新花巻駅

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新花巻駅
駅舎(右手に釜石線のりばへの通路あり)
駅舎(右手に釜石線のりばへの通路あり)
しんはなまき - Shin-Hanamaki
所在地 岩手県花巻市矢沢第10地割87-7
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 シハ
駅構造 高架駅(新幹線)
地上駅(在来線)
ホーム 2面2線(新幹線)
1面1線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
942人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1985年昭和60年)3月14日
乗入路線 2 路線
所属路線 東北新幹線
キロ程 500.0km(東京起点)
北上 (12.5km)
(35.3km) 盛岡
所属路線 釜石線
キロ程 6.4km(花巻起点)
似内 (2.9km)
(1.9km) 小山田
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口

新花巻駅(しんはなまきえき)は、岩手県花巻市矢沢にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)のである。

東北新幹線と在来線の釜石線との交差地点に設けられており、両線の接続駅となっている。

歴史[編集]

釜石線ホーム西方のカーブ(新幹線ホームから見る)

東北新幹線の開通時点では新花巻駅は未設置であったが、東北新幹線の建設計画が持ち上がった時から地元では駅設置の住民運動を実施し、都市計画を行って土地買収を進め、日本国有鉄道(国鉄)総裁に対して請願を行っていた。1982年(昭和57年)6月および7月の国鉄役員会において、同時期に請願を行っていた水沢江刺駅とともに、新駅設置に関する基本要件が決定され、これを受けて1983年(昭和58年)1月5日に盛岡鉄道管理局長から具体的な設置条件が示された。その条件は、当面建設する相対式ホーム2面2線の駅の工事費約55億円を地元負担とすること、用地を無償譲渡すること、将来的に待避線を備えた2面4線への拡張を想定して用地を確保し、4線化の工事の際には用地の無償譲渡に応じること、そして駅前広場と関連道路を地元で整備することであった。花巻市は条件了解の返答を同年10月17日に行った。また地方財政再建促進特別措置法で自治体の国鉄への寄附行為が原則として禁じられていたが、全国新幹線鉄道整備法が同年10月14日に改正されたことで寄附行為が可能となって、駅の整備ができることになった。これを受けて11月1日に盛岡鉄道管理局長から本社旅客局長あてに駅設置上申が行われ、11月21日に設置承認を受けた。11月17日には花巻市議会で債務負担行為議決が行われ、11月22日に国鉄と花巻市の間で基本協定が締結された。11月30日に工事実施計画の変更申請が運輸大臣に提出され、12月12日に認可を受けた。国鉄と花巻市の間の工事協定は12月19日に締結され、1984年(昭和59年)1月10日に着工となった[1]

設置承認は2面2線16両対応であったが、当面2面2線12両対応として工事を行うことになった。既設高架橋の両側に直接基礎一柱式RCラーメン高架橋を新設して上屋とホームを支持し、耐雪形の覆いを全体に被せる構造とした。工事期間中は安全のために列車は工事区間を110 km/hで徐行を行い、また鉄骨を建てたり屋根を建設したりする工事は夜間に線路閉鎖と饋電停止を行った上で施工した[2]。プラットホームは310メートルの有効長とされ、乗客が少ないと見込まれたことから新幹線鉄道構造規則で定める相対式ホームにおける最小幅員5メートルより狭い幅4.5メートルを採用して、そのための特別承認を得た[3]。1985年(昭和60年)2月12日に工事が完成し、3月14日に東北新幹線の上野 - 大宮間開業とともに開設された[4]

また、釜石線側については現在の駅の約500メートル西側に存在していた矢沢駅を廃止の上で、新幹線との交差地点に新たに釜石線連絡設備を新設した。地形上15パーミル勾配の区間に建設せざるを得ず、日本国有鉄道建設規程における駅設置の上限である10パーミル勾配を超えていた。このため過走余裕を考慮して、気動車4両対応の列車長86メートル、一般余裕5メートル、過走余裕20メートルを合計した全長111メートルのプラットホームとした上で、旅客列車に限って停車させる条件で運輸大臣の特別承認を得た[5]

こうした建設経緯から、釜石線の新花巻駅については事実上矢沢駅の移転・駅名改称である。現在でも駅西方の線路が緩くカーブしているのは、矢沢駅が元来は交換可能な構造だった名残である。矢沢駅の廃止時点では交換設備は撤去されていた。

16両対応での想定工事費は55億1000万円であったが、12両対応にしたことで地元との協定額は47億9000万円となり、さらにその後の工事費の縮減により、最終的な工事費は40億9000万円となった。花巻市では、3分の1を岩手県からの工事補助金で賄ったほか、地元住民協力金、周辺市町村協力金、積立金の取り崩しなどでこの額を負担した[6]

年表[編集]

駅構造[編集]

当駅は直営駅駅長助役配置)である。管理駅でもあるが、当駅は自駅のみの単駅管理となっている。

新幹線[編集]

相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。副本線は無いため、ホームには可動式安全柵が装備されている。フル規格10両+ミニ新幹線規格7両の17両編成対応。

駅舎にはみどりの窓口(営業時間 5時50分 - 22時20分、途中休止時間帯あり)、指定席券売機2台、自動改札機2通路、駅弁まるろく売店、ジャスター売店がある。

駅舎は宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」をモチーフとし、屋根に設けた半円塔のトップライトと外壁のミラーガラスにより青空と星空を映し出し、イーハトーブの台地と宇宙のつながりを表現している。コンコース天井に鏡面のドームを配置して、光と形で宮沢賢治の幻想の世界を表現している[5]。駅務室は少人数でも業務を行いやすいワンルーム方式で、出札・改札・精算を兼ねるラッチが設けられている。駅の両側に出られる構造で、待合室は特に設置されなかった。駅本屋の総床面積は1,195平方メートルである[3]

のりば[編集]

ホーム 路線 行き先
1 東北新幹線(下り) 盛岡新青森秋田方面
2 東北新幹線(上り) 仙台宇都宮大宮東京方面

在来線[編集]

釜石線ホームへの地下連絡通路入口
釜石線ホーム

単式ホーム1面1線を有する地上駅

新幹線窓口でも乗車券を発売しているが、当ホームにもきっぷうりばがあり、携帯型車内補充券端末機を使用している。日中のみ(主に快速はまゆり号運転時間帯)駅員が配置されている。

駅員がいない時間帯でワンマンカーの場合、後乗り前降りとなる。また乗車券を持参していない場合で新幹線へ乗り継ぐ時は、新花巻までの運賃を支払い運転士から精算証明書を受け取り、新花巻駅窓口で精算証明書を提示のうえ乗車駅から新花巻までの運賃と乗車駅から下車駅までの運賃との差額分を支払い乗車券を購入することになる。

新幹線から釜石線への乗り換えは、一旦新幹線改札から出場し、駅舎玄関を出てから県道286号東和花巻温泉線を潜る地下道を通って行く。

駅弁[編集]

まるろく(丸六食堂)が販売する主な駅弁は下記の通り[7]

  • 釜めし
  • 牛肉弁当
  • 白金豚弁当
  • 賢治弁当
  • 注文の多い料理店
  • 特製弁当 花巻
  • ロマン銀河鉄道SL弁当

利用状況[編集]

  • 新幹線の2013度の1日平均乗車人員は1,010人である。
乗車人員推移
年度 1日平均人数
2000 892
2001 874
2002 872
2003 839
2004 855
2005 841
2006 884
2007 905
2008 869
2009 792
2010 793
2011 794
2012 909
2013 942

駅周辺[編集]

愛の泉
新花巻駅設置物がたり

バス路線[編集]

2番のりば

  • 花巻南温泉峡無料送迎バス

3番のりば

  • 湯〜ハトーブ号(花巻温泉・台温泉無料送迎バス)
  • 花巻市定期観光バス

4番のりば

5番のりば

  • 岩手県交通
    • 土沢線 土沢方面
    • 大迫花巻線 大迫方面

その他、夜行高速バス遠野・釜石号」が同駅バスプール内に乗り入れる。

運賃計算上の注意点[編集]

当駅から盛岡駅以遠、北上駅以遠に行く場合、新幹線を利用した場合と快速はまゆり号等(花巻駅経由)を利用した場合では運賃が異なる(当駅を経由する部分で、東北新幹線が在来線<東北本線>と別線扱いになるため)場合がある。この場合、盛岡駅までは花巻駅経由の方が90円高い(花巻駅経由740円。新幹線経由650円)。新幹線経由の乗車券で花巻駅を経由して乗車した場合は乗車券の区間によっては精算が必要になる。

当駅の開業当初は上記の(小山田駅以遠の各駅と北上駅以遠・盛岡駅以遠相互発着の場合も含む)ルートに対して選択乗車が設定されており、新幹線経由の乗車券で花巻駅を経由することが可能であったが、東北新幹線が八戸駅まで延長された2002年(平成14年)12月に廃止された。なお、新幹線駅としての営業キロ数は東北本線花巻駅(東京駅から500km)を準用している。

その他[編集]

  • エスペラントによる「Stelaro(ステラーロ:星座)」という愛称がつけられている。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
東北新幹線
北上駅 - 新花巻駅 - 盛岡駅
釜石線
快速「はまゆり
花巻駅 - 新花巻駅 - 土沢駅
普通
似内駅 - 新花巻駅 - 小山田駅

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 『東北新幹線工事誌 上野・大宮間』 日本国有鉄道、1986年2月。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]