宮崎カーフェリー

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宮崎カーフェリー株式会社
Miyazaki Car Ferry
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
880-0858
宮崎県宮崎市港3-14
業種 海運業
代表者 代表取締役 黒木政典
外部リンク http://www.miyazakicarferry.com/
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宮崎カーフェリー株式会社(みやざきカーフェリー)は、関西地区と宮崎県フェリーで結ぶ海運会社として、歴史上少なくとも2つの会社が存在した(いずれもマリンエキスプレスの系統に属する企業である)。

  • 日本カーフェリーの子会社として1971年に設立された会社。関西と宮崎県を結ぶ航路を運営。1972年に日本カーフェリー(後のシーコムフェリー→マリンエキスプレス)に統合された。
  • マリンエキスプレスより2005年に分社化された会社。本項で詳述。

概要[編集]

おおさかエキスプレス(大阪港)

2004年8月に、マリンエキスプレスより大阪~宮崎と貝塚~細島~宮崎の航路事業を分社化して発足。宮崎県宮崎市に本社を置く。

2005年3月から休止中だった貝塚~細島航路は、発着港を日向細島港から宮崎港へ変更し、2005年6月20日に再開。しかしながら原油の大幅な価格上昇に伴い再び2006年5月より休止した後、就航船の「フェリーひむか」「フェニックスエキスプレス」は売却された。

企業概要[編集]

  • 本社 - 宮崎市港三丁目14番地
  • 支店 - 大阪支店、鹿児島支店

沿革[編集]

  • 2004年8月 - マリンエキスプレスより大阪航路、貝塚航路を営業譲受。
  • 2004年10月 - 貝塚航路のうち、細島港宮崎港を運航休止。貝塚港~細島港のみの運航に。
  • 2005年3月 - 貝塚~日向航路の運航休止。
  • 2005年6月20日- 貝塚航路、発着港を細島港から宮崎港へ変更し再開。休止前の隔日運航から毎日運航に変更。
  • 2006年4月30日 - 貝塚航路、原油の大幅な価格上昇により休止。
  • 2014年秋 - 大阪南港から神戸港第3突堤へ移転予定。

航路[編集]

現在就航している航路[編集]

休止中の航路[編集]

  • 宮崎港 - 貝塚港 2006年5月より休止(休止時点では、日曜日を除く毎日運航だった。)

船舶[編集]

運航中の船舶[編集]

ファンネルマーク

ファンネルマークは青一色(旧・マリンエキスプレスのファンネルマークを青一色に塗りつぶしたもの)。船体の塗装は下半分があずき色、上半分が白色である。

  • みやざきエキスプレス
1996年3月25日起工、1996年11月25日竣工、同年12月2日就航。11,931総トン、全長170.0m、LPP158.00m、幅27.0m、満載喫水6.70m、出力39,600ps、航海速力25.0ノット以下(最大26.55ノット)。大錨6.975トン*2(AC14型) 錨鎖64m/m (右)300m、(左)300m。

 バウスラスター22.3t(ノミナルスラスト)左舷機軸発電源駆動。 スターンスラスタ17.5t(ノミナルスラスト)右舷軸発電源駆動。 フィンスタビライザー9m*1組、面積9平方m、発生揚力75.3トン

空船時に18m/sの風を正横から受けた場合の風圧力=70トン


旅客定員690名。車両積載数:トラック130台、乗用車85台。三菱重工業下関造船所建造。宮崎船舶(有)および鉄道建設・運輸施設整備支援機構が所有し、宮崎カーフェリーが裸用船
  • おおさかエキスプレス
1996年11月起工、1997年7月28日就航。11,933総トン、全長170.0m、幅27.0m、出力39,600ps、航海速力25.0ノット(最大26.5ノット)。
旅客定員690名。車両積載数:トラック130台、乗用車85台。三菱重工業下関造船所建造。宮崎船舶(有)および鉄道建設・運輸施設整備支援機構が所有し、宮崎カーフェリーが裸用船。

過去に就航していた船舶[編集]

フェリーひむか(宮崎港)
  • フェリーひむか
1995年7月3日起工、同年12月18日竣工、1996年3月28日初就航。13,597総トン、全長195.95m、幅27.0m、出力46,200ps、航海速力24.9ノット(最大27.5ノット)。航行区域:近海。
旅客定員350名(最大396名)。車両積載数:トラック154台、乗用車77台。[1]
旧「れいんぼうべる」として就航し、九越フェリーの直江津 - 博多航路で運航されていたが、「ニューれいんぼうべる」就航後、宮崎カーフェリーに売却され「フェリーひむか」に改名。貝塚 - 宮崎航路の休止後、2006年8月25日に他社へ売却ののち三井造船由良)にて「FERRY HIMUKA」に改名(パナマ船籍)。のち、長崎港で係船中の同年12月8日、「ARIADNE」に改名のうえギリシャ(HellenicSeaways社)へ売却され、同15日に同国へ向け出港した。
九越フェリー時代は僚船の「れいんぼうらぶ」とともに映画「白い船」のモデルとなったほか、宮崎カーフェリー時代は映画「LIMIT OF LOVE 海猿」の撮影にも使われるなど、映画と縁の深い船であった。
  • フェニックスエキスプレス
1993年6月竣工。11,578総トン、全長170m、幅25.0m、出力46,200ps、航海速力26.2ノット(最大27.4ノット)。
旅客定員660名。車両積載数:トラック104台、乗用車90台。[2]
2005年6月にマリンエキスプレスより移籍。2006年9月26日にイタリア(コルシカフェリーズサルディニアフェリーズ社)へ売却。

脚注[編集]

  1. ^ 「フェリーひむか」要目(詳細)
    • 全長=195.95m、Lpp=175.0m、B=27.0m、D=20.65m、d(満載喫水)=6.70m、満載時Cb=0.530
    • 燃料消費=120.7t/day(常用85%にて)
    • 主機関4/4→後進全速・船体停止までの距離:1,407m(8Lpp)、時間:3分7秒
    • MaximumTransfer=782m(左転)/770m(右転)、MaximumAdvance=618m(左転)/640m(右転)
    • 満載出港GM=1.92m、傾斜試験時GoM=2.988m、舵面積比=1/33.95
    • 風圧側面積=満載時:4,047m2(この時に正横から18m/secの風を受けた場合の風圧力は82.0トン)、空船時:4,291m2(同、86.9トン)
  2. ^ 「フェニックスエキスプレス」要目(詳細)
    • 全長170m、Lpp=158.00、B=25.00m
    • 燃料消費=128t/day

参考文献[編集]

  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]