いすゞ・PAネロ

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いすゞ・PAネロ
クーペ(160X)
Nero coupe.jpg
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1990年5月 - 1993年7月
デザイン 浅野隆
乗車定員 4人
ボディタイプ 3ドアクーペ
3ドアハッチバック
エンジン 形式:
4XC1 1.5L 直列4気筒DOHC(150J)
4XE1 1.6L 直列4気筒DOHC(160X/160S)
4XE1-T 1.6L 直列4気筒DOHC(160R)
最高出力 100ps/6000rpm(150J)
140ps/7200rpm(160X/160S)
180ps/6600rpm(160R)
最大トルク 13.3kg・m/4400rpm(150J)
14.5kg・m/5600rpm(160X/160S)
21.2kg・m/4800rpm(160R)
変速機 4速AT/5速MT
駆動方式 FF
サスペンション マクファーソンストラット
ニシボリック・サスペンション
全長 4185mm
全幅 1695mm
全高 1315mm
ホイールベース 2450mm
車両重量 1030kg(150J)
1110kg(160X/160S)
1190kg(160R)
燃料搭載量 47L
別名 北米:ジオ・ストーム
-自動車のスペック表-

PAネロピー・エー ネロ)は、いすゞ自動車が生産しヤナセが販売した乗用車である。

アメリカにおいて、ゼネラルモーターズGEO (ジオ)チャンネルの”ストーム”として販売していた3代目ジェミニベースのクーペモデルを、日本国内向けに若干の仕様変更を施して1990年5月より販売した(発売自体は国内のいすゞ・ジェミニクーペよりも早い)。ボディは基本的には3代目ジェミニのクーペおよびハッチバックモデルと共通であるが、フロントとリアのデザインが変更されている。

生産は国内外向け全てのモデルがいすゞ自動車・藤沢工場で行われていた。

概要[編集]

ジオ・ストーム[編集]

1980年代初め、当時ゼネラルモーターズ (GM) の傘下であったいすゞはGMのシボレーディビジョン向けにジェミニ(750型)を供給していた。その後次期モデル760型に移行するにあたり、ゼネラルモーターズの要望によりGMブランドへの供給を前提とした開発を行う事となる。これにはジェミニの販売が北米市場である程度成功していたことと、当時需要の増していた小型車を生産する必要に迫られていたGMが内製での開発費を抑えるためにグループ企業に開発させるという目的があったことに加え、シボレーのサイドが高級車コルベット、普及車カマロに続く廉価なスペシャルティカーを誕生させたかったという経緯があるといわれる。

開発に際しては、従来いすゞの乗用車のデザインはベレット以降はイタルデザインジョルジェット・ジウジアーロ)に委託していたのだが、上記の経緯により760型ジェミニはGMデザインが基本コンセプトを提案している。これらにより760型ジェミニのメインマーケットは北米市場を主眼に置くこととなり、セダンと平行して開発されていたクーペモデル(ストーム)からデザインが行われ、展開されることとなった。シボレーの姉妹ブランドであるジオ向けへの供給を前提としていたこともあり、ストームの基本デザインは日本車離れしたカマロ風のアクの強いフロントデザインを持つこととなる。なお、この原案から製品デザインに仕上げたのが現金沢美術工芸大学教授の浅野隆である。デザインコンセプトは「カプセルフォルム」の具体化であった。

ストームの北米での販売成績は当時の湾岸戦争危機による原油高の影響から来た小型車ブームの波に乗ったためかなりの好調で、多い月では月販1万台を超えるほどであり、年間を通じても約9万台の販売を達成、輸入車としては異例のベストセラーとなっている。機構に意欲的な試みが導入されていることもあって、スポーツコンパクトカーとしても人気を博し、改造車の雑誌(ホットロッドマガジンなど)などにも度々登場していた。1992年には1800ccの「4XF1」エンジンを搭載し、リトラクタブル・ヘッドライトを廃したマイナーチェンジも行われた(このマイナーチェンジ版のフロントフェイスは、日本国内で唯一回のみ、1992年の東京モーターショーにて展示された「ジェミニ・ウィザード」で披露されている)。

北米での販売好調なのを受け、カナダでもストームの販売要望が上がったほどであった(結局カナダへは1992年からシボレー系列で販売が開始された。また、ポンティアック系列にはストームの代替として2代目ピアッツァベースのアスナ・サンファイアが供給された)。

その後も販売は好調であったが、1993年のいすゞ自動車の乗用車生産撤退と共に生産が打ち切られることとなった。


Geo Storm 販売実績[1]
(1994年以降は在庫分)
アメリカ カナダ
1995年 51台
1994年 4,869台 6台
1993年 42,913台 3,247台
1992年 68,735台 2,722台
1991年 77,186台
1990年 86,257台
280,011台 5,975台

PAネロ[編集]

1980年代末、いすゞが輸入車ディーラーであるヤナセへの専売モデルとして供給していたピアッツァ・ネロはモデル末期を迎えていた。専売モデルを次世代型へと移行させるに当たり、ヤナセは当時いすゞと縁の深かったゼネラルモーターズとの関係を従来より深めるため、いすゞが北米向けGMブランドへ供給する予定であったストームについて、開発時から国内でヤナセにおいて少数販売することで合意する。PAネロはピアッツァ・ネロの後継として、このストームを日本市場向けに微調整したモデルとして誕生した(PAネロのリアサイドガラスには「 PIAZZA Vi Augura Successo 」の文字が入っていた)。

だが1年後にはいすゞから正式なピアッツァの後継モデルが発売され、それに対してもヤナセ専売の2代目ピアッツァ・ネロが設定され、ヤナセにて併売されることとなる(しかもこの2代目ピアッツァはストームがベースとなっている)。以降は3代目ジェミニの派生車種として認知されるようになった。

PAネロのベースモデルはアメリカ仕様のストームに準じており、サスペンションはジェミニに比べ乗り心地重視でバネレートが低い物が採用され、シートはストームGSiの物がそのまま採用されたりなど変更点は少ない。日本向け仕様への独自の変更点は、クラスタースイッチの構成変更、オートエアコンパワーウインドウの装備、AT用の電子制御切り替え装置の搭載により燃費重視のギア比設定「エコノミーモード」、ATの1 - 4速をミッションに見立て、各速でギア比を固定した「マニュアルモード」の追加となっている(ストーム前期型のATは3速のみ)。逆にストームでは標準装備となっていたエアバッグやリアトレイはオプション設定となった。

デビュー当初は2ドアクーペボディに1600ccDOHCエンジンを搭載した「1.6X/1.6S」(1991年よりそれぞれ160X/160Sへ変更、型式名:JT191F)のみであったが、同年11月に3ドアハッチバックモデルが追加される。

1991年2月にクーペ、ハッチバックそれぞれのボディにストームには設定のなかった1600ccDOHCターボエンジンを搭載した4WD車の「イルムシャー160R」仕様(型式名:JT191S)と1500ccSOHCエンジン搭載車「150J」(型式名:JT151)がラインナップされる。

また、限定車として1991年5月にハンドリング・バイ・ロータス前輪駆動自然吸気エンジン)(200台)が、1992年5月にはイルムシャー160F(こちらも前輪駆動の自然吸気エンジン、100台)がそれぞれ発売されている。

しかし、いすゞの販売店ではなくヤナセのディーラー網で販売されていたためか知名度も低く、モデルチェンジも行われないまま、いすゞ自動車の小型乗用車生産撤退とともに生産を終了した。元々の想定月販目標が300台とあまり高くなかったこともあり、北米でのヒットとは裏腹に国内での総生産台数はわずか3000台弱に留まった。

機構[編集]

駆動方式は前輪駆動だが、イルムシャーR仕様車は4WD(LSDを利用したトルク可変機構付)となっている。エンジンは1500ccSOHC(4XC1型)、1600ccDOHC(4XE1型)、同インタークーラーターボ付(4XE1-T型、イルムシャーR専用)の3種類。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪には4WSの一種であるニシボリック・サスペンションを装備する。ステアリングパワーステアリング付ラックアンドピニオン式。変速機構は5MTと電子制御4AT(イルムシャーRは5MTのみ設定)で、ブレーキは前後輪ともサーボ付きディスクブレーキとなっている。

脚注[編集]

  1. ^ Ward's Automotive Yearbook 1990 - 1995

関連項目[編集]

外部リンク[編集]