14町29村)
- 1933年4月18日 - 館山町・北条町が合併し、館山北条町が発足。(13町29村)
- 1933年11月10日 - 江見村が町制施行し江見町となる。(14町28村)
- 1939年11月3日 - 館山北条町・那古町・船形町が合併し、館山市が発足、郡より離脱。(11町28村)
- 1953年5月1日 - 滝田村・国府村・稲都村が合併し、三芳村が発足。(11町26村)
- 1954年3月3日 - 白浜町・長尾村が合併し、白浜町が発足。(11町25村)
- 1954年4月1日 - 千倉町・七浦村・健田村が合併し、千倉町が発足。(11町23村)
- 1954年5月3日 - 西岬村・富崎村・豊房村・神戸村・九重村・館野村が館山市に編入。(11町17村)
- 1954年6月1日 - 天津町が君津郡亀山村の一部を編入。
- 1954年7月1日 - 鴨川町・田原村・西条村・東条村が合併し、鴨川町が発足。(11町14村)
- 1954年8月1日 - 千倉町・千歳村が合併し、千倉町が発足。(11町13村)
- 1955年2月11日(10町12村)
- 岩井町・平群村が合併し、富山町が発足。
- 天津町・小湊町が合併し、天津小湊町が発足。
- 1955年3月10日 - 勝山町・佐久間村が合併し、勝山町が発足。(10町11村)
- 1955年3月15日 - 豊田村・丸村、千倉町の一部が合併し、丸山町が発足。(11町9村)
- 1955年3月31日(12町2村)
- 富浦町・八束村が合併し、富浦町が発足。
- 和田町・北三原村が合併し、和田町が発足。
- 江見町・太海村・曽呂村が合併し、江見町が発足。
- 大山村・吉尾村・主基村が合併し、長狭町が発足。
- 1956年9月1日 - 南三原村が和田町・丸山町に分割編入。(12町1村)
- 1959年3月30日 - 勝山町・保田町が合併し、鋸南町が発足。(11町1村)
- 1971年3月31日 - 鴨川町・江見町・長狭町が合併し、鴨川市が発足、郡より離脱。(8町1村)
- 2005年2月11日 - 天津小湊町が鴨川市と合併し、鴨川市が発足、郡より離脱。(7町1村)
- 2006年3月20日 - 富浦町・富山町・白浜町・千倉町・丸山町・和田町・三芳村が合併し、南房総市が発足、郡より離脱。(1町)