ユーノス・プレッソ
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| ユーノス・プレッソ | |
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写真は姉妹車のMX-3
プレッソ
リア |
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| 販売期間 | 1991年 – 1998年 |
| デザイン | 荒川健 |
| 乗車定員 | 4人 |
| ボディタイプ | 3ドアハッチバッククーペ |
| エンジン | K8-ZE型 V6 1.8L 145仏馬力 B5-ZE型 直4 1.5L 115/120仏馬力 |
| 変速機 | 4速AT・5速MT |
| 駆動方式 | 前輪駆動 |
| サスペンション | 前 マクファーソン・ストラット式独立懸架 後 ストラット式独立懸架 |
| 全長 | 4,215mm |
| 全幅 | 1,695mm |
| 全高 | 1,310mm |
| ホイールベース | 2,455mm |
| 車両重量 | 1,030-1,160kg |
| 先代 | マツダ・エチュード(事実上) |
| -自動車のスペック表- | |
プレッソ(Presso )は、マツダ系ユーノス店で販売されていた乗用車である。AZ-3は姉妹車。
目次 |
歴史[編集]
- 1991年3月 - プレッソはジュネーブでMX-3としてデビューする。当時ヨーロッパでも話題の車で、ロンドンの街角には大きな看板も設置されていたユーノス・チャネルのFFスポーツクーペ。当初はK8-ZE型1.8L V型6気筒エンジンのみのラインナップであった。小さいボディにV6、先進的なデザインは話題と人気を博した。発表当時は世界最小のV6エンジンという触れ込みであったが、その後三菱自動車のランサー6とミラージュ6がそれぞれ1.6LのV6エンジンを搭載したためまもなくその座を奪われた。リアウインドウは3次曲面、サイドには1枚しかウィンドウがない。
- 1993年9月 - AZ-3に設定されていた、1.5L 直4エンジンがユーノス・プレッソにも追加された。同時にV6エンジン車もハイオク指定となり最高出力が5仏馬力引き上げられて145仏馬力となった。
- 1996年4月 - 運転席SRSエアバッグを標準装備。ユーノスチャネル廃止に伴い、名称は「ユーノス・プレッソ」のままマツダアンフィニ店での販売となった。
- 1998年6月 - ファミリアのモデルチェンジと同時に生産終了。
デザイン[編集]
プレッソのエクステリアデザインはジョルジェット・ジウジアーロがベルトーネ時代に手がけたデザイン提示用の試作車であるカングーロに多大な影響を受けている。
車名について[編集]
プレッソ(presso )はイタリア語で「仲間」という意味、ドライバーにとっての「友人」たれ、という意味が込められている。日本国外への輸出名はMazda MX-3だが、カナダ市場ではMazda MX-3 Precidia、オーストラリア市場ではユーノス 30Xであった。
アフターパーツ[編集]
短命に終わったモデルであったが、当時4WDターボを武器に活躍したBG系ファミリアと車台が共通だったため、足回りやシートレールなどはファミリア用が使用できた。また1.5L B5エンジン車は駆動系、排気系なども流用可能であったため改造範囲は比較的広かった。ただしV6のK8エンジンについてはマツダスピード(A-Spec)以外からのアフターパーツ供給はほとんど望めなかった。
関連項目[編集]
- マツダ・ECプラットフォーム - 使用するプラットフォーム
- マツダ・オートザムAZ-3
- マツダ・ロードスター