マルエーフェリー

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マルエーフェリー株式会社
A-Line Ferry Co.,Ltd.
A"LINE
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本
〒894-0034
鹿児島県奄美市名瀬入舟町8-21
設立 1952年12月
業種 一般旅客定期航路事業
代表者 有村和晃
資本金 4億5千5百万円
売上高 115億円
決算期 3月
主要株主 有村商事
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「琉球エキスプレス」 - 大阪南港
乗船券(社名変更直後は旧社名が印刷されたものを引き続き使用していた)

マルエーフェリー株式会社(マルエーフェリー、英称:A-Line Ferry Co.,Ltd.)'は、鹿児島県鹿児島市泉町に本部を置く海運会社。本社は鹿児島県奄美市名瀬入舟町にある。旧社名は大島運輸株式会社

目次

[編集] 概要

ファンネルマークのAは、本社のある奄美大島の頭文字をデザインしたものである[1]

船舶事業のほか、喜界島では路線バスの運行も行っていた[2]が、2010年10月に関連会社の奄美航空に譲渡された。 ※詳細は、バス事業を参照。

[編集] 沿革

※バス事業については、バス事業の沿革を参照。

  • 1953年12月 - 大島運輸株式会社を設立する。
  • 1956年4月 - 鹿児島支店を開設する。
  • 1957年8月 - 鹿児島 - 那覇航路を開設する。
  • 1958年9月 - 鹿児島と奄美各島間の一般旅客定期航路事業免許を取得する。
  • 1962年3月 - 鹿児島 - 那覇航路を定期運航とする。
  • 1962年10月 - 東京支店を開設する。
  • 1963年5月 - 東京 - 那覇間の定期航路を開設する。
  • 1964年5月 - 東京と奄美・那覇間の一般旅客定期航路事業免許を取得する。
  • 1969年2月 - 沖縄支店を開設する。
  • 1969年5月 - 大阪支店を開設する。
  • 1970年5月 - 資本金を9,700万円に増資する。
  • 1972年4月 - 神戸事業所を開設し、神戸 - 奄美各島定期航路を開設する。
  • 1972年6月 - 鹿児島航路を増船し複線化。
  • 1973年12月 - 資本金を3億400万円に増資する。
  • 1975年5月 - 鹿児島 - 那覇航路をフェリー化、「エメラルドあまみ」が就航する。
  • 1976年2月 - 資本金を3億3,500万円に増資する。
  • 1979年6月 - 福岡営業所を開設する。
  • 1979年11月 - 資本金を4億5,500万円に増資する。
  • 1981年7月 - 阪神 - 那覇航路をフェリー化、「あかつき」が就航する。
  • 1985年4月 - 組織改編を実施し、本部機構を鹿児島に配置。
  • 1987年5月 - 東京 - 那覇航路がフェリー化。同時に志布志寄港を実施する。
  • 1992年10月 - 宮崎営業所を開設し、阪神 - 那覇航路が宮崎寄港を実施する。
  • 1998年3月 - 内航運送業許可を取得する。
  • 2005年6月 - 社名を、マルエーフェリー株式会社に改称する。
  • 2007年2月 - 「フェリーたかちほ」(現:「たかちほ」)が漁船「幸吉丸」と衝突事故。
  • 2008年7月 - 「フェリーあかつき」が引退。代船として「フェリーあけぼの」が就航。
  • 2009年11月 - 「ありあけ」が転覆事故を起こし東京航路旅客運航を休止。
  • 2010年3月 - 「ありあけ」事故により旅客運航を休止していた東京航路に代船「クルーズフェリー飛龍21」を中古で購入し再開。

[編集] 航路

コンテナ荷役中の「琉球エキスプレス」 - 神戸港・六甲船客ターミナル
深夜の名瀬港に入港する「琉球エキスプレス」 - 名瀬港・新港地区

※斜字は寄港しないことがある。

  • 東京 - 沖縄航路
    • 東京港(有明フェリーふ頭) - 志布志港 - 奄美大島名瀬港・新港地区) - 那覇港(新港ふ頭)
      • 2008年7月以降、与論港への寄港は休止している。
      • 2009年11月13日に発生した「ありあけ」海難事故(後述)の影響により一時休航[3]していたが、代替船舶として「クルーズフェリー飛龍21」を鉄道建設・運輸施設整備支援機構から購入し修繕改修を行った後、当初予定より遅れ2010年3月18日の那覇港出港便から運航を再開した[4]
  • 阪神 - 沖縄航路
    • 神戸港六甲船客ターミナル) - 大阪港(南港フェリーターミナル) - 奄美大島(名瀬港・新港地区) - 徳之島亀徳港 - 沖永良部島和泊港 - 与論島(与論港) - 那覇港(新港ふ頭)
      • 東京-沖縄航路の与論寄港休止に伴い、与論へ臨時寄港する場合がある。
      • 1等船室を貸切で利用の場合は、運賃の75%を加算。
      • 最終寄港(終着)地で次航海までの時間的余裕が少ない為、遅延することがあると案内されている。
  • 鹿児島 - 沖縄航路
    • 鹿児島新港 - 奄美大島(名瀬港・新港地区) - 徳之島(亀徳港) - 沖永良部島(和泊港) - 与論島(与論港) - 本部港 - 那覇港(那覇ふ頭)
      • 特等・1等船室を貸切で利用の場合は、運賃の75%を加算。
      • 「フェリーあけぼの」は、1等の相部屋使用が可能。また、「フェリーなみのうえ」は、1等の個室(1人部屋)が1部屋ある。
      • 当航路に限り、乗船手続き後1週間以内なら最終目的地までの間、追加料金なしで途中下船が可能(詳細は要確認)。

[編集] 特記事項

  • 年末年始の定期航路休航日を利用し、旅行会社主催の初日の出クルーズを実施している。
  • 台風などの天候によって、臨時便や変則運航が設定されることがある。
  • 往復相互利用については以下の会社および区間で可能だが、船室の等級などによって適用されるものとされないものがある(一例として、鹿児島-奄美間と志布志-奄美間の料金は同一だが相互利用は不可)。
    • 奄美海運:鹿児島港 - 名瀬港
    • マリックスライン(鹿児島航路のみ):鹿児島港 - 名瀬港 - 亀徳港 - 和泊港 - 与論港 - 本部港 - 那覇港
  • 合鑑料金が航路によって違う[5]ほか、運賃の割引適用条件など、航路ごとに運賃体系が異なっている[6]

[編集] 船舶

ファンネルマーク

ファンネルマークはオレンジに赤丸の中に赤字でアルファベットの「A」が書かれ、余白は白色となっている。

船体の塗装は上半分が白、下半分が青、船体側面中央には赤字で「A"LINE」の愛称が書かれ、船首には3本の青線と赤丸の中に赤字でアルファベットの「A」が描かれている。

船ごとの設備の違いから、利用できる客室等級が異なる。

運用船舶主要要目表
竣工年月 総トン 全長 全幅 型深さ 出力 航海速力 旅客定員 造船所 船籍
クルーズフェリー飛龍21 1995年9月 9,225t 167.00m 22.00m 17.25m 12,000PSx2 22.5ノット 92名 三菱重工業下関 那覇
琉球エキスプレス 2002年5月 6,266t 145.62m 22.00m 14.25m 9,000PSx2 21.0ノット 240名 ヤマニシ 名瀬
フェリーあけぼの 2008年6月 8,083t 145.00m 24.00m 14.50m 8,250PSx2 21.0ノット 682名 三菱重工業下関 名瀬
フェリーなみのうえ 1994年6月 6,586t 145.61m 22.00m 14.00m 9,000PSx2 21.5ノット 804名 林兼船渠長栄 名瀬
たかちほ 1990年2月 3,891t 131.16m 20.00m 8.99m 13,500PSx1 19.9ノット RO-RO船 ヤマニシ 東京
※特記以外は全てフェリー
「クルーズフェリー飛龍21」 - 東京港・有明10号地埠頭
  • クルーズフェリー飛龍21(東京 - 沖縄航路)
旅客定員92名(1等、2等寝台、2等/有村産業運用時は272名)。
積載数:トラック131台、乗用車89台、コンテナ(10㌧)108個。
以前は有村産業の名古屋-大阪-那覇-先島-台湾航路に就航していたが、同社の航路廃止に伴う係留後、「ありあけ」(2代)座礁事故の代替として購入。
右舷側にのみ旅客用タラップと貨物用ランプウェイを装備しているため、接岸荷役作業は右舷側のみ。
  • 琉球エキスプレス(阪神 - 沖縄航路)
旅客定員240名(1等、2等寝台、2等洋室、2等)。
積載数:トラック94台、乗用車72台、コンテナ(10ft)92個。
鉄道建設・運輸施設整備支援機構と共有。
バリアフリー対応船。供食設備は自動販売機(レトルト・インスタント食品などを販売)のみとなっている。
旅客定員が少ないため、繁忙期などに予約が無い場合は乗船できないこともある。
  • フェリーあけぼの(鹿児島 - 沖縄航路)
旅客定員682名(特等、1等、2等洋室、2等)。
鉄道建設・運輸施設整備支援機構と共有。「シップ・オブ・ザ・イヤー2008」大型客船部門賞を受賞。
推進機関が1軸2機関となったほか可変ピッチスクリューを採用するなど従来船から改良されている。
バリアフリー対応船。臨時席の設定がない為、団体利用がある場合は満席となり予約なしでの乗船ができないこともある。
  • フェリーなみのうえ(鹿児島 - 沖縄航路)
旅客定員804名(特等、1等、2等寝台、2等洋室、2等)。
積載数:トラック60台、乗用車88台、コンテナ(10ft)210個。
鹿児島-沖縄航路では旅客定員が最大の船である。
  • たかちほRO-RO船、東京航路)
2007年5月1日、「フェリーたかちほ」から船名変更。運航業務は(株)新日本海事の委託。

[編集] 引退した船舶

「ありあけ」(2代) - 東京港・有明10号地埠頭(2008年10月撮影)
  • あけぼの丸(鹿児島航路) - 1989年9月引退、フィリピンへ売却。Super ferry19として運航中。
  • エメラルドあまみ(鹿児島航路) - 1975年5月就航。引退後、改修を行い「フェリーあまみ」(初代)として奄美海運へ売却。
  • あけぼの丸(鹿児島航路) - 1977年11月就航。
  • 波之上丸(3代)(東京航路) - 1980年5月就航、1994年6月に引退し日本国外へ売却。
  • あかつき(阪神航路) - 1981年7月就航。
  • ありあけ(初代)(東京航路) - 1986年7月就航、1995年9月に引退しフィリピンへ売却。Super Ferry 9として就航していたが、2009年9月6日午前3時(現地時間)ごろ、ダバオからマニラへの航路(ジェネラル・サントスイロイロ経由)に就航中、サンボアンガ沖で沈没。[7]
  • フェリーあけぼの(初代)(鹿児島航路) - 1989年9月就航、2003年2月に引退し日本国外へ売却。
  • フェリーあかつき(「ニューあかつき」から改称)
1992年竣工、同年7月就航、2008年7月引退。6,412総トン、最大速力23.78ノット。旅客定員800名。
1992年7月、「ニューあかつき」として阪神航路に就航。2003年2月、「フェリーあかつき」に改名のうえ鹿児島航路に転配。2008年7月、「フェリーあけぼの」(2代)就航にともない引退、船籍をパナマに変更し谷山港に係船。ギリシャの船会社に売却したが金融危機により同社が倒産したため約半年間係留されたのち、日本のSHKグループが購入。「ゆうとぴあ4」へ船名を変更のうえ、グループ内の上海下関フェリーで2009年10月4日から下関 - 蘇州航路に週2便の貨物船として運航中[8][9]
  • ありあけ(2代)
1995年1月竣工、同年9月就航。2009年11月事故により運航停止、事故現場にて解体[3]。 7,910総トン、航海速力24.0ノット(最大24.93ノット)。
  • 第七太洋丸 - 貨物船(鹿児島航路/与論まで)
  • 第八太洋丸 - 貨物船(鹿児島航路/与論まで)
  • 第十一太洋丸 - (鹿児島航路)
  • 興島丸 - 貨物船
  • 波之上丸(初代) - (鹿児島航路)
  • あまみ丸(初代) - (鹿児島航路)
  • 晴海丸 - 貨物船
  • にしき丸 - 貨物船
  • にほん丸 - 観光船
  • 太平丸 - 貨物船
  • さくら - 元見本市船「さくら丸」(東京航路)
  • ひかり - (鹿児島航路→阪神航路)
  • 新さくら丸 - (東京航路)
  • 波之上丸(2代) - (鹿児島航路)
  • 神戸丸 - (阪神航路→鹿児島航路)
  • サンシャインふじ - チャーター船
  • あまみ丸(2代) - (喜界航路)
  • ふじ - チャーター船



[編集] 主なトラブル

[編集] 「フェリーたかちほ」漁船衝突事故

「フェリーたかちほ」はかつて、大島運輸(マルエーフェリーの旧社名)の子会社「晴海汽船」(破産)が所有・運航していたが、1991年6月に1人乗り漁船衝突事故を起こして相手漁船は大破し、船長が骨折するなどの重傷を負った。また、1999年5月16日にはプレジャーボートとの衝突事故を起こしている(この時は海上保安部に指摘されるまで衝突に気付いていなかった)。さらに、2006年4月には東京から那覇に向かう途中の四国・足摺岬沖において漁船との衝突事故を起こしている。

2007年2月9日に発生した幸吉丸の当て逃げ沈没事故では、同13日の那覇新港接岸後に船長が船首部を目視で確認したところ、衝突と見られる擦過痕を発見したため、会社(マルエーフェリー)を通して第十管区海上保安本部(以下、十管)へ通報した。

同社は同14日午前中、十管の事故加害船舶の調査中に衝突の事実を認めた(同社は、「気がつかなかった」だけで「当て逃げ」ではないと主張している)。同日午後、前日の那覇寄港時に十管へ提出していた同船の塗料サンプルと、被害船に付着した塗料が一致したことが確認されている。

15日午後、東京港有明フェリーふ頭に接岸後、海上保安庁海難審判理事所が立ち入り調査を行った。同日夜に那覇新港へ向けて出港したが、17日夜に那覇新港に接岸後に十管は、業務上過失往来危険容疑で捜索し運航マニュアルなどを押収した(同日深夜には東京へ向けて出港の予定であったが、十管の捜索のために1往復分を欠航した。なお、22日まで那覇新港に停泊した後に通常運航へと復帰している)。

2007年6月7日、この事故で宮崎海上保安部は双方の見張りが不十分だったことが事故の原因と断定し、同船の元航海士と漁船の船長の2人を業務上過失往来危険などの疑いで書類送検したほか、貨物船の当直の配置が安全管理規定より少なかったとして、同社を内航海運業法違反の疑いで書類送検した。過失の内容として海上保安部は、漁船側には「定員を超過していた為、操業時に見張りを十分にしていなかったこと」、フェリーたかちほ側には「運航時に見張りを十分に行っておらず、運航体制にも不備があった事」を挙げている。

この事故で九州運輸局は同社に対し、見張り体制が不十分(当時の見張りが1人であったことが判明している)として安全確保を求める命令を出した。これに対し同社は、航行中は必ず乗組員2人以上による見張りを行うことや、全船舶が寄港する那覇港に「沖縄運航管理室」を新設し、運航管理室長(副運航管理者)という新たなポストを設けて乗組員の指導を徹底することなど、4つの改善点を盛り込んだ報告書を九州運輸局鹿児島運輸支局に提出した。

[編集] 「ありあけ」横転事故

座礁した「ありあけ」 - 七里御浜(2010年1月撮影)

2009年11月13日午前5時40分頃、東京港有明フェリーふ頭を同月12日17時に出港し志布志港へ航行中の「ありあけ」が三重県沖の熊野灘にて左舷後方から波を受け瞬時に大傾斜となったことから積載コンテナや車両などが自動車デッキで片舷側に寄り、復元力を失った。乗客7人、乗員22人は第四管区海上保安本部により全員救助されたが、船体はその後、同県御浜町にある七里御浜の200メートル沖合の浅瀬で座礁し、約90度傾き横転した[10]

重油漏れを伴う事故となったため、座礁現場付近では漁業を取りやめるなどの被害が出て、地元では早期撤去を求める声が挙がった[11]。これに対し同社は現地で船体を四分割して撤去する意向を示した[12]が、周辺環境への影響を懸念する漁協が納得しなかったため交渉を継続し[13]、損害の全額保証の明記および安全確認のために漁協が行う試験操業やサンプル調査に掛かる費用負担も盛り込んだ覚書を交わし、船体の撤去を開始した。順調に進めば2010年4月下旬に撤去完了の見込みであった。[14]、しかし、2010年3月9日の悪天候で船体を四分割する作業のため、船体に入れていた切れ込みから金属疲労により操舵室を含む船首部分など船体の半分近くが崩落し、部品や積荷などが流失し、一部は和歌山県の海岸まで漂着し、新たな漁業被害も発生している。また、撤去担当業者の深田サルベージでは船体が崩落したため、撤去完了時期に関しては4月中の完了は無理で6月頃にずれ込む見込みを発表している[15]。最終的に撤去の完了は2010年12月24日までずれ込み、翌年1月4日より現場周辺での漁業は再開の運びとなった[16]

2010年1月13日には、国土交通省九州運輸局局安全環境部長名で安全管理規定に従った船内巡視を徹底することや、貨物を固定するマニュアルを作成することなどを文書で指導された[17][18]。これに対しマルエーフェリーは乗組員による船内巡視を要領に基づき厳格に適用し、安全管理規定にコンテナを含めた作業基準を追加作成し、荒天予想される航海では予め固定が必要とされる車両への固縛は具体的に固縛方法を記し、各船舶に即した固縛マニュアルを作成し各船舶乗組員に周知徹底した旨、国交省九州運輸局鹿児島運輸支局を通じて提出した[19]

[編集] 関連会社

奄美海運の「フェリーきかい」
(鹿児島港 - 喜界島 - 名瀬港 - 古仁屋港 - 徳之島(平土野) - 沖永良部島(知名))
  • 有村商事 - 酒類、米穀・石油販売卸小売業者。マルエーグループの中核をなす。
  • マルエー物流 - 荷役会社。那覇における船舶代理店。
  • 第一海運 - 荷役会社。志布志、宮崎における船舶代理店。
  • 大島輸送 - 荷役会社。鹿児島での荷役を担当。
  • 大島産業 - 船舶用飲料品、船舶用品売買業。
  • 奄美航空(奄美航空ツーリスト) - 空港における地上業務受託、旅行業、宿泊施設運営のほか、喜界島での路線バス事業を行なう(後述)[20][21]


[編集] バス事業

路線バスのバス停

奄美群島の喜界島にて路線バス事業を行なっていたが、2010年10月から関連会社の奄美航空(奄美航空ツーリスト)に移管された[21]

[編集] バス事業の沿革

  • 1975年 - 東亜国内航空から喜界島内のバス事業を譲り受ける[22]
  • 2010年 - 同事業が奄美航空に譲渡される[21]

[編集] バス路線

路線バスは、北本線、南本線、中央線の3路線がある。[23]

  • 北本線
    • 湾営業所 - 空港前 - 中熊 - 志戸桶 - 浦原 - 荒木 - 空港前 - 湾営業所
  • 南本線
    • 湾営業所 - 空港前 - 荒木 - 浦原 - 志戸桶 - 中熊 - 空港前 - 湾営業所
  • 中央線
    • 湾営業所 - 空港前 - 中熊 - 滝川 - 川嶺 - 空港前 - 湾営業所
喜界島内路線バスの車両


[編集] エピソード

[編集] 参考文献

  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

[編集] 脚注

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  1. ^ 新造船情報 その24 煙突 - マルエーフェリー
  2. ^ 鹿児島県公式サイト内の資料を参照。
  3. ^ a b 「ありあけ」の海難について及び運休のご案内 - マルエーフェリー(2009年11月13日付・同日閲覧)
  4. ^ [1]マルエーフェリー News(2010年03月15日付 )
  5. ^ 東京航路のみ、自動二輪車に750cc以上の区分があるほか、特等料金を支払うことで1等船室の貸切利用が可能である。
  6. ^ 運賃表 - マルエーフェリー・奄美海運
  7. ^ 900人以上が乗ったフェリーが沈没、5人死亡 フィリピン - AFPBB News(2009年9月6日付・同年11月13日閲覧)
  8. ^ 下関/蘇州航路に10月から“ゆうとぴあ4” - Web CRUISE(海事プレス社、2009年8月7日付・同年11月13日閲覧)
  9. ^ 下関/蘇州(太倉)フェリー航路運航 船舶およびサービス変更について(プレスリリース) - 上海下関フェリー(2009年8月4日付・2010年1月10日閲覧)
  10. ^ 三重県沖、フェリーから救助要請 乗客7人は全員救助 - 47NEWS共同通信社、2009年11月13日付・同日閲覧)
  11. ^ 座礁船の撤去、めど立たず 貨物が漂流 三重沖のフェリー事故[リンク切れ] - MSN産経ニュース(2009年11月22日付・2010年1月10日閲覧)
  12. ^ 【フェリー横転】社長「現場で解体」船内なお重油300キロリットル[リンク切れ] - MSN産経ニュース(2009年11月26日付・同29日閲覧)
  13. ^ 熊野灘のフェリー座礁:漁協側、会社案に納得せず 12日までに回答要望 / 三重[リンク切れ] - 毎日jp(2010年1月8日付・同月10日閲覧)
  14. ^ 座礁フェリー、現場解体で合意 損害全額保証を明記/三重[リンク切れ] - 中日新聞(2010年1月15日付)
  15. ^ 座礁フェリー無惨な姿 船体バラバラ、撤去「6月末までに」[リンク切れ] - 産経ニュース(2010.3.30付)
  16. ^ 御浜町沖、座礁フェリー撤去完了 来月4日から漁再開 三重- 産経MSN(2010年12月28日付、同1月7日閲覧)
  17. ^ 国交省/マルエーフェリーに貨物の固縛マニュアル作成を指示 - LNEWS(ロジスティクス・パートナー、2010年1月14日付・同月24日閲覧)
  18. ^ 「輸送の安全確保に関する指導」について - マルエーフェリー 重要なお知らせ 2010年1月13日付
  19. ^ 「輸送の安全確保に関する指導」に対する改善措置報告について - マルエーフェリー 重要なお知らせ 2010年2月1日付
  20. ^ 会社概要 - 奄美航空(2010年11月1日閲覧)
  21. ^ a b c 喜界バス、奄美航空へ事業譲渡 - 南海日日新聞(2010年10月2日付、同年11月1日閲覧)
  22. ^ 喜界町のあゆみ - 喜界町 ※同サイトでは東亜航空とあるが、同社は1971年に合併して東亜国内航空になっている。
  23. ^ 路線バス(島バス) - 喜界島ナビ.com(ポータルサイト、2010年11月1日閲覧)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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