ヘルベルト・ブロムシュテット
| ヘルベルト・ブロムシュテット Herbert Blomstedt |
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2008年
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| 基本情報 | |
| 出生 | 1927年7月11日(85歳) マサチューセッツ州 スプリングフィールド |
| 出身地 | |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | 指揮者 |
| 活動期間 | 1954年 - |
ヘルベルト・ブロムシュテット(Herbert Blomstedt, 1927年7月11日 - )は、アメリカ生まれのスウェーデン人指揮者。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、バンベルク交響楽団、NHK交響楽団の名誉指揮者。スウェーデン語では [ˌhæɹːbəʈ ˈblʊmːstɛt] ヘッルベト・ブルンムステット (発音を聞く)と発音するが、日本ではドイツ語読みのブロムシュテットで知られる。
目次 |
人物・来歴 [編集]
仕事で渡米していたスウェーデン人の両親の元、マサチューセッツ州スプリングフィールドに生まれる。2歳の時に一家は帰国し、その後ブロムシュテットはストックホルム音楽大学やウプサラ大学に学んだ後、イーゴリ・マルケヴィッチに師事。さらにアメリカ合衆国に留学してジュリアード音楽学校でジャン・モレルに、タングルウッドのバークシャー音楽センターでレナード・バーンスタインに師事した。1953年にクーセヴィツキー賞を獲得し、1955年にザルツブルク指揮者コンクールで優勝する。
1954年2月にロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団でベートーヴェン、ヒンデミットなどの作品を指揮して指揮者として本格的にデビューする。その後、ノールショピング交響楽団、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団、デンマーク放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団の首席指揮者を歴任した後、シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者に就任。ドレスデンを去った後はサンフランシスコ交響楽団(1985年 - 1995年、現在は桂冠指揮者)、北ドイツ放送交響楽団(1995年 - 1998年)を経て、1998年から2005年までライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者を務めた(現在は名誉指揮者)。また、バンベルク交響楽団とNHK交響楽団の名誉指揮者でもある。N響との共演により、日本国内でよく知られた指揮者の一人である。
2009年11月、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団との客演指揮者としての来日公演において、東京・大阪をはじめ全国数ヶ所で、ブルックナーの交響曲第8番やドヴォルザークの交響曲第8番や第9番「新世界より」などを指揮した。特にサントリーホールで演奏されたブルックナーの「8番」は、大きな話題を呼んだ。
2011年1月、急遽静養することになったニコラウス・アーノンクールの代役として、ウィーンのモーツァルト週間に登場し、1月26日にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを指揮した。巨匠ピエール・モントゥーと同じく、高齢でのウィーン・フィル初登壇となった。また同年6月には、ライプツィヒ市からバッハメダル賞を授与されている。[1]
音楽的特質 [編集]
オーケストラの資質を引きだし、充実した演奏を行う指揮者として評価が高い。無駄のない、クリアかつシャープな響きを構築する。拍節感に優れ、オーケストラビルダーとしても一流である。リハーサルは非常に厳格で、特にN響団員からは尊敬されるとともに恐れられている。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、シュターツカペレ・ドレスデン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団、北ドイツ放送交響楽団、ボストン交響楽団、クリーヴランド管弦楽団などの名門オーケストラに定期的に客演している。近年客演が増えたベルリン・フィルでは、ブルックナー作品を任されており評価も高い。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団には、ほぼ毎シーズン客演している。
ブラームス、ブルックナー、シューベルトなどの独墺系作品では、熟練の技を披露する。自らが北欧出身ということもあり、シベリウスやニールセンなどの北欧系レパートリーも演奏会やCDで積極的にとり上げている。近年のN響定期公演におけるブルックナーの演奏は、定期会員から高く評価されている。
シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者時代にはオペラも手がけた(「レオノーレ」の全曲録音あり)。現在はコンサートのみの活動である。
代表的な録音 [編集]
- シュターツカペレ・ドレスデンとの録音
- ベートーヴェン:交響曲全集
- ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 (1985年、ドレスデン国立歌劇場再建記念演奏会の実況録音)
- シューベルト:交響曲全集
- ブルックナー:交響曲第4番、交響曲第7番
- ブラームス:交響曲第1番
- モーツァルト:第38番『プラハ』、第39番、第40番、第41番『ジュピター』、ホルン協奏曲、オーボエ協奏曲、フルート協奏曲第1番・第2番、ディヴェルティメント集
- ドヴォルザーク:交響曲第8番
他。
- サンフランシスコ交響楽団との録音
- ニールセン:交響曲全集
- シベリウス:交響曲全集
- グリーグ:劇音楽《ペール・ギュント》(抜粋)
- マーラー:交響曲第2番「復活」
- ヒンデミット:交響曲「画家マティス」
他。ニールセンの演奏は同曲の決定盤として評価が高い。
- 北ドイツ放送交響楽団との録音
他。
- ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との録音
他。
エピソード [編集]
- 初来日は1973年、シュターツカペレ・ドレスデンの客演指揮者としてである。ドレスデン時代には数回来日したが、「指揮者ブロムシュテット」が話題になることはあまりなかった。70~80年代に、日本の評論家でブロムシュテットを高く評価していたのは小石忠男だけであった(小石はドレスデンにて録音や演奏会に立ち会い、ブロムシュテットの高い音楽性と音楽への真摯な姿勢に感動したという)。
- ブロムシュテットは徹底した菜食主義者として有名である(宗教上の理由による)。肉だけでなく、動物の関わる食材を使用しているものは口にしない。セブンスデー・アドベンチストの聖職者を父として生まれ、コンサートやリハーサルのスケジュール上の制約も自らの信条に従って決定している。NHK交響楽団へ客演した際、N響事務局は昼食に蕎麦を出したが、蕎麦つゆは鰹を出汁にしたものであると知ったブロムシュテットは麺のみを食べたという。
- NHK交響楽団へ客演した際(マーラーの交響曲第9番)、首席ホルン奏者に「もう1回吹いてくれないだろうか」と言って、本番ギリギリまで指揮者室で練習をさせた。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- Herbert Blomstedt, KünstlerSekretariat am Gasteig
- Herbert Blomstedt, Conductor Laureate
- Art of the States: Herbert Blomstedt
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