イラン航空
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|---|---|---|---|---|
| 設立日 | 1946年(Iranian Airwaysとして) | |||
| ハブ空港 | メヘラーバード国際空港 エマーム・ホメイニー国際空港 |
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| マイレージサービス | Sky Gift | |||
| 保有機材数 | 48機 | |||
| 就航地 | 54都市 | |||
| 親会社 | Iran National Airlines Corporation | |||
| 本拠地 | イラン・テヘラン | |||
| 代表者 | Saeed Hessami (CEO) | |||
イラン航空(هواپیمایی ملی ایران)は、イランの国営航空会社。1946年設立のIranian Airwaysと、1954年設立のPersian Air Serviceの合併、国有化により1961年に設立。
目次 |
概要 [編集]
世界54都市に就航しているイランの「フラッグ・キャリア」で、本拠地はテヘランのメヘラーバード国際空港。革命前まではニューヨークへ乗り入れていた(ただし、国連関連での乗り入れはある)。従業員は7,400名。(2007年3月時点)
1979年のイラン革命まで機材増強、航路拡大に力を入れていたが、革命に続くアメリカの経済制裁により西側製航空機の購入が事実上不可能となり、現在は保有機材の老朽化が問題となっている。
主力機材は革命前就航のボーイング747、ボーイング737、ボーイング727、エアバスA300であるが、革命後に少数のフォッカー 100、エアバスA300-600R、その他に中古のエアバスA310などを取得し、現在運用中である。
設立以降はエコノミークラスのみであったが、1993年にビジネスクラスの「ホマクラス」が導入された。東京発着路線のホマクラスでは、イラン産の最高級キャビアがサービスされたことが有名。宗教上の都合で、機内ではアルコール飲料はサービスされず、持ち込んだアルコール飲料を機内で飲むことも禁止されている。
会社のロゴは、世界遺産のペルセポリス遺跡にあるグリフィン(神話上の生物)をモチーフとしたものである。このロゴマークのグリフィンがペルシア語でホマと呼ばれ、ペルシア語によるイラン航空の正式名称(هواپیمایی ملی ایران Havapeyma'i-ye Melli-ye Iran)の頭文字をとった略称もホマとなることから、イラン航空は「ホマ」の通称で呼ばれ、すべてのイラン航空の機体のノーズ付近にもホマ(هما)の文字が入っている。
日本路線 [編集]
1974年に東京への乗り入れを開始。日本人の客室乗務員も乗務している。ノンストップ便または北京経由の週2便で運航されていたが、2003年にノンストップ便がソウル経由(テヘラン - ソウル間の利用はできたが、成田 - ソウル間の利用はできなかった)に変更され、そのソウル経由は2010年9月に廃止となった。以降は北京経由のみ週1便の運航となっていた。
- 成田国際空港 - 北京首都国際空港 - テヘラン・エマーム・ホメイニー国際空港
- 成田 - 北京間の利用もできた。2011年11月より成田への乗り入れは休止している[1]。
2000年頃にはテヘランから新千歳空港や関西国際空港へのチャーター便の運航が計画されたが、2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件の影響で中止となって以降、近年は計画されていない。
日本へは世界でも45機しか製造されなかったボーイング747-SPで主に乗り入れていた。かつてはアメリカン航空などもこの機材で乗り入れていた。これまで、ボーイング747-SPは事実上日本への乗り入れ専用となっていたが機材関係などからの諸事情で成田路線の運休がアナウンスされた。2011年10月30日を最後に運航されておらず、羽田時代の1974年から707以来37年間続いた日本路線から姿を消すこととなった。1979年のイラン革命により、当時ニューヨーク線機材だった747SPが成田路線にコンバートされて以来不動と言っても過言ではないほどの飛来が続いていた。しかし、イラン革命で対アメリカとの経済制裁が続いており西側からの新機材を導入することが出来ず製造から7年以上でないと導入できない規則となっているために機体の老朽化が問題となっていた。
保有機材 [編集]
イラン航空の所有機材は以下のとおり(2011年1月9日現在):[2][3] [4]
| 機種 | 所有数 | 発注数 | 乗客定員 | 導入年 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| C | Y | 合計 | |||||
| Airbus A300B2-203 | 4 | — | 30 | 247 | 277 | 1982 | |
| Airbus A300B4-203 | 4 | — | 30 | 248 | 278 | 1985 | |
| Airbus A300-605R/622R | 4 | — | 22 | 239 | 261 | 1991 | 公式ページでは乗客定員235~265名。 |
| Airbus A310-203 | 2 | — | 18 | 201 | 219 | 2001 | 公式ページでは1機所有。 |
| Airbus A310-304/324 | 2 | — | 0 | 200 | 200 | 2001 | |
| Airbus A320-211/214 | 5 | 1 | 0 | 147 | 147 | 2005 | 公式ページでは3機所有。 |
| Boeing 727-200Adv | 3 | — | 0 | 154 | 154 | 1974 | EP-IRPは2011年1月9日に墜落事故。 |
| Boeing 747-186B | 1 | — | 22 | 427 | 459 | 1979 | 公式ページでは乗客定員437名。 |
| Boeing 747-200BM | 3 | — | 0 | 437 | 437 | 1979/2008 | Boeing 747-286BM(Combi)2機とBoeing 747-230BM(Combi)1機。 |
| Boeing 747SP-86 | 4 | — | 22 | 283 | 305 | 1978 | 公式ページでは3機所有。 |
| Fokker 100 | 16 | — | 0 | 104 | 104 | 1991 | |
| Tupolev Tu-204 | — | 35 | TBA | 2011 | |||
| Iran Air Cargo Fleet | |||||||
| Airbus A300B4-203F | 2 | — | Cargo | 1978 | |||
| Boeing 747-21AC | 1 | — | 2008 | ||||
| Boeing 747-2J9F | 1 | — | Cargo | 2007 | |||
| 合計 | 61 | 36 | |||||
ボーイング747のアッパーデッキはクルーの休憩スペースとなっているため、乗客は入れない。また、老朽化した機材を入れ替えるため2012年内をめどにカンタス航空から747-300を3機購入することが明らかになっている[5]。
なお、(革命前に)イラン航空が発注したボーイング製顧客番記号(カスタマーコード86)で、航空機の型式名は727-286、747SP-86、747-286Bなどとなる。
就航都市 [編集]
機材老朽化問題 [編集]
現時点でのイラン航空保有機材の平均機齢は19.7年である。これは、アメリカによる経済制裁によって航空機の購入が制限されているためで、航空機を購入する場合は制裁の規定により、7年以上の機齢機体に限定される。
この制裁は、アメリカ製の航空機だけでなく、アメリカ製の部品を一定以上使う航空機にも適用されるため、ヨーロッパ製のエアバス機の購入も購入制限の対象となる。この結果、イラン航空はヨーロッパなどの中古の機体か、ツポレフなどのロシア製機材の購入しかできないこととなる。 この影響で2010年3月30日付けでEU乗り入れ禁止リストの更新に伴い、乗り入れが制限された。
マイレージプログラム [編集]
Sky Gift
イラン航空独自のマイレージプログラム。
関連会社 [編集]
イランエア・ツアーズ [編集]
イランエア・ツアーズは、テヘランを本拠地とするイラン航空傘下の格安航空会社。拠点空港はマシュハド国際空港で、イラン国内線と、近隣諸国向け国際線、欧州向けチャーター便を運航している。
ホテル・ホマ グループ [編集]
イラン航空所属のホテル事業者で、テヘラン、シーラーズ、バンダレ・アッバース、マシュハドの各都市にホテルを所有する。これらホテルは革命前にシェラトンホテルなどの所有だったという経緯を持ち、イランでは高級ホテルとして分類される。
事故 [編集]
イラン航空に関係する過去の重大事故は以下の4件である。なお、そのうちの1件は外国の軍隊による撃墜である。
- 1952年12月25日、テヘランでダグラスDC-3型機が墜落、27名が死亡し2名が負傷した。
- 1980年1月21日、テヘラン行きの国内線ボーイング727型機が、テヘラン郊外の山中に墜落。8名の乗員と120名の乗客の計128名が死亡した。原因は悪天候による視界不良と、航空管制システムの故障による管制ミス。
- 1988年7月3日、バンダレ・アッバース発ドバイ行の655便(エアバスA300型機)が、ペルシャ湾上空を飛行中にアメリカのイージス艦ヴィンセンス(艦長ウィリアム・C・ロジャーズ)によって撃墜(イラン航空655便撃墜事件)され、乗員16名と乗客274名の全員が死亡した。アメリカ側は当初、「当該機がヴィンセンスに向かって降下しながら接近していた」事、また、「民間機であることを示す識別信号を発信していなかった」事などから、撃墜は防衛的処置であったと主張した。しかし後に、655便は通常航路を上昇飛行中であった事、民間機であることを示す識別信号も発信していた事、更に、ミサイル発射時にヴィンセンスがイラン領海を侵犯していたことが明らかとなり、大きな国際問題へと発展した。アメリカ側は公式な謝罪を現在に至るまで表明しておらず、撃墜の真相も完全には明らかになっていない。
- 2011年1月9日、テヘラン発ウルミエ行の277便(ボーイング727型機)が、イラン北西部ウルミエの農村地帯に墜落した。機体は大破し、乗客乗員106人のうち71人が死亡、35人が負傷した。原因は不明だが、現場周辺は吹雪で視界が悪かった。[6][7][8]
脚注 [編集]
- ^ “イラン航空:成田定期便を運休へ”. 毎日新聞 (東京: 毎日新聞社): p. 24; 社会面. (2011年11月1日)
- ^ Iran Air Fleet
- ^ Planespotters.net page for IranAir
- ^ Iranair official fleet page
- ^ http://www.flightglobal.com/news/articles/iran-air-lines-up-three-boeing-747-300s-369994/
- ^ 『イラン北西部で旅客機墜落、少なくとも70人死亡』 ロイター通信 2011年1月10日配信、
- ^ 『イラン北西部で旅客機が墜落、72人死亡 悪天候が原因か』 AFP 2011年1月10日配信、
- ^ 『イランで旅客機墜落、死傷者100人以上[リンク切れ]』 CNN 2011年1月10日配信、