ジオ (自動車)

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ジオのエンブレム
ジオのシンボル

ジオGeo )は、かつてゼネラルモーターズ (GM) がアメリカ合衆国とカナダで展開していた自動車販売チャネルである。ブランドキャッチコピーは「Get To Know」。当時輸入車が勢力を拡大していた小型車市場において競争力を高めるために企画されたチャネルであった。1989年から1997年までシボレーの代理店を通して販売されていた。


概要[編集]

ジオはゼネラルモーターズの数ある販売チャネルの中でも、シボレーの下位に設定された最廉価のチャネルであった。設定された車種は、いずれも当時日本メーカーで生産されていたモデルがベースとなっているか、または共同開発されたものであり、いわゆるバッジエンジニアリングにあたるものが殆どであった。各車はGMがトヨタ自動車と設立した合弁会社である「NUMMI」 (ヌーミ)、業務提携関係にあったスズキ、スズキとGMカナダの合弁会社の「CAMI (カミ)」、かつてのグループ企業であったいすゞによって生産されていた。

販売ラインナップは小型のSUVセダンクーペハッチバック等であり、日本車と同等の品質でありながら北米産自動車として販売されていた為に、車体価格は輸入時に課税された日本車に比べても安価に抑えられていた。これは完全に小型車市場の競争力に注力したもので、またこれらの安価な小型車はセクレタリーカーと呼ばれ、購買層は主に若年層をメインターゲットとしていた。

ジオはシボレー代理店内で販売されていたが、シボレーとは別チャネルとして展開していたいわば姉妹ブランドともいえる扱いであった。安価なシボレー車のラインナップの中でも、購買層を絞った別枠の車種群として設定された。そのためジオのエンブレムはその語源である「地球」のシンボルの中心にシボレーのボウタイをあしらったものとなっている。この戦略構想は後にトヨタが展開することになる「サイオン」に通じる部分もあるが、結果としてこの棲み分けは成功したとはいえず、ジオはシボレーと同一視されることが多かった。

販売戦略自体はブランド立ち上げ初期のコンパクトカーブームもあり当初は成功を収めた。しかしラインナップ車種でモデル更新が行われたモデルが少なかった、また別チャネルによる同一クラスでのモデル競合の発生等による販売戦略の迷走、そして1990年代後半からのSUVブームに販売が押された等の理由により徐々に衰退を見せてゆき、GMの経営方針の転換による販売チャネルの統合・整理の折もあり、1997年にはブランドとしてのジオはシボレーに吸収され、販売チャネルは店頭から消えた。

その後いくつかのモデルはシボレー名義で販売が継続されたが、2004年の「トラッカー(日本名:エスクード)」の販売終了とともにジオの系譜は完全に消滅した。

車種一覧[編集]

ストーム
FFのコンパクト2ドアクーペ、及び3ドアハッチバック。日本名「いすゞ・PAネロ」。クーペモデルは手ごろな価格で手に入るスペシャリティカーであり、日本とは異なり、月販1万台を超えることもあるなど、なかなかの販売台数であった。エンジンは1.6リッターSOHCと1.6リッターDOHCのラインナップであり、日本にあったターボモデルは展開されていない。後にマイナーチェンジで1.8リッターDOHCが追加されている。1993年に生産元であるいすゞ自動車の乗用車生産からの撤退により販売終了。


スペクトラム
FFのコンパクト4ドアセダン、及び3ドアハッチバック。日本名「いすゞ・ジェミニ」。たった1年で販売を終了した短命なモデルである。スペクトラムはもともとシボレー名義で販売されていたもので、この頃にはすでにモデル末期であったが、ジオ立ち上げ時にブランドに組み入れられた。いわば新車種導入までのつなぎの役割であった。なお、販売当時の名称はブランド黎明期であったことから「シボレー・ジオ・スペクトラム」となっており、フロントグリルのエンブレムはボウタイ、リアにジオのロゴが表記されていた。またシボレー・スペクトラムとはフェイス回りが若干異なっている。


トラッカー
AWD(4WD)の「コンパクトSUV」。2ドアコンバーチブル、2ドア及び4ドアメタルトップ。ミニマムクロスカントリーカーとして、様々な意味で話題となった「スズキ・サムライ」(ジムニーの北米販売名)とは異なり、スタイリングと乗り味を乗用車テイストとし、ユーザー層を広げることに成功した。日本名「スズキ・エスクード」。街乗りからオフロードまでこなせる万能モデルとして、ジオとしては最も販売に力を注いでいた。ジオの中では最も息の長かったモデルであり、ジオ消滅後にはシボレーに組み入れられることとなる。その際にモデルチェンジし(エスクードの2代目に相当)「シボレー・トラッカー」として販売が継続された。


プリズム
FFのコンパクト4ドアセダン。唯一のジオオリジナルモデルであり、スペクトラムの後継車種として発売。入門用セダンとしての位置付けで販売された。プリズムはトヨタ・スプリンターがベースとなっている。初代モデルには4A-GEエンジンの設定もあり、ややスペシャリティー色の強いモデルである。生産はGMとトヨタの合弁会社であるNUMMIで行われた。しかし、GMはこのクラスにシボレーブランドで「キャバリエ」を持っており、社内で同一コンセプトで価格帯も近い2つのモデルが競合する事態となっていた。そのためシボレー販売店では、しばしばプリズムの扱いに苦慮することとなる。これはジオのブランド戦略としての混迷振りを端的にあらわしていた。ジオ消滅後にはシボレーブランドに統合され、USカローラ110系前期ベースの「シボレー・プリズム」としてモデルチェンジし、1.8リッター1ZZ-FEエンジン(VVT-i)を搭載して2002年まで販売が継続された。このような経緯であったが、さすがにベースの素性が良かったのか全代通して計99万8千台の販売台数を記録している。モデルチェンジ時にはキャバリエと車種統合され「シボレー・コバルト」となった。


メトロ
FFのコンパクト2ドアコンバーチブル、3,5ドアハッチバック、及びカナダ専売の4ドアセダン。日本名「スズキ・カルタス」。北米において販売されていた「シボレー・スプリント」を、ジオ立ち上げ時にブランドに組み入れた。パワーは少なかったが、その燃費と使い勝手のよさ、そして競合車種が少なかったため、サブコンパクトとしては異例のヒットとなった。

関連項目[編集]