過失

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日常用語としての過失(かしつ)とは、誤りや失敗のこと。

法律用語としての過失とは、ある事実を認識・予見することができたにもかかわらず、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態、あるいは結果の回避が可能だったにもかかわらず、回避するための行為を怠ったことをいう。

前者の主観的な予見可能性を重視するか、後者の客観的な結果回避義務違反を重視するかなど、過失の具体的な内容については、刑法民法等の各規定ごとに、解釈論が展開されている。

刑法における過失[編集]

日本の刑法では「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」(38条1項)として、過失犯(過失を成立要件とする犯罪)の処罰は法律に規定があるときにのみ例外的に行うとされている。 犯罪論における過失とは、注意義務に違反する不注意な消極的反規範的人格態度と解するのが通説であるが、過失犯の構造については議論がある。

犯罪についてどのような理論体系(犯罪論)を想定するのが適当かは、法令等によって一義的に規定されているわけではなく、解釈ないし法律的議論によって決すべき問題であり、過失犯の理論体系についても同様である。過失犯の構造について、以前は、結果の予見可能性を重視する旧過失論が支配的であったが、現在では客観的な結果回避義務違反を重視する新過失論が通説となっている。

それぞれについての詳細な説明は過失犯を参照。

認識ある過失[編集]

認識ある過失とは、通説では、違法・有害な結果発生の可能性を予測しているが、その結果が発生しないであろうと軽信することをいう。例えば、「自動車運転中、道路脇を走行中の自転車に接触するかもしれないと思いつつも、充分な道路幅があるので、自転車に接触することはない。」と思うような場合である。ここで、違法・有害な結果発生の可能性の予測すらない場合は、認識なき過失とされる。いずれも、故意は認定されず、過失が認定されるにすぎない。

もっとも、認識ある過失も、結果を予見していないという点では認識なき過失と異ならないとして、認識ある過失と認識なき過失の区別の実益に疑問を持つ見解もある。

認識ある過失に似て非なるものとして、違法・有害な結果発生の可能性を予測しつつ、その結果発生を容認してしまうことを「未必の故意」という。例えば、「自動車運転中、道路脇を走行中の自転車に接触するかもしれないと思いつつ、接触しても仕方がない。」と思うような場合である。

重過失[編集]

刑法上、重大な過失(重過失)が構成要件とされている例がある。重過失とは、結果の予見が極めて容易な場合や、著しい注意義務違反のための結果を予見・回避しなかった場合をいう。

重過失と単なる過失(軽過失)の別は一概に定めることはできず、具体的事例、例えば、責任主体の職業・地位、事故の発生状況等に照らして判断する必要がある。 刑法上、業務上の過失が構成要件とされている例がある。

民法における過失[編集]

  • 民法について以下では、条数のみ記載する。

注意義務の違反であり、違反の程度によって,不注意ないし注意義務違反が甚だしい重過失と、多少なりともある軽過失に区別される。
過失や故意がなくても損害発生の賠償責任を負うことを無過失責任といい、過失責任主義に対する。

債務不履行の要件としての過失[編集]

債務者に帰責事由(債務者の過失又はこれと同視すべき事由)がなければ、債務不履行責任は生じないものとされる。帰責事由がないことの証明責任は債務者が負い、かかる抗弁をこれを「無過失の抗弁」という。

不法行為の要件としての過失[編集]

刑法では過失犯処罰は例外的に行われるのに対し、民法不法行為責任では「故意又は過失によって」他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」(709条)と規定され、過失があれば損害賠償責任を負い、逆に過失がなければ(無過失)その責任を負わない。これを「過失責任主義」という。

不法行為における過失については、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態をいうとする心理状態説(刑法における旧過失論に類似する)もあったが、現在では、結果予見義務違反(具体的予見可能性を前提とする。)に加えて、結果の発生を回避するための一定の行為を怠ったこと(結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反)が過失の内容であるとされている(刑法における新過失論に類似する)。

信頼保護の要件としての無過失[編集]

民法上、善意で取引を行った者を保護するための要件として、無過失が要求されている場合がある。

これらの規定における過失とは、真実の権利関係等について調査・確認を行うべき義務があったのに、これを怠ったことをいうことが多い。

重過失[編集]

民法上、重大な過失(重過失)が要件とされている場合がある。

錯誤
民法上の錯誤は、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない(95条ただし書)。
債権譲渡禁止特約の対抗力
当事者が反対の意思を表示である債権譲渡禁止特約がある場合、その特約の存在を知らないことにつき重大な過失があるときは、その債権を取得しえない(466条 判例)。
指図債権の証書の所持人に対する弁済
また、指図債権の債務者が、その証書の所持人に弁済したが、その者が真の債権者ではなかった場合、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効となる(478条)。
緊急事務管理
事務管理において、管理者が、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたとき(緊急事務管理)は、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない(698条)。

過失相殺[編集]

過失相殺(かしつそうさい)とは、沿革はローマ法に由来し、債務不履行または不法行為責任が成立し、損害賠償の額を認定するに際し、債権者被害者)側の「過失」も一定の割合において認められるとき、その旨を考慮し損害賠償額を減額することをいう。加害者と被害者間の公平な損害の分担を図るための制度である。

現在の日本の民法においては418条722条2項に規定がある(それぞれの制度の詳細については債務不履行不法行為を参照)。過失相殺における「過失」の認定については、被害者の責任能力の存在は前提とされず事理を弁識するに足りる知能が具わっていれば足りるとされ[1]、また公平の観念から過失相殺の規定が類推適用される場合は、そもそも客観的な意味での過失すら被害者には観念しにくいこともある(被害者側の過失の問題、寄与度減額の問題、危険の引受けの問題等)。

過失相殺の認定は裁判官が自由な心証を形成することにより行うが(自由心証主義)、交通事件においては、個別の事例に応じて詳細な過失相殺率(過失割合)が定められており、これにのっとって運用がなされている。

また、民事訴訟法学においては、一部請求弁論主義との関係で学説上議論がある。

脚注[編集]

  1. ^ 昭和36(オ)412 損害賠償請求事件 昭和39年6月24日 最高裁判所大法廷裁判所ウェブサイト


関連項目[編集]