スズキ・カタナ

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GSX1100S カタナ
日本の旗
Suzuki Katana 1100.jpg
基本情報
排気量クラス 大型自動二輪車
メーカー スズキ
エンジン 1,074cc 
内径x行程 / 圧縮比 __ x __ / __
最高出力 111PS/8,500rpm
最大トルク 9.8kg-m/6,500rpm
      詳細情報
製造国 日本
製造期間 1981年 - 2000年
タイプ ネイキッド
設計統括
デザイン ハンス・ムート
フレーム ダブルクレードル
全長x全幅x全高 2,260mm x 715mm x 1,205mm
ホイールベース 1,520mm
最低地上高
シート高 775mm
燃料供給装置 キャブレター (ミクニ・BS34SS)
始動方式
潤滑方式
駆動方式 チェーンドライブ
変速機 常時噛合式5段リターン
サスペンション テレスコピック式 37φmm正立
スイングアーム式 ツインショック正立
キャスター / トレール
ブレーキ 油圧式片押式1ピストン/275mm ダブルディスク
油圧式対向式2ピストン/275mm
タイヤサイズ
最高速度
乗車定員 2人
燃料タンク容量 22L
燃費
カラーバリエーション
本体価格
備考 スペックは輸出仕様のもの
先代
後継
姉妹車 / OEM
同クラスの車
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カタナとは、スズキ株式会社が販売していたオートバイの車種。シリーズとして排気量別に数車種が生産されていたが、当初はGSX1100Sカタナ(輸出商標・KATANA)のことを指した。

ケルンの衝撃[編集]

スズキがGSX1100Eを基本とする新車のデザインを、工業デザイナーハンス・ムートに依頼し、1980年9月ドイツのケルンでショーモデルとしてGSX1100S KATANA(型番はSZ。以下同様)として発表された。そのあまりに先鋭的なフォルムが反響を呼び、「ケルンの衝撃」と言われた。日本刀をモチーフとし機能と美を両立させたデザインや、基本性能の高さで注目を集めた。

GSX1100S市販[編集]

ショーでの評価は真っ二つに分かれ、少なくともこのままの形で市販されることはないだろうというのが一般的な推測だったが、1981年1月にヨーロッパ向け輸出販売が開始されると大ヒットとなり、生産台数はGSX1000Sと合わせて17,643台に上った[1]。スズキはターゲット・デザインに対し、「こちら(スズキ)はデザインの邪魔は極力しない。だから、そちら(ターゲット)もデザインが機能の邪魔をするのは極力やめて欲しい」と注文を付け、そこからターゲットとスズキの信頼関係が築き上げられたそうである。プロトタイプにはなかったフロントスクリーン(前面風防)が追加され、高く上げられ視界を妨げていたメーターが低く直された。これは両者の協力関係がうまく行っていたことの証左と言える。

エンジンはGSX1100の流用だが6PS向上し111PS/8,500rpm、9.8kg-m/6,500rpmとなり、また車体は11kg軽い232kgであった[2]

120km/h以上で効果を発揮するフロントスクリーンの形状は、ハンス・ムート自ら革ツナギを着込んでピニンファリーナで220km/h相当の風洞実験を経て決定されたという[3]

ところで、「ハンス・ムート氏に依頼し…」というのはスズキの公式なアナウンスであったが、実際には「ターゲット・デザイン代表ハンス・ムート氏に…」であった。時代的には前後するが、ムートがBMWバイク部門でデザインの仕事をしている時に、スズキから次世代ツーリングバイクのデザインに関して協力要請があり、そのオファーを受けムートがBMWを退社、その時にBMWのデザイナーを二人誘い[4]ターゲットデザインを設立する。独モトラード誌のプロジェクト[5]。その後にスズキのプロジェクトに正式に加入し、GS650GとGSX1100Sを発表する。しかし、ムートがあくまで「ターゲットデザイン社代表」という形で参加したにもかかわらず、スズキの公式発表は「ハンス・ムートデザイン」であった。そのためターゲットデザイン社内でムートの立場がなくなり、ムートはターゲットデザインを追われてしまう。このことはあまり表沙汰になっていないが、三栄書房の雑誌「カースタイリング」誌の本人のインタビューで詳しく語られている。

GSX750S(S1)[編集]

日本国内では当時、国内販売向け二輪車種の排気量は750ccを上限とする自主規制があったため、1982年2月[6]に国内向けのGSX750S(S1)が発売されたが、当時の車両保安基準により極端な身体ポジションを有するとされた車両は型式認定を受けられなかった[7]ため、ハンス・ムートのデザインとは異なるハンドルのバーが妙に高くグリップが後方の位置になるアップハンドルで市販され、「耕うん機ハンドル」と揶揄された[8]。さらに、輸出仕様車にはあった“刀”ステッカー(書類に同封されてはいたが)・前面風防・ライト下のスポイラーも付けられておらず、車名に「カタナ」の文字も入れられなかった。特にハンドルについては、所有者が輸出仕様の1100cc用のハンドル部品を取り寄せて交換することが少なくなかったが、当時はこの改造が違法改造とみなされ警察もこの改造を集中的に取り締まることが多く、この当時の取締り[7]は「刀狩り」と呼ばれていた[9]

エンジンはGSX750Eの流用でボアφ67.0mm×ストローク53.0mmで747cc、69PS/8,000rpm、6.2kg-m/8,500rpm。

車体は全長2,250×全幅810mm×全高1,105mm。乾燥重量222.5kg[10]

カウリングは未だ認可されず、当初は「ヘッドライトケース」という名称であった[11]

タイヤは3.25H19-4PR/4.00H18-4PR。

GSX750S(S2)[編集]

1983年3月発売[12]

認可基準の見直しにより前面風防が設置された。エンジンは72PS/9,000rpm、6.3kg-m/7,000rpmへ向上した。タイヤはF:100/90-16、R:120/90-17に小径化されて旋回性能は向上したが高速走行での直進安定性は低下[13]し、またフロントカウルとフロントタイヤの間が大きく空いてしまった[14]

車体は全長2,210×全幅830mm×全高1,190mm、ホイールベース1,515mm。乾燥重量222.5kg[15]

S1との合計で約17,600台が登録された[16]

GSX750S(S3)[編集]

1983年東京モーターショーで発表され、1984年3月にフルモデルチェンジが行われた[17]。先行して発売されていたGSX750E4に採用される新設計エンジンとフレームを使用する全く別の車体に生まれ変わり、デザインはスズキ社内で行なわれ、リトラクタブルライトが採用されるなど外観も大きく変わった。新設計エンジンでは、油冷の先駆けとなる「オイルジェットピストンクーリング」など斬新な特徴を備えて、77PS/9,000rpm、6.4kg-m/7,500rpmとなった。インパクトのあった初期型ほどは市場に受け入れられず、発売当時は特に人気面で低迷し、登録台数約4,700台に留まった[18]

車体は全長2,210×全幅830mm×全高1,190mm、ホイールベース1,510mm、タイヤはF:100/90-17、R:120/90-17となり、走りは洗練された[19]

GSX750S(S4)[編集]

カラーリングが変更され、メーターに燃料計を装備した。人気は低かった[20]

1984年をもって750ccの日本国内向け車両は一時的に全ての生産が終了されたが、一方で輸出仕様はGSX750SD(車体型式R701)が継続生産された。その主な特徴はGSX1100Sと同様のアルミ鍛造セパレートハンドル、ピストンの中央部を盛上げるなどにより圧縮比を本来にもどしフルパワー化した点で、エンジン自体の色が黒のものも存在した。

1100カタナの復活[編集]

最初に販売された1100ccモデルについては1987年1100SEで生産終了したが、最終限定車として初期型SZカラーの1100SAE(SUZUKI SBS店の要望)と赤フレーム、赤シート、赤シートベルト、赤フェンダー、タンクのSUZUKI文字赤抜きの1100SBE(セイワモータース要望)の2種類があった。国内販売前提生産であったので左側通行のオーストラリア仕様で逆輸入されてシートベルトが標準で付いていた。このSBEは798,000円と当時の円高とあいまって1100刀至上最安値で販売された。生産終了後から高い人気が出てプレミアムで中古車価格が高騰し1990年の復刻へと続いた。

1990年に初期型の復刻モデル1100SLが1000台限定で逆輸入販売された。この復刻車はスズキ70周年アニバーサリーモデルとしてタンクに専用のステッカーが張られていた。このアニバーサリーモデルと1991年に同仕様でステッカーなしで少量継続販売された1100SMがフルパワー最終型(公称111馬力)である。さらに1100ccを模した250ccが1991年に、400ccが1992年に順次販売され、これらも高い人気を博し、1100オーナーがセカンドバイクとして購入する例も見られた。

そして国内の二輪排気量上限撤廃を受け、1994年には国内販売が開始された。ただ、この国内モデル1100SRは、パワークラッチが装着され、リアサスのショックアブソーバーもリザーバタンク別体式になるなど、細かなところで従来モデルとの差別化がなされた(ただしタイヤ/ホイールサイズは同一であるほか、ブレーキも登場時のまま)ためか、従来モデルとは型式が異なっているため、車検証を見比べると全くの別車種である。外観上では前述のパワークラッチや別体式ショックアブソーバーが装着されたことや日本向けにデチューンされたエンジン以外は従来型とほぼ同一と見て差し支えない。 2000年に発売されたファイナルエディションにおいて初めてホイールをチューブレス(デザインは従来と同一の星形)になり、能力不足と言われた(きちんと整備されていれば従来のブレーキでも充分な制動力はある。)フロントブレーキを270mmディスクから300mmディスクに、ブレーキキャリパーも対向2ポットから対向4ポットに改め、タンデムステップ用のフレームが溶接ではなくボルト止めになった。(社外マフラーの装着にタンデムステップ用フレームを切断する者が多かった。)

他の排気量が販売を終了しても1100ccだけは長い間人気を維持し続けたが、エンジン設計が古いことから環境規制に対応することが困難と判断されたため、2000年にファイナルエディション1100SYとして改良限定発売した1100台の即時完売をもって販売を終了した。

しかし今なおGSX1100Sカタナの人気は高く、ホンダCB750FOURカワサキZ-1に並ぶスズキの伝説的オートバイとしての地位を確立しており、入手可能なスズキの現行バイクをカタナに模して販売している店まで存在するほどである。

カタナにまつわる話[編集]

  • 「KATANA」の商標はスペインで生産された50ccスクーターなど、異なる販売国の数車種に渡って使用された。また、インドネシアではジムニーが「KATANA」の名称で現地生産されたことがある。
  • KATANAを超えるインパクトを持つ後継モデルを模索したスズキは、その後再びハンス・ムートに車体デザインを依頼した。来日した彼は東京タワーをモチーフにしたインパルス(GSX400X)のデザインを造り上げ、1986年に発売されたものの商業的には大失敗した。このインパルスにはスズキ社内デザインのハーフカウルバージョン(GSX400XS)も発売された。
  • 上述のファイナルエディションの最終生産車(シリアルナンバー「1100」)は、現在スズキ本社前のスズキ歴史館に所蔵・展示されている。

「カタナ」のサブネームが付けられて販売された車種[編集]

ネイキッドでシャフトドライブのGS650Gカタナ
  • GSX1100Sカタナ
  • GSX1000S KATANA(日本国外のみ・レース規格対応用)
  • GSX750S
  • GSX-F750
  • GS650Gカタナ
  • GSX-F600
  • GSX400Eカタナ
  • GSX400Sカタナ(水冷エンジン。タイヤサイズとブレーキは改良)
  • GSX250Eカタナ
  • GSX250SSカタナ(水冷エンジン。ホイールは他種と別デザイン)
    いわゆるKATANAスタイルの中で、250ccのみGSX250SSとなっている。なおGSX250SはCOBRA
  • GS125Eカタナ
  • カタナ50(スクーター・欧州向け)

250ccモデルと400ccモデルにおいては、1980年代にGSX250E KATANAとGSX400E KATANAというモデルが存在していた。これらは燃料タンク形状とサイドカバー形状をオリジナルのカタナ風にアレンジしただけ、おおむねGS650Gと共通する外観のネイキッドモデルモデルであって、初代のGSX1100Sカタナのデザインを踏襲し1990年代に発売されたGSX250SSカタナやGSX400Sカタナとは全くの別物である。

北米に出荷した油冷エンジン搭載車はGSX-R以外に車種のペットネームは総てKATANAのネーミングが付いている。

脚注[編集]

  1. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190。
  2. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.194。
  3. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.191。
  4. ^ target-design
  5. ^ 「未来のモーターサイクル」と名付けられたプロジェクトだったが、ターゲット社はMVアグスタをベースにし、あくまでデザインにこだわったマシンを出品、「ROSSO RAPTOR」(赤い猛禽類と名付けられた)に参加
  6. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190、195。
  7. ^ a b 『伝説のバイクKATANAとNinja』 - なお現在は車検時の構造変更申請により合法的に改造できる。
  8. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.194。
  9. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190。
  10. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。
  11. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190。
  12. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。
  13. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.191。
  14. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。
  15. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。
  16. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190。
  17. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。
  18. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.190。
  19. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.194。
  20. ^ 『オートバイ 年鑑世界のオートバイ'89』p.195。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

カタナを彷彿させるデザインのコンセプトモデル。
「バイク乗りのバイブル」とも呼ばれる、東本昌平によるバイク乗りの群像劇を描いた漫画。
スズキ・カタナに乗り鎧武者風のライダースーツを着た「サムライダー」というキャラクターが重要人物として登場する漫画。
  • 秋本治 - 漫画家。カタナのファンで750cc以上のカタナに乗るためだけに大型自動二輪免許を取ったり、マンガの背景に度々登場させたり、単行本の裏表紙に自己所有の単車を載せている。

外部リンク[編集]