三菱・ミニカ

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ミニカMINICA )は、三菱自動車工業で販売されていた軽自動車のブランド(商標)、および車名である。

概要[編集]

初代は1962年に三菱自動車(当時は新三菱重工業、後の三菱重工業)初の軽乗用車として登場する。最終型(2011年6月まで販売)は1998年に軽自動車規格改正を受けてフルモデルチェンジされた8代目にあたり、2007年7月乗用車登録となるセダンタイプが廃止され商用車登録となるバンタイプのみとなった。乗用モデルは軽乗用車の商標として最も長命で8代45年を誇る車種であった。また、2011年5月現在の時点において現存する軽自動車全体では1960年初代発売のダイハツ・ハイゼット[1]1961年初代発売のスバル・サンバーに次いで3番目の長寿車種となっていた。

利便性に優れた軽トールワゴンタイプ全盛の時代においても、良い意味で昔ながらの運転のしやすく軽量なボディ形状により、主婦高齢者層のセカンドカーとしてだけではなく、法人ユーザーの営業用としても需要があった。しかし、晩年においてその需要はセミトールワゴン型のeKシリーズやミッドシップエンジンを用いたトールボーイハッチバックセダンi(アイ)に移行して、販売は専ら商用モデルが中心となり、最終的には販売不振のため乗用モデルそのものが廃止され、そのおよそ4年後には残された商用モデルも廃止され名実共にミニカの商標は終焉となった。そして2013年のトッポ(←トッポBJミニカトッポ)の生産終了により、51年と半世紀を越えたミニカの系譜は完全に消滅した。

また、本稿では以下のモデルについても便宜上記述する。

  • ミニカ バン
    • ミニカ エコノ
  • 以下、2ストロークエンジン搭載専用モデル。
    • ミニカ70
      • ミニカ73
  • 以下、4ストロークエンジン搭載専用モデル。
    • ミニカF4
      • ミニカ5
      • ミニカアミ55
      • ミニカアミL
  • ホットハッチ
    • ミニカ エコノZEO
    • ミニカ DANGAN

なお、派生車については派生車から当該項目を参照のこと。

歴史[編集]

初代 LA20/21/23型(1962年-1969年)[編集]

三菱・ミニカ(初代)
中期型
Mitsubishi Minica LA Front JPN.jpg
Mitsubishi Minica LA Rear JPN.jpg
販売期間 1962年 - 1969年
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアセダン
(ノッチバック)
駆動方式 FR
サスペンション 前:ウィッシュボーン+横置きリーフスプリング独立懸架 後:半楕円リーフスプリング・固定軸
全長 2995mm
全幅 1295mm
全高 1345mm
ホイールベース 1900mm
車両重量 490kg
-自動車のスペック表-

1961年に登場した軽ボンネットバン三菱・360をベースに、ほぼ共通のドライブトレーンやプレスを用い、車体後部構造とグリルのデザインを変えることで、4人乗り軽乗用車に仕立てられたものである。堅実で信頼性は高いが安易で凡庸な成り立ちであり、デザインも武骨なものであった。

センターピラーから後ろをノッチバックスタイルに変更、リアウィンドウを垂直に立てることで、乗用車としてのヘッドルームをかせいだ。駆動方式もベースモデルと共通のフロントエンジン・リアドライブで、リアエンジンが一般的だった当時の軽自動車の中では、最も広いトランクを備えることがセールスポイントであった。エンジンはME21型2ストローク空冷直列2気筒・359ccで最高出力は17馬力を達成し、実用上支障ない性能を確保していた。

1964年11月
マイナーチェンジ。エンジンがME24型となる。リードバルブ管制方式および分離給油方式(オートミックス)の採用によりエンジンの出力が18馬力へとアップ。
1966年12月
「スタンダード」追加。従来型は「デラックス」と呼称。
1967年5月
マイナーチェンジ。エンジンがME24Dの出力を21馬力へと向上。
1968年10月
2G10型2サイクル水冷直列2気筒359ccエンジン搭載車「スーパーデラックス」が追加。最高出力は23馬力だった。


2代目 A100/101・A100/101V・H-A104/105V・J-A106V型(1969年-1972年)[編集]

三菱・ミニカ(2代目)
ミニカバン(前期型)
2ndMinica-van.jpg
ミニカ70 GSS
Mitsubishi-Minica70.jpg
ミニカ70 ハイデラックス リア
Mitsubishi-Minica70rear.jpg
販売期間 1969年 - 1981年
乗車定員 4人
ボディタイプ 3ドアハッチバック
駆動方式 FR
全長 2995mm
全幅 1295mm
全高 1345mm
ホイールベース 2000mm
車両重量 455kg
-自動車のスペック表-
1969年7月
登場。それまでの“堅実的だがどことなく田舎臭い”というイメージのあった初代から、若者受けする内容に大変身した。1970年代をリードする軽自動車という意味を込め、ミニカ'70という名称で発売された。駆動方式は従来通りFRだったが、懸架装置はフロントがストラット、リヤは5リンクリジッドに変更された。“ウィング・フローライン”と名づけられたボディはクラス初の3ドアとなっており、更にリヤシートが前倒れするなど、バン的な要素も兼ね備えていた。もちろん、この機構はコルト1000Fの3ドア車での経験を踏まえたものである。
エンジンは従来型を踏襲し、2サイクル2気筒の空冷(ME24E型。スタンダード、デラックスに搭載。形式はA100)と水冷(2G10-1型。スーパーデラックス、スポーティデラックスに搭載。形式はA101)の2機種を用意、同年12月には、ツインキャブの水冷エンジンを搭載したGSSとSS、空冷シリーズの最上級版であるハイデラックス、また三菱360バンに代わる商用タイプとしてCピラーを垂直気味にして、テールゲートの開口部を大きく取ってスペースユーティリティを増したミニカバン(A100V。空冷のみ)を追加し、一気にバリエーションが充実した。途中からMINICAの "M" をあしらったオーナメントが登場(これと同時にフェンダーの "minica" エンブレムの取り付け位置が下部から上部(サイドウインカーとほぼ平行になる)に移動)。このグループから吊り下げ式クーラーがオプション設定されるようになった。
この3種類のエンジンは、エアクリーナーケースに各々色が塗られており、エンジンにはその色に準じたペットネームが付けられていた。
  • イエローエンジン - ME24E型 26馬力
  • レッドエンジン - 2G10-1型シングルキャブ 28馬力
  • ゴールドエンジン - 2G10-2型ツインキャブ 38馬力
1970年10月
ミニカ'70シリーズがマイナーチェンジ、イエローエンジンが30馬力(ME24F型)、レッドエンジンは34馬力(2G10-4型)にアップした。同時にGSS譲りのフォグランプ内蔵の丸4灯ライトや8トラックステレオ(アダプターを併用すれば、市販のカセットテープも使用可能)を標準装備したシリーズ最上級版のGLが登場、車名がミニカ70となりSSのみ廃止された。このグループからはテールランプの意匠をそれまでの縦型から横3連型へ、同時にMINICAの "M" をあしらったオーナメントの取り付け位置がバックドアの正面から見て右側に、それぞれ変更された。
1971年2月
車名がミニカ71に変更と同時に、水冷のお買い得グレードである、ファミリーデラックスが追加された。
1971年5月
派生モデルでクーペタイプのミニカスキッパー登場。ゴールドエンジン搭載車のGSSは廃止された。
1971年9月
マイナーチェンジで車名をミニカ72へと変更。グリルやテールランプ、インパネなどスキッパーのイメージを導入する事が主目的だった(リアのターンシグナルランプが橙色となり、安全性がさらに増した)。同時にツインキャブエンジンのスポーティDX/SS/GSSは廃止された。なおこれと同時にフロントグリルはGLのみスキッパーと同一のものに、それ以外は角型2灯はそのままでハニカムパターンのグリルにそれぞれ変更された。
1972年10月
全車水冷のレッドエンジンになり車名もミニカ73となる。同時に空冷だったバンシリーズも全車水冷化され、A101Vへと形式変更された。共に搭載するのは、31馬力へディチューンされたレッドエンジン(2G10-5型)。ミニカ73はミニカF4の廉価版として2サイクルエンジンが搭載され、STDとDXに車種整理で1973年10月まで継続。1973年10月にはバンにフォグランプ内蔵の丸型4灯ライトを装備する(フロントグリルはセダンGLならびにスキッパーと同一のもの)カスタムを追加。ナンバープレートの大型化に対応した改良(1975年頃)と排ガス規制による4サイクル化(1976年5月)による排気量アップ (500cc-550cc) とバンパーの大型化を経て、ミニカ5バン-ミニカ55バンに名称変更され、1981年のエコノ登場まで発売された。


3代目 A103A・C-A104A型(1972年-1977年)[編集]

三菱・ミニカ(3代目)
ミニカF4(前期型)
MinicaF4.jpg
販売期間 1972年 - 1977年
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアセダン
(リアガラスハッチ付)
駆動方式 FR
全長 2995mm(前期)
3130mm(後期)
全幅 1295mm(前期)
1395mm(後期)
全高 1315mm
ホイールベース 2000mm
車両重量 515kg(前期)
540kg(後期)
-自動車のスペック表-
1972年10月
フルモデルチェンジ。車名をミニカF4 (A103) へと変更。全体のプロポーションはミニカ'70と余り変わらないが、黄金虫シェルと呼ばれたスタイルは全体的に丸みを帯びた物となり、リヤのテールゲートはガラスハッチタイプに変更された。
エンジンは新開発の2G21型4サイクル直列2気筒SOHC359cc。通称バルカンエンジンで従来からの2サイクルエンジン[2]は4サイクルに移行した。シングルキャブとツインキャブの2タイプが用意され最高出力はそれぞれ32馬力と36馬力となっている。
1973年10月
廉価版グレードはフロントグリルのデザインが変更される。同時に36馬力仕様は廃止。
1974年12月
2G21型エンジンにバランサーシャフト(のちにサイレントシャフトに改名)を搭載し(バルカンS)、排ガス対策の為、最高出力が30馬力となる。同時にグレードが4グレードに縮小され、スーパーDXのフロントグリルがフォグランプ内蔵の丸型4灯式に変更。同時に現在の黄色いナンバープレートに対応した改良が行われる。
1976年4月
マイナーチェンジ、同年1月に実施された軽自動車の新規格(全長3.2m×全幅1.4m以内、エンジン排気量550cc)対応されミニカ5 (A104A) に車名変更。バンパーを大型化しエンジンも30馬力を発揮する2G22型直列2気筒SOHC471ccエンジンに換装。ミニカ・アミ55までの暫定的な存在となる。
ミニカ5登場と同時に、商用車のミニカ5バン (A104V) が発売された。このモデルは端的に、2サイクル360規格のミニカ70シリーズにおけるバン仕様 (A100/101V) をベースに、4サイクルエンジン(商用仕様の為、ミニカ5よりディチューンされた2G22型を搭載)を搭載したモデルだが、大型バンパーを採用し、ミニカ5と共通性を持たせた外観となっていた。


4代目 A105A/106A・A107A/V型(1977年-1984年)[編集]

三菱・ミニカ(4代目)
ミニカ・アミ55 XL
4th Mitsubishi Minica 1.jpg
4th Mitsubishi Minica 2.jpg
販売期間 1977年 - 1984年
乗車定員 2-4人
ボディタイプ 2ドアセダン(アミ55/アミL)
(リアガラスハッチ付)
3ドアハッチバック(エコノ)
駆動方式 FR
全長 3175mm
全幅 1395mm
全高 1315mm(アミ55)
1345mm(アミL)
ホイールベース 2000mm(アミ55)
2050mm(アミL)
車両重量 565kg
-自動車のスペック表-
1977年6月
フルモデルチェンジ。車名をミニカ・アミ55 (A105A) へと変更。全体の印象はミニカ5と変わらないが、新規格に対応し全幅は10cm拡大、全長は規格に余裕を残した3175mm(XL仕様)まで延長された。エンジンはミニカ5の2G22型をストロークアップした2G23型を搭載。最高出力は31馬力と、数値的な目新しさは無いがトルクUPに伴い、実用性能が格段に向上した。同時に、ミニカ5バンも550CC化[3]され、アミ55と同じ2G23型[4]を搭載するミニカ55バン (A105V) へと車名変更されている。
1978年9月
53年排ガス規制に適合すべくG23B型へ換装(MCA-JET化、ジェットバルブが追加されたと同時に、二次空気供給装置及び酸化触媒の廃止、静粛性向上のためタイミングチェーン駆動からタイミングゴムベルト駆動に変更、ロッカーアームがアルミ製になるなど動弁系の軽量化も施される。名称「バルカンII」)。
1979年4月
一部変更でバンを含む全車のエンジンが54年の騒音規制が施される/ミニカ55バンは54年排ガス規制適合。
1980年8月
アミ55に脱着式ガラスサンルーフ仕様追加。
1981年2月
アミ55に超低価格の51万8000円で発売の「ユーティリカ」追加。
1981年9月
マイナーチェンジ。車名をミニカ・アミL (A107A) に変更。またミニカ55バンのモデルチェンジ版として、商用登録のミニカ・エコノ (A107V) が登場。今回のマイナーチェンジは乗用と商用で車体を共通化。[5]全長を規格一杯まで伸ばしてホイールベースを50mm延長。更に全高を30mm高めて居住性の向上を図った。エンジンは、アミLはアミ55のG23B型(最高出力は変わらないが、カムプロフィールの変更により、よりマイルドな味付けとなる)を、エコノは55バンの2G23型を各々踏襲。2速セミATをアミL/エコノ全車に設定[6]。ちなみに商用登録を「エコノ」と名付けたのは、商用車は乗用車よりも経済的、つまりそれはエコノミーなミニカ、という位置付けとしたためである。
1981年12月
エコノ2シーターを追加。
1982年5月
エコノに女性向けの内外装を持った「マリエ」と新車価格498000円のSスペシャルを追加。
1982年12月
アミLにリモコンミラーとカセットステレオを追加したCXを追加。既存モデルはフロントグリルにMMCマークが付く。
1983年3月
軽自動車初となるターボエンジン搭載モデルを追加した。「バルカンSターボ」と呼ばれターボチャージャーを搭載した546cc SOHC 2気筒(G23B型)エンジンの性能はグロス 39ps/5.5kgf-m。キャブレター式ターボであったため、加圧式キャブレターが装着されていた[7]。全車全グレードとも、4輪ドラムブレーキ(前輪・2リーディングドラム/後輪・リーディング&トレーリングドラム)、4速MT/2速セミAT(ターボは4速MTのみ)、エアミックス式のエアコンは無く、外付けクーラーのみで、装備としては旧式化していた。


5代目 H11A/V・H12V・H14A/V・H15A/V型(1984年-1989年)[編集]

三菱・ミニカ(5代目)
ミニカセダン5ドア 4WD
(後期型)
Mitsubishi Minica 501.JPG
エクシード
Mitsubishi-MinicaExceed.jpg
エコノ ZEO
Mitsubishi Minica Econo ZEO(H14V).jpg
販売期間 1984年 - 1989年
乗車定員 4人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
駆動方式 FF/4WD
全長 3195mm
全幅 1395mm
全高 1420mm
ホイールベース 2260mm
車両重量 580kg
-自動車のスペック表-
リアビュー(セダン5ドア 4WD)
1984年2月
フルモデルチェンジ。先代のウィークポイントであったFRゆえの居住性の悪さを改善すべくFF方式に変更。タイヤを出来るだけ四隅に追いやり、当時異例なほどの広い室内空間をアピールポイントとしていた。初の5ドアとなったセダンは再び「ミニカ」に戻り、バンは「ミニカエコノ」を継承。エンジンは従来型のG23B型だが、タイミングチェーンからタイミングベルト駆動方式に変更され、名称も「バルカンII」となっている。ターボ車には軽自動車初のインタークーラーが装着され、フロントディスクブレーキが標準で装備された。このグループからはエアコンがオプション設定されるようになる。
なお、1981年頃の自動車雑誌による経営者インタビュー上で、「(メインユーザーが地方在住、また保守層であることに配慮し)当分ミニカをFFにすることは考えていない」という記述があったが、スズキ・アルトなどの大ヒットに抗いきれず、翻意せざるを得なかったことが窺える。
1985年8月
セダンに3ドアの復活。エコノにはミニカ史上初のパートタイム4WDが加わった。ターボ車および、ほぼ同期に開発された同社のミニキャブ同様12インチフロントディスクブレーキが標準で装備されておりホイールのPCDはFFモデルの100mmに対し114.3mmと異なっている。同時に3ドアターボに特別仕様車「ジャッカル」が限定700台で発売。また、5ドアセダン「XL」のフロントブレーキがディスク化され、タイヤサイズは12インチとなった。
1986年2月
3ドアターボ特別仕様車「ジャッカル」が再び700台限定で発売。エコノに特別仕様車「ライラ」(限定6000台)と「Gエクストラ」(限定1000台)を発売。
1986年4月
3ドアセダンに手動開閉式のキャンバストップ仕様車[8]を追加。同時にセダン・オープントップターボ特別仕様車「スカイジャック」を限定500台で発売。これは1985年の東京モーターショーに出品された「ミニカ・ランナバウト」を市販化。脱着可能な「カプセルルーフ」を装備。
1986年6月
エコノに特別仕様車「パセリ」[9]を限定6000台で発売。
1987年1月
大幅なマイナーチェンジが行われエンジンが従来の2気筒(G23B型・バルカンII)から新開発の3気筒(3G81型サイクロン)に変更され静粛性や動力性能が向上した。これに伴いATはこれまでの2速から3速へ変更。5ドアセダンには4WDが設定される。
1987年4月
エコノターボにエアロ付きモデル「XR」追加。
1987年5月
5ドアセダンに「パセリ」追加。エコノに「ライラ」「ライラ4WD」追加。
1987年8月
エコノターボに特別仕様車「JACKAL」(ジャッカル)を1000台限定で発売。
1987年9月
エコノにビスカスカップリング式フルタイム4WDが追加。翌年1月にはパートタイム4WDが消滅。
1988年1月
エコノターボに、フルエアロ付きモデル「ZEO」(ゼオ)が発売された。ZEOはスズキのアルトワークス、ダイハツのミラターボTR-XXの対抗馬として発売されたが、当時の馬力戦争において、他社の電子制御方式で64馬力に対し、ZEOは従来のターボ車と同じキャブレターターボエンジンで50馬力であったため、販売台数は少なかった。同時にエコノに充実装備のお買い得な特別仕様車「Tico」(ティコ)シリーズ[10]や5ドアセダン専用の最上級グレード[11]「EXCEED」(エクシード)も発売。
1988年5月
エコノのティコGは指針式AMチューナー+カセットステレオ標準装備のティコGサウンドBOXに変更され、ティコシリーズの中間グレードのティコFを追加、5ドアセダンにもティコ(限定1500台)を発売。
1988年9月
エコノティコGに88年ソウルオリンピック記念車を限定発売。ティコM に地域限定特別仕様車ティコYu、ティコ・ピーター、エコノ4WD・S にピーター4 を発売。


6代目 H21A/V・H22A/V・H26A/V・H27A/V型(1989年-1993年)[編集]

三菱・ミニカ(6代目)
ピアチェ4WD
660ccモデル・後期型
Mitsubishi Minica Piace 4WD.JPG
ダンガン ZZ
550ccモデル
Mitsubishi Minica Dangan 001.JPG
バン
660ccモデル・後期型
Mitsubishi Minica 1989.JPG
販売期間 1989年 - 1993年
乗車定員 2-4人
ボディタイプ 3/4/5ドアハッチバック
エンジン 3G81/3G83直列3気筒SOHC
3G81/3G83直列3気筒DOHC15バルブ
3G81/3G83直列3気筒DOHC15バルブICターボ
変速機 4MT/5MT/3AT
駆動方式 FF/フルタイム4WD
サスペンション 前 ストラット
後 3リンク
全長 3195-3295mm
全幅 1395mm
全高 1465-1515mm
ホイールベース 2260mm
車両重量 560-750kg
-自動車のスペック表-
1989年1月
モデルチェンジで角の張った直線主体のボディラインになり、先代で好評だった室内の広さは継承されている。車名はミニカに統一され、当初は3ドア、1:2ドア(右1枚/左2枚)のバンと5ドアのセダンが用意された。
このモデルには、軽スポーツのスズキ・アルト ワークスやダイハツ・ミラ TR-XX に対抗し、国内の四輪車ではクラス初であり市販車初となる5バルブ 直列3気筒 DOHC ターボエンジン[12]を搭載し、自主規制値一杯の64psを発揮した「DANGAN」(ダンガン)やトールボーイスタイルの派生モデルである「トッポ」、西友と共同開発した左右非対称となる1:2ドア[13]の「レタス」等のモデルも登場した。
また、バブル景気に開発された車種ゆえに最上級グレードのXG(5ドア)・pg(3ドア)には運転席パワーシート、パワーステアリング(当時数少なかった電動パワステ)、パワーウインドウが装備されていた。パワーシートは前後スライドと上下アジャスターのみの簡易型ではあるがメモリー機能も備わっており、エンジン停止後キーを抜くと最後部までシートがオートスライドし、キーを差し込むと設定した位置まで復帰する。
登場直後に軽自動車の規格変更が有り、550ccエンジン(3G81型)は短期間で660cc(3G83型)に変わってしまった為に、複雑な思いをしたユーザーも居た。
「ダンガン」は日本の軽自動車の歴史の中でもエポックメイキングな位置付けとなっており、5バルブ DOHC エンジンと言う特殊性から、PS2ゲームソフトグランツーリスモ4」にも収録されている。
1989年5月
消費税導入を睨んで3ドアセダンを追加。1:2ドアの「レタス」もセダン化。
1989年8月
これまで貨物登録であった「ダンガン ZZ」が乗用登録となる。同時に「ダンガン Si」、「ダンガン Ri-4」、そして「ダンガン ZZ-4」が追加される。セダンのラインナップ見直しでエアコン標準装備車が増加。自然吸気仕様の DOHC 5バルブエンジン搭載車を追加。
1989年10月
3ドアセダン「μf」発売。特別仕様車3ドアセダン「ライラ」発売。
1990年2月
新規格化対応(但し「ダンガン ZZ」、「ダンガン ZZ-4」は旧規格のまま併売)。フロントバンパー大型化で+30mm・リヤボディー部分を延長で+70mmそれぞれ拡大。ハイルーフ仕様のミニカトッポ販売開始。
1990年8月
旧規格のままだった「ダンガン ZZ」、「ダンガン ZZ-4」がようやく新規格化。
1991年5月
一部車種体制を見直し。「ダンガン ZZ」に AT を追加。
1992年1月
マイナーチェンジ。主にフェイスリフト。30周年記念車の「ミラノ」と「ピアチェ」を発売。「ダンガン ZZ」をベースに4ABS、リアELR3点式シートベルトなどを追加した「ダンガン ZZ-LIMITED」を追加発売。
1992年8月
30周年記念車の「ミラノ」と「ピアチェ」を小変更。
1993年1月
一部変更。30周年記念車「ミラノリミテッド」、「ミラノ 4WD」発売。


7代目 H31A・H32A/V・H36A・H37A/V型(1993年-1998年)[編集]

三菱・ミニカ(7代目)
セダン3ドア(前期型)
Mitsubishi Minica 701.JPG
バン ライラ(中期型)
Mitsubishi Minica 702.JPG
販売期間 1993年 - 1998年
乗車定員 1-4人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
エンジン 3G83直列3気筒SOHC
4A30直列4気筒SOHC16バルブ
4A30直列4気筒DOHC20バルブICターボ
変速機 4MT/5MT/3AT/4AT
駆動方式 FF/フルタイム4WD
サスペンション 前 ストラット
後 3リンク/5リンク
全長 3295mm
全幅 1395mm
全高 1475-1505mm
ホイールベース 2280mm
車両重量 590-780kg
-自動車のスペック表-

1993年9月にモデルチェンジ。より丸みを帯びたスタイリングとされ、ヘッドランプも異形丸型となった。新規格での設計により、一見スタイリング重視にも見えるが先代に比べ質感、居住性が共に大幅に向上した。運転席側ドアの長さを助手席側より短くした3ドアと通常の5ドアを用意。先代に存在した1:2ドアの「レタス」はそのコンセプトを派生モデルの「トッポ」に引き継ぐ形になり、また「トッポ」自体はフロント周辺のデザイン変更とホイールベースの若干の延長のみで大きな変化はない。エンジンは従来の直列3気筒(3G83型)に加え、新開発の直列4気筒4A30型)が新たに投入された。またファジイ制御式4ATや軽自動車初でなおかつ世界最小となる4気筒 DOHC 20バルブツインスクロールターボエンジン、および4気筒 SOHC 16バルブ自然吸気エンジン(ともにエンジン形式4A30)が用意され、更にこの代から全車にフロントディスクブレーキが標準装備化された。ただし先代に搭載されていた電動パワーステアリングが油圧パワステに回帰し8代目モデルにも採用されることとなる。UVカットガラスや、鮮やかなボディカラーを用意した「グッピー」や、レトロ風ドレスアップの「アンティ」、トッポをベースにフロントバンパーに小型のグリルガード、バックドアの外側にスペアタイヤをそれぞれ装着したRV風ドレスアップの「カラボス」、独特のキャラクターを持ち、出目金の眼のようにボンネットフードから大きくはみ出した丸型大口径のヘッドランプが特徴的な前述の「アンティ」の発展版にあたるレトロ風ドレスアップの「タウンビー」[14]、商用モデルに運転席のみの1シーター車など多彩なモデル展開がなされた。純正AM/FMカセット装着車の場合、当時の軽自動車としては珍しい非DIN機(実態は1DINに近い)であり操作部の一部をカラーテレビなどの隠しポケットの様なカバーで覆っていた。


8代目 セダン・H42A/47A型(1998年-2007年)、バン・H42V/47V型(1998年-2011年)[編集]

三菱・ミニカ(8代目)
H42A/V型/H47A/V型
3ドアバン(前期型)
8th generation Mitsubishi Minica.jpg
8th generation Mitsubishi Minica rear.jpg
販売期間 1998年 - 2007年(セダン)
1998年 - 2011年(バン)
乗車定員 2-4人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
エンジン 3G83直列3気筒SOHC
変速機 4MT/5MT/3AT/4AT
駆動方式 FF/フルタイム4WD
サスペンション 前 ストラット
後 3リンク
全長 3395mm
全幅 1475mm
全高 1475-1510mm
ホイールベース 2340mm
車両重量 680-790kg
-自動車のスペック表-
1998年
軽自動車の規格変更に伴い登場。曲面を多用した先代から直線的なラインを部分的に配し、合理的なデザインが特徴的である。デビュー当初から2001年モデルまでは全車3気筒3G83型SOHC12バルブ MVVエンジンを搭載されていたが、同社のekワゴン登場以降の2002年モデル以降からは全車通常版の3G83型SOHC12バルブエンジンに換装される。ただし、エンジンの最高出力と最大トルクの各スペックに関してはそのまま据え置かれた。
発売から2011年6月現在の時点まで10年以上を経過しているが、改良を重ねながら生産していた長寿モデルでもあった。登場後から、軽自動車の売れ筋は車内空間の広いトールワゴン型に移行し、タコメーターを持つスポーティー系グレードは派生車種であるトッポBJ及び後継車種のeKシリーズに移行し、それらが売れ筋となった。このため実用系グレードのみに絞った8代目ミニカの販売量は以前のモデルと比べて低迷していた。
8代目のデビュー当初から乗用シリーズ (H42A/H47A) 廃止直前の2007年6月までの販売比率では100%中およそ75%がバンで占められていた。
乗車定員数は全車4人乗りとなり、またバンにもワイパーの間欠・ミストが標準装備されたがウォッシャー噴射口は中央のみとなり助手席グリップはバンはオプション設定となった。
1999年1月
レトロ調の外観を持つタウンビーが追加される。
1999年10月
一部改良。セダン系Pg以上のグレードのフロントターンランプがクリア化された他、Pjとタウンビーはオートマチックが4速化される。シート生地なども変更。
1999年12月
ミニカをベースに1.1GDI-ASG(アイドリング・ストップアンド・ゴー)エンジンを搭載したピスタチオが50台限定で発売された。
2000年11月
マイナーチェンジ。タウンビー系以外のセダンのフロントマスクが一新され、ピスタチオに似た親しみやすいマスクとなる。タウンビー系はヘッドランプベゼルがボディ同色化される。グレード展開はセダンのPfとPgが統合されヴォイスとなった他、バンのCeがライラに改名。このうち、タウンビー系以外のセダンのヴォイスおよびPjにはピスタチオと共通の自由曲面(マルチリフレクター)ヘッドランプが標準装備となり、更にセダンのヴォイスおよびPj、タウンビーには液晶式トリップメーター(シングルタイプ)も標準装備となる。
2001年10月
一部改良。エンジンの改良などが行われる。
2002年6月
バンにLEV仕様車のライラEが追加。
2002年9月
バンのCfを廃止。バンはライラ系グレードのみとなる。セダン系はボンネット部のダミーグリルが廃止される。
2003年1月
セダンにPc追加。ホイールキャップ、クリアターンランプ、センタードアロック&キーレスエントリー、ステレオ等を省略した買い得グレード。
2003年9月
一部改良。超低排出ガスに認定された他、一部グレードでグリーン税制に適応するなど環境対策が進められる。そのためライラの2WD車のマニュアルを5速化。ライラEとタウンビーが廃止される。
2004年5月
一部改良。セダン系最上級グレードのPjが廃止され、ミニカから4AT採用車が消滅する。UV&ヒートプロテクトガラスが採用された他、セダンはシート生地が変更される。
2006年4月12日
マイナーチェンジ。このマイナーチェンジではバンのフロントマスクがセダンのものに統一された他、セダン・バンに関わらず全車ヘッドランプが自由曲面(マルチリフレクター)化され、液晶式トリップメーター(シングルタイプ)も全車に標準装備された。ヴォイスのターンランプはアンバーとなり、デザイン面では全車統一された。またセダンの3ドア車が廃止され、バンタイプは5ドアを新たに設定。事実上、ミニカ初の5ドアバンである。
2006年10月
新触媒の採用などによる環境性能の向上が図られ、全グレード「平成17年排出ガス基準75%低減レベル(☆☆☆☆)」を達成、一部グレードでは「平成22年度燃費基準+10%」又は「平成22年度燃費基準+20%」を達成。このほか、Pcのシート生地がニット生地に変更された。
2007年6月
販売台数減少、および軽セダン市場不振などの理由で車種整理の対象となり乗用(セダン)シリーズ (H42A/H47A) が生産終了および販売終了。同年7月以降は商用(バン)シリーズ (H42V/H47V) のみの販売となる。これにより、ミニカの乗用シリーズとしては8代45年の歴史に幕を下ろした。これはセダン、ワゴンに関わらず軽乗用車の商標としては最も長いものであった[15]
2007年7月2日
商用(バン)シリーズとしての最上級グレード「NATTY(ナッティ)」を追加。ボディは5ドアのみでトランスミッションは2WD、4WDに関わらず3ATのみの設定でエアコン、パワステのほかに前後開閉パワーウインドウや電動格納式リモコンカラードドアミラー、さらにパワーウインドウ開閉機能対応マルチモードキーレスエントリーなどを装備しており、バンでありながらすでに廃止されたセダンシリーズの中核グレードであった「ヴォイス」に匹敵する内容や設備を持っている。また「ナッティ」に装備されている標準仕様のオーディオは1スピーカーモノラル音声のFM/AMラジオが基本だがメーカーオプションでAM/FMチューナーCDプレーヤー+フロント2スピーカーの設定がある。
2008年6月
ボディカラーを一部変更。
2009年10月
「ライラ」の3ドアおよび5ドアをベースに、専用ボディカラー「ブラックマイカ」とダークシルバーのフロントグリルを採用すると共に、タイヤサイズを変更しホイールキャップを装着して見栄えを向上。AM/FMラジオ(デジタル時計付・スピーカー内蔵)を標準装備した特別仕様車「黒ミニカ」を発売。5ドア・2WD車は「平成22年度燃費基準+15%」を達成しており、環境対応車普及促進税制に適合している。トランスミッションは2WD、4WDにかかわらず3ATのみの設定となる。
2009年12月24日
一部改良。新たにハイマウントストップランプを標準装備化。同年10月発売の特別仕様車「黒ミニカ」にもハイマウントストップランプを追加し、販売を継続。
2010年10月7日
一部改良(同年10月14日販売開始)。エンジンのフリクションを低減すると共に、2WD・5MT車と4WD・3AT車にはパワーステアリングに省エネバルブを採用したことで燃費を向上。これにより、「NATTY」の2WD・5MT車は「平成22年度燃費基準+25%」を、「LYRA」の2WD・5MT車と全グレードの4WD・3AT車は「平成22年度燃費基準+15%」をそれぞれ達成し、新たに環境対応車普及促進税制に適合。このほか、「NATTY」は運転席・助手席エアバッグを標準装備化。シート生地は肌触りのよりベージュ色のニット生地に、オーディオをAM/FMラジオ(デジタル時計付、スピーカー内蔵)に変更した(「LYRA」の2WD・5MT車を除く)。「LYRA」は新たにシガーライターを標準装備(2WD・5MT車はメーカーオプション)した。グレード体系は「LYRA」の5ドア車を廃止、「NATTY」の5MT車の設定により、3ドア車は「LYRA」、5ドア車は「NATTY」となった。なお、今回の一部改良モデルより、5年目以降の車検入庫時に保証延長点検(24ヶ月定期点検相当)を受けることを条件に適用される「最長10年10万km特別保証延長」の対象車種となった。
2011年5月
販売台数減少、および軽ボンネットバンの需要低迷などの理由で車種整理の対象となり商用(バン)シリーズ (H42V/H47V) が生産終了。以後は在庫のみの販売となる。
2011年6月30日
商用(バン)シリーズ販売終了。名実共にミニカの商標は8代49年の歴史に幕を下ろした。
(2013年6月6日→9月27日)
ミニカの系譜を引き継いでいた「トッポ」が6月6日に生産を、9月27日に販売を終了。51年も続いたミニカの系譜が完全に消滅。


車名の由来[編集]

英語の「Mini Car」、または「Miniature Car」(いずれも小さな車の意)を略した造語。

脚注[編集]

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  1. ^ ただしトラックでの場合。バン(のちのカーゴ)の場合は1961年に初代が発売されている。
  2. ^ 従来型のミニカ73 / ミニカバンのみ引き続き2サイクルを搭載
  3. ^ 2代目ベースのため、車体幅は拡大されていない。
  4. ^ 但し、商用仕様の為に若干ディチューン。
  5. ^ 後部ドアの開閉方式にセダンのアミLは今までと同じガラスハッチを装備。バンのエコノはバンパー上部から開くテールゲート。
  6. ^ H型のシフトパターンを採用しており、シフトブーツも装備されていた。
  7. ^ ミニカターボの登場で三菱は大型トラックから軽自動車までの「フルライン・ターボ」戦略を完成させ、乗用車ではデボネアを除く全車種にターボモデルの設定があった。
  8. ^ ミニカでは最初で最後の存在、後にエコノにも追加
  9. ^ マイナーチェンジでカタログモデルに昇格
  10. ^ エコノのティコMはエアコン付で発売当時の4速MT車で598,000円。
  11. ^ ミニカ初のパワーウインドウ・集中ドアロックを装備。エンジンは34馬力でエアコンを装備すると110万円程度となった
  12. ^ 自然吸気エンジンも有。燃料供給はシングルキャブレターECIマルチ = 電子式燃料噴射が混在。μ(ミュー)シリーズは全てこのエンジン
  13. ^ RVRと同じく助手席側が5ドアタイプ・運転席側が3ドアタイプの非対称ドア配置。
  14. ^ 出目金ライトは当初、トッポベースの「タウンビー」シリーズのみだったが、モデル末期にはセダンベースの「タウンビー」シリーズにも採用されるようになった。
  15. ^ これにより、2014年3月現在製造されているSUV、トールワゴン等を含む軽乗用車全般において一時ブランド休止した車種(例・スズキ・セルボマツダ・キャロルスバル・R2ホンダ・ライフ等)を除き最も歴史の長い商標トップ10は
    ダイハツ・ミラ(乗用シリーズとしては6代25年。商用シリーズを含めると通算7代33年)
    スズキ・アルト(乗用シリーズとしては5代25年。商用シリーズを含めると通算7代34年)
    スズキ・ワゴンR(5代20年)
    ダイハツ・ムーヴ(5代18年)
    スズキ・ジムニー(乗用シリーズとしては2代18年。貨物車時代を含めると通算3代43年)
    ダイハツ・アトレー(乗用シリーズとしては2代15年。貨物車時代のモデルを含めると通算5代32年)
    スズキ・エブリイ(乗用シリーズとしては2代15年。商用シリーズを含めると通算5代32年)
    マツダ・スクラムワゴン(乗用シリーズ単体としては2代15年。商用シリーズを含めると通算3代24年)
    三菱・eKワゴン(3代12年)
    スズキ・アルトラパン(2代12年)
    となり、15年以上のリードを保っているミニカの記録は破られていない。

派生車[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]