マツダ・キャロル
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初代モデルはマツダの前身の東洋工業により1962年に発売された360cc車で、軽自動車初の4ドアセダンタイプのモデルとなったことでも知られ、1970年まで生産された。派生型として排気量の大きなエンジンを搭載した小型乗用車規格のキャロル600も販売された。
その後、長いブランド中断期間があったが、1989年にマツダが立ち上げた軽自動車中心のオートザムブランドの中心車種として復活した。現在は、アルトの完全なOEM供給となって現在に至っている。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 初代(1962年-1970年)
| マツダ・キャロル(初代)
KPDA型
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|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 1962年 - 1970年 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 2ドア/4ドアセダン |
| ハイブリッド | |
| エンジン | 水冷直列4気筒OHV 358cc |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | |
| 駆動方式 | リアエンジン・リアドライブ |
| サスペンション | |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | |
| 全幅 | |
| 全高 | |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | |
| 車両重量 | |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
| マツダ・キャロル600 | |
|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 1962年 - 1964年 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン |
| ハイブリッド | |
| エンジン | 水冷直列4気筒OHV 586cc |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | |
| 駆動方式 | |
| サスペンション | |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | |
| 全幅 | |
| 全高 | |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | |
| 車両重量 | |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
1962年製造開始。当初は2ドアが、翌年の1963年にデラックス仕様車の4ドアが発売され、その当初は大ヒットした。
東洋工業(当時)は1960年にマツダ・R360クーペで軽乗用車業界に参入していたが、これは4人乗りながら後部座席が極めて狭く、実質2座席車であった。当時の軽乗用車市場を席巻していた完全4人乗りのスバル・360に対抗するには機能面で不足で、発売当初こそ低価格で注目されたが、スバルの牙城を崩すには至らなかった。また空冷V型2気筒の簡易なエンジンが乗用車エンジンとしてはやや洗練に欠けることも否定できなかった。
キャロルはこれに代わる主力車として開発企画されたもので、当初1961年のモーターショーで700ccセダン「マツダ700」として原型が発表されたものの、360ccの軽自動車として市場に出された。
特徴は、軽乗用車でありながらボンネット、客室、車体後部のエンジンルームが外見的に分離した「完全3ボックススタイル」を用い、後部座席背面のリアウインドウ部分はガラスを垂直に立てた「クリフカット」型として、ヘッドクリアランスとエンジンフード(他のFR車ではトランクリッド)の開口面積を稼ぐ手法を採ったことである。このデザインはアメリカ製の大型車や、イギリスのフォード・アングリア1959年型などの先例があるが、日本では珍しい個性的デザインで、後年、「走るぜっぺき頭」とも評された。[要出典]
ドライブトレーンも異例で、軽規格の360ccながら、水冷 4ストローク 直列4気筒 OHVのアルミシリンダーエンジンをリアに横置き搭載した後輪駆動車である。ラジエターはエンジンに接して装備され、走行による風圧を利用できないため、エンジン駆動の強制冷却ファンによって側面から冷却気を導入する。このファンの音も初代キャロルの特徴のひとつとなっている。
水冷の4気筒・4ストロークOHVというエンジンは、軽合金材料や高剛性の5ベアリング方式など、小型乗用車の枠から見ても高水準で設計で、当時の軽自動車としてはホンダ・T360のスポーツカー用流用DOHCエンジンと並び、非常に贅沢なものであった。これはエンジンブロックの設計を共用しつつ排気量を拡大し、続いて発売される上位の小型車(ファミリア)へも搭載して開発コストを抑えるというスケールメリットを念頭に置いてのことであった。
4気筒エンジン搭載は、ゴムスプリング利用のソフトな4輪独立懸架と並んで、振動抑制や静粛性確保には絶大な効果を発揮したが、2倍以上の800cc級にまで対応する設計だけに360ccとしては容積が大きすぎ、軽合金利用だが重量過大でもあった。またフル・モノコック構造のボディは、部材剛性を高くする配慮が採られ、当時としてはかなり頑強であったが、それだけに重量が嵩み、400kg未満と軽量なR360クーペやスバル360と比較すると、空車重量で150kgも重くなった。もともと当時の軽自動車規格に合わせて全幅は1m30cm前後と狭いが、これに加えて前後方向のスペースをトランクとエンジンルームに取られるなどの原因で、乗員はかなり窮屈な乗車姿勢を強いられる。
1962年11月には、600ccのエンジンを持つキャロル600(1960年代当時の軽自動車規格は総排気量は360cc以下であり、小型登録車規格扱いだった)も発売された。軽規格のキャロル360に先駆けて4ドアを発売した。600は1963年3月9日にマツダ100万台目の生産車にもなっている。360よりもデラックスな内外装や大型バンパーなどが特徴だったが、質内スペースの狭さは360同様で、本格的な小型車規格の800cc車であるファミリアの生産開始に伴い、2年ほどで生産を終了した。
キャロル360は、軽乗用車初の4ドアモデルの利便性や、デラックスな装備類がその当初こそ好評を博し、スバル・360の首位を一時は脅かしたが、当初から車重の重さによる動力性能不足が指摘されていた。競合するスバルは軽量ボディによる元来の動力性能の高さに加え、デラックス仕様の充実と値下げで巻き返しを図って首位を守り、キャロルは市場の主導権を握るまでには至らなかった。更に1966年以降、軽乗用車市場への新規参入やスバル以外の既存メーカーの新型車発表が続出し、ことにスバルをも上回る高性能車のホンダ・N360などが登場すると、動力性能やスペース効率で不利なキャロルの弱体化は著しいものとなった。
当時ロータリーエンジンや小型車開発などに注力していた東洋工業は、キャロルの根本的なモデルチェンジに余力を割けず、その機を逸したまま、1966年にマイナーチェンジを行う。エンジン出力の向上、陳腐化したダミーグリル・リアデザインのモダナイズや、スペアタイヤのエンジンルームへの移設(トランクスペースの拡大)が施されたが、根本的パッケージングの悪さによる車内の狭さと、元来の車重過大・パワー不足による動力性能の低さは解決困難で、その末期にはスペック・販売実績とも軽乗用車市場の中では最下位に位置する存在となってしまった。
モデル末期には打開策として1ローター仕様のロータリーエンジン搭載の計画もあったが、頓挫した。ロータリーエンジンはその特殊構造と高出力のため、課税や規制の見地から額面上の排気量をレシプロエンジン基準に換算する必要があるが、仮に普通車規格並みの換算基準を認めると、実質的にはレシプロ360ccよりはるかに過大な排気量を持つ強力エンジンが実現してしまうため、他の軽乗用車メーカー[1]からは問題視され、業界内でのクレームが上がった。結局、当時の運輸省による(不透明な経緯の)判断で、軽自動車用エンジンとしての許可は下りなかった。実車搭載による試作もなされたが、1ローターエンジンではエンジン振動自体が大きく、燃費も悪い等のデメリットがあり、また1ローターだと逆作用の力が加わってしまった場合ローターが逆回転してしまう等のトラブルもも生じた。問題はある程度克服したが、市販車として認可される途が開けず、計画は実現しなかった。
後継車はロータリーエンジン搭載が計画されたフロントエンジン車のシャンテとなったが、これもまた1ローターエンジンの頓挫から、2ストロークエンジンを用いざるを得なかった。チューンショップRE雨宮が当時のオマージュか、12A型3ローターターボエンジンを換装したRE雨宮シャンテを製作しており、一時期話題になったことがある。
[編集] 2代目(1989年-1995年)
| オートザム・キャロル(2代目)
AA5PA型
|
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|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 1989年 - 1995年 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 3ドアハッチバック |
| ハイブリッド | |
| エンジン | F5B型 直3 SOHC 547cc F6A型 直3 SOHC 657cc |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | 3AT/4AT/5MT |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| サスペンション | 前:ストラット 後:トーションビーム |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | 3,190mm |
| 全幅 | 1,395mm |
| 全高 | 1,415 - 1,435mm |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | 2,335mm |
| 車両重量 | 580 - 630kg |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
1989年製造開始。スズキのアルトとF5B/F6Aエンジンや各種プラットホームを共通としながらも車体・内装などを独自デザインで開発する。
復活にあたっては新規販売チャネル「オートザム」を設立しチャネル基幹車種「オートザム・キャロル」として発売。商用車(軽ボンネットバン)は設定されていない3ドアのみの構成。
丸くファンシーなボディーデザインは日産自動車のパイクカー(Be-1、パオ等)を彷彿させ、特に女性から支持されヒットモデルになり、ミスタードーナツでのノベルティーグッズ(キャンディーポット)にも採用されたこともある。
当初、550cc(F5B)の規格だったが後に軽自動車新規格に併せ660cc(SOHC52馬力版F6A)化で前後バンパーが大型化される。 F6A前期、後期とテール、ヘッドランプ形状、バンパー含むマスク形状、ドア内サイドインパクトバー、後部席三点シートベルト等のマイナーチェンジが加えられ、SOHCターボや4WD、キャンバストップ、特徴的なルーフスポイラー等のアクセサリー、グレードも豊富に設定。以後前期には無かったミレディ等オプションを充実させたモデルやリヤセクションがハイルーフ化された昇降リフトつきの車いす福祉車両も発売される。
アフターマーケットではこのルーフスポイラーを「キャロスポ」と称し、一枚羽のNA用、両端が湾曲、中央が底面に隆起したハイマウントストップランプ付きのターボ用とあり、カプチーノやAZ-1等に後付け流用されることが多い。 アフターマーケットにおける部品転用はワゴンR前期、さらにはKeiからの強化部品流用、エンジンに至ってはF6AであればNAからのターボ換装等が書類上DOHCターボもSOHC・NAも原動機形式が変わらないため、2・3・4(前期)代目はF6Aであれば公認なしでできる点も知られており、社外、スズキスポーツ製の強化アクセサリーの転用もNAだと選択幅が狭いがターボ車であれば幅広く流用できる。唯一アルトと違う点はエアコン関連で、そのまま単品移植とはいかないため、部品毎の転用は不可であることに加え、F6A前期は旧ガス(R12)車である。
[編集] 3代目(1995年-1998年)
| マツダ(オートザム)・キャロル(3代目)
AC6P型
|
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|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 1995年 - 1998年 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 3ドアハッチバック |
| ハイブリッド | |
| エンジン | F6A型 直3 SOHC 657cc F6A型 直3 SOHC 657cc ターボ |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | 3AT/5MT |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| サスペンション | |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | 3,295mm |
| 全幅 | 1,395mm |
| 全高 | 1,400 - 1,425mm |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | 2,335mm |
| 車両重量 | 610 - 680kg |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
1995年製造開始。先代モデルからドアアウターハンドルとリアバンパー(ただし先代の660ccモデル用)を流用している。先代の丸みを帯びたスタイルをコンセプトとしつつも、ボディ後半を同年式セルボモードと共通のショートノッチバック風のスクエアなフォルムにするなど、女性ユーザーだけではなく男性ユーザーもターゲットに据えた「アウトビアンキ・A112アバルト」風[2]の勇ましいデザインに変貌した。特徴のある丸目2灯が小型のものとなった。先代ほど人気は伸びなかったことで、マツダ(オートザム)オリジナルの3ドア構成のボディは最後になる。スポーティーなSOHCターボ車も設定されていたが、タコメーターは装備されていなかった。
尚、アフターマーケットでは3代目キャロルがベースとなることが多いのか1996年12月には光岡自動車が3代目キャロルをベースとしたクラシカルな出で立ちのレイを発売している。
1997年マツダスピードからは一段とレーシーな外装パーツ「キャロル(AC)用ツーリングキットA-スペック」としてマツダからは台数限定で装着限定車が販売されていた。他に「アウトビアンキA112アバルト」の外装を利用した「アウトザムンキA112キャロル」等アフターマーケット市場では今尚、勢いがある。
CMでは、後藤久美子が、ドアの開口部が大きく乗り降りしやすいことをアピールしていた[3]。
[編集] 4代目(1998年-2004年)
| マツダ・キャロル(4代目)
HB12S/HB22S/HB23S型
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|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 1998年10月 - 2004年9月 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 3ドア/5ドアハッチバック |
| ハイブリッド | |
| エンジン | F6A型 直3 SOHC 657cc K6A型 直3 DOHC 658cc リーンバーン K6A型 直3 DOHC 658cc VVT |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | CVT/3AT/4AT/4MT/5MT |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| サスペンション | 前:マクファーソン・ストラット式 後:I.T.L式 |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | 3,395mm |
| 全幅 | 1,475mm |
| 全高 | 1,450 - 1,455mm |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | 2,360mm |
| 車両重量 | 630 - 760kg |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 製造事業者 | スズキ |
| 姉妹車/OEM | スズキ・アルト |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
- 1998年10月13日 - 軽自動車規格改正と同時のモデルチェンジ。コスト削減のため、アルトと同一のOEM化がなされる。この代からキャンバストップとターボの設定がなくなるが、MT車は引き続き設定。新たに5ドアも設定された。グレード体系は「SG(2WD車のみ)」、「ミレディ」、「ミレディ-S」の3グレードを用意。また「ミレディ-S」の2WD車にはDOHCエンジンを搭載する。
- 1999年10月15日 - マイナーチェンジ。シート地や内装デザインの変更を行い、MT車にはクラッチスタートシステムを追加。また、リーンバーンエンジンを搭載した「ミレディ-L(5ドア)」を追加すると共に、「ミレディ-L」にはCVTも設定された。さらに、5ドアには充実装備のお買い得グレード「ミレディ エクストラ」も追加され、「ミレディ-S」はVVTエンジンと4速ATとなったことで、低燃費を実現した。なお、3ドアは「ミレディ」のみとなり、「ミレディ-S」は2WDのみの設定となる。
- 2000年5月 - 仕様変更。
- 2000年6月30日 - 「5ドア・SG」をベースに、キーレスエントリーシステム、パワードアロック、パワードアウィンドウなど、利便性を高める装備を充実させた特別仕様車「FUN2エディション」を発売。
- 2000年12月18日 - マイナーチェンジ。マツダ車特有の「ファイブポイントグリル」を採用しフロントフェイスを一新すると共に、エンジンをK6A型エンジンに統一。リーンバーンエンジンを搭載する「ミレディ-L」を除く全車が「優-低排出ガス車」の認定を取得。また、軽量衝撃吸収ボディの採用で安全性を向上したほか、装備もいっそう充実された。なお、「SG」と入れ替わりで「SX」が新グレードとして入り「ミレディ-S」と「3ドア・ミレディ」の4WD・5MT車が廃止となった。
- 2001年5月 - 仕様変更。グレード体系の整理を行い、「SX」、「ミレディ-L(CVT車)」を廃止。「3ドア・ミレディ」と「5ドア・ミレディエクストラ」はFFのみの設定となる。また車両形式をHB23S型に統一。
- 2001年11月21日 - フルホイールキャップや車体色と同じドアハンドル・ドアミラー、フルトリムされたインテリアなどで外内装を向上させ、パワーウィンドウ、パワードアロック、AM/FMラジオ付CDプレイヤーなどを装備しながら、67.3万円からのお買い得価格に設定した特別仕様車「SXスペシャル」を発売。同時に仕様変更を行い、「3ドア・ミレディ」を廃止。
- 2002年4月17日 - 一部改良。「SXスペシャル」がカタロググレードに昇格。「ミレディ」はFF車が4ATに統一すると共に、VVTエンジンを搭載したことで「超-低排出ガス」認定を受ける(同時に「ミレディ」の4WD・5MT車と「ミレディエクストラ」を廃止)。また、運転席・助手席SRSエアバッグを標準装備化、シートとドアトリム生地、フルホイールキャップのデザインを変更、キーレスエントリーのアンサーバック機構もハザードランプ点灯式となった。
- 2004年4月 - 仕様変更。「ミレディ-L」を廃止。
- 2004年6月 - 仕様変更。車両形式が変更となる。
光岡・レイはこの代でも販売されており、外装メーカー「夢久(ムーク)」ではCalブランドで2代目AA系ライクなスタイルのバンパーセットをリリースしている。そのためか、マツダ地方ディーラー(まだ名残のあるオートザム店)ではHP等で店頭入手可能であるが如く装着販売車両が掲載されていることがある。
[編集] 5代目・HB24型(2004年-)
| マツダ・キャロル(5代目)
HB24S型
|
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|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 2004年9月 - |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 5ドアハッチバック |
| ハイブリッド | |
| エンジン | K6A型 直3 DOHC 658cc VVT |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | 3AT/4AT/5MT |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| サスペンション | 前:マクファーソン・ストラット式 後:I.T.L式 |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | 3,395mm |
| 全幅 | 1,475mm |
| 全高 | 1,500 - 1,510mm |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | 2,360mm |
| 車両重量 | 720 - 820kg |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 製造事業者 | スズキ |
| 姉妹車/OEM | スズキ・アルト |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | {{{先代}}} |
| 後継 | {{{後継}}} |
| 姉妹車/OEM | |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
- 2004年9月27日 - アルトのモデルチェンジに伴い販売開始。先代と同じく、アルトのOEMで、変更点はグリルとエンブレム等となっている。エンジンは同年のアルトやワゴンRなどと同様のK6A型。また、グレード体系も様変わりし、「G」と「X」の2グレード。「X」にはドアサッシュブラックアウト、アルミホイール、ハロゲンフォグランプを追加装備した「エクステリアパッケージ」も設定された。
- 2005年7月7日 - 「G」をベースに、アルミホイール、電動格納式カラードリモコンドアミラー、ダークティンテッドガラス(リアウィンドウ・バックウィンドウ)を装備した特別仕様車「G Special」を発売。なお、キャロルの「G Special」は3速AT車のみの設定である(先に発売したアルトの「Gスペシャル」には5速MT車も用意されている)。
- 2006年1月 - 仕様変更。ボディカラーの「ミントグリーンメタリック」を廃止する代わりに、「ラベンダーメタリック」を追加。
- 2006年7月18日 - 従来の「G」と入れ替わりでベージュの専用シートと電動格納式カラードリモコンドアミラー、ダークティンテッドガラスを装備した新グレード「G II(ジーツー)」を追加。その他のグレードも仕様変更を行い、ボディカラーの「キャッツアイブルーメタリック」を廃止。「Gスペシャル」はカタロググレードに昇格。
- 2006年12月26日 - マイナーチェンジ。フロントバンパー・グリルを一体型デザインに変更し、フロントターンランプをヘッドランプの真下に移動。シートとドアトリムを茶系色に変更し、「X」はドアサッシュとAピラーをブラックアウト仕様に変更。ボディカラーは「ラベンダーメタリック」を廃止する替わりに「アンティークローズメタリック」と「ライムグリーンメタリック」を追加。排出ガスのクリーン化や更なる低燃費も実現した。また、グレード体系も整理し、「G II」と「X」の2グレードとなる。
- 2007年1月22日 - 日産自動車もスズキからアルトのOEM供給を受けてピノの名称で発売を開始。これにより、軽としては初の3姉妹(兄弟)化が実現した。
- 2008年6月 - 仕様変更。ボディカラーの「ブライトレッド2」、「ムスクブルーメタリック」、「アンティークローズメタリック」、「ライムグリーンメタリック」の4色を廃止し、「マルーンブラウンパール」、「エアブルーメタリック」、「クラッシーレッドパール」の3色を追加。
※ベース車である「アルト」は2009年4月に4AT車を廃止したが、「キャロル」の4AT車については継続生産されている。また、「G II」の5MT車(2WD車・4WD車共)は2009年4月から施行された「環境対応車普及促進税制」の対象車である。
[編集] 脚注
- ^ 当時主力が軽自動車だった競合メーカー各社。一説には本田宗一郎もこの「ロータリー排除」に関わったと言われている。
- ^ ちなみに、当時オートザムではA112の後継にあたるアウトビアンキ・Y10を輸入していた。
- ^ 競合他車に比べて3ドアモデルのみだったための苦肉の措置と思われる。

