阪東自動車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
阪東自動車株式会社
BANDO BUS Co.,Ltd.
Bando254.JPG
種類 株式会社
略称 阪東バス
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:270-1144
千葉県我孫子市東我孫子2-36-22
設立 1949年(昭和24年)11月15日
業種 陸運業
事業内容 一般乗合旅客自動車運送事業
一般貸切旅客自動車運送事業
国内旅行業
不動産管理業
資本金 2000万円
従業員数 130名
主要株主 東武鉄道 京成電鉄
外部リンク http://www.bandobus.co.jp/
テンプレートを表示

阪東自動車(ばんどうじどうしゃ)は、日本バス事業者である。

概要[編集]

千葉県我孫子市及び柏市でバス事業を営む東武鉄道系列朝日自動車グループの会社である。

1949年、当時の本埜村印旛村(いずれも現在は印西市)と国鉄線を接続すべく設立。その後、1958年東武鉄道の傘下に入った。

運行エリアは年を追うごとに西側にシフトしており、現在では印西市では撤退しており、主に柏市我孫子市の2市となっている。

路線バスのほか、天王台駅 - NEC我孫子事業所(我孫子市日の出)間のメールバス、我孫子駅 - 電力中央研究所(我孫子市並木)間の職員輸送のチャーターバスの運行を行っている。

2003年に、東武鉄道グループのバス事業者の再編・株式移管が行われ、同グループのバス・タクシー事業者である朝日自動車が地方バス事業者の統括事業者となり、阪東自動車は同社の統括する朝日自動車グループ運行事業者の一つに位置付けられるようになった。なお、従来バス共通カードは導入していなかったが、我孫子市の助成により2009年3月7日よりPASMOが導入された。

沿革[編集]

創業[編集]

1949年11月、地元により、本埜村、印旛村と国鉄成田線の木下駅を接続すべく設立され村営バス的要素が強い形で、同年12月より路線の運行を開始した。創業当時の区間は木下駅 - 小林駅 - 瀬戸 - 京成佐倉駅 - 国鉄佐倉駅および木下駅 - 竜腹寺 - 大廻(おおば)- 岩戸である[1]。前者の区間は全く新しいものであるが、後者の区間はもともと京成電鉄1943年に買収により路線免許を有していたものを引き継いでいる。

東武グループへ[編集]

1958年2月に東武鉄道の傘下となり[2]、東武が運行していた木下駅 - 我孫子駅間を引き継ぎ、さらに、西の国立田中療養所(現・市立病院)まで延長を行った。こうして、1962年までに下表の路線が整備された。これ以降、阪東は営業の主体が我孫子市側に移っていき、隣接する東武鉄道バスとの路線の調整を何度も行うこととなる。

1963年3月31日当時の阪東自動車路線(「全国バス路線要覧(昭和39年版)/全国旅客自動車要覧編集室編」に一部加筆)
No. 起点 経過地 終点 粁程 運賃 運行回数 備考
1 木下駅前 瀬戸、仲町 国鉄佐倉駅 23.405 95 7
2 木下駅前 瀬戸 14.00 55 2
3 小林駅 瀬戸、仲町 国鉄佐倉駅 18.205 75 1
4 小林駅 瀬戸 8.80 35 1
5 木下駅前 我孫子 国立田中療養所 19.20 75 9
6 国立田中療養所 我孫子駅 3.60 15 片2
7 我孫子駅 木下駅前 15.400 65 1
8 我孫子駅 県営渡船場 0.70 10 3
9 我孫子駅 柴崎 我孫子駅 8.97 40 右5、 左5
10 木下駅前 大丈 岩戸 11.00 45 5 大丈=大廻
11 岩戸 遠蓮 仲の台 13.85 55 1
12 岩戸 遠蓮 瀬戸 8.658 35 1
13 仲の台 若町 木下駅前 16.85 70 1
14 木下駅前 若町 瀬戸 11.65 50 片1
15 瀬戸 仲の台 5.20 25 1
16 木下駅前 安食 瀬戸 20.40 70 2
17 仲の台 瀬戸 国鉄佐倉駅 14.605 50 2
18 京成佐倉駅 仲町 仲の台 12.24 45 1
19 瀬戸 仲町 国鉄佐倉駅 9.405 40 片1
20 国鉄佐倉駅 仲町 京成佐倉駅 2.365 10 片9
21 京成佐倉駅 市役所上り 国鉄佐倉駅 1.99 10 片8 今の栄町・新町経由
当時の市役所は場所が異なる
22 京成佐倉駅 蕪木町 国鉄佐倉駅 2.79 10 片1 蕪木町=鏑木町
詳細不明

団地路線の拡大[編集]

1968年に東我孫子に我孫子営業所を新設した。これに伴い、木下営業所は木下出張所となった。翌年の1969年には湖北駅南側に湖北台団地ができ、同駅からの循環バス[3]の運行を開始した。さらに1970年4月には路線を延長し、湖北駅 - (役場前または第一小学校)- 我孫子駅入口 - (第一小学校または役場前)- 東我孫子車庫という路線となり、湖北台団地と我孫子駅がつながった。1969年には柏駅西口 - 船戸木戸が開通している。従来は我孫子から田中側に至る路線しかなかった同社であるが、この線の開通により柏駅方面にも手を広げるようになった。

阪東が以上のような状況だった中、東武鉄道の我孫子へのバスはといえば、栄自動車時代から引き継いだ柏駅 - 我孫子駅線を1936年の買収後も引き続き運行していた。1968年には東武により、我孫子駅 - 並塚 -(手賀大橋)- 岩井 - 手賀線が開通したが、わずか3年で廃止となっている。東武鉄道の我孫子市におけるバスは以上の2線だけである。

1971年4月20日に常磐線各駅停車と地下鉄千代田線が相互乗入れを開始し、綾瀬駅 - 我孫子駅間が複々線として使用開始されたと同時に天王台駅が開業した。これにより、上野方の電車は快速となり、柏駅、我孫子駅周辺が通勤圏として急速に注目され始めた。阪東が天王台駅に乗り入れることにより、常磐線へのアクセスが飛躍的に便利になった[4]。このような経緯により、1971年頃までに阪東は我孫子市内のバス営業をほぼ独占的に行うようになり、また、同市内にて重点的に運行することがしばらく続くこととなる。

運行エリアの広域化[編集]

前節までのバス路線網の拡張は柏 - 我孫子 - 湖北 - 木下という、どちらかと言えば国道6号線および国道356号線に沿ったものであった。昭和50年代になると、これとは全く独立した地域にも路線が新設されるようになる。

まず、1978年に柏駅東口 - 大津ヶ丘団地線の運行が始まる。柏駅東口は1955年前後に新京成電鉄が少数便乗り入れていたことを除けば、東武鉄道が独占的に路線を巡らせていたが、この路線の新設で2社の乗り入れとなった。このことは、のちに東武鉄道のバス路線の再編で柏駅東口発着路線のいくつかが移管される布石となった。

その後、1986年に布佐駅南口 - スポーツセンター前線の開通、および、つくし野循環線の三井団地への経路延長、1987年の北柏駅 - 慈恵医大柏病院線、および、天王台駅北口 - 川村学園女子大学線の開通と、ローカル路線が様々な場所に新設されていった。これらの路線はいずれも運行頻度が高く、同社の路線網は同業他社と同じように鉄道並行輸送から鉄道垂直輸送へと衣替えしていった。

印旛地区からの撤退[編集]

旧印西出張所バス路線(昭和末期)

我孫子営業所が受け持つ我孫子市、沼南町の路線が急速に発展したのに比べて、東側の木下出張所の受け持つ路線はほとんど発展しなかった。これらの路線は中央部にて千葉ニュータウンが造成されることが決まり、当初の計画では住宅が多数作られるはずだったため新路線ができる可能性もあった。ところがその後ニュータウンそのものが計画縮小となり、また計画変更後の造成もあまり早くは進まなかった。また、成田線が増発されていったことで、我孫子 - 木下間の通し運行といった長距離輸送の需要も少なくなってきた。

結局、阪東は同地域のバス路線を整理することとなった。まず昭和末期[5]に師戸 - 鎌刈 - 遠蓮間が廃止された。佐倉線についても乗客があまりなかったため、平成初頭に京成佐倉駅 - JR佐倉駅の廃止が先んじて行われ、残りの木下駅 - 京成佐倉駅、瀬戸三ッ角 - 竜腹寺、仲の台 - 六合小学校、飯野入口 - 湖畔荘も1994年3月に廃止された。このうち仲の台付近においては、付近に学校が無かったため小学生の通学のための路線バスが必須の状況だった。しかし平成初頭に学園台(平賀学園台)ができ、平賀小学校もできたことで状況が一変した。平賀小学校のできる少し前に京成酒々井駅からの京成電鉄による(現、ちばグリーンバス)路線(学園台線)が新たに運行されたことで役目を終えた。

佐倉線、印西出張所廃止後の木下駅付近の路線

佐倉線の廃止に伴い、木下出張所と木下駅停留所は廃止され、残存する臼井線のための代替停留所として国道上に木下駅入口停留所が設けられた。臼井線は唯一残った東我孫子車庫担当となった。ただし木下から西側は木下駅入口 - 布佐駅南口線を運行するようにし、東我孫子車庫と間接的に接続するように変更された。臼井線については、印旛沼より南側については乗客が比較的多くラッシュ時を中心に折返便も運行されていたが、1997年[6]に廃止された。これに伴い、出入庫線同然の木下駅入口 - 布佐駅南口線も廃止され、同社の東端は布佐駅南口となった。

なお平成初頭に北総鉄道印西牧の原駅の開業、日本医大千葉北総病院の開業もあったためこれらを経由する便も開通した。木下を出て印西牧の原駅に寄っただけでなくその後国道に入り、印旛村役場・日本医大千葉北総病院を経由してから鎌刈付近の新道を通って渡辺商店(岩戸付近)で合流するという複雑なルートだった。このルートは一往復しか運行されず、利便性にはほとんど寄与していなかった。このルートは臼井線の廃止により、1997年に廃止されている[7]

1998年4月1日に、佐倉交通による臼井駅 - 八幡台団地線と、大成交通による臼井駅 - 印西牧の原駅線が運行開始された。その後、印旛日本医大駅の開業にともない、印旛村が自村のコミュニティバスとして同駅を発着するバス路線を整備し、現在では阪東が運行していた頃と似たような路線網になっている。

東武との路線の再編[編集]

阪東は我孫子市、柏市、沼南町に路線を拡張していったが、その後は東武との路線の再編がいくつか行われた。まず最初に行われたのが三井団地における路線の再編である。

三井団地は柏市布施新町にあり、東端は我孫子市との市境である。全域が柏市ということで、まず1976年に東武鉄道が柏駅西口・北柏駅 - 三井団地を運行を開始した[8]。一方、布施新町は我孫子駅にも近かった。当初、阪東は布施新町に隣接する久寺家地区までの路線を運行していたが、数度の路線変更ののち、1986年に三井団地停留所まで達した。結局、布施新町地区から鉄道駅に出るには我孫子の方が良いということになってきた。

一方、阪東は柏駅西口から根戸を経由して船戸木戸までの路線を有していた。しかし、この区間は東武鉄道が頻繁にバスを運行しており、阪東としての独自区間が全くなかったため、必然性は高くなかった。

以上の事情から、1998年4月1日に阪東は我孫子駅北口 - 三井団地線を布施新町全域まで延長し、増便を行った。これに伴い東武鉄道は柏駅西口 - 三井団地線と布施線について存続こそしたものの、大幅な減便を行った。一方、船戸木戸方面については全便を東武鉄道が運行することとし、阪東は柏駅西口 - 船戸木戸線の運行をとりやめた。変則的な路線交換と言えるが、これにより、阪東は北柏駅入口 - 柏駅西口に路線を持たなくなった。

当時の東武鉄道はバス路線について抜本的な改革を行っており、鉄道会社が運行していたバス路線は新設する東武バスおよび運行4事業者に移管し、かつ、その移管する路線は東京に近く人口の多い地域に限定することとなった。いわゆる地方部については関連バス事業者に路線を移管することとした。東武バスおよび運行4事業者は2003年に設立されるが、2002年2月28日には東武鉄道グループの貸切専業会社、キング観光バス(千葉県船橋市)が貸切事業廃止のうえ、当社と吸収合併、従業員を引き受けている。同年4月1日には、東武鉄道が運行していた柏駅東口 - 戸張線と、北柏駅 - パークシティ守谷線が阪東に移管された[9]2003年に阪東は東武グループのバス事業者である朝日自動車に統括される朝日自動車グループの運行事業者と位置づけられ、今に至っている。

ニュー東豊との競合と深夜帯の運行拡大[編集]

それまで我孫子市内のバス路線は阪東の独占状態であったが、2006年9月よりタクシー会社のニュー東豊が阪東が運行していない深夜帯に、10月には日中帯に参入、天王台駅 - 川村学園・湖北駅間で競合するようになった[10][11]。 また、夜間の運行は駅発22時 - 23時台までであったが、2008年5月26日より、我孫子駅、天王台駅発23時 - 24時代が積極的に運行されるようになった。運賃の深夜上乗せはない。

2008年10月1日より、柏駅東口 - 大津ヶ丘団地間でも23時 - 24時発のバスが運行されるようになった。あわせて柏駅入口バス停が休日用柏駅入口バス停側に移動し、平日の柏駅東口全便のルートが渋滞の多い旧水戸街道経由から柏郵便局経由に変更された[12]

我孫子営業所[編集]

我孫子営業所はJR成田線東我孫子駅のやや西側(我孫子市東我孫子)にあり、東我孫子車庫が併設されている。

2007年、JR常磐線電留線(松戸車両センター我孫子派出所)の北側に「柴崎車庫」が設置された。主に中型・小型車の滞泊に使用され、青山方面、市民バスの基地として機能している。

現行路線[編集]

布佐我孫子線、布佐車庫線、布佐天王台線[編集]

  • 1:我孫子駅〜布佐駅南口(布佐我孫子線)(2013年5月11日直通便廃止)
  • 2:東我孫子車庫〜布佐駅南口(布佐車庫線)
  • 3:天王台駅〜布佐駅南口(布佐天王台線)

阪東にはもともと我孫子駅 - 木下駅線があったが、布佐スポーツ線が開通した際に布佐消防署から分岐して布佐駅南口に乗り入れるようになったのがこの線である。木下駅への乗り入れをとりやめた現在、布佐駅南口は阪東の最東端の停留所となっている。

開通当初は我孫子駅からの直通が多く、1時間に1本程度あったが、湖北我孫子線等と同様に我孫子 - 湖北・新木・布佐というバスの利用はほとんどないため、天王台駅または東我孫子車庫での折返しが多い。並行する成田線の運行頻度より少ないため、独自区間の乗客は少なく、徐々に減便されている。現在、我孫子駅発着の 布佐駅南口は廃止されました。

布佐スポーツ線、布佐新木線[編集]

  • 4:スポーツセンター前〜布佐駅南口(布佐スポーツ線)
  • 5:新木駅南口〜スポーツセンター前〜布佐駅南口(布佐新木線)
  • 6:新木駅南口〜スポーツセンター前 (新木スポーツセンター線)2013年5月10日廃止

阪東で最も東側を走る路線で、布佐駅から新木駅の間を成田線の南側に沿って走る。平和不動産による宅地開発の先行していた布佐駅南口 - スポーツセンター前間が1986年10月1日に先に開通し、その後新木駅南側土地区画整理の進展に合わせて新木駅側に到達したのは2002年3月11日である。 また朝夕の2便、新木駅南口〜スポーツセンター前 700mの営業路線もあったが2013年5月11日のダイヤ改正で消滅した。

車庫我孫子線[編集]

  • 8:我孫子駅〜東我孫子車庫

我孫子駅から東側に至る路線は、もともと我孫子駅 - 木下駅を筆頭に我孫子駅 - 湖北駅南口、我孫子駅 - 布佐駅西口といった東我孫子以東に直通するものが比較的多くあった。しかし、現在は天王台駅をまたいで乗車する乗客がほとんどなく、我孫子駅発着便はほとんどが東我孫子車庫で折返しとなっている。我孫子駅入口 - 並塚間は市役所経由と第一小学校経由の2ルートがあった。第一小学校経由は2011年に廃止された。

博物館線[編集]

  • 9:我孫子駅〜鳥の博物館前〜天王台駅

我孫子駅から若松・鳥の博物館を経由して天王台駅に至る路線。高野山新田地区には「我孫子市鳥の博物館」、「手賀沼親水広場」、「水の館」といった施設があるが、従来バス路線がなかったことから利用者は不便をかこっていた。このため、我孫子市らの路線開設要請を受け、2007年8月から、従来の車庫我孫子線(市役所経由)の一部便を差し替える形で運行を開始した。土曜・休日の日中帯に、おおむね毎時1本運行されている。

北口あけぼの線、我孫子あけぼの線[編集]

  • 11:我孫子駅北口〜我孫子ビレジ〜あけぼの山公園入口(北口あけぼの線)
  • 12:我孫子駅北口〜久寺家道〜あけぼの山公園入口(我孫子あけぼの線)
  • 13:我孫子駅〜我孫子ビレジ〜あけぼの山公園入口(我孫子あけぼの線)

我孫子駅北口から真北のつくし野地区に向かい、柏市と我孫子市の境の三井団地停留所、布施新町地区を通り、柏市布施のあけぼの山公園入口まで至る路線である。つくし野付近については、我孫子ビレジを経由するものと、つくし野入口を経由するものがあるが、前者の方が本数が多い。

この線はもともと我孫子駅北東部のみを通る路線だったものが、幾度かの路線変更を経て西側にシフトして今に至っている。最初の路線は、開通年月日こそ不明であるが、我孫子駅(南口)から寿一丁目、久寺家道を経由して二階堂高校に至る線である[13]

その後、つくし野地区の街開きにより、二階堂高校線は我孫子駅(南口)- あきにれ並木通り - 中央学院大学 - 我孫子駅(南口)にルートを変更し、つくし野循環線となった。1976年には布施新町の三井団地が街開きし、これは東武により路線が運行された。当初は柏駅西口と北柏駅の双方から路線が出ていた[14]

1986年3月1日に、つくし野循環線を三井団地停留所まで延長された。循環線の停留所を廃止せずに延長したため、南まわりのつくし野入口経由便と北まわりの中央学院大学経由便の2ルートとなった[15]

1999年4月1日に、我孫子駅北口にバスターミナルが整備されたことに伴い、阪東の線は同ターミナルを始発とし、大部分の便が三井団地方面により短いルートとなる我孫子ビレジ経由となった。三井団地よりさらに西の布施新町地区を経由してあけぼの山公園入口停留所まで延長された。また、本数も5割増しになった。このルート延伸により東武の並行路線である。柏駅西口 - 布施・三井団地線は大幅に減便された。

湖北我孫子線、車庫湖北線、天王台湖北線[編集]

  • 15:湖北駅南口〜湖北台郵便局前〜天王台駅〜東我孫子車庫(車庫湖北線)
  • 16:湖北駅南口〜東小学校〜天王台駅〜東我孫子車庫(車庫湖北線)
  • 17:湖北駅南口〜湖北台郵便局前〜天王台駅(天王台湖北線)
  • 18:湖北駅南口〜東小学校〜天王台駅(天王台湖北線)
  • 20:湖北駅南口〜湖北台郵便局前〜天王台駅〜東我孫子車庫〜我孫子駅(湖北我孫子線)
  • 21:湖北駅南口〜東小学校〜天王台駅〜東我孫子車庫〜我孫子駅(湖北我孫子線)

湖北駅という鉄道駅の目の前の団地であるが、JR常磐線の駅まで足を伸ばす路線である。天王台駅を始終点とするものと東我孫子車庫を発着するものがあるが、実質的には天王台駅が始終点のようになっている。現在でも我孫子駅に至るものが存在するが、かなり少なくなった。湖北駅付近は、湖北台団地を一巡りする外回りと、短絡ルートをとる内回りとの2経路がある。外回りの方が乗客が多く、本数に圧倒的な差がある。

川村学園線、大和団地線、南青山線、南青山循環線、天王台NEC線[編集]

  • 23:天王台駅北口〜川村学園女子大学(川村学園線)
  • 24:天王台駅南口〜大和団地(大和団地線)
  • 43:天王台駅北口〜南青山西(南青山線)
  • 44:天王台駅北口〜南青山西〜川村学園女子大学〜天王台駅北口(南青山循環線)
  • 45:天王台駅北口〜南青山西〜青山西屋敷〜川村学園女子大学〜梶池公園〜天王台駅北口(南青山循環線)
  • 47:天王台駅北口〜NEC日本電気前(天王台NEC線)

天王台駅北口を発車し、途中で常磐線と交差して川村学園に至る。大部分の便が川村学園での折返便[16]である。川村学園とNECの事業所への通学・通勤需要が大きく、またその手前には新住宅も多数あるということで、朝夕の運行本数が大変多い。南青山線は、2006年2月に新設された。途中狭い道を通ることから、小型のバスを使用している。

北柏慈恵線、車庫慈恵線[編集]

  • 25:東我孫子車庫〜北柏駅〜慈恵医大柏病院(車庫慈恵線)
  • 26:北柏駅〜慈恵医大柏病院(北柏慈恵線)

北柏慈恵線は北柏駅と慈恵医大柏病院との間をノンストップで運行する。車庫慈恵線は東我孫子車庫 - 慈恵医大の通し運行である。

柏大津線、柏車庫線、柏沼南線[編集]

  • 27:柏駅東口〜大津ヶ丘団地〜沼南庁舎バス乗継場〜東我孫子車庫(柏車庫線)
  • 28:柏駅東口〜大津ヶ丘団地(柏大津線)
  • 29:柏駅東口〜サンサン通り〜大津ヶ丘団地〜沼南庁舎バス乗継場〜東我孫子車庫(柏車庫線)
  • 30:柏駅東口〜サンサン通り〜大津ヶ丘団地(柏大津線)
  • 31:柏駅東口〜東上町〜大津ヶ丘団地〜沼南庁舎バス乗継場〜東我孫子車庫(柏車庫線)
  • 32:柏駅東口〜東上町〜大津ヶ丘団地(柏大津線)
  • 41:柏駅東口〜大津ヶ丘団地〜沼南庁舎バス乗継場(柏沼南線)

柏駅東口を発着するようになった最初の路線で、ほとんどの区間が国道16号線上にある。16号線を走るようになったのは、旧道に東武が路線を有しており、これと乗客を分離するための措置というのもあるが、結果的には高速に走行することができるようになり、利便性が高くなっている。2006年より、国土交通省千葉国道事務所「道路見える化計画」により、16号線区間の停留所においてバス停車帯が整備されてきている。

出入庫線は東我孫子車庫発着(一部入庫のみ沼南庁舎バス乗継場止まり)となり、沼南庁舎バス乗継場・大津ヶ丘団地経由で運行するが運行本数は多くないうえ、入出庫車両の運用であるため、ダイヤがいびつである。大津ヶ丘団地発では、大津ヶ丘団地 - 大津ヶ丘1丁目間は初乗り区間で整理券は不要だが、東我孫子車庫発のバスでは途中区間になるため整理券を取らなくてはならないので注意が必要。沼南庁舎バス乗継場は、時間帯によって庁舎構内乗入れ便(「沼南庁舎バス乗継場」バス停)と非乗入れ便(「沼南庁舎バス乗り継ぎ場」バス停)がある。東我孫子車庫 - 大津ヶ丘団地間の折返便はない。

柏戸張線[編集]

柏まつり開催時に運行される「柏祭り臨時バス停」行き(戸張にて撮影)
  • 35:柏駅東口〜戸張
  • 36:柏駅東口〜サンサン通り〜戸張

戸張線は柏駅の真東の戸張に至る路線である。独自区間の道路が狭隘なのが特徴である。終点の戸張停留所は三叉路上に設けられており、停留所を柏駅方からみて時計回りに転回し、折り返す。また、終点のひとつ前、「柏日体高校入口」バス停と戸張は数10mしか離れていない。東武鉄道により1965年に開設されたが、2002年4月1日より阪東が引き継いで運行している。阪東に移管したことによりバス共通カードが使用できなくなったが、その見返りとして運賃が値下げされた。なお、東武時代の戸張線は系統番号が柏21系統と付与されていたが、引き継がれなかった。

柏慈恵線、柏ウェルネス線[編集]

  • 39:柏駅東口〜慈恵医大柏病院(柏慈恵線)
  • 40:柏駅東口〜サンサン通り〜慈恵医大柏病院(柏慈恵線)
  • 48:柏駅東口〜慈恵医大柏病院〜ウェルネス柏(柏ウェルネス線)
  • 49:柏駅東口〜サンサン通り〜慈恵医大柏病院〜ウェルネス柏(柏ウェルネス線)

2003年10月1日に柏ふるさと大橋の途中から橋下の柏下地区へ下る市道が開通したことに伴い、同年10月11日から柏駅東口と慈恵医大柏病院を結ぶ路線として開通した。柏下地区には同病院の他に、柏市民文化会館、柏市中央体育館、柏健康管理センター、柏保健センター、柏市保健勤労会館、柏ふるさと公園等、公共施設が多数並んでいる。これらの施設に市の中心駅である柏駅から直接行けるようになった。2008年10月1日より、運行ルート変更に伴い、慈恵医大方面に桜台、東上町両バス停が新設された。2010年5月10日より主に日中帯の便が、柏市健康福祉センター (ウェルネス柏) まで延長され、途中に柏市民文化会館前バス停が新設された。

湖南台線[編集]

  • 42:我孫子駅〜手賀の杜プラザ〜手賀の杜ニュータウン

手賀大橋南側に位置する手賀の杜プラザと我孫子駅を結ぶ路線で、2005年7月1日に開通した。全便が第一小学校経由となっている。手賀の杜プラザ付近にはもともと東武が走っていたが、この路線の開通時点では特に変化が無かった。

2007年6月18日には手賀の杜ニュータウンまで延伸した。終点「手賀の杜ニュータウン」は、東武バス「小野塚台」と隣接しており、東武の方は柏駅東口発着である。この路線の開通により車庫我孫子線との重複区間となった、並塚、市役所前の両停留所は上下両車線どちらの停留所にも我孫子駅行きのバスが発着する少々複雑な停留所となった。2010年7月26日より、我孫子駅発23時 - 24時台が積極的に運行されるようになった。運賃の深夜上乗せはない。

NEC湖北線 (廃止)[編集]

NEC湖北線は、NEC日本電気前を発車して湖北台団地を内回り経由にて湖北駅南口に至る路線だった。 ニュー東豊が突如路線を休止した影響で成田線を利用してNEC我孫子事業所へ通勤する社員達が不便になった事で急遽、阪東自動車が肩代わりすることになり 2009年3月2日にNEC湖北線として平日朝夕のみの運行で開通した。朝はNEC日本電気方向、夕は湖北駅南口方向のみと、ラッシュに応じた片方向運行 となっていたが湖北駅北口ロータリーが整備され系統が再編され廃止。 天王台北口~NEC日本電気前~中峠~湖北駅北口として平日のみ運行

NEC湖北駅北口線[編集]

  • 50:天王台駅北口〜NEC日本電気前〜中峠〜湖北駅南口(平日の朝夕のみ運行)

2013年5月11日に天王台駅北口からNEC日本電気前まで延伸し湖北駅北口のロータリー整備事業の完成に伴い一部布佐線と競合する形で経路変更が 行われ湖北駅北口へ乗入れた。 運行は、平日の朝夕10便で主に成田線を利用するNEC通勤者と布佐線の岡戸坂上~角川商店前までの利用者の利便性向上を目的として開設された。 同日、布佐線も湖北駅北口へ乗り入れるようになった。

市民バス[編集]

あびバス車両(2008年4月、天王台駅にて撮影)
  • 市-1:新木ルート(湖北駅南口〜新木駅南口〜湖北駅南口)
  • 市-2:船戸・台田ルート(我孫子駅〜根戸新田〜北柏駅北口〜我孫子駅北口)
  • 市-3:栄・泉・並木ルート(我孫子駅北口〜栄先〜天王台駅北口〜エスパ入口〜我孫子駅北口)
  • 市-4:栄・泉・並木ルート(我孫子駅北口〜並木先〜天王台駅北口〜我孫子駅北口)
  • 市-5:栄・泉・並木ルート(我孫子駅北口〜栄先〜天王台駅北口〜エスパ〜我孫子駅北口)
  • 市-6:新木ルート(湖北駅南口〜新木近隣センター〜新木駅南口〜湖北駅南口)
  • 市-7:布施ルート(我孫子駅北口〜久寺家団地〜布施回転広場前)

我孫子市からの委託を受け、新木地区、並木・栄地区、台田・船戸地区、布施地区の4路線で市民バス(あびバス)を運行している。全線150円の均一料金でPASMO、Suicaも使用できる。我孫子駅での乗換えに限り乗換券が発行され我孫子駅に発着する各ルートが無料で乗換えできる。

また4路線の他に、実証運行実験として2011年10月1日より我孫子駅北口発着の根戸ルートの運行を受託していたが、1年後の2012年9月30日をもって受託終了となり、以降は今井タクシーによる運行となっている。

新木地区市民バスの運行開始当初の車両は日野リエッセで、一般路線車同様の塗色のものを使用した。のちに並木栄ルート・台田船戸ルート開始に伴い導入された車両は、三菱エアロミディであり、同時に新木ルートの車両も同様の三菱車に代替されている。2008年12月の布施ルート開業時には、日野ポンチョ2扉車が専用車として導入された。

車両[編集]

東武系列では異例の三菱大型車(2008年7月撮影)

路線車は創業以来、日野製の車両が主流であり、俗に「日野富士」と呼ばれる日野のシャーシに富士重工のボディを載せた車両が好んで導入されていたが、2009年に全廃された[17]。昭和の終わりころまでは「後乗り・前降り」が多かったが、後に前中ドアが主力になり、着色ガラスメトロ窓に中扉4枚折り戸という同社独特のスタイルをもった車両が多く在籍していた。また、関東地区のバス事業者の中で最初に冷房化100%を達成した。

現在の車両は外観的には他社と似たような一般的な仕様の車両が多くなった。しかしながらその内訳は多種多彩であり、東武系列では珍しく、日野・いすゞ・日産ディーゼル・三菱ふそうの国内4メーカーが揃っており、ボディ形状でも前面2枚窓(ジャーニータイプ)のいすゞ・キュービックノンステップ車など珍しい車両も在籍している。近年、大型車では日産ディーゼル「スペースランナー」を主力とし継続して導入しており、その仕様(トルコンAT、着色ガラス)とともに東武系列としては珍しい車種選択を行っている。カラーリングは、以前は東武の旧塗色に似た車体色であったが、ワンステップ車の導入を契機に現在の塗装となった。

出典・脚注[編集]

  1. ^ 師戸まで行っていたと記述されているものもある
  2. ^ 本社も木下から押上に移転
  3. ^ 詳細不明、湖北駅 - 湖北駅か?
  4. ^ 天王台駅に乗り入れ後も、同駅非経由の便もあったようである
  5. ^ 年月日不明
  6. ^ 月日不明
  7. ^ 岩戸~印旛中学校間は東洋バスも走っていたが、同社の路線も1999年に廃止されている
  8. ^ のち北柏駅発着便は廃止
  9. ^ 北柏駅 - パークシティ守谷線は2005年10月31日で撤退
  10. ^ ニュー東豊の深夜バスは2008年10月24日、路線バスについても2009年2月18日をもって運行終了をしている。
  11. ^ 新たに2009年3月2日より、NEC日本電気前 - 湖北駅南口線が平日のみ運行開始された。
  12. ^ 柏駅東口便についてはルート変更はない
  13. ^ この線については、我孫子市基本構想第1次5ヶ年計画書(1975年)の中の1973年の阪東バス運行状況から存在を確認できる
  14. ^ 北柏発着便はのちに廃止
  15. ^ ただし、後者の本数は非常に少なく、のち廃止。
  16. ^ 朝や夜間は、NEC日本電気前止めの便が運行されるようになり、我孫子事業所の正門前で折返す便もある。
  17. ^ 最後の導入は1996年式のKC-HT2MMCA(現在は全廃)。その2年後に、富士重工は日野シャーシへのバスボディ架装を取り止めている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]