川崎近海汽船

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川崎近海汽船株式会社
KAWASAKI KINKAI KISEN KAISHA, LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証2部 9179 1995年3月14日上場
本社所在地 日本の旗 日本
100-0013
東京都千代田区霞が関一丁目4番2号
設立 1966年昭和41年)5月1日
業種 海運業
事業内容 近海地域における一般貨物船による海上輸送
内航船及びフェリーによる国内海上輸送
代表者 石井繁礼(代表取締役社長)
資本金 23億6,865万0千円
発行済株式総数 2,952万5,000株
売上高 連結:424億6,281万2千円
単独:422億783万5千円
2013年3月期)
営業利益 連結:17億6,147万3千円
単独:17億1,047万9千円
(2013年3月期)
純利益 連結:10億7,225万8千円
単独:10億6,844万5千円
(2013年3月期)
純資産 連結:217億6,982万3千円
単独:211億7,562万8千円
(2013年3月31日現在)
総資産 連結:449億9,584万8千円
単独:398億7,004万5千円
(2013年3月31日現在)
従業員数 連結:385名 単独:210名
(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 川崎汽船(株) 47.55%
東京海上日動火災保険(株) 6.23%
(株)損害保険ジャパン 3.66%
(2013年3月31日現在)
主要子会社 川近シップマネージメント(株) 100%
旭汽船(株) 100%
シルバーフェリーサービス(株) 100%
外部リンク 公式サイト
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川崎近海汽船株式会社(かわさききんかいきせん、Kawasaki Kinkai Kisen Kaisha, Ltd.)は、東京都千代田区に本社を置く日本の海運会社。

川崎汽船が株式の47.5%を保有(2013年3月末)しており、同社の子会社。東京証券取引所第二部上場。

概要[編集]

1966年昭和41年)5月1日に川崎汽船の内航営業権を譲渡されて設立し、内航、フェリー八戸港 - 苫小牧港)の他、東南アジアロシアなどに近海航路を開設し運航している。

沿革[編集]

  • 1966年(昭和41年)5月1日 - 川崎近海汽船株式会社を設立。
  • 1970年(昭和45年)9月 - 日本近海汽船株式会社を吸収合併。
  • 1992年平成4年)4月 - シルバーフェリー株式会社を吸収合併。
  • 1995年(平成7年)3月 - 東京証券取引所第二部に上場。
  • 2012年(平成24年)1月 - 新洋興産株式会社を吸収合併。

シルバーフェリー[編集]

概要[編集]

シルバーフェリーは、八戸港 - 苫小牧港を結ぶフェリー航路の愛称である。1971年11月に八戸市で同名の会社が設立され1973年4月25日から八戸 - 苫小牧航路に就航、1992年に川崎近海汽船に合併される。「シルバーフェリー」の名称は北海道の銀嶺をイメージし、明るい若人にもアピールするものとして名づけられたものとされている[1]。1979年から2006年(平成18年)までは東日本フェリーと共同運航していたが、同年11月末をもって同社が撤退したさいに共同の持船であった「フェリーはちのへ」の譲渡を受けたほか、就航していた「べにりあ」「べが」を同社[2]から借り受け、自社所有の「シルバークイーン」を含めた4隻体制で運航している。

沿革[編集]

  • 1971年11月 川崎汽船・川崎近海汽船を核に楢崎産業などが出資しシルバーフェリー株式会社設立。
  • 1973年4月25日 「シルバークイーン」で八戸 - 苫小牧航路に就航。
  • 1979年11月 東日本フェリーとの共有船「フェリーはちのへ」就航、1日2便体制に増便。
  • 1982年9月 「シルバークイーン2」就航。初代シルバークイーン退役。
  • 1986年6月 「シルバークイーン2」船体延長工事。
  • 1989年7月 二代目「フェリーはちのへ」就航。初代フェリーはちのへ退役。
  • 1992年4月 シルバーフェリー、川崎近海汽船と合併。
  • 1998年3月 三代目「シルバークイーン」就航。八戸→苫小牧の航海時間を2時間短縮し7時間となる
  • 2001年9月 苫小牧→八戸の航海時間を2時間短縮し7時間となる。
  • 2001年11月 「シルバークイーン」初代以来通算10000航海達成。
  • 2006年12月1日 東日本フェリー苫小牧 - 八戸航路撤退に伴い同社の「べにりあ」「べが」を借り受けて就航。1日4往復体制となる。
  • 2011年3月22日 - 7月10日 東日本大震災による八戸港被災のため、苫小牧港 - 青森港堤埠頭間の臨時便運航。
  • 2012年4月8日 「シルバープリンセス」就航。二代目「フェリーはちのへ」退役。
  • 2013年6月30日 「シルバーエイト」就航。「べが」退役。

航路[編集]

開設を検討している航路[編集]

  • 宮古港岩手県宮古市 藤原埠頭) - 室蘭港(北海道室蘭市 入江地区フェリーターミナル)
    • 2015年3月10日に、同社より上記区間のフェリー航路の開設を検討している旨の発表があった[5]。航海時間は約10時間で、1日1往復。観光・物流需要が見込めることや、両港の自治体の誘致に加え、トラック運転手が連続8時間の休憩をとれることも理由の一つである[6]。運航開始は2018年春を予定しており、実現すれば室蘭港への定期フェリー就航は2008年以来10年ぶりとなる[7]

船舶[編集]

シルバープリンセス - 八戸港
べにりあ - 八戸港
  • シルバープリンセス
2012年平成24年)4月竣工。10,536総トン。全長150m、全幅20.7m、航海速力20.5ノット。
旅客定員500名。車両積載数:トラック92台、乗用車30台。三菱重工業下関造船所建造。
「フェリーはちのへ」の代替新造船として就航。
  • シルバーエイト
2013年平成25年)6月竣工。9,483総トン。全長142.59m、全幅23.40m、航海速力20.5ノット。
旅客定員600名。車両積載数:トラック68台、乗用車30台。内海造船瀬戸田工場建造。
「べが」の代替新造船として就航。鉄道建設・運輸施設整備支援機構、津軽海峡フェリーの共有船を傭船。
1998年(平成10年)5月竣工、2005年(平成17年)改造。6,558総トン。全長134.6m、全幅21.0m、出力16,000ps、航海速力19.4ノット(最大20.0ノット)。
旅客定員450名。車両積載数:トラック67台、乗用車14台。三菱重工業下関造船所建造。東洋汽船が所有。
従来から同航路に就航していたが、東日本フェリーの撤退後も用船し就航中。
  • シルバークイーン(3代目)
1997年(平成9年)9月竣工、2000年(平成12年)改造。7,005総トン。全長134.0m、全幅21.0m、出力24,000ps、航海速力20.7ノット(最大23.2ノット)。
旅客定員600名。車両積載数:トラック92台。三菱重工業下関造船所建造。
就航中。

過去の船舶[編集]

  • シルバークイーン(初代)
1973年3月竣工。3,774総トン。全長109.0m、全幅17.4m、出力8,000馬力、航海速力17.0ノット(最大19.0ノット)。
旅客定員520名。車両積載数:トラック40台、乗用車50台。楢崎造船建造。
1982年引退。
  • フェリーはちのへ(初代)
1979年10月竣工。3,774総トン。全長114m、全幅19.0m、出力12000馬力、最大速力21ノット。
東日本フェリーとの共有船。1988年引退。
旅客定員520名。車両積載数:トラック40台、乗用車50台。今治造船今治工場建造。
1988年引退。
  • シルバークイーン2
1982年9月竣工。4,213総トン。全長120.6m。
旅客定員439名。車両積載数:トラック52台、乗用車68台。新潟鐵工所建造。
1985年船体延長改造、全長133.7m。総トン数4,821t、旅客定員468名。車両積載数:トラック59台、乗用車83台。
1998年引退。
フェリーはちのへ - 八戸港
  • フェリーはちのへ(2代目)
1988年昭和63年)12月竣工。5,603総トン。全長126.6m、全幅20.7m、出力11,480ps、航海速力18.2ノット(最大21.5ノット)。
旅客定員520名。車両積載数:トラック57台、乗用車93台。内海造船(瀬戸田)建造。
東日本フェリーとの共有船。東日本フェリーの苫小牧-八戸航路撤退時に同社側の共同持ち分を譲渡され就航していたが、2012年の「シルバープリンセス」就航に伴い、同年4月25日夜便を以って引退した。引退後は、苫小牧港北埠頭に係船後、インドネシアの「PT. Jemla Ferry」に売却され、「RAJARAKATA」として就航予定。
1990年(平成2年)3月竣工、2005年(平成17年)改造。6,698総トン。全長134.6m、全幅21.0m、航海速力20.0ノット(最大20.0ノット)。
旅客定員600名。車両積載数:トラック96台、乗用車20台。三菱重工業下関造船所建造。A&Aが所有。
従来から同航路に就航し、東日本フェリーの撤退後も用船し就航していたが、2013年の「シルバーエイト」就航に伴い、同年6月30日昼便を以って引退した。引退後は、函館港津軽海峡フェリーターミナルに係船後、キリバスに売却され、「DHARMA RUCITRA.1」として就航予定。

船内サービス[編集]

  • ドライバーズルームのほか、オートレストラン浴場を設置している。
  • 東日本フェリー所有の「べにりあ」は2等寝台が設置されていないなどの違いがある。
  • 清涼飲料水カップラーメン自動販売機は設置されているが、タバコ酒類の自動販売機は設置されていない。アルコール類は出港1時間後まで売店で販売される。
  • 貸毛布の料金は1枚350円(津軽海峡フェリーと並び国内航路で最高額)。クリーニング済の毛布が貸与される。なお、2等寝台、1等、特等船室には毛布が備え付けられている(無料)。

他の公共交通機関との接続[編集]

バスはいずれも一部便にのみ接続して運行。

その他の船舶[編集]

  • RO-RO船
    • ほっかいどう丸(四代目) - 2012年(平成11年)10月、内海造船因島工場で建造。11,386総トン、全長173.08m、航海速力22.6ノット。
    • 勇王丸 - 2001年(平成13年)6月、今治造船で建造。9,348総トン、全長149.9m、航海速力20.7ノット。(他社との共有船)
    • 神川丸 - 2002年(平成14年)9月、今治造船で建造。13,018総トン、全長161.84m、航海速力22.0ノット。
    • ほくれん丸(二代目) - 2006年(平成18年)6月、今治造船で建造。13,950総トン、全長173.34m、航海速力23.5ノット。
    • 第二ほくれん丸(二代目) - 2006年(平成18年)7月、今治造船で建造。13,950総トン、全長173.34m、航海速力23.5ノット。
    • 北王丸(五代目) - 2014年(平成26年)5月、内海造船因島工場で建造。11,500総トン、全長173.1m、航海速力23.5ノット。
  • その他
    • 須寿川丸 - プッシャーバージ船。1992年(平成4年)7月、新高知重工で建造。494総トン。航海速力9.8ノット。
    • 美津川丸 - 石灰石運搬船。2007年(平成19年)10月、西造船で建造。3,497総トン、全長105.54m、航海速力12.5ノット。
    • JP COSMOS - 石炭運搬船。2008年(平成20年)2月、三浦造船所で建造。7,287総トン、全長115.0m、航海速力12.0ノット。(他社との共有船)
過去の船舶
ほっかいどう丸(三代目) - 東京港
  • ほくれん丸(初代)→ひたち - 1993年、今治造船で建造。7,096総トン。航海速力22.0ノット。2006年二代目の就航に伴い「ひたち」に改名。2014年売却。
  • 第二ほくれん丸(初代)→げんかい - 1997年(平成9年)6月、今治造船で建造。7,097総トン。航海速力22.0ノット。2006年二代目の就航に伴い「げんかい」に改名。2012年売却。
  • ほっかいどう丸
    • 初代:1976年就航。
    • 二代目:1989年就航。
    • 三代目:1999年9月、三菱重工業で建造。12,526総トン。全長173.08m、航海速力30.0ノット。「さんふらわあ とまこまい」と同型船。2007年引退。世界最速のRO-RO船として1999年Ship Of The Yearを受賞。

メディア[編集]

参考文献[編集]

  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]