都営バス南千住営業所

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南千住自動車営業所

都営バス南千住営業所(とえいバスみなみせんじゅえいぎょうしょ)は、東京都荒川区南千住にある、都営バスの営業所である。荒川区南部・台東区墨田区などの路線を運行している。台東区千束にあった新谷町営業所の移転で1975年12月21日に開設され、敷地は都電南千住営業所の跡地を利用している。

管轄下に青戸支所を置く。営業所記号はK

目次

[編集] 沿革

  • 1947年昭和22年):南千住電車営業所跡地に、千住自動車営業所南千住分車庫が整備される。
  • 2009年平成21年)4月1日:営業所の最寄バス停を「南千住」から「南千住車庫」に変更する。

[編集] 現行路線

[編集] S-1系統(定期観光路線バス)

2008年に運行を開始したS-1
(K-L656)
2011年7月からはスカイツリーへのアクセスを狙って業平橋経由となり、隅田川では吾妻橋を渡る
(K-L770)
秋葉原周辺の経路概略
通常は青、歩行者天国実施時は赤の経路
記載停留所のみ停車。通常時は須田町経由、歩行者天国実施時には万世橋経由。

2008年4月26日、「初めて東京を訪れる者でも気軽に利用できる都内の観光名所を結ぶ便利な路線[1]」を運行コンセプトとし、皇居丸の内秋葉原浅草公園六区東京スカイツリーなどの各観光スポットを結ぶ路線[2]として運行が始まった。愛称は「東京→夢の下町(とうきょう→ゆめのしたまち)」として、観光路線バスであることの認識性向上を図っている。

運行車両については観光路線として特化させるため、新造車両では無いが、従来まで一般路線に投入していた日野HR(2003年度車)の内外装を、福田哲夫のデザインに基づき東京特殊車体において改装して投入している(画像参照)。車窓は独特のデザインに置換され、外部塗装にはメタリックカラーを多用、行先表示幕には英語併記がなされている。内装には、車内案内表示装置に大型液晶ディスプレイを2組搭載し、外国人観光客の利用を想定して、停車予定の次停留所とその周辺エリアのイメージ映像を多言語(4ヶ国語:日本語英語韓国語中国語)を用いて表示するほか、車内案内アナウンスも4ヵ国語で行う。降車扉付近には、資料棚が特設されており、当路線沿線案内のパンフレット・マップ5種(日本語、英文、繁體中文、簡体中文、ハングル)が常設され無料で配布されている[3]

「観光路線バス」という観点から、朝の通勤時間帯以前および夕刻以降の退勤時間帯の運行は行わず、日中に限って運行される。運行ダイヤについては、運行開始当初は両起点停留所で全日始発9:00、終発18:30であったが、2010年4月より平日の始発が11:00に繰り下げられた。各時とも正時と30分の1時間2回発車し、各便の始点から終点までの標準運行時間は39分間ないし40分間に設定されている。

ワンマン運転方式を採用し、乗降車の際には一般路線バスと同様、前乗り先払い方式をとり、降車の際には降車ブザーを押下して乗務員に降車希望を告げ、停留所到着後に後扉から降車する。運賃ならびに支払方法は一般の都営バス23区内路線運賃と同一で、定期券・回数券・プリペイドカード類(PASMOSuica一日乗車券など)・福祉乗車証での利用も可能である。

主な運行概況

沿線のイベントなどを考慮して、往路と復路とも一部で別ルート・別停留所を用いる。また、東行き・西行きとも全て通し運行がなされるのが基本だが、著名な地域イベントが開催されて超繁忙が想定される際には、臨時に区間運行も行われる。

開設当時、日曜・祝日の午後に中央通りの神田須田町 - 外神田五丁目(地下鉄銀座線末広町駅)で歩行者天国が実施されていた関係で、秋葉原周辺の経路と停車する停留所は通常時と歩行者天国実施時で異なる(経路はいずれも東京駅発の場合。両国駅発は下記の逆ルート)。しかし、2008年6月8日に発生した秋葉原通り魔事件を受け、中央通りの歩行者天国が2011年1月16日まで中止となった。2010年3月31日までは歩行者天国が停止されても迂回運行は継続されたが、4月1日から2011年1月16日までは迂回を取り止め、2011年1月23日から歩行者天国再開が再開され、再び迂回運行を実施する。この際、歩行者天国区間が一部廃止となるが、その対応は未定である。

運行日時 概要・運行経路
通常時 中央通りを直進し「須田町停留所」に停車する。
1976年上58が千代田区から、1979年秋26が台東区から撤退して以来となる。
歩行者天国実施時 須田町停留所 - (靖国通り - 岩本町駅 - 万世橋警察署)- 「万世橋停留所」 - (昌平橋 - 昌平橋通り - 妻恋坂 - 蔵前橋通り)- 末広町駅と迂回。
万世橋では茶51と同じ停留所(石丸電気2号館付近)に停車する。
隅田川花火大会開催時 東京駅・上野松坂屋 - 菊屋橋・浅草雷門と、業平橋 - 錦糸町駅・両国駅に分断して折返し運行が行われる。
浅草寺関連の祭事開催時 通例交通規制で雷門通り付近が通行止めとなるため、「浅草雷門」停留所が使用出来ない場合は「駒形橋」を代替として用いる場合がある。

当路線の停留所は、上記の6観光スポット圏に各1-2停留所しか設置されておらず、重複して併走する一般路線に比較すると停留場間のスパンがきわめて長く、走行の際にも一般の路線バスとは異なり、外側の走行車線よりも内側の追越車線を使用するのがほとんどで、実質的には急行運転となっている。特に東京駅 - 浅草雷門については、当路線が想定している観光客よりも、路線バスユーザーによる「実質的な急行路線バス」としての利用客が圧倒的に多い。これは「三越前」が文字どおり日本橋三越前、「須田町」「万世橋」が秋葉原電気街南入口、「上野公園山下」が京成上野駅前に所在する同駅至便の乗換停留所、「浅草雷門」が浅草駅乗換停留所、観光ニーズというよりも買物・乗換ニーズとして利用されているためである。

2010年4月1日、新たに「神田駅」「上野松坂屋」「上野公園山下(東京駅方面)」「浅草一丁目」の各停留所が追加され、上野駅停留所は廃止された。

2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で乗客数が伸び悩み、同年7月19日まで運休、翌7月20日から運転を再開。新たにリバーピア吾妻橋、業平橋(東京スカイツリー最寄)および押上を経由し、錦糸町駅発着系統を新設。東京駅丸の内北口 - 両国駅間の運行は土曜・休日のみとなる。

[編集] 都08系統(グリーンリバー)

日暮里駅を起点とし、浅草・吾妻橋を経由して錦糸町駅に至る。都市新バスの一つで、愛称は「グリーンリバー」。出入庫は、日暮里駅側からは下谷警察署行き・浅草雷門行き(東武浅草駅発もある) 、錦糸町駅側からは東武浅草駅行きとして運転される。一部は南千住車庫への出入便として浅草雷門発着の東42乙系統での間合い運用がある。

浅草周辺ではよく迂回運転が行われる。代表的なものを挙げると、正月三が日、浅草サンバカーニバル三社祭など。また、隅田川花火大会開催中は、錦糸町駅 - 本所吾妻橋と日暮里駅 - 浅草二丁目の折返し運転が行われる。なお、幕車では行先が出なかったが、近年導入されたLED行き先方向器を備えた車(M, N, P代)では、「(花火)本所吾妻橋」の表示が掲出される。

歴史は古く、終戦直後の1947年4月21日に錦糸町駅と浅草を結ぶ23系統として開業した。間をおかず、上野広小路への延長を経て、鶯谷駅経由で日暮里駅行きとなった。その後、徐々に現在の竜泉経由のルートへと改められ、1951年の時点でほぼ現在の原型が出来上がった。新系統番号化に伴い、里23と改名し、1982年には錦糸町駅南口発着から北口発着に変更となった。その後、錦糸町駅北口の再開発計画に伴い、発着場所の変更がつづく。錦糸町駅北口の旧バスターミナル[4]が閉鎖され、まず1990年ごろに錦糸町駅の四ツ目通り総武本線ガード下にバス停が移動した。その後、錦糸町駅ガード下も地下鉄半蔵門線の工事などの影響があるためか、南口に発着場所を移動することとなった。

1993年9月1日東京都交通局最後の都市新バス[5]として都08となる。1997年6月1日には、錦糸町駅北口の再開発工事が終了し、新たに設置された交通広場の2番乗り場に乗り入れることとなった。

2006年11月25日より、都市新バスとしては初めて全便がノンステップバス化された。

[編集] 里22・南千47・南千48系統

  • 里22:日暮里駅 - 三河島駅 - 荒川区役所 - 泪橋 - 橋場二丁目 - 東向島広小路 - 亀戸駅
  • 里22:日暮里駅 - 三河島駅 - 荒川区役所 - 泪橋 - 橋場二丁目
  • 里22:日暮里駅 - 三河島駅 - 荒川区役所 - 泪橋 → 南千住車庫
  • 里22:亀戸駅 - 東向島広小路 - 橋場二丁目 - 泪橋 → 南千住車庫
  • 南千47:南千住駅東口 - 南千住八丁目 - 泪橋 - 荒川区役所 - 三河島駅 - 日暮里駅(平日昼間のみ)
  • 南千48:南千住駅東口 - 墨田二丁目 - 白鬚橋 - 東向島広小路 - 亀戸駅(昼間のみ)

日暮里駅と亀戸駅を結ぶ路線で、主に明治通りを走行する。南千47は南千住駅東口と日暮里駅を結ぶ路線、南千48は南千住駅東口と亀戸駅を結ぶ路線である。各系統とも出入庫の多くは里22の出入庫を用いて行っており、これらは亀戸駅、日暮里駅発は南千住車庫(営業所最寄)停留所まで営業を行っているが、南千住発は泪橋からの営業を行っている。

里22は終戦当時から運転が確認されていて(12系統:三ノ輪車庫 - 亀戸駅)いる。その後、日暮里駅まで延長されほぼ現在の運行形態となった。

1977年に里22が南千住に移管されてからは、日暮里駅と錦糸町駅を結んでいる里23(現在の都08)と兄弟的存在となった。1990年代に都08とする系統を選出する際には、里23のほかに里22と新小21が最終選考まで進んだ。

その後、南千住駅東口の再開発が進み交通広場が新設されたため、2002年4月1日に南千48、および南千40、2005年5月30日に南千47の新設が行われた。しかし南千40は不振のため、2006年4月1日に南千48と統合して経路変更を行った。

[編集] 東42甲・乙系統

東42甲 (K-D273)
東42乙 (K-B748)
  • 東42甲:南千住車庫 - 今戸 - 東武浅草駅 - 蔵前駅 - 浅草橋駅 - 東神田
  • 東42甲:南千住車庫 - 今戸 - 東武浅草駅 - 蔵前駅 - 浅草橋駅 - 小伝馬町 - 日本橋 - 東京駅八重洲口
  • 東42甲:南千住駅西口 - 今戸 - 東武浅草駅 - 蔵前駅 - 浅草橋駅 - 東神田
  • 東42甲:南千住駅西口 - 今戸 - 東武浅草駅 - 浅草橋駅 - 小伝馬町 - 日本橋 - 東京駅八重洲口
  • 東42乙:南千住車庫 - 清川 - 東京都人権プラザ - 東武浅草駅 - 浅草雷門
  • 東42乙:南千住車庫 - 清川 - 東京都人権プラザ - 東武浅草駅 - 蔵前駅 - 鳥越一丁目 - 三井記念病院 - 秋葉原駅

南千住と東京駅八重洲口・東神田・秋葉原駅を結ぶ路線である。東42甲は、1971年3月18日に都電22系統の代替路線として、522系統(南千住 - 東京駅八重洲口)で運行を開始した。設定以来、ほとんど経路変更は行われていない。一方東42乙は、初代として1979年に新宿営業所(当時)が担当していた草79が1979年11月23日に廃止されたため、台東区内における路線確保のため設定された(南千住 - 東武浅草駅 - 鳥越神社 - 秋葉原駅東口 - 岩本町駅)。しかし、乗客数が伸びなかったこともあり3年後には廃止されてしまった。その後、台東区が隅田川西部地区(橋場など)の交通不便地域解消のため、東京都交通局に要請を行い、1986年9月1日から東42乙(2代目)の運行が始まった。

1991年6月24日には、台東区南部の鳥越地区の交通不便地域解消のため秋葉原駅に延長されることとなった。しかし、台東区が新たにコミュニティバスめぐりんの運行を開始してから鳥越地区などの交通不便地域がさらに解消されることとなり、東42乙系統は浅草雷門 - 秋葉原駅で大幅に減便され、2008年3月現在で平日6往復、土曜5往復、休日8往復まで減らされている。

[編集] 上46系統

  • 上46:上野松坂屋 - 上野駅 - 浅草寿町 - 吉原大門 - 南千住駅入口 - 汐入公園 - 南千住駅東口
  • 上46:上野松坂屋 - 上野駅 - 浅草寿町 - 吉原大門 - 南千住車庫
  • 上46:南千住駅東口 - 汐入公園 - 南千住駅入口 → 南千住車庫

南千住駅東口と上野松坂屋を結ぶ。出入庫は南千住駅東口 - 南千住で設定され、本線・出入庫ともに泪橋には停車しない[6]

戦後まもなく1948年に浅草寿町 - 汐入として運行が開始された。その後、1951年には上野へ延長され、南千住汐入地区を除きほぼ現在の形となった。一方、南千住汐入地区はその後においても経路の変更が数多く行われている[7]

2002年には再開発事業もほぼ終盤に差し掛かり、南千住駅東口交通広場の開設や周辺道路がほぼ確定したことにより、路線は南千住駅東口へ延長されることとなり、ルート変更は一応の終了を見ている。

2009年に南千住車庫折返し便が設定され、上野 - 南千住車庫間が増発された。

[編集] 里48系統

2008年3月30日、巣鴨と共管となる。日暮里・舎人ライナーの開業によって存続が危ぶまれたが、本数減の上運行を続けている。詳しくは巣鴨営業所を参照。

[編集] 廃止・移管路線

[編集] 二階01系統(二階建てバス)

  • 二階01:浅草雷門 - 上野広小路

2001年3月に廃止。台東区の委託を受けて運行されていた観光路線で、二階建てバス「ネオプラン・スカイライナー」の路線運行第1号だった。

[編集] 台東01系統(めぐりん)

2001年6月29日、台東区からの委託を受けて運転を開始する。2004年4月24日に台東区による委託先の変更を受け、日立自動車交通に路線を移管する。詳細はめぐりん北ルートを参照。

[編集] 上26系統

青戸に移管。

[編集] 錦37系統

2006年4月の改正により、青戸担当の錦37の一部について南千住で担当をすることとなった。その後、2008年4月に錦37がはとバスに委託されることとなり、南千住担当分についても、はとバスに委託されている青戸が全面的に担当することとなった。詳細は青戸を参照。

[編集] 南千40系統

  • 南千40:南千住駅東口 - 墨田二丁目 - 墨田一丁目(循環)

2002年4月1日に開業するも、利用客は伸び悩み2006年4月1日に廃止。南千48の経路変更を行う。

[編集] 草64系統

  • 草64:浅草雷門・浅草雷門南 - 東武浅草駅 - 大関横丁 - 新三河島駅 - 王子駅 - 西巣鴨 - 池袋駅東口
  • 草64:浅草雷門・浅草雷門南 - 東武浅草駅 - 大関横丁 - 新三河島駅 - 王子駅 - 西巣鴨 - とげぬき地蔵
  • 草64:大関横丁→ 王子駅 - 西巣鴨 - 池袋駅東口

2010年4月1日、再び巣鴨の単独所管になる。

[編集] 車両

ただし、2004年~2006年にかけ日野自動車・日産ディーゼル工業の標準仕様車が大量に導入され、現在はほかの三菱系の営業所に比べて三菱車の比率が大きく下がっている。

[編集] 脚注

  1. ^ 東京都産業労働局観光部パンフレット(2008年4月刊行)「観光路線バスでめぐる まち歩きマップ」より。
  2. ^ 観光路線バス「東京→夢の下町」デビュー!! (東京都交通局)
  3. ^ 故障・定期点検などによっては、他系統にも充当される通常塗装のノンステップバスで代走することがある。
  4. ^ 現在のアルカイーストのあたりに存在した。
  5. ^ 新規導入の一般車両と従来の都市新バス仕様車両との格差が無くなり、あえて専用車両を導入する必要がなくなってきたことと、都営バス自体の収支悪化(地下鉄などの新規開業、少子高齢化によるシルバーパス(直接の運賃収入に結びつかない)利用者の増加)に伴い、以後現在に至るまで都市新バスは登場していない。
  6. ^ 過去に、南千住駅入口バス停と泪橋バス停の距離が至近であったことが影響している。
  7. ^ これは、東京都が進めていた東京都都市計画事業白髭西地区第二種市街地再開発事業に伴い、道路の変更新設が数多く行われたためであった。この地区にあった汐入操車場も廃止された。

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間

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ツールボックス