三崎町 (千代田区)

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三崎町(みさきちょう)は、東京都千代田区にある地名。現在の住居表示では、一丁目から三丁目まである。当地域の人口は、783人[1]郵便番号は101-0061。

概要[編集]

江戸時代徳川家康をはじめとする歴代の将軍が城下町としての開発し、大名旗本武家屋敷が立ち並ぶ町となった。江戸時代を通じて神田小川町と呼ばれ、幕府の講武所が設けられた。1866年慶応2年)11月に講武所は廃止され、陸軍所が吸収。明治時代になると、陸軍の練兵場として使用された。

その後、1890年(明治23年)に陸軍練兵場は三菱社に払い下げられ、跡地の開発が始められた。同じく三菱が所有する丸の内がオフィス街に開発されたのと違い、三崎町は市街地として開発された。

地理[編集]

東京都千代田区の北部に位置する。地域北部は神田川に接し、これを境に文京区後楽本郷にそれぞれに接する。地域東部は千代田区猿楽町に接する。地域南部は千代田区西神田に接する。地域西部は日本橋川に接し、これを境に、千代田区飯田橋に接する。

交通面では水道橋駅の駅前であり、商業地域としてオフィスビルや商店が多いほか、大学などの教育施設も多く見られる地域である。

現在、住居表示実施前の「神田三崎町」への呼称変更を求める住民運動が起きているが、「神田三崎町」の名は旧神田区と旧麹町区が合併してから住居表示するまでの約20年使われたに過ぎない名称であり、伝統的な名称ではないとして反対する意見もある[2]

歴史[編集]

沿革[編集]

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
三崎町一丁目 1967年4月1日 神田三崎町一丁目、神田駿河台二丁目
三崎町二丁目 神田三崎町一丁目、神田三崎町二丁目
三崎町三丁目 神田三崎町二丁目

施設[編集]

三崎町一丁目
地域東部。白山通りと錦華通りの間に挟まれた区域。各種オフィス・学校が多数立地している。
三崎町二丁目
地域中部。白山通りと水道橋西通りの間にはさまれた区域。地域内を三崎神社通りが通っている。各種ビル・商店や学校が見られる。
三崎町三丁目
地域西部。水道橋西通りと日本橋川の間に挟まれた区域。学校・オフィスのほか出版社が多く立地している。

交通[編集]

鉄道
道路
首都高速道路・出入口

脚注[編集]

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  1. ^ 2011年平成23年)2月1日現在、住民基本台帳による
  2. ^ 2013年12月2日放送『TOKYO MX NEWS』(夕方版、TOKYO MX
  3. ^ 同年4月11日自治省告示第81号「住居表示が実施された件」

外部リンク[編集]