マツダ・ルーチェ

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ルーチェ (LUCE) は、マツダから製造・発売された乗用車。マツダの最上級セダンとして長年生産され、一時はロータリーエンジン搭載車も設定された。2代目以降の日本国外モデルは「マツダ・929」として販売され、また2・3代目のロータリーエンジン搭載モデルは「マツダ・RX-4」の名で販売された。

歴史[編集]

初代(1966年-1972年)[編集]

初代ルーチェ(1500DX 1968年-1972年モデル)
初代ルーチェ(1500DX 1968年-1972年モデル)
リア
リア
  • 1966年発売。
    • スタイリングは、当時ベルトーネに在籍していたジョルジェット・ジウジアーロで、ピラー周りを細身に仕上げ、ルーフトップとノーズを抑えて曲面を巧みに採り入れた流麗なデザインとなった。
    • ボディサイズは2,000ccクラスのセダンでは一般的だった5人乗りであったのに対し、ルーチェはフロント3人掛けの6人乗りであった。広告でもこの点がアピールされていた。初期の広告の「子どもは法律上三人で(大人)二人と換算されるので、8人乗りも可能です」というフレーズは、当時の市場の要求をよく反映している。2年後に相次いで発売される、日産・ローレルトヨタ・マークIIなどの、いわゆるハイオーナーカーの先駆的な存在であったといえる。
    • 開発初期に、同じベルトーネのスタイリングながら、市販車とはまったく異なる姿のプロトタイプがあったことが知られており、幻となったプロトタイプは、大盛屋ミニカーミクロペットにその姿を残している。
  • 1966年8月 4ドアセダン1500が発売される。(営業車向けのいわゆるスタンダード)
  • 1967年6月 SS追加。
  • 同年10月26日 第14回東京モーターショーのマツダブースに、「ファミリアロータリークーペ」となることが予想されていた「RX85」と、より大きな「RX87」の、2台のプロトタイプが出品される。この「RX87」は後に「マツダ・ルーチェロータリークーペ」となり、1969年から1972年まで976台が生産されたが、機構的には別物の前輪駆動車であった。
  • 1968年12月 1800が追加される。1500もSSを含め併売される。
    • 大きな車体に対し1,500ccエンジンがパワー不足気味であったための追加投入。ボンネット中央に大きなエアスクープが追加されたので識別は容易。ただオリジナルデザインの美しさは損なわれた。しかし1800の投入タイミングは遅きに失した感が強く、オート三輪軽自動車を主力とした当時のマツダの販売力では、需要層であるアッパーミドル層へ浸透しにくかったこともあって、販売は伸び悩んだ。むしろデザインの美しさを買われ、欧州向け輸出の方が好調だった。


2代目(1972年-1978年)[編集]

2代目ルーチェ・カスタム
2代目ルーチェ・カスタム
2ドアハードトップ GSII
2ドアハードトップ GSII
  • 2代目はアメリカ風なアクの強いデザインとなった。ノーズに成形自由度の高いプラスチックパーツを使って複雑なグリル形状を与え、全体に派手なオーバーデコレートデザインに傾きがちであったのは、この時代の日本製ミドルセダン全体に共通する傾向である。
  • ボディタイプは4ドアセダン、2ドアハードトップ、そして4ドアセダンに2ドアのフロントマスク・インパネを装着した「カスタム」の3種類。フルライン・ロータリーを標榜した当時のマツダらしく、ロータリーエンジン車も設定された。
  • ロータリー車のMTには通常の乾式クラッチの他に、「トルクグライド」と称する流体クラッチが採用された。レシプロエンジンに比べて低回転域のトルクが弱く、低回転時の振動が多いロータリーエンジンのトルク増幅効果と振動軽減を狙い採用された機構で、通常の5速MTのパターンにATと同じ駐車用のPポジションが設けられている。
  • デビュー当時から低公害仕様のAPモデルが用意され、東京都など公害問題に関心の高かった自治体の公用車に黒塗りのセダンGRモデルが多用された。翌年の第一次石油危機でロータリーエンジンの燃費の悪さが問題となると、その需要もたちまち終息した。
  • マツダのロゴマークが「m」から「Mazda」に変更されたのもこのモデルからである(1975年10月のマイナーチェンジから)。
  • 1972年11月 フルモデルチェンジされる。ロータリーエンジン(573cc×2・RE)搭載。
  • 1973年4月 VC型レシプロエンジン搭載の1800追加。
  • 1973年6月 50年排ガス規制(A-)に適応したAP仕様発売。(優遇税制適用車)
  • 1973年12月 13Bロータリー搭載のグランツーリスモワゴン発売。
  • 1974年11月 不評の燃費を多少改善したREAPS4エンジン搭載。
  • 1975年10月 50年排ガス規制適用に伴うマイナーチェンジ。4ドアセダンとカスタムを統合。
  • 1976年7月 51年排ガス規制(C-)適用に伴い、VC型エンジンにFFCS(燃料流量制御装置)設置。
  • 1978年7月 3代目ルーチェレガート(LA4系)と併売していたが、車名を「ルーチェ」に統一するのに伴い、販売を終了。


3代目(1977年-1988年)[編集]

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3代目ルーチェ(後期型・写真は海外仕様車929)
3代目ルーチェ(後期型・写真は海外仕様車929)
  • 1977年10月 2代目の追加モデルとして高級版のルーチェ・レガートが登場。ロータリーエンジン(573×2RE/654×2RE)、4気筒2000(MA型・110馬力)。当面は2代目も併売。縦置き角型4灯式ヘッドライトを採用。日本車では他例の少ないインパクトあるノーズデザインである。ボディは4ドアHT・4ドアセダンの2バリエーションがあった。サイドビューはセダンと4ドアハードトップがほぼ同じで内装もデラックス志向であった。
  • 1978年7月 運輸省への型式認定申請をルーチェで行っていたことから、レガートの名称が無許可使用と見なされ使用不能となり、サブネームが外れ元のルーチェとなる。2代目販売終了。
  • 1978年9月 タクシー仕様車(2000LPG)追加。なお、同代のタクシー仕様車には、「中型料金・6人乗り」(コラムシフト)と「小型料金・5人乗り」(フロアシフト)の2仕様が設定されていた。タクシー仕様のカスタムスペシャル(法人向け下級グレード)は4気筒2000教習車仕様(3速フロアシフト)同様、丸型2灯式ヘッドライトだった。
  • 1979年2月 バン(1,800cc)をフルモデルチェンジ。
  • 1979年3月 ロータリーエンジン搭載車の53年排ガス規制適合で654cc×2ロータリーの13B型のみとなる。
  • 1979年10月 マイナーチェンジ。フロントマスクがオーソドックスな角型2灯式ヘッドライトに変更される。タクシー仕様は中型仕様に統一。
  • 1980年9月 セダン2200ディーゼルとハードトップ2000EGI追加。
  • 1981年10月 セダンとハードトップがフルモデルチェンジ。バンはマイナーチェンジのうえ継続生産され、カペラカーゴが登場する1988年3月まで生産販売された。


4代目(1981年-1986年)[編集]

Mazda 929 1984.JPG
4代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
4代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
  • 1981年10月 フルモデルチェンジされコスモとデザインを共通化。4ドアハードトップと4ドアサルーンを設定。プラットフォームマツダ・HBプラットフォームを採用。エンジンは従来型と同じ2.0L直4のMA型/1.8L直4のVC型をそれぞれ搭載。インパネデザインは大きく変えられハードトップ車ではメーターフードの左にエアコンとワイパーが、右にライトスイッチを装備したサテライトスイッチを装備した。この代から上位モデルのカセットプレーヤー(三菱電機製)はホーム用と同じ正立タイプとなる(この正立型カセットプレーヤーは5代目HC型にも受け継がれる)。
  • 1981年11月 省燃費対策が施された12Aロータリー6PI(6ポート・インダクション)、2,200ccディーゼルを追加。
  • 1982年3月 LPGエンジンのタクシー仕様もフルモデルチェンジ。エンジンは従来型と同じLPG仕様の2.0L直4のMA型でグレードはDX(法人向け、ビニールシート)、SG-L(部分布シート)、SG-S(個人、ハイヤー向けで布シート、パワーウインド装備)の3種類。6人乗り4速MTコラムシフト(LPGタクシー専用)が標準仕様であったが、SG-Sには5人乗り5速MTフロア、6人乗りATコラム(ガソリン)も選べた。
  • 1982年10月 世界初ロータリーターボ(12A)とセダン2.0LにEGI車追加。
  • 1983年10月 大幅にマイナーチェンジ。ハイパワー仕様のRE13B-スーパーインジェクション(SI)追加。レシプロエンジン車は、2,000ccのマグナムエンジンのFE型(直4EGI、直4キャブレター)に統一され1,800ccは廃止。ロータリーターボにも4AT車が追加される。最上級モデルLIMITEDに電子制御サスペンションAASが装備される。上級モデルは木目調の内装となる。タクシー仕様もマグナム直4のLPG仕様に変更され、新たにDXにも4AT(コラム)が設定された。
  • 1985年5月 レシプロエンジン車にGENTEEL(ジェンティール)シリーズ(これに伴いSG-X、SG-Sは廃止)追加。
  • 1986年9月 ルーチェのみフルモデルチェンジ。姉妹車のコスモはハードトップのみ継続され1990年3月のユーノス・コスモ登場まで継続。LPG仕様のセダンは1989年5月のカスタムキャブで再登場する。


5代目(1986年-1995年)[編集]

5代目ルーチェ 4ドアHT
5代目ルーチェ 4ドアHT
5代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
5代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
起亜ポテンシャ
起亜ポテンシャ
  • 1986年9月 フルモデルチェンジで姉妹車のコスモとは分離され、マツダのフラッグシップに相応しく車体サイズが大きくなり、トヨタ・クラウン日産・セドリック/グロリアと同等の5ナンバーフルサイズとなる。最上位グレードのロイヤルクラシックでは、後席用の装備も充実がなされた。正立型カセットプレーヤーも引き続き搭載されたが、CDプレイヤーをDINスペースに取り付けた場合は通常の1DINカセットチューナーとなる。
  • プラットフォームにマツダ・HCプラットフォームを採用。ボディタイプは従来通りプレスドアを持つ4ドアセダンとセンターピラーを持つ4ドアハードトップの2種類。
  • エンジンは廉価版にFE型2,000cc直4キャブ(ガソリン仕様82馬力とLPG仕様64馬力)、マツダ初のV6レシプロエンジンであり販売の主力となるJF型でV62000EGI・110馬力、V62000EGI-TURBO・145馬力、ロータリー愛好家向けの654cc×2ロータリーターボ・180馬力)。ルーチェ及びマツダのセダンタイプのRE車では最後の設定車となった。このロータリー搭載車は、マツダ・ロータリーエンジン実用化開発のリーダーでのち社長職も勤めた山本健一が自ら運転する愛車としても知られる。
  • V6車とロータリー車のリアサスペンションは、新開発のE型マルチリンク独立懸架が採用された。当時の競合他車と同様に、ハードトップも含めた4気筒エンジン車(SG-X)のほか、タクシー仕様車、教習車には耐久性と荷重を考慮した車軸懸架の5リンク式となる。
  • 4ドアセダンにはタクシー仕様も設定され、エンジンはマグナムFE型4気筒LPGを継承。6人乗り仕様の計器盤はタコグラフ設置を考慮したタクシー専用でメーターパネルはBD型ファミリア後期の180km/hスケールメーターを流用した。
  • 韓国では起亜自動車でセダンのみ『ポテンシャ』の車名で生産・販売していた。
  • 1987年8月 オーバー2Lに対応するため、2,000ccJF型を排気量アップし160馬力を発揮するV6・3000SOHCのJE型を搭載する「V6-3000ロイヤルクラシック」を追加。3ナンバーモデルとなるため、前後とも全長を伸ばした大型バンパーを装着。同時に、V6-2000ターボ ロイヤルクラシックが廃止される。
  • 1988年9月 マイナーチェンジ。V6・3000はDOHC化され、200馬力にパワーアップ。V6-2000も同時にロッカーアームとAT制御の変更が行われ燃費が向上されたほか、内外装の変更、グレード体系の見直しを実施。V6-3000リミテッドが追加され、XV-Xが廃止される。
  • 1990年2月 小変更(ルーチェ90年モデル)。各グレードでシート生地の変更、ボディカラー、内装色の見直しが図られたほか、HTにV6・3000リミテッド・グランツーリスモが追加される。欧州仕様と同じユーロチューンサスペンションと、グランツーリスモ専用のメッシュタイプフロントグリルを持ち、鍛造アルミホイールとビスカスLSDを装備していた。
  • 1991年5月 自家用向けモデル生産終了。ルーチェのフルモデルチェンジという形でセンティア/アンフィニMS-9が後継車となるが(1994年にはアンフィニMS-9がセンティアに集約)、そのセンティアも2000年3月に生産を打ち切られたことで、マツダの後輪駆動セダンの系譜は途絶した。
  • 1992年4月 教習車に、2,200cc・F4型(4気筒)ガソリンエンジン車を追加。
  • 1993年7月 タクシーを一部改良。DXにも5人乗りが追加され、布地シートが標準仕様となった。
  • 1995年12月 前面・側面衝突時の安全基準強化に適合しない等の理由で、タクシー・教習車向け4ドアセダンの生産を終了。これにより、29年間親しまれ続けた、ルーチェの名称は消滅した。

車名の由来[編集]

  • イタリア語で「光」「輝き」。
    • 象徴的意味合いと共に、細身のピラーによって広いグラスエリアを実現した初代モデルの特徴をも表現している。先例として、1950年代後期のフィアット・1200のマイナーチェンジでピラーやドアサッシュを細くしてグラスエリアを拡大した上級モデルに「グラン・ルーチェ」のサブネームが与えられた例がある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]