わが祖国 (スメタナ)

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わが祖国』(わがそこく、Má Vlast )は、ベドルジハ・スメタナの代表的な作品で、1874年から1879年にかけて作曲された6つの交響詩から成る連作交響詩。

全6作の初演は1882年11月5日、プラハ国民劇場横のジョフィーン島にある会場で行われた。この曲は、毎年行なわれるプラハの春音楽祭のオープニング曲として演奏されることが恒例になっている。

目次

[編集] 概要

スメタナは1856年から1861年まで、故国ボヘミアを離れてスウェーデンヨーテボリでピアニストおよび指揮者として活躍していたが、この時期にリストの影響を受けて『リチャード三世』作品11(1857年 - 1858年)、『ヴァレンシュタインの陣営』作品14(1858年 - 1859年)、『ハーコン・ヤルル』作品16(1861年 - 1862年)の3曲の交響詩を作曲している。これらはスメタナの作品の中ではあまり知られていないが、特に国民主義的な作品ではない。

チェコ国民音楽として記念碑的な作品を交響詩の連作の形で創作しようとスメタナが考えたのは、オペラ『リブシェ』を作曲していた1869年から1872年の間のことであると言われる。当初は「ジープ」(Říp )、「ヴィシェフラド」、「ヴルタヴァ」、「リパニー」(Lipaný )、「ビーラー・ホラ」(Bílá hora )の5つの地名を各曲の題名として構想していたが、最終的には「ヴィシェフラド」、「ヴルタヴァ」、「シャールカ」、「ボヘミアの森と草原から」、「ターボル」、「ブラニーク」の6曲が作曲された。

作曲は『リブシェ』の完成後すぐに着手され、第1曲「ヴィシェフラド」が1874年に完成した。これと前後してスメタナは聴覚を失っているが、作曲活動は続けられ、最後の第6曲「ブラニーク」は1879年に完成した。

当時の聴衆にとって「交響詩」がなじみの薄いジャンルであったことに配慮して、スメタナは自ら解説を書いて楽曲の意図が理解されるよう努めた。さらに楽譜にも、標題のページだけでなく楽曲の各箇所に注釈が記されている。

[編集] 演奏時間

順に約14、12、10、13、12、13分。合計で約74分。

[編集] 楽器編成

ピッコロフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバティンパニトライアングル(第5曲を除く)、大太鼓(第2曲のみ)、シンバルハープ(第1曲:2、第2曲:1)、弦楽合奏チェロが2部に分かれており、全体で6部になっている)

[編集] 曲の構成

[編集] 第1曲:ヴィシェフラド(Vyšehrad)

1874年に作曲された。『高い城』と訳されることもあるが、この曲はプラハにあるヴィシェフラド城を題材としている。かつてこの城はボヘミア国王が居城としていたこともあったが、戦乱によって破壊された。その城跡で吟遊詩人がいにしえの王国の栄枯盛衰を歌う、というのが曲の内容である。この作品の冒頭にハープで現れ、全曲を通じて繰り返し用いられる主題の最初の部分には、スメタナの名前の頭文字B.S.(=B♭E♭[1])が音として刻まれている。

[編集] 第2曲:ヴルタヴァ(Vltava)

1874年に作曲された。『モルダウ』(Moldau, ドイツ語名)の名で知られる。一連の交響詩群の中で最も知られた作品であり、単独で演奏されたり録音されることも多い。ヴルタヴァ川(モルダウ川)の、源流近くからプラハを流れ、エルベ川へ合流するまでの様子が描かれている。楽曲の最終部分には、第1曲「ヴィシェフラド」の一節も組み込まれている。スメタナの故郷を思う気持ちが現れている。最初の主題は歌曲や合唱曲に編曲されて歌われている(#編曲を参照)。

[編集] 第3曲:シャールカ(Šárka)

1875年に作曲された。シャールカとはチェコの伝説に登場する勇女の名である。恋人に裏切られたことによって男への復讐を決意したシャールカが、男の兵士達を策略にはめて皆殺しにする、という物語が描かれている。

[編集] 第4曲:ボヘミアの森と草原から(Z českých luhů a hájů)

1875年に作曲された。ボヘミアの美しい風景を音楽としたもの。途中、ドイツ風の歌やボヘミア風の歌といった民族的な旋律も現れる。

[編集] 第5曲:ターボル(Tábor)

1878年に作曲された。ターボルとは南ボヘミア州の町で、かつてフス戦争におけるフス派の拠点であった。曲はフス派の戦士の不屈の戦いを描いている。彼らの間で歌われたコラール『汝ら神の戦士たち』が用いられているが、これは『ブラニーク』でも引き続き用いられる。

[編集] 第6曲:ブラニーク(Blaník)

1879年に作曲された。ブラニークとは中央ボヘミア州の山地である。その山々の深い森の中に1000年前のチェコ民族守護聖人と勇士達が眠っており、チェコ民族が存続の危機に瀕した時に彼らがよみがえって救いの手を差し伸べる、という伝説がある。曲は、邪悪に覆われた祖国をその勇士達が勝利を収めて解放する、という内容である。

[編集] 編曲

[編集] 備考

[編集] 脚注

  1. ^ ドイツ語音名でB♭はBであり、またE♭はEsと表記し「エス」と読まれる。

[編集] 参考文献

  • 最新名曲解説全集4 管弦楽曲I(音楽之友社
  • 内藤久子『チェコ音楽の歴史 民族の音の表徴』(音楽之友社)

[編集] 外部リンク

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