彫刻

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石の彫刻アンティノオスの横顔/ルーブル美術館所蔵)

彫刻(ちょうこく)とは、金属などを彫り刻んで、立体的に表すこと。または、それらの表面に書画図版などを掘り込むこと。あるいは美術的な鑑賞を目的として、様々な素材を用いて立体的に制作された芸術作品のこと。また、その表現領域を指す。以下では西洋美術の概念における、芸術作品としての彫刻(スカルプチャー、英語:sculpture)について述べる。

硬い素材を彫り刻む技法も彫刻(カーヴィング、carving)と呼び、それに対して、可塑性素材を盛りつけて形を作る技法を彫塑モデリング、modeling)という。彫塑で作られた作品を特に塑像と呼び分けることもある。

使われる素材は、フェルト石膏繊維金属(鉄、銅など)、樹脂ガラスなど、多種にわたり、また、複数の素材を組み合わせる作品も多い。

彫刻の対象(モチーフ)は元来、人間や身近な動物など具体物であった(具象彫刻)が、20世紀になると、心象を表したもの(抽象彫刻)も多く制作されるようになった。

現在では、表現が多様化し、従来の彫刻の概念では収まらないケースもあり、それらを「立体」、「立体アート」と呼ぶこともあるほか、表現が設置空間全体へ拡散したものは、特に「空間表現」や「インスタレーション」と呼び分けられる。

各種辞典・事典における定義[編集]

主たる辞典・事典において、「彫刻」は次のように定義されている。

  • 広辞苑(第6版)
    • ①ほりきざむこと。②造形美術の一つ。木・石・金属などに文字や模様を刻み、または仏像などを立体的にほりきざむこと。また、ほりきざんだもの。丸彫・浮彫・透かし彫がある。
  • 大辞泉([1]
    • 木・石・金属などに文字や絵・模様を彫り込むこと。また、木・石・金属などを彫り刻んで立体的な像につくり上げること。また、その作品。
  • 大辞林([2]
    • [1]ほりきざむこと。[2]石や木などをほりきざんだり、または粘土や蝋(ろう)などを肉付けしたりしてものの像を立体的にかたちづくる芸術。彫像と塑像。彫塑。[3]板木に文字・絵をほること。
  • 日本近現代美術史事典・用語編(東京書籍・2007年)
    • 3次元的な立体作品を造形する芸術。本来は石や木などを彫り刻んでいくことを言うが、日本では粘土などで作る塑造や、ブロンズ作品など立体造形であればすべて彫刻と呼ぶことが定着した。近代において立体造形は、1873年のウィーン万博出品規定「像ヲ作ル術」と称されて以降、大村西崖による彫刻と塑造を合わせた「彫塑」が提唱されたが定着せず、76年工部美術学校で学科名として決められた「彫刻」に落ち着いたことになる。(迫内祐司・執筆)

20世紀の彫刻[編集]

20世紀前半[編集]

20世紀の彫刻の歴史は絵画と密接に緊密に結びついて展開した(下記「世界美術大事典」第3巻393ページ)。キュビスム(パブロ・ピカソ、アレクサンドル・アーキペンコ、アンリ・ローランス、ジャック・リプシッツなど)、未来派(ボッチョーニ)、シュルレアリスム(ハンス・アルプ、マックス・エルンスト、アルベルト・ジャコメッティなど)、抽象芸術・抽象主義(アントワーヌ・ペヴスナー、マックス・ビルなど)などである。

20世紀後半[編集]

20世紀後半の彫刻については、下記「日本近現代美術史事典」199ページ(尾崎信一郎・執筆)に次のような記載がある。

  • 今、<彫刻>という語の指し示す領域は、限りなく広がっている。広大なランド・アート(アース・ワーク)もあれば、例えば歩くという行為とその痕跡が彫刻として成立することもあり得る。素材に関しても大理石やブロンズ、木などだけではなく、地球上にあるすべての物質(あるいは物質以外でさえも)が彫刻になりうるといっても過言ではない。また、インスタレーションやある種の映像作品、パフォーマンスなどど彫刻との境界も決して明確ではない。

なお、ギルバート&ジョージの「歌う彫刻」は1969年である。([3]

様々な美術分野、各種作品等との境界・関係等[編集]

インスタレーションとの境界・関係等について[編集]

下記「カラー版20世紀の美術」においては、20世紀後半の彫刻について、20世紀前半の彫刻に関する動向が、結果的にミニマリズムとインスタレーションを生み出したとしている(166ページ)。一方で下記「日本近現代美術史事典」では、もの派およびインスタレーションを「彫刻」の項目の中で取り扱いつつも「1980年代に入ると、空間そのものを造形するインスタレーションという手法が隆盛する。日本の場合、インスタレーションはその起源のひとつを明らかにもの派に負っているが、仮設的で素材性の希薄なインスタレーションを彫刻の範疇において論じることは困難であろう。」(206ページから207ページ、尾崎信一郎・執筆)とし、別に「インスタレーション」の項目を設け、この中で、もの派も重複的に取り扱っている。

工芸との境界・関係等について[編集]

下記「日本近現代美術史事典」199ページ(尾崎信一郎・執筆)に次のような記載がある。

  • 日本における<彫刻>の歴史は、江戸時代からのさまざまな素材と表現方法が、明治期になって新しい名前を持たなかった時から始まる。その後、西洋の新古典主義的な価値観やA.ロダンの影響などによってそれらはしだいに取捨選択され、選ばれたものが<彫刻>とよばれるようになっていった。(中略)そして、そのとき排除されたものは、その多くが「工芸」の分野に入れられ、「置物」や「人形」といった語は、時には彫刻作品を揶揄する否定的な意味としても用いられた。(中略)一方で、「工芸」の世界に入れられた立体造形表現は、大正年末頃から機能性と造形性の関係を再考し、抽象彫刻と呼んでもよいような作品さえ作り出してきた。

人形・ぬいぐるみとの境界・関係等について[編集]

この点について言及したものとして、次のページが存在する。

仏像との境界・関係について[編集]

美術出版社の『カラー版日本仏像史』は、最終章として『別章II 明治・大正・昭和--「仏像」から「彫刻」へ』を置き、最初のパラグラフ(「彫刻」としての仏像のはじまり)では

  • 古代から作りつづけられてきた数多くの仏像を「彫刻作品」ととらえ、「美術(史)」という枠組みで語り始めるのは、ほかならぬ明治時代からなのである(180ページ)

と書き、次のパラグラフ(仏師から彫刻家へ)では、

  • 仏師に限らず、江戸時代に盛んにつくられた人形や寺社の堂宇を装飾する大工彫刻の作り手たちを含む、江戸時代の「彫刻」的造形を職業としていた人々の中から、数多くの「彫刻家」たちが輩出した(181ページ、183ページ)

と書いている。

参考文献[編集]

  • 世界美術大事典(小学館、1989年):特に第3巻「彫刻」の部分
  • 日本美術史事典(平凡社、1987年):特に「石仏」「彫金」「木彫」の各項目
    • (注)この文献に「彫刻」の項目は存在しない。
  • 日本近現代美術史事典(東京書籍、2007年)特に用語編および第6章・第7章
  • カラー版20世紀の美術(美術出版社、2000年)

関連項目[編集]