アエロフロート・ロシア航空

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アエロフロート・ロシア航空
IATA
SU
ICAO
AFL
コールサイン
Aeroflot
設立 1932年
ハブ空港 シェレメーチエヴォ国際空港
マイレージサービス Aeroflot Bonus
会員ラウンジ First Class Lounge (会員ラウンジ無し)
航空連合 スカイチーム
保有機材数 152機(2014年12月時点)
就航地 95都市
親会社 連邦国家資産管理局 (51.17%)
本拠地 ロシアの旗 ロシア連邦 モスクワ
代表者 Valery Okulov (会長)
外部リンク http://japan.aeroflot.aero/
種類 公開会社
市場情報 RTSAFLT
MICEX AFLT
略称 アエロフロート
本社所在地 ロシアの旗 ロシア
125836
モスクワ レニングラード通り37
業種 空運業
従業員数 1万8393人 (2004)
特記事項:日本支社所在地
〒105-0001
東京都港区虎ノ門1-2-8
虎ノ門琴平タワー16階
(最寄駅:東京メトロ銀座線 虎ノ門駅
テンプレートを表示
Aeroflot planes at Sheremetyevo airport in Moscow

アエロフロート・ロシア航空ロシア語 Аэрофлот — Российские авиалинии; 英語 Aeroflot Russian Airlines)は、ロシア連邦民間航空会社であり、東ヨーロッパで1位の規模である。ロシア語でアエロ(Аэро)とは「航空」、フロート(Флот)とは「艦隊」を示す言葉である。

モスクワシェレメーチエヴォ国際空港を拠点とし、世界95都市に就航している。

コードデータ[編集]

なお、「SU」はソビエト連邦 (Soviet Union) の名残。

歴史[編集]

  • 1923年 - 前身である株式会社「ドブロリョート」が創立される
  • 1932年 - ソ連政府の民間航空管理局が創設、正式名称としてアエロフロートの名称が使われる
  • 1967年 - 東京にツポレフTu-114で初飛来(東京・モスクワ路線を日本航空と共同運航)
ツポレフTu-144

概要[編集]

ソビエト連邦時代[編集]

イリューシンIl-18
ツポレフTu-154(アエロフロート・ソビエト航空時代の塗装)
アエロフロート・ソビエト航空の旗

ソビエト連邦の国営航空会社として1923年にドブロリョートとして設立されて以来、ソ連政府の民間航空輸送部門として運営されてきた。「アエロフロート」とは1991年のソ連航空設立前までは単一の航空会社の名称ではなく、各地域ごと、事業ごと、あるいは空港ごとに存在する航空会社の集合体であるソ連政府の民間航空輸送部門の総称であった。特に第二次世界大戦後の冷戦期は、ソビエト連邦の航空技術を知らしめるショーウィンドウ的な役割を持ち、世界で2番目に実用化されたジェット旅客機であるツポレフTu-104や、世界最大級のターボプロップ旅客機であるツポレフTu-114の就航、世界初の超音速民間旅客機であるツポレフTu-144の就航などを担った。

建国して間もないソビエト=ロシアでは広大な領土を移動する手段に航空機は不可欠である、という考えが広まり、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキは航空産業を重視した。1921年1月17日にレーニンはソビエト領空の航空機の飛行に関する布告にサインし、26日には赤軍の航空部隊の管轄下における航空産業の発達のために300万金ルーブルを投じることを決定した。5月1日にはイリヤー・ムーロメツ3機を用いた初の商用飛行が行われた。モスクワからオリョール経由でハルキウに至るルートで、ソビエトにおける旅客・郵便輸送の幕開けであった。週2~3便運航され、はじめの5ヶ月間で43回の飛行が行われ、同年10月11日に運航が終了されるまでに60人の乗客と6トンもの郵便物が輸送された。

1921年のネップによって1921年11月24日に設立されたのが、ドイツとの共同による航空会社Deruluftである。イリヤー・ムーロメツが運航を開始してからちょうど1年後の1922年5月1日にモスクワから当時ドイツ領であったケーニヒスベルクフォッカー F.IIIによる運航が開始された。当初は郵便物の輸送など公的機関が主な顧客であったが、翌年8月には個人向けの営業が開始された。1929年にはルフトハンザで使用されたドルニエ コメットに更新された。他にもユンカース Ju 52も導入され、これらの機体はまだ発展途上であったソ連の航空機製造産業に多大なる影響をもたらした。

Deruluftのドルニエ コメット(1927年)

Deruluftの成功により安定してきたソビエト航空業界の発展と革命干渉戦争の一応の終結をもって、ソ連政府は1923年2月9日に赤色空軍の監督の下に航空会社を設立することを決定した。これをソ連民間航空の誕生とされる。郵便事業などの支援もあり、3月17日にはAll-Russian Volunteer Air Fleet、すなわち「ドブロリョート」が設立された。モスクワとニジニ・ノヴゴロドを結ぶ路線が創設され、さらにレニングラードカザンやハルキウを結ぶ路線も登場した。10月にはトルキスタンやモンゴルを結ぶ路線も開設された。

ドブロリョートが成立した1923年、ロシアでは「ユンカース=ルスランド(Junkers Russland)」が、コーカサスでは「ザカヴィア(Zakavia)」が、アゼルバイジャンでは「アズドブロリョート」などが軒並み設立され、たちまちのうちに同時期に設立されたウクライナの「ウクライナ航空会社」に集約され、さらに1930年には第一次五カ年計画によってウクライナ航空会社とドブロリョートが集約され、1932年3月26日に名称が現在に続く「アエロフロート」に変更された。1937年にはDeruluftもアエロフロートに編入された。

第二次世界大戦中も戦火の中アエロフロートは定期国際航路の運航に従事し、終戦直後は稼働可能であったLi-2などを運用することで運航を維持した。第四次五カ年計画で増強が必要となったアエロフロートに1946年、セルゲイ・イリューシン設計のIl-12が投入された。対して地上設備は不十分で、この状況を見かねたアエロフロート長官Georgy Baydukovアナスタス・ミコヤンら政府高官をモスクワからハバロフスクまでの航空旅行に招待し、地上設備の整備を訴え、その後の五カ年計画で空港の整備などが政策に盛り込まれた。しかしスターリン体制下ではアエロフロートは大きく発展することが出来なかった。

1956年、爆撃機Tu-16を基にした双発ジェット旅客機Tu-104が登場した。それまでオムスク経由のモスクワ〜イルクーツク線はIl-14で18時間を要していたが、ジェット化によって7時間に短縮し、停滞気味であったアエロフロートの牽引役として活躍した。以降ジェット化は進展し、プロペラ機Tu-114による長距離路線の開設も相伴って国内線を中心に路線を拡大させていった。

1967年のTu-134の導入はアエロフロートにとって大きな前進となった。輸送力が増強され、利用者数は1967年には世界最多となった。運賃の低価格を実現し、もはや日常の一部と化したアエロフロートによりソ連国民は手軽に旅行を楽しむことが出来るようになった。Tu-134によって国内線を中心に路線網が拡大した。

ソ連国内における全ての民間航空輸送を一手に引き受けるために単発複葉機からワイドボディージェット機、ヘリコプターから超音速旅客機まで様々な機体を運用し、国際線・国内線での貨物・郵便輸送を含んだ民間航空輸送をはじめ、ヘリコプターを使った救急患者輸送やクレーン業務、An-2などの航空機を使った農薬散布(当時のアエロフロートのパイロットの7割の初任が、難しい操縦が要求される農薬散布の業務であった[1])、鉄道や道路が無いシベリアなどの僻地における「スクールバス」業務、北極圏内や南極基地への貨物輸送、大気観測業務(チェルノブイリ原発における除染作業を含む)などソ連国民にとって重要な役割を担った。また運用上の柔軟性や「辻褄あわせ」のために、尾部銃塔を装備した軍用輸送機を始め、偵察機早期警戒機などの多くの軍用機が(アエロフロートの管轄下に無い航空機までもが)アエロフロートの塗装に身を包んだ。

アエロフロート塗装の偵察機 M-17

東側諸国衛星国や、アフリカ南米などの遠方にある友好国への路線といった、外交関係を誇示することを第一目的においた採算を度外視した国際線を多く持っていた[2]。また、西側諸国への路線の多くが外交官や諜報員の運搬に使われた他、西側諸国の上空の飛行時に、軍事施設の上を故意に飛行するなど、その活動範囲は一航空会社の枠を大きく超えていたと言われる。それがゆえに、冷戦末期にユジノサハリンスクから新千歳空港までの路線の開設を申請した際に、新千歳空港が自衛隊との兼用空港であることを理由に就航を拒否された経験がある。

ブダペスト支店 (2007年11月)

所有機の多くも空軍と共有していたことから、正確な数はいまだに不明ながら、世界最大の保有機数(旅客機、貨物機、ヘリコプター、軽飛行機等も含む)と従業員数を誇っており、「世界最大の航空会社」と呼ばれており[3]ギネスブックにもその旨が記載されていた。1991年における機体保有数は貨物機やヘリコプターを含めると10000機を下らないとされる[4]

しかしながら、当時の東側諸国のサービス企業の多くと同様に、航空会社としてのサービス水準は西側のそれには遠く及ばず、それがゆえに西側諸国においては航空券の安さだけが選択の理由であるという状態であった。しかしあくまでもアエロフロートは「民間航空輸送」が業務であるため、小作農から政治局員までの全ての人民が利用できるように運賃を低く設定し、利用者は(アエロフロート本来の業務と直接に関わらない必要以上の)機内サービスにかかる料金を含まない「純粋な運賃」を支払うだけでよいシステムになっていた[5]

一部の路線(特にアフリカ方面)へ向かう際に、翌日以降便への乗り継ぎのためにモスクワで一泊する必要があった場合は、本来ならビザを取らなくてはならないところを免除していた[2]。その際のホテル(ノボテル・シェレメチエヴォホテル)は無料であった[2]。当時のソ連としては破格のもてなしといえる[2]が、これは外貨を獲得するために有効な手段だったことによるもの[2]

1973年のTu-144の登場以降、固定翼機には白地に青のラインをまわした塗装が標準となった(それまでは各機種によって塗装が異なっていた)。また、極地で運用される航空機は青帯を赤帯に変更し、主翼を赤く塗装し視認性を高める「ポーラー・カラー」が施された[6]。一般色にも垂直尾翼の塗装パターンのバリエーションがいくつか確認されている[7]

現在[編集]

エアバスA319

1991年のソ連崩壊後は、80以上の航空会社を生み出した事業分割や不採算路線の縮小を進めるなどのリストラを進めた他、新鋭機のイリューシンIl-96や西側のボーイング767エアバスA320シリーズなどの導入を進めるとともに、新規に設立された子会社「ロシア国際航空」を中心にサービス水準の向上も図り[8]、現在では旧西側諸国の航空会社並みのサービスを提供しているとの評価を得ている[9]。その甲斐もあり、2006年には世界的航空会社アライアンスの1つであるスカイチームへの参加を果たした。

ちなみに現在、モスクワでの乗り継ぎの際、ホテルは有料であるが、トランジット客に限りビザが免除される制度は継続されている[9]。トランジット客専用フロアが用意され、半軟禁状態に置かれることはヨーロッパの格安旅行者間では有名。[要出典]また、ソ連崩壊によりアエロフロートの独占体制も崩壊し、各地に新しい航空会社が誕生した。そうして誕生した多くの会社では、元アエロフロートで運用されていた機体が活躍している。

現在は、ロシア経済開発貿易省の下部機関であるロシア連邦資産管理局(Rosimushchestvo)が、51.17%の株式を保有する筆頭株主となっている。 アエロフロート・カーゴドンアヴィアを子会社に持つ。 2009年にはウラジオストクカリーニングラードに支社を開設。

2010年2月にロシア政府は航空会社の経済的成長のために、全ての地域航空会社を国営会社ロステフノロギヤの管理下におき、その後アエロフロートに統合することを宣言した。2011年11月にはアエロフロートの姉妹企業「アエロフロート・ファイナンス」がウラジオストク航空ロシア航空の筆頭株主となった。[10][11]

2014年1月に、グループ会社再編の一環として子会社のロシア航空を同年3月30日付でアエロフロートに統合すると発表した[12]

就航都市[編集]

ハブ空港 (シェレメーチエヴォ国際空港)[編集]

アエロフロートはモスクワ市内にある国際航空、シェレメーチエヴォ国際空港をハブ空港として利用している。2007年12月に40000m²の広さを持つターミナルCが完成、2009年11月には、ターミナルDが完成している。アエロフロートが国内線用のターミナルとして利用しているターミナルCは壁面がアエロフロートのイメージカラーである青とオレンジに塗装されている。ターミナルDはアエロフロートと同社が加盟するスカイチーム加盟各社の専用ターミナルとなっている。その後、ターミナルEが2010年3月に完成し、ターミナルFもリニューアルするなど改修、拡張が進んでおり、一昔前の暗いイメージから明るく近代的に生まれ変わっている。

ビジネスクラスラウンジはシャワーを完備し、利用者には自然派アメニティを用意している。

世界有数の規模[編集]

シェレメーチエヴォII

アエロフロートは、ロシア、そして東ヨーロッパで最大の規模を誇り、世界有数のネットワークを持つ航空会社として世界各地に路線を広げている。 そのネットワークを生かし、2006年にスカイチームへと加盟することになった。現在はスカイチームのパートナーと協力して178ヶ国、1,000を超える都市にフライトを就航(2014年12月時点)。

日本線[編集]

イリューシンIL-96

日本では過去は複数の空港に乗り入れていたが、1990年代関西国際空港線が撤退となり、新潟空港などの地方発着路線を他のロシアの航空会社に譲ったために、現在は成田国際空港のみに乗り入れている。なお、2008年4月21日までは第2ターミナルで運航しており、空港地上業務の多くを日本航空に委託していたが、2008年4月22日に、加盟しているスカイチーム系航空会社が利用する第1ターミナル北ウイングへ移転した。現在は成田国際空港からモスクワ便が1日1便、毎日運航している。モスクワやサンクトペテルブルグへのビジネス、観光に利用する方以外にも、バルセロナ、マドリード、パリなどヨーロッパへの移動に利用が多く、ヨーロッパ便・中東方面への安価で有効期間の長いチケットが入手しやすい。ヨーロッパ以外にもイスタンブールが人気の路線となっている。

かつて日本人乗務員が機内通訳として乗務していたが、現在は乗務はしていない[8])。2014年にはオーロラ航空のコードシェアで成田空港からウラジオストクへも運行している。

アメリカ線[編集]

モスクワからのアメリカ線も充実しており、現在アメリカだけで30都市に運行している(2015年3月時点)。運航都市は下記の通り。

  • アトランタ
  • オーランド
  • カンザス・シティ
  • クリーブランド
  • グアム
  • サンディエゴ
  • サンフランシスコ
  • シアトル
  • シカゴ
  • シンシナティー
  • セントルイス
  • ソルトレイクシティー
  • タンパ
  • ダラス
  • デトロイト
  • デンバー
  • ニューヨーク
  • ヒューストン
  • ピッツバーグ
  • フィラデルフィア
  • フェニックス
  • フォートローダーデール
  • ボストン
  • ポートランド
  • マイアミ
  • ミネアポリス
  • ラスベガス
  • ロサンゼルス
  • ローリー
  • ワシントン


サービス[編集]

マイレージサービス[編集]

アエロフロートのマイレージサービスアエロフロートボーナスであり、スカイチーム加盟各社と提携している。フライトに応じてマイルが加算され、マイルが貯まると無料航空券やアップグレード、提携ホテルの無料宿泊などのサービスが利用可能。入会金、年会費などは無料となっている。提携しているホテルにはヒルトンマリオット・インターナショナルノボテルなど大手ホテルが含まれている。

なお、アエロフロートおよびチェコ航空中国南方航空搭乗時には、エコノミークラスであっても予約クラスによって加算マイル数が異なる。

ビジネスクラス[編集]

「プレジデント」と呼ばれるアエロフロートのビジネスクラスは、最新鋭のコクーン型シートとなっている。独自に設計したコクーン型シートは、リラックスできるスペースを提供。ビジネスクラスを利用すると、チェックインから搭乗、手荷物の取り扱いにおいて優先的に対応される。ボーイング777とエアバス330を使用する8時間以上のフライトでは、ビジネスクラス向けに枕や掛布団、ベッドシーツも提供している。空港ではビジネスクラスラウンジも利用が可能。ラウンジのバーは24時間営業で、豊富な種類の飲み物や焼きたてパン、タルトなどを提供。

機内食[編集]

ビジネスクラス向けのメニューは3ヶ月に1度、メニューを一新している。メニューはLSGスカイシェフをはじめ、ロシアの有名シェフやフードジャーナリストが監修している。モスクワのレストランでジャーナリスト、著名人などに披露され、評価を受けた上で正式にメニューとして決定している。試食会には、日本でも有名な元フィギュアスケート選手のエフゲニー・プルシェンコも招待されている。

エコノミークラスでは、毎月4種類のメニューを用意。ホットミールは2種類から選択が可能。路線、ご利用時間、飛行時間に応じて、軽食・朝食・昼食・夕食を提供しており、メニューにはロシア料理と世界各国の伝統料理を取り入れている。詳しくはアエロフロートホームページを参照。

機内誌[編集]

機内誌は"Aeroflot Style (アエロフロート・スタイル)"という名前で毎月発行され、ロシア語と英語で世界中の都市や世界各国の料理を紹介したり、アエロフロートのニュースを掲載している。約300ページの構成となっており、内容はかなり充実している。英語のページは後半の30ページ程度となっておりメインはロシア語。成田便には"オーロラ"という名前の日本語版機内誌が用意されており、ロシアや世界各国の情報を紹介している。こちらは約50ページで構成されている。

Wi-Fiサービス[編集]

長距離路線で有料機内Wi-Fiサービスを導入している。"On Board Internet Program"と呼ばれる同サービスは2010年から開始しており、ビジネスマンを中心に多くのフライヤーの利便性を高めている。

受託手荷物[編集]

エコノミークラスは縦・横・高さ3辺の和が158cm、重さ23kg以内は無料。ビジネスクラスは縦・横・高さ3辺の和が158cm、重さ32kg以内は無料となっている。また、無料で預けることができる荷物の個数はエコノミークラスで1個、ビジネスクラスで2個となっている。ただし、エコノミークラスでも運賃種別がEconomy-Premium、Premium-Comfortの航空券の場合は2個まで無料で持ち込みが可能となっている。規定のサイズ、重量、個数を超えた場合は超過料金が発生する。

機内持ち込み手荷物[編集]

機内持ち込みが可能な手荷物のサイズは縦・横・高さ3辺の和が115cm(55x40x20)以内となっている。また、エコノミークラスは10kgの荷物が1つまで、ビジネスクラスは15kgの荷物が2つまで持ち込み可能。なお、女性用ハンドバッグ、ビジネスバッグ、パソコンケース、ベビーカーは機内持ち込み手荷物にはカウントせず持ち込みが可能。

受賞歴[編集]

  • 2013年6月 - スカイトラックス社より東ヨーロッパのベスト・エアラインとして2度目の受賞。
  • 2014年6月 - スカイトラックス社より東ヨーロッパのベスト・エアラインとして3度目の受賞。
  • 2014年12月 - FlightStats社より2014年11月の定時運行世界第1位として受賞。
  • 2015年1月 - 韓国の旅行誌「Global Travel Newspaper Korea」より海外のベストエアライン2014を受賞。
  • 2015年4月 - 2014年有償座席キロ数(RSK)が858億2000万旅客キロとなり欧州5位、前年比伸び率が12.3%となり欧州4位となった。同指標では3年連続で欧州トップ5入り(エアライン・ビジネス誌発表)。

保有機材[編集]

ボーイング767-300ER
スホーイ・スーパージェット100
マクドネル・ダグラスDC-10-40F型機(現在は子会社のアエロフロート・カーゴに全機移籍)
エアバスA330-300 SKYTEAM塗装機

アエロフロートの保有機材は以下の通りである。(2014年7月時点)

西側機材はすべてリース機で、RA機体記号を持つロシア国籍の機体は存在しない。(VP-B** (バミューダ諸島の機体記号)といった具合)[13] [14] [15]。 なお、日本航空より購入し、貨物機として運用していたマクドネル・ダグラスDC-10-40Fは、カーゴ部門が「アエロフロート・カーゴ」として子会社化・独立したことで、全機が同社に移籍した。

平均機体年齢[編集]

現在、機体はエアバス、ボーイング、スホーイから構成され、平均機体年齢3.9年と、2014年12月時点で欧州の航空会社の中で最も若い152機で運航(2014年12月時点)。ただし、成田空港とモスクワ間の便は最新鋭の機体では運航されていない。

機材の変遷[編集]

旧ソ連時代のアエロフロートは、使用機材のほぼ全てがツポレフイリューシンアントノフヤコヴレフなどのソ連内で製造されたもの、またはポーランドでライセンス生産された機体であった(例外はチェコスロバキアで設計・製造されたL-410やポーランドで設計・製造された複葉単発ジェット機M-15など)。

冷戦が終焉した1990年代以降は、1992年に子会社の「ロシア国際航空」がエアバスA310を初めて導入(現在A310は全機退役し、ロシア国際航空もアエロフロートに吸収されている)して以来、ボーイングエアバスなどの西側機材の導入を進め、西欧路線にはエアバス機、日本路線には通常期はエアバス機、夏季等は大型のボーイング機、東欧やロシア国内の長距離路線には大型のイリューシン機(ロンドン線にも就航していた)、同短距離路線には小・中型のツポレフ機が使用されることが多く、特に海外路線で旧ソ連製(ロシア製)航空機が活躍することは少なくなっていた。

運航効率が悪く老朽化が進んだ上に、西側機が増加したためか、IL-86が2006年11月に引退するなど、旧ソ連製機材の退役が進んでいたが、その一方で近年、フランクフルトローマ等、冷戦時代から西側に属していた国々にも機齢が新しいツポレフ Tu-154Mを就航させるなど、再びロシア機の活躍が目立つようになってきていた。

現在、アエロフロートは、大規模な機材更新を進めている。運航効率の悪さや経年化を理由に、前述の通りイリューシン IL-86が2006年11月に、イリューシン IL-96も2013年度中で全機退役した他、2008年1月6日をもって、ツポレフ Tu-134A-3が全機退役した。(なお、Tu-134のラストフライトは、カリーニングラード-モスクワ便であった。)前述のように活躍の場が広がっていたTu-154Mも、2008~2009年の間に順次退役し、エアバスA320ファミリーと2010年1月に完全に置き換えられた[16]

同社はA320ファミリーの他にも、幅広く最新鋭機を発注している。ボーイング777-300ERを6機、ボーイング777-200ERを2機、ボーイング787 ドリームライナーを22機、エアバスA330-200を10機、エアバスA350 XWBを22機、スホーイ・スーパージェット100を30機発注している[17]。スホーイ・スーパージェット100は、2012年3月5日に6機目(機体番号:RA-89005)を受領し、この機材には「スカイチーム」の塗装が施工されている[18]

777-300ERを受領を機に、史上初のアエロフロート向け機材のボーイング社顧客記号(カスタマーコード)M0(数字の0でローマ字のOではない)を取得し、777-3M0ERとなってロールアウトする。この初号機(VP-BGB)は2013年1月31日に引渡しを受けた[19]。これまでの767-300ERはリース機材であったため767-36NERという型式が存在する。そしてA330-200と777-300ERの新規導入が進捗した事により、これまでの767-300ERは退役している。

スポンサーシップ[編集]

様々なスポーツイベントやスポーツチームへの協賛を行っており、近年では多くの国際大会への協賛も増えている。

オリンピック[編集]

アエロフロートは2014年にソチで行われた冬季オリンピックにおける公式オリンピック・パートナーである。ソチオリンピックでは、A320-214(VP-BZP)に大会公式マスコットとなるThe Polar Bear(ホッキョクグマ)、The Hare(野うさぎ)、The Leopard(ユキヒョウ)3体の特別塗装を施し、2012年7月から2014年2月23日の大会終了日まで運行した。2008年8月に開催された第29回北京オリンピックでも、ロシアオリンピックおよびパラリンピックチームチームと公式代表団、観客の輸送に関する協定をロシアオリンピック委員会と結び、ロシアオリンピックチームの公式キャリアとなった。その後もロシアオリンピックおよびパラリンピックチームと、2009年から2016年までの間、公式代表団の輸送に関する契約を締結しており、継続的なサポートを提供している。

なお、1980年に行われたモスクワオリンピックにおいても公式キャリアであった。

サッカー[編集]

2013年7月8日、サッカー日本代表香川真司選手も在籍したマンチェスター・ユナイテッドFCとスポンサーシップ契約を締結。アエロフロートの公式キャリア就任は、アエロフロートのヴィタリー・サヴェリエフ(Vitaly Saveliev)最高経営責任者、マンチェスター・ユナイテッドFCのリチャード・アーノルド(Richard Arnold)グループ・マネジング・ディレクターおよびデイヴィッド・モイーズ(David Moyes)元監督ならびにチームメンバーを交えてオールド・トラッフォードで開催された記者発表の席上にて発表された。なお、契約は複数年契約となっている。アエロフロートは公式キャリアとして、チームや役員の移動の手配に関して戦略的助言をし、最新型のエアバス機とボーイング機によるチャーター便サービスを適時提供。2013年12月23日にはエアバスA321の機体にマンチェスター・ユナイテッドのデザインを施した特別仕様機を一般公開。主にロシアとヨーロッパの短距離路線で使用されるほか、マンチェスター・ユナイテッドのチャーター機としても使用される。

また、アエロフロートはサッカー日本代表本田圭佑選手が在籍していたロシア国内のプロサッカーチーム、CSKAモスクワの公式スポンサーとなっている他、サッカーロシア代表の公式スポンサーにもなっている。

バスケットボール[編集]

アメリカNBAブルックリン・ネッツやロシアのプロバスケットボールチームであるCSKAモスクワの公式スポンサーとなっている。2014年10月から公式スポンサーとなったCSKAモスクワのユニフォームにはアエロフロートのロゴがあしらわれている。

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 谷川一巳「世界の『航空会社』物語」(2002年・主婦の友社)ISBN 4072337676
  • Davies, R.E.G.(1992). Aeroflot: An Airline and Its Aircraft (First ed.). Rockville, Maryland: Paladwr Press. ISBN 0962648310.
  • 『月刊エアライン』「特集 ロシアより愛をこめて2011」2011年4月号(イカロス出版)
  • クレア・トラベラー (CREA TRAVELLER)「アエロフロートでパリに行きました」2014年7月号(文藝春秋)

外部リンク[編集]