エル・アル航空
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| 設立日 | 1948年 | |||
| ハブ空港 | ベン・グリオン国際空港 | |||
| マイレージサービス | Matmid | |||
| 会員ラウンジ | King David Lounge | |||
| 保有機材数 | 35機 | |||
| 就航地 | 48都市 | |||
| 本拠地 | イスラエル ロード | |||
| 外部リンク | http://www.elal.com/ | |||
エル・アル航空(英語 El Al、ヘブライ語 אל על, アラビア語 إل عال)はイスラエルの国営航空会社。エル・アル・イスラエル航空と呼ばれることもある。
目次 |
概要 [編集]
独立直後の1948年に、イスラエルのフラッグ・キャリアとして創業。最初のフライトはスイスのジュネーヴ路線であった。その後ヨーロッパ諸国や北アメリカ、アジアやアフリカ諸国への路線を開設した。
テルアビブのベン・グリオン国際空港をハブとしている。イスラエルの国益を守るためにソロモン作戦やモーゼ作戦など、イエメンやエチオピアからのユダヤ人移送にも活躍してきた。国内線はエイラートへの便がある。
特徴 [編集]
ユダヤ人国家であるイスラエルが周辺のアラブ系国家と対立していることもあり、さらに過去にハイジャックやテロの目標とされたことから、これを避けるために、搭乗時のセキュリティチェックが厳しく、3-4時間前にはチェックインが必須である。
チェックイン前に、必ず専門係員による質問がある。係員は3人程度の交代で、質問を繰り返し、荷物の経緯や、航空券の取得方法、渡航目的などを尋ね、つじつまが合うかどうか、不審者でないかどうか、その人物がテロリストに利用されている恐れは無いかを見分ける。同時に、搭乗客名簿をシャバックやFBIなどの危険人物リストと照合するという。
係員による質問は一般的に英語またはヘブライ語で行われるが、英語が話せない乗客用に日本語で書かれた質問表も用意されている。乗客の荷物は、搭乗前に別室で一旦開け、一つ一つ金属探知機での検査と火薬反応を調べる。これらのチェックはイスラエル政府や友好国の政府機関の人間も例外なく受けなければならない。また、全ての国際線の便には銃を持ったスカイマーシャルが一般乗客に紛れて搭乗している。エル・アルのパイロットは全員がイスラエル空軍の出身である。
2002年にモンバサからエル・アルの航空機が地対空ミサイルで狙われたため、赤外線ホーミングの地対空ミサイルを避けるための装置「フライトガード」(ミサイル警報・妨害装置)が全機に装着されている。エル・アルの航空機は特別に強化された床・壁となっており、貨物室は耐爆構造になっていると言われている。
爆発物を探し出すために、機内預けの全ての荷物は減圧室を通らねばならず、これは国や空港のいかんを問わず例外なく行われている。またコックピットへのドアは二重となっており、それぞれ暗号コードが合わないと開かない仕組みになっている。二枚目のドアを開けられるのは機長と副操縦士だけである。
以上のような厳重な検査の結果、1968年以来ハイジャック事件や旅客便の墜落事故は全く起こっておらず、「世界一安全な航空会社」ともいわれている。「旅客便」と断りがあるのは、1992年にアムステルダムでボーイング747貨物機が墜落事故を起こしているためである(エル・アル航空1862便墜落事故)。
また、イスラエルはアラブ諸国と対立しているが、アラブ諸国の中で国交のあるエジプトにはフライトがある(ヨルダンとも国交はあるが、エル・アル機のフライトはない)。イスラエルのフラッグ・キャリアがエジプトに飛ぶことに対する反感も多いことから、この路線(テルアビブ-カイロ線)専用に、機体に国名も社名も書かれていない専用機体を用意し飛ばしている。
就航路線 [編集]
オーストラリアを除く全ての大陸に乗り入れている。2国間の航空協定によりすでに関西国際空港の乗り入れは可能で、チャーター便での乗り入れも行われている。
イスラエル国内
アフリカ
アジア
ヨーロッパ
- ウィーン、ミンスク、ブリュッセル、ソフィア、プラハ、マルセイユ、パリ、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘン、アテネ、ブダペスト、ミラノ、ローマ、ヴィリニュス、アムステルダム、ワルシャワ、ブカレスト、モスクワ、サンクトペテルブルク、バルセロナ、マドリード、ジュネーヴ、チューリッヒ、ドニプロペトロウシク、キエフ、シンフェローポリ、ロンドン (ヒースロー空港、スタンステッド空港)
北アメリカ
南アメリカ
- サンパウロ=2011年11月以降休止
主な機材 [編集]
同社は、イスラエルとアメリカとの深い交流などからすべてボーイング社製の機材で固められている。マクドネル・ダグラス製機材はこれまで保有していない。
現在 [編集]
- ボーイング737-700/-800型機 16機
- ボーイング747型機 8機
- ボーイング787-8型機 2機
- ボーイング767-200ER/-300/-300ER型機 9機
- ボーイング777-200ER型機 6機
過去運航していた機材 [編集]
- ボーイング747-SP型機
- ボーイング727型機
- ボーイング707型機
- ロッキード コンステレーション型機
- ブリストル ブリタニア型機
なお、エル・アル航空が発注したボーイング製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は58で、航空機の型式名は767-358ER、777-258ERなどとなる。
エピソード [編集]
アイヒマン逮捕 [編集]
ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の親衛隊(SS)の中佐で、ナチ政権によるユダヤ人の組織的虐殺の歯車として働き、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたり指揮的役割を執ったアドルフ・アイヒマンを、イスラエル諜報特務庁がアルゼンチン国内で逮捕しイスラエルに移動させる際に、エル・アル航空のブリストル ブリタニア機が利用された。
出国の際にアイヒマンは、エル・アル航空の客室乗務員の制服を着させられた上に薬で寝かされ、「酒に酔って寝込んだ非番の客室乗務員」としてアルゼンチンの出国審査官の目を誤魔化したという。
旅客機1機で輸送した最大人数記録 [編集]
1991年5月に実行された「ソロモン作戦」において、エチオピアからユダヤ人を脱出させる際に使用された航空機のうち、ボーイング747の1機が、全てのギャレーと4箇所のラバトリーを除いて全て撤去した上で760席の座席を設けた特別仕様により使用された[1]。さらに、座席の肘掛を全て跳ね上げることにより、より着席人数を多く確保できるようにしていた[1]。この作戦で実際に搭乗したのは1087人(このうち3人は機内で誕生した新生児)で、これは旅客機1機で輸送した人数としては最大の人数である[1]。
事故とハイジャック [編集]
ハイジャック [編集]
- 1968年7月23日、ロンドン発ローマ経由テルアビブ行きの426便がローマを離陸した直後にパレスチナ解放人民戦線のテロリストにハイジャックされた。エル・アルのハイジャックが成功した唯一の事例で、その後、エル・アルの対ハイジャック対策が向上する。(エル・アル航空426便ハイジャック事件)
- 1969年1月、チューリッヒ発テルアビブ行きの707便がパレスチナ解放人民戦線のテロリストにハイジャックされた。しかし、搭乗していたスカイマーシャルが1人を射殺、残りの犯人も逮捕され、世界を驚かせた。
事故 [編集]
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]