天王台駅

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天王台駅
北口
北口
てんのうだい - Tennōdai
我孫子 (2.7km)
(3.4km) 取手
所在地 千葉県我孫子市柴崎台一丁目19-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 常磐線(快速)
常磐線(各駅停車)*
(いずれも正式には常磐線
キロ程 34.0km(日暮里起点)
上野から36.2km
綾瀬から26.3km
電報略号 テノ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
21,343人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1971年昭和46年)4月20日
* 朝夕のみ運行
南口
南口
名物の弥生軒唐揚げそば(2個入)
名物の弥生軒唐揚げそば(2個入)

天王台駅(てんのうだいえき)は、千葉県我孫子市柴崎台一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線である。

当駅には、快速線を走る中距離電車および常磐線快速電車と、緩行線を走る常磐線各駅停車が停車する。なお後者はラッシュ時のみの運行である。

年表[編集]

  • 1970年昭和45年)
  • 1971年(昭和46年)
    • 4月16日 - 改札において修祓式が行われた。[3]
    • 4月20日 - 国鉄の駅として開業。橋上駅舎および1面2線のホーム(現緩行線ホーム)を使用開始。
  • 1980年(昭和55年)11月6日 - 快速下り線が新ホームへ切替。[4]
  • 1981年(昭和56年)2月16日 - 快速上り線が新ホームへ切替。[4]
  • 1982年(昭和57年)
    • 1月 - 緩行線ホーム改築。
    • 11月15日 - 我孫子 - 取手間が複々線開業。
  • 1986年(昭和61年)5月 - みどりの窓口開設。[5]
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月 - 快速電車の15両編成化に対応するため、ホームの90m延伸工事を行った(我孫子方45m、取手方45m)。[6]
    • 4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となった。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月13日 - ダイヤ改正により中距離の普通列車が停車するようになる。
    • 4月 - 我孫子駅の管轄から独立し、初代駅長が就任した。[7]
  • 1998年平成10年)12月25日 - 改札内にエスカレーターを設置。
  • 2001年(平成13年)
  • 2002年(平成14年)12月13日 - 南口にエレベーター・エスカレーターを設置。
  • 2006年(平成18年)6月2日 - みどりの窓口閉鎖。
  • 2009年(平成21年)3月 - 1・2番ホームにエレベーターを設置。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を有する地上駅緩行線各駅停車)と快速線が1面ずつ使用している。緩行線は朝夕の時間帯のみの運転であるため、それ以外の時間帯は閉鎖され、ホームの照明も点灯しておらず、LED発車標だけが稼動している。改札口コンコース階から通じる階段エスカレータも、緩行線ホームには1か所しか設置されていない。

橋上駅舎を有しており、内部には自動券売機自動改札機がある。駅舎からは南北に出入り口があるが南口のほうが利用が多く構えも堂々としている。北口は跨線橋が伸びているのみで南口と比べると簡素である。駅前広場は南北どちらにも整備がなされているが、南口側は大きく、北口側は小さい。 みどりの窓口指定席券売機の導入に伴い、2006年平成18年)6月2日に営業を終了した。快速線ホームの上野寄りには立ち食いそば・うどん店の「弥生軒」が出店している。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先 備考
1 常磐線(快速) 下り 取手土浦水戸いわき方面  
2 常磐線(快速) 上り 我孫子松戸上野方面  
3 常磐線(各駅停車) 下り 取手行 朝夕のみ運転
4 常磐線(各駅停車) 上り 我孫子・新松戸北千住代々木上原方面 朝夕のみ運転
  • 10両編成の快速は、15両編成と同じ位置に(上野寄りに)停車する。
  • 当駅は快速の連続停車区間にある。
    • 取手方面への全ての快速は1つ手前の我孫子駅より各駅に停車するが、当駅まで「快速」と案内される。
    • 各駅停車は後述の理由により、朝・夕ラッシュ時のみの運転である。なお、快速・各駅停車とも当駅で乗り換えるメリットは殆どなく、相互の乗り換えの案内はどちらも行っていない。
    • 取手終着の快速電車と土浦・水戸方面へ行く列車(中距離の普通列車)では取手駅到着ホームが異なり移動が伴うことがあるため、快速電車では当駅で後発の中距離列車へ乗り換えることを勧めるアナウンスがされることがある。

利用状況[編集]

2013年度の1日平均乗車人員は21,343人である。

NEC我孫子事業場の最寄駅であり、無料シャトルバスも本駅前から発着している(ただし、無料シャトルバスは事業所に訪問する来客用に運行しているため、事業場に勤める職員は無料シャトルバスの通勤での利用を禁止されている)ため、朝夕に通勤客が集中する(なお路線バス(川村学園大学行)は朝に2 - 3分間隔で運行している)。

東我孫子駅湖北駅付近の住民が、成田線より本数も多いことから当駅を日常的に利用する傾向がある。

JR東日本および千葉県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員の推移は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1990年 23,081
1991年 23,999
1992年 25,003
1993年 25,748
1994年 26,055
1995年 26,285
1996年 26,751
1997年 26,467
1998年 26,433
1999年 26,097
2000年 25,919
2001年 25,677
2002年 24,410
2003年 24,203
2004年 23,915
2005年 23,591
2006年 23,206
2007年 23,193
2008年 22,895
2009年 21,950
2010年 21,571
2011年 21,334
2012年 21,045
2013年 21,343

駅周辺[編集]

駅前・郊外型の新興住宅地が広がる。一戸建てが主流。駅前には、低層の雑居ビルもある。

南口側[編集]

北口側[編集]

一時期、常磐線停車駅で白タク行為を繰り返していた者達がおり、当駅は特にひどく社会問題にもなったが、2002年(平成14年)のタクシー関連法改正や、我孫子市の条例で白タク行為の罰則を強化などしたため、今はほとんどいない。看板だけが残っている。

バス路線[編集]

停留所の名称は南口が「天王台駅」、北口が「天王台駅北口」である。ニュー東豊印西市栄町方面への深夜バスと、湖北駅南口行・川村学園女子大学行の路線バスは廃止された。

乗り場 主要経由地 行先 運行会社
南口 中央学院高校・湖北台中学校(湖北台団地外廻り) 湖北駅南口 阪東自動車
中央学院高校・湖北台八丁目(湖北台団地内廻り) 湖北駅南口
東我孫子・湖北台入口・湖北駅入口・新木駅入口・布佐北 布佐駅南口
東我孫子車庫
東我孫子車庫・第一小学校 我孫子駅
東我孫子車庫・市役所・我孫子高校手賀沼公園 我孫子駅
鳥の博物館前・我孫子高校・手賀沼公園 我孫子駅
北口 青山台一丁目・NEC日本電気前 川村学園女子大学
青山台一丁目・NEC日本電気前・川村学園女子大学 大和団地
青山台一丁目・NEC日本電気前・川村学園女子大学 湖北駅北口
柴崎台五丁目・川村学園女子大学・青山西屋敷(一部便)・南青山西 【循環】南青山
柴崎台五丁目・青山西屋敷(一部便)・南青山西・川村学園女子大学 【循環】南青山
【栄・並木ルート】電研下・並木坂下 我孫子駅北口 あびバス
【栄・並木ルート】泉団地・栄町 我孫子駅北口

開業の経緯と停車扱い[編集]

常磐線開業当時より長い間、我孫子駅取手駅の間(営業キロで6.1km)に駅はなかった。通勤五方面作戦として常磐線の取手以南を複々線化するに際し、我孫子駅東方に車両基地(松戸電車区(現・松戸車両センター)我孫子派出所)を設置することとなり、同基地設置の見返り、近隣の宅地化への対応、車両基地へ出入りする運転士の通勤手段の確保(快速線ホームには同所に繋がる階段がある)等の理由から、新駅を設置することとなった。

当初は「新我孫子駅」の仮称で工事が進められたが、近隣にある成田線東我孫子駅との混同を避けるため、駅所在地(当時の我孫子市大字柴崎字天王裏)の小字名から採った「天王」に台地を示す「台」を付けた「天王台駅」として開業した。なお、後に市による土地区画整理事業が行われ、「天王台」は現在、当駅の南側の地名となっている。

開業時点では我孫子 - 取手間はまだ複線で、快速線しかなかったために快速電車のみが停車していた。当時は現在の緩行線ホームに相当する位置にホームがあり、その北側に快速線を新たに敷設する予定だったもののホームを設置する予定はなかった。複々線化完成後は快速通過となる予定だったが、1973年昭和48年)に国鉄から出された計画を知った我孫子市が不便になることを理由に対策委員会を設けるとともに市議会でも国鉄へ要望する決議案が可決された[8]1974年昭和49年)8月には住民組織による「天王台駅快速電車停車確保連合会」が発足し快速電車停車の運動が起こった。1978年昭和53年)3月8日、国鉄から快速電車の停車に必要な駅乗降場の増設経費を地元で負担するという条件付きで合意を得た[9]ため、新たに快速線にもホームが設けられることが決定し、快速停車駅として残ることになった。下り快速線のホームがやや傾いた状態であるのは、この経緯のためである。また、緩行線ホームにある倉庫状の構造物は、かつての階段であり、現在の駅員室付近に降り口があった。

このような経緯があり、後に中距離の普通列車も停車するようになった。2004年(平成16年)10月16日以降は普通列車についても「快速」と案内するようになった。

このため、日中は複々線完成後にあっても我孫子~取手間は快速線のみで充分賄えることから、各駅停車は朝夕以外は従来通り我孫子駅までの運転となっており、そのため各駅停車は朝夕の一部しか当駅には着発しない。この経緯について詳しくは複々線化の沿革と問題参照。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
常磐線(快速)
特別快速
通過
快速
我孫子駅 - 天王台駅 - 取手駅
常磐線(各駅停車)※朝夕のみ運転
我孫子駅 - 天王台駅 - 取手駅

脚注[編集]

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  1. ^ 広報あびこ、昭和45年3月16日号
  2. ^ 広報あびこ、昭和46年3月16日号
  3. ^ 『鉄道ピクトリアル』第21巻第6号通巻252号、鉄道図書刊行会、昭和46年6月1日発行
  4. ^ a b 広報あびこ、昭和56年2月1日号。1981年2月16日に快速線新ホームへ全面切替を実施し、従来のホームは緩行線ホームとして使用するため改良工事を行った。
  5. ^ 広報あびこ、昭和61年5月16日号
  6. ^ 日本国有鉄道第一東京工事局編「常磐線快速電車15両運転設備等計画について」、『東工』、1986年3月号
  7. ^ 広報あびこ、昭和63年4月16日号
  8. ^ 広報あびこ昭和48年6月16日号、広報あびこ昭和50年5月16日号
  9. ^ 広報あびこ昭和53年3月16日号、広報あびこ昭和53年4月1日号、広報あびこ昭和57年11月1日号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]