自由民主党本部放火襲撃事件

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自由民主党本部

自由民主党本部放火襲撃事件(じゆうみんしゅとうほんぶほうかしゅうげきじけん)とは、1984年に革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)の地下軍事組織である「人民革命軍」が、火炎放射車によって自由民主党の本部ビルに放火した事件である。なお、中核派によって犯行声明が出されているため、この事件への中核派の関与は確実であるといえるが、被疑者として逮捕された人物については裁判無罪が確定した。

[編集] 事件の概略

1984年9月19日午後7時半ごろ、中核派の実働部隊である「人民革命軍」が東京都千代田区永田町にある自由民主党の本部を放火襲撃した。犯行声明によれば新東京国際空港(現・成田国際空港)の第2期工事阻止のための武装闘争であるとしており、用意周到に準備されていた。自民党本部裏にあった中華料理店の駐車場に止められていた偽造ナンバープレートトラックの荷台には火炎放射器が隠されており、高圧ガスと圧搾空気によって噴射された火炎が自在に角度を変えることが出来るシステムになっていた。この火炎放射器によって発生した火災により、自民党本部の北側3階から7階が類焼し、党事務局や会議室など約520平方mが焼失した。折しも自民党総裁選挙を控えており、選挙人名簿などの書類を搬出するために党所属の国会議員まで駆け付けるなど騒然とした。

なお捜査機関は、この事件の被疑者として中核派活動家の男性(逮捕時40歳)を、1985年4月28日に逮捕したが、東京地方裁判所1991年に犯行の役割を特定できないとして無罪を言い渡した。裁判所有罪事実認定をするに充分な立証を検察側が出来なかったためといえる。

[編集] そのほか

この事件現場において、酒に酔って偶然通りかかった法務大臣住栄作が、消火活動に当たっていた衆議院議員浜田幸一を見て、「マッチポンプみたいだ」と発言し、その場で浜田にビンタされたという。後日、住は浜田に不明を詫びたという。