大阪駅北地区

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グランフロント大阪

大阪駅北地区(おおさかえききたちく)は、JR大阪駅の北側にあった梅田貨物駅を中心とする地域のことである。通称梅田北ヤード」。特定都市再生緊急整備地域都市再生特別地区の適用可能地域)に指定されており、現在再開発が進められている。再開発地域は大深町の大部分を占めている(なお、この地域を北梅田と呼ぶ場合もある)。

再開発を行う地域全体の新しい名称は「うめきた」(梅北)と2011年に実施された公募・投票により決定、また2013年4月に開業した先行開発区域の施設名は「グランフロント大阪(GRAND FRONT OSAKA)」である。

概要[編集]

大阪駅近郊の開発中の商業区域であり、大阪駅北側にあった梅田貨物駅付近のコンテナヤードは「大阪駅周辺で最後の一等地」であるといわれている。梅田北ヤードの総面積は約24haで、そのうち約7haが先行売却され、先行開発区域としてグランフロント大阪が2013年4月に開業した。また、北ヤード隣接地の旧大阪鉄道管理局跡(一時期、JR西日本本社)には、2001年11月に「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」を中核とした商業複合施設「ヨドバシ梅田」が開業している。

梅田北ヤード(うめきた)の開発[編集]

関西の産学官で構成する「大阪駅北地区街づくり推進協議会」では、同地を市民が憩いを楽しめるゾーンと産業活性化のためのゾーン、商業施設のゾーンなどに分けて整備を進めていくことがまとまった(関連記事2 大阪日日新聞掲載)。最初は東側の区域を先行開発区域と位置づけて2005年度の着工を目指し(2013年4月に開業)、西側はそれから5年前後遅れて整備を進める予定という。

先行開発区域「グランフロント大阪(GRAND FRONT OSAKA)」[編集]

南西から望む全景

貨物機能移転問題[編集]

梅田北ヤードの約70%の面積を占める梅田貨物駅を、吹田操車場跡地(50.2ha)への全面移転する当初の計画に、騒音・大気汚染などを懸念していた地元が反発した。そのため1999年に、大阪市内にある百済貨物駅(13.6ha)に貨物駅機能の半分を移転させることで事業主体の国鉄清算事業団(現・鉄道建設・運輸施設整備支援機構)、関係自治体などが基本協定を結び、環境影響評価などの手続きが進められていた。そして、2006年2月10日に関係5者の間で貨物機能移転計画の着手合意協定書が締結され、2006年度の早期に全面着工することが決まり、2010年度中に貨物機能の移転を完了する予定となった。

しかし、吹田市の「住民投票を求める吹田市民ネットワーク」などの移転に反対する市民団体・住民は住民投票を求めており、住民投票条例案の提案に必要な約6,000人分を上回る約4万人分の署名を集め、条例の制定を吹田市に直接請求した。このため、阪口善雄吹田市長は条例案制定に反対する意見書を付けて臨時議会を招集し、2006年4月17日から審議していたが、2006年4月24日に建設委員会において採決が行われ、委員8人中5人が反対票を投じ反対多数で否決された。また、2006年4月26日に吹田市の臨時議会で住民投票条例案の採決が行われたが、反対票24・賛成票11により反対多数で否決され、これにより移転問題は決着した。

後発開発区域[編集]

西側の区域は梅田貨物駅移転の遅れもあり、具体的な構想は2012年時点でも立てられていないが、2009年12月には日本サッカー協会2018年及び2022年FIFAワールドカップ招致を視野に入れた8万人収容(うち4万人分は仮設)の梅田北ヤードスタジアム構想を発表し、大阪市など関係各所に働きかけを行っていた。しかし、開催地を決定する投票で日本は落選したことで、当時の橋下徹大阪府知事がスタジアム建設に反対の姿勢を示した。これに対し、大阪市の平松邦夫市長は反発しサッカー協会のさらなる提案を待ったが、協会からの提案はないまま2011年1月、市長はスタジアム構想の撤回を表明、橋下府知事や関西経済同友会が提言する緑地構想に同意した[1]。なお、検討されている新駅はこの区域の地下である。

周辺の開発[編集]

JR大阪駅周辺の梅田地区では、2000年代後半から百貨店の立て替えなどによる再開発が各所で行われている。

三越伊勢丹[編集]

大阪駅再開発事業となる「大阪ステーションシティ」が2011年5月に開業した。北ヤードに面する北側には高さ150mの高層オフィスを含む複合ビル「ノースゲートビルディング」が完成、テナントには百貨店三越シネマコンプレックスフィットネスクラブなどが入居する予定であったが、百貨店については三越伊勢丹ホールディングスが出資するジェイアール西日本伊勢丹が運営し、店名は「JR大阪三越伊勢丹」となった[2]

大丸梅田店(アクティ大阪増築計画)[編集]

更に2005年1月、大阪駅南側のアクティ大阪に隣接する形で地上15階建てのビルを増築させることが決まり、ここに大丸梅田店が増床出店、当初の売り場面積(4万m²)の1.6倍に当たる6.4万m²相当の売り場面積に拡大することが発表された。愛称も新たに「サウスゲートビルディング」として2011年3月に完成、その後大丸梅田店も同年4月19日にグランドオープンした。

阪急百貨店うめだ本店[編集]

阪急百貨店うめだ本店も、これらの再開発計画や施設の老朽化が著しいことなどを受けて2005年2月に同梅田店を地上41階地下2階建て、高さ187mのオフィスビルをはじめとする、新・梅田阪急ビルに一新することを発表した。阪急百貨店では工事期間中も引き続き営業しつつ段階を追って改築工事を進め、まず南側部分を同年夏から取り壊し・改築が行われ、2009年9月3日に第1期分が先行開業した(オフィスタワーを含めた南側部分は、翌2010年4月に竣工)。その後、残る北側部分の取り壊し・改築が行われ、2012年11月21日にグランドオープンした。

沿革[編集]

2001年以前[編集]

  • 1987年 - 国鉄が民営化され、当時の国鉄清算事業団は赤字解消のため梅田貨物駅売却を決める。貨物機能を吹田操車場跡地へ移転させる計画が発表。大阪のテレビ局5局を集めるという「メディアシティ・フォーラム」などの再開発計画が進む。
  • 1992年 - 旧大阪鉄道管理局(ヨドバシカメラマルチメディア梅田がある土地)が取り壊され更地になる。バブル崩壊、貨物駅移転予定先(吹田市)での反対運動などで再開発計画が停滞。
  • 1994年 - 鉄道管理局跡地にゴルフドームが建設される。
  • 1996年 - ゴルフドームが解体され更地になる。
  • 1997年 - 鉄道管理局跡地の入札で、ヨドバシカメラが三越を押さえ落札。
  • 1998年 - 翌年にかけ、百済・吹田への貨物機能移転計画が具体化する。
  • 1999年 - 国鉄清算事業団と関係自治体などの間で基本協定が結ばれ、吹田市が吹田操車場跡地へ貨物機能の半分を受け入れ、後の半分は百済貨物駅(東住吉区)に移転することで合意。

2001年〜2004年[編集]

  • 2001年 - ヨドバシカメラマルチメディア梅田が開店。
  • 2002年 - 「大阪駅北地区国際コンセプト」コンペティション開催。
  • 2003年 - 国際コンペティションの結果が発表され、大阪市による大阪駅北地区全体構想を公表。
  • 2004年3月 - 大阪駅北地区まちづくり推進協議会設立。大阪市が大阪駅北地区基本計画を公表。

2005年[編集]

  • 10月29日 - 大阪駅北地区の開発が始まる。同日、着工記念式開催。
  • 11月1日 - 先行開発地区の「ナレッジ・キャピタル・ゾーン」への入居者募集開始。
  • 12月 - 大阪市が先行開発区域の容積率を200%から最大800%に緩和すること決める。

2006年[編集]

  • 2月10日 - 鉄道・運輸機構、日本貨物鉄道(JR貨物)、吹田市、摂津市大阪府ら関係5者の間で貨物機能移転計画の着手合意協定書が締結。協定書には、貨物取扱量年間100万トン以内、中継貨物量年間45万トン以内、始発・終発の列車本数1日12本以内、出入のトラック運行台数1日1000台以内、といった配慮規定が含まれている。
  • 2月14日 - 鉄道・運輸機構とUR都市機構西日本支社が、先行開発区域B地区の開発事業者の第1次募集(先行2段階選定方式)を2月27日まで行い、23社と1個人が応募。
  • 3月〜4月 - 貨物機能の吹田移転に関し、吹田市の市民団体が署名を集め、住民投票条例の制定を求めて吹田市に直接請求。臨時議会において住民投票条例案の是非を審議したが、建設委員会及び臨時議会にて反対多数で否決され、移転問題が決着。
  • 5月1日 - 先行開発区域B地区の開発事業者の第2次募集を5月8日まで行い、4社が応募。
  • 5月31日 - 先行開発区域B地区の入札が行われ、オリックス不動産を中心にNTT都市開発積水ハウス阪急電鉄三菱地所住友商事ナレッジ・キャピタル開発特定目的会社東京建物住友信託銀行の特別目的会社(SPC))、新日鉄都市開発日本土地建物の9社のグループが開発事業者に決まる。オリックス不動産が代表者、落札価格は不明。
  • 7月5日 - オリックス不動産を代表者とする9社グループが、UR都市機構西日本支社との間で先行開発区域B地区の土地譲渡予約契約を結ぶ。
  • 7月27日 - 鉄道・運輸機構とUR都市機構西日本支社が、先行開発区域A・C地区の募集条件を提示する。
  • 9月 - 先行開発区域A・C地区の開発事業者の募集を行う。
  • 10月5日 - 先行開発区域A・C地区の開発事業者の募集が締め切られ、4組の企業連合が応募した。
  • 11月1日 - 先行開発区域A・Cゾーンの開発事業者が、三菱地所を代表者とする、NTT都市開発、大阪駅北地区開発特定目的会社(オリックス不動産、関電不動産、新日鉄都市開発、住友商事、住友信託銀行、竹中工務店、東京建物、日本土地建物のSPC)、積水ハウス、ノースアセット特定目的会社大林組のSPC)、阪急電鉄の12社のグループに決定。落札価格は非公表。
  • 11月上旬 - 先行開発区域A・C地区の土地売買契約を結ぶ。

2007年[編集]

  • 6月 - B地区の土地譲渡契約締結。先行開発区域A・B・C地区の土地の引渡しを行う。

2009年[編集]

2010年[編集]

2011年[編集]

  • 1月19日 - マレーシアの医療大手ラッフルズ・メディカル・グループが研究開発拠点を設置し、1,000平方メートル規模のクリニック(無床診療所)を開設することを表明[5]
  • 2月2日 - 公募していた大阪駅北地区(通称・北ヤード)の正式名称が「うめきた」に決定。
  • 4月21日 - 先行開発区域の施設名称が「グランフロント大阪(GRAND FRONT OSAKA)」に決定。合わせてロゴマークも発表。
  • 10月15日 - ナレッジ・キャピタルに京都大学や大阪大学などの6大学と研究機関が参加すると発表[6]

2012年[編集]

  • 3月5日 - 2期開発区域について、関西経済同友会大阪市橋下徹市長らが提案する緑地化構想に賛同し、大阪市が土地を買い取って防災機能を備えた広大な緑地にするよう提言した[7]
  • 3月14日 - 事業主の三菱地所など12社がA・Bブロックのビル3棟の上棟式を行う[8]
  • 4月11日 - グランフロント大阪に入居するテナントの一部を発表。
  • 8月1日 - IHG・ANA・ホテルズグループジャパンがグランフロント大阪に『インターコンチネンタルホテル大阪』を開業すると発表[9]
  • 9月19日 - 大阪市が2期開発区域について、幅員40メートルと決定していた主要道路について、幅員縮小の検討を始めた[10]
  • 10月3日 - グランフロント大阪の内部が報道陣に公開。同時に商業エリアの概要が発表された[11]
  • 12月10日 - 関西経済連合会が2期開発区域について、全敷地10万平方メートルのうち4万平方メートルを「民間参加型開発地」と位置づけ、全敷地を緑地化する従来の案を修正した[12]

2013年[編集]

  • 1月16日 - グランフロント大阪の各棟の建物名称を決定[13]
  • 2月20日 - グランフロント大阪の広場やオープンスペースの名称を決定[14]
  • 3月15日 - 梅田駅(梅田貨物駅)の営業を終了。
  • 4月9日 - 橋下市長と松井府知事が上京し、官房長官安倍首相と会談[15]。この場で、2期開発区域のうち17ヘクタールの区画を、国土交通省が所管するURが先行取得する案を提示し、国家プロジェクトの一環として位置づけるよう求めた[16]。また、うめきたエリアにおける税制の特例措置などの実施などのまちづくりに関する要望書も提出した[15]
  • 4月18日 - グランフロント大阪の竣工式を開催[17]
  • 4月24日 - グランフロント大阪のプレオープンが行われた。
  • 4月26日 - グランフロント大阪がグランドオープン(街開き)[18][19]
  • 6月5日 - グランフロント大阪北館タワーCに『インターコンチネンタルホテル大阪』が開業[20][21]

2014年[編集]

  • 1月22日 - 2期開発区域の地下に計画される新駅と鉄道ルートの新設について、共同事業者の大阪市とJR西日本が事業費の負担に合意した。2015年度にも着工予定[22]
  • 3月27日 - 2期開発区域の開発計画を提案した国内外の40事業者から、提案が優秀だった20事業者を決めたと大阪市が発表した[23]

2014年以降[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “大阪市長がスタジアム構想撤回 梅田北ヤード再開発” (日本語). 共同通信社. (2011年1月14日). http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011401000389.html 2011年5月19日閲覧。 
  2. ^ 大阪駅新北ビルにおける百貨店事業主体について (PDF, 209 KiB)
  3. ^ インターコンチネンタル・ホテル、梅田北ヤード進出交渉 [リンク切れ](2009年10月9日読売新聞)
  4. ^ “大阪最後の一等地”梅田北ヤード再開発 [リンク切れ]
  5. ^ 「医療観光」海外大手、大阪・梅田北ヤード進出へ [リンク切れ]
  6. ^ 「うめきた」の大阪市研究施設、京大・阪大など参加 日本経済新聞 - 日本経済新聞(2011年10月15日)
  7. ^ うめきたの緑地化を提言 関西経済同友会が橋下構想を支持(SankeiBiz 2012.3.5 17:06)
  8. ^ 再開発:「グランフロント大阪」上棟式 13年春オープン 毎日新聞 2012年03月14日 11時29分
  9. ^ 【インターコンチネンタルホテル大阪】インターコンチネンタルホテル大阪、2013年夏に開業予定
  10. ^ うめきた再開発 橋下市長の一声で道幅縮小検討 読売新聞(2012年9月19日)
  11. ^ 大阪・うめきたプロジェクト 来年4月にまちびらき 住宅新報(2012年10月3日)
  12. ^ 関経連、うめきた2期地区に都市機能案 全面緑化から修正 日本経済新聞 2012年12月11日
  13. ^ 「グランフロント大阪」のまちびらき日の決定について~「ショップ&レストラン」「ナレッジキャピタル」も同日にオープン~ (PDF)
  14. ^ グランフロント大阪 「うめきた広場」他、まちのオープンスペース名称決定 (PDF)
  15. ^ a b 日本維新の橋下共同代表ら安倍首相と会談 日テレニュース24 (提供元:読売テレビ) 2013年4月9日18:17配信 2013年4月10日閲覧
  16. ^ うめきた2期区域、国支援で取得案 大阪府市が要望へ朝日新聞 2013年4月9日10:28配信 2013年4月10日閲覧)
  17. ^ グランフロント大阪で竣工式 26日のオープン目前に産経新聞 2013年4年18日11:21配信 2013年4月21日閲覧
  18. ^ 先行区域、2013年春完成 再延期せず、3月下旬着工へ
  19. ^ グランフロント大阪:「うめきた」中核施設、4月26日開業へ 毎日新聞(2012年9月28日)
  20. ^ インターコンチネンタルホテル大阪、6月開業へ-記念宿泊プランも 大阪日日新聞(2013年3月15日)
  21. ^ グランフロント大阪内「インターコンチネンタルホテル大阪」が開業 梅田経済新聞(2013年6月5日)
  22. ^ うめきた新駅:大阪市、来年度予算に設計委託費計上へ毎日新聞 2014年01月23日
  23. ^ うめきた2期開発 優秀20事業者決定…大阪市読売新聞 2014年3月28日
  24. ^ 環境ナレッジ設置盛る 大阪・梅田北ヤード2期開発 [リンク切れ]

外部リンク[編集]