マツダ・ランティス
| マツダ・ランティス | |
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前期型(5ドアハッチバッククーペ)
後期型(4ドアセダン)
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| 販売期間 | 1993年 - 1997年 |
| 乗車定員 | 5名 |
| ボディタイプ | 4ドアハードトップセダン 5ドアハッチバッククーペ |
| エンジン | V型6気筒DOHC 1,995cc 170PS/7,000rpm 18.3kg-m/5,500rpm 直列4気筒DOHC 1,839cc 135PS/7,000rpm 16.0kg-m/4,500rpm |
| 変速機 | 4速AT 5速MT |
| 駆動方式 | FF |
| 全長 | 4,245mm (クーペ) / 4,490mm (セダン) |
| 全幅 | 1,695mm |
| 全高 | 1,355mm |
| 車両重量 | 1,200kg |
| 先代 | マツダ・ファミリアアスティナ |
| -自動車のスペック表- | |
ランティス(LANTIS )は、かつてマツダから発売されていた自動車である。
目次 |
概要 [編集]
ボディは4ドアクーペ(実際は5ドアハッチバック)とセダンの2種類があるが、もともとは別車種として開発されていた。 秀逸なデザインや優れたハンドリングとともに安全性能にも力を入れ、1996年の衝突安全基準適合第1号であったランティスは、現在も各所から高く評価されている。
ランニングプロトタイプおよび最終試作車の開発をニュルブルクリンクで実施している。
エンジンは1.8Lで直列4気筒のBPと、2.0LでV型6気筒のKFの二種類。 KFエンジンはクロノスのものと同じだが、ランティス搭載時には吸排気系の見直しなどが行われ、10馬力の出力増を実現している。 このエンジンとランティスとの相性は非常によく、双方の評価をより高いものへと押し上げている。CAR GRAPHIC誌による発売当時の誌上テストにおいて、0-400m:16.0秒を記録した。これは当時のCAR GRAPHIC誌のテスト記録の中で、2.0L自然吸気エンジン車としての最高記録であった。エンジンがV型6気筒であること、この車が当時唯一の衝突安全基準適合車であったゆえの重量のハンディがあったことを考慮に入れると、極めて優秀な加速性能であったといえる。
しかしあまりに独特なデザインと、マツダの多チャンネル化の失敗によるブランドイメージの悪化もあって、日本国内での販売は伸び悩み、国内販売期間は1993年から1997年までと短命であった。総計4万3,300台ほど販売された。なお日本国内販売が終了した後も海外での販売は好評だったため、輸出専用として生産は継続された。
中古市場ではクーペのMT車、中でも2.0Lエンジン搭載の最上級グレードであるタイプRが人気である。
海外では323Fおよび323 Astinaの名称で販売された。このことから、ファミリア アスティナの後継車種であることが分かる。プラットフォームはマツダ・CBプラットフォームが採用された。
4ドアクーペに関しては「2,000cc 二輪駆動の4ドア車両」で行われることになった新生 全日本ツーリングカー選手権(JTCC)への参戦を強く意識し、他社が直4エンジン搭載車で参戦表明をする中、唯一新型車両にV6エンジンを搭載したため、前評判が非常に高かった。しかし、実際にはトヨタや日産勢に加え、FFセダンで参戦したオペルや重量ハンデを付けられるFRであえて参戦してきたBMWなどの海外勢どころか、当時苦戦していたホンダにすら勝てないことが多く、途中からファミリアにその役を譲った。
歴史 [編集]
- 1993年8月24日 - セダン、クーペ発表。
- 9月1日 - セダン、クーペ発売。
- 1994年2月 - クーペの限定車、「タイプGリミテッド」発売。
- 6月 - クーペのボディーカラーを変更。
- 1995年7月 - 一部改良し、クーペにボディーカラー(シャストホワイト)を追加。
- 1996年8月 - マイナーチェンジし、ボディーカラーを一新する。
- 1997年8月 - 国内販売終了。海外向け生産は1998年のファミリアS-ワゴン登場まで継続。
販売店 [編集]
当時マツダは販売チャンネルが5系列があり、そのうちマツダ店、アンフィニ店、ユーノス店の3系列で販売されていた。 その後、ユーノス店が消滅した後はマツダ店、アンフィニ店のみで販売された。
車名の由来 [編集]
- ラテン語のLatens Curtis(秘密の城という意味)に由来する造語。