光岡自動車

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株式会社光岡自動車
Mitsuoka Motor Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 光岡
本社所在地 日本の旗 日本
〒939-8212
富山県富山市掛尾町508番地の3
設立 1979年11月
業種 輸送用機器
事業内容 自動車
代表者 光岡章夫 (代表取締役社長)
資本金 1億円
売上高 310億円(2010年度12月期グループ実績)
従業員数 667名(2010年度12月末グループ全体)
外部リンク http://www.mitsuoka-motor.com/
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株式会社光岡自動車(みつおかじどうしゃ、Mitsuoka Motor Co., Ltd. )は、富山県に本拠地を持つ、国産・輸入自動車の販売、ならびに、設計・製造を行う企業である。設計・製造に参入したことで、日本で第10番目の自動車メーカーとなった。本社は富山県富山市掛尾町508番地の3。

キャッチコピーは「小さな工場には、夢がある。

目次

[編集] 概要

オロチ・ヌードトップロードスター(2005東京モーターショー)

創業は1968年2月。当初は新車および中古車の販売を行い、BUBU(ブブ)という店舗名称を用い全国展開するまでに事業を成長させていった。その後、社長の自動車への思いが昂じて1979年に開発部を設置。1982年2月には50ccエンジンを搭載して自動二輪免許・原付免許で運転が可能なゼロハンカー「BUBUシャトル」を発表した。そして、同じ富山県富山市にあるタケオカ自動車工芸に開発を依頼してBUBUシャトル50を販売。その後、ゼロハンカーシリーズを展開していく。タケオカ自動車工芸とは合併や提携の話も出ていたが折り合いが付かず、そういった話もなくなった。

1985年の新道路交通法の施行によってゼロハンカーを自動二輪免許・原付免許で運転できなくなったのを機にレプリカカーの開発を開始。1987年に「BUBUクラシックSSK」を発表した。その後、「ラ・セード」、「ビュート」などのレプリカカーを次々と発表していく。

1994年には、「ニア・セブン」などと呼ばれるロータス・スーパーセブン風の車「ゼロワン」を発表、これが組み立て車として認可されたことにより、光岡自動車は10番目の国産自動車メーカーとして認められることとなる。その後もレプリカカーの販売を展開、「優雅」(ユーガ)、「凌駕」(リョーガ)、「我流」(ガリュー)など、独特のスタイリングを持った車を続々と発表していく。

2001年には初の東京モーターショーの参加を実現、初の自社開発車であるスーパーカー大蛇」(オロチ)をショー会場で発表。その高い注目度はショーへの初出展を成功へと導いた。

2年後となる2003年、商用車ショーも含めて3回目となる東京モーターショーには、大蛇のロードゴーイングバージョンと、新型ミドルクラスセダン「ヌエラ」、そして「ゼロワン・コンセプト」を出展。大蛇がエンジンをホンダからの供給が受けられないためトヨタ製となり、エンジン、脚回りが変更された。

2005年の東京モーターショーでは大蛇のオープンカー版「オロチ・ヌードトップロードスター」を発表している。

現在生産している車は、殆どがオートマチック・トランスミッション仕様だが、2008年に投入された「ガリュー204」はCVT仕様とマニュアル・トランスミッション仕様が存在する(ベース車にMTの設定があるため)。

光岡自動車は自社の製造、販売以外に新車販売や直輸入車の販売、中古車の販売を行うBUBUグループの経営も行っている。このルートを通し、2000年にはロンドンタクシーインターナショナル社の総輸入元となっており、さらに2004年にはマレーシアTDカーズMGレプリカカーの輸入も行っている。

なお、2007年3月には同社が運営する「ランボルギーニ大阪」の内部情報がインターネット上に公開されてしまう事件が起きている。

部門別売上比

開発車事業:7%
正規輸入車ディーラー事業:54%
ブブ中古車事業:39%

となっている。

2010年には電気自動車雷駆を発表。

[編集] グループ会社

  • (株)北海道ブブ
  • (株)M.I.D.
  • (株)ファーレン富山
  • ミツオカモータースアメリカInc.
  • ミツオカモータータイランドCo.,Ltd.
  • ミツオカモーターセールスタイランドCo.,Ltd.

[編集] 拠点(グループ)

北海道、宮城、栃木、群馬、千葉、埼玉、東京、神奈川、愛知、富山、大阪、兵庫、福岡、米国(ロサンゼルス)、タイ(バンコク)

[編集] キットカー

光岡では「キットカー」と呼ばれる、自分で組み立てる50ccクラスの小型車の開発も手がけていたが、販売については、会長の光岡進と社長の光岡章夫との間で意見の相違があった。章夫は利益の上がらないキットカーの販売は取りやめるべきとしていた一方、会長の進はキットカーこそが光岡自動車の創業の意義であるとし継続を主張していたが、結局進のほうが折れた。

その後50ccのマイクロカー「K-3」を100台だけ限定生産し、2006年11月にキットカー「K-4」の受注を開始、限定220台で発売、この「K-4」を最後に2サイクルエンジン搭載のミニカーは生産終了となった。なお「K-3」は発売後一週間で全て売り切れており、プレミアをつけて転売している店も存在する。

[編集] 車種一覧

マイクロカー

[編集] 現行モデル 

[編集] 認定中古車モデル

[編集] 生産終了モデル 

[編集] 輸入車

[編集] 特販課

[編集] その他

雷駆‐T3(実証試験中)

[編集] 外部リンク

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